第336話 召喚石


 黄金要塞に対する攻撃は昼夜問わず行われ、逆に黄金要塞からの攻撃も決して止むことがない。操縦者を交代して常に三百機以上が空を舞う黒竜の援護もあり、エルドラード軍、カイルアーザ軍、ロレア軍、スバロキア軍は完全崩壊することなく戦えていた。

 だが、その影にはギルバート・レイヴァンとジュディス・レイヴァンによる努力もあった。



「く、そ……もう限界だぞ」

「そうね」



 磁力操作によって黄金要塞を浮遊させ、重力によるエネルギー転換効率を激減させる役目を与えられたギルバートに休息はない。



「もうすぐ作戦が始まる。それが終われば休めるわ」

「霊水と魔術で騙し騙し続けるのも無理がある」

「けど、私たちがするしかない。そうでしょギル?」

「ふぅ……だな」



 戦いの要はこの二人にある。

 ギルバートが黄金要塞の動力源を奪うことで猛攻を減らしている。黄金要塞はギリギリのエネルギーをやりくりして戦っているのだ。そうでなければ圧倒的な火力と殲滅兵を投入してエルドラード王国を滅ぼしている。

 スバロキア大帝国が確保している霊水は、大聖堂から押収したものだ。数に限りがあり、その使われ方は厳密に決める必要がある。こうして二人の覚醒魔装士に体力を回復させるために使っているのだから、重要さが窺える。

 とはいえ魔術や霊水による回復は精神的な疲れを癒さない。

 心の疲れは体の疲れを蓄積させ、流石のギルバートとジュディスも限界が近い。それでもここでギルバートが魔装を止めてしまえば、一瞬で敗北する。エネルギー事情が万全な黄金要塞は事実としてコントリアスを崩壊させている。



「全く……しつこい、わね!」



 ジュディスが雷を凝縮した槍を振るい、高密度な雷撃を放つ。それだけで殲滅兵の絶縁性を破壊し、次々と停止に追い込んでいく。

 作戦開始までもう間もなく。

 二人は気合を入れ直した。








 ◆◆◆








 黄金要塞指令室も常に戦闘状態が維持され、戦闘が繰り返されている。しかし司令官であり予言者でもあるセシリアはずっと起きているわけではない。眠る時間も、食事をする時間も必要だ。彼女は休む前に必ず予言を残し、対応マニュアルを残すが、それでも完璧ではない。セシリアのように確信をもって動くことができないからか、ワンテンポ遅れてしまうことがあるのだ。

 そのため少しずつ黄金要塞は誘導され、元々の戦場から南へと移動させられていた。



「セシリア様……その、気分が優れないようですが」

「そうね。ここからは少しでも間違えると死ぬわよ」

「は? え?」

「確認したでしょ? 『魔弾』を狙ったあの攻撃。あれが何なのか知らないとは言わせないわ」

「……」



 護衛の聖騎士も、セシリアの補佐官も黙り込む。

 黄金要塞上層エリアを襲った大魔術により、上層にある機能は壊滅した。外観こそ問題なく見えるが、設置されている機械や配線は全て焼き焦がされている。修復には時間がかかることだろう。黄金要塞に設置されている設計図を基に魔術で自動修復もできるので、そこまで悲観はされていない。しかし今はエネルギー不足にあり、そちらに割り振ることができない状況であった。

 そしてその原因となった黒い魔術は冥王アークライトのものだと歴史が証明している。

 セシリアは残っている右目で虚空を眺め、それから呟く。



「もう回避は無理……やはり保険をかけておいて正解ね。できるだけ回避しようと思ったけど、これも運命ということ」



 そしてすぐに指示を出した。



「対地攻撃を停止させて対空攻撃に割り振る準備をして。対地攻撃は殲滅兵と実弾兵器だけでいいわ。魔術兵器は全て対空にして。それと生産優先も対空装備。あと聖騎士を配置して各所の搬入口を固めて」

「しかしそれでは敵軍の殲滅が……」

「そうですよセシリア様。本国の指示も仰がなければ」

「必要ないわ。それに無理よ。今は繋がらないの分かっているでしょ?」

「それは……」

「私の言うことを聞きなさい。そうすれば生き残れるわ・・・・・・



 その言い方に何か含むものを感じたが、彼らはセシリアに従う他ない。

 神聖グリニアとの通信が一切繋がらなくなった今、頼りになるのは彼女の予言だけなのだ。



「分かりました。そのようにします」



 補佐官は諦めたように了承した。







 ◆◆◆








 その日の早朝、スバロキア大帝国陸軍大将は自ら前線へと現れた。厳重な守りの施された本陣で複数の幹部と顔を合わせ、地図を睨みつける。

 そして表示された立体地図のすぐ近くには一抱えほどの金属ケースが置かれていた。



「いよいよだ。召喚石の輸送は完了した。あとは合図となるこの召喚石が作戦の始まりになる」



 そう告げる大将に皆が頷きを返した。

 自然と緊張の色が浮かび、そして僅かに興奮のようなものも見える。大将はケースを引き寄せ、魔術ロックを解除して開く。そこには拳ほどの青白い石が収められていた。金属プレートに『召喚、十四』と記されている例の召喚石である。



「作戦が始まれば空軍は黒竜を全機投入し、一斉攻撃を仕掛けることになっている。そして例の場所に誘導する。反撃の狼煙のろしを上げるのだ」



 彼は召喚石を取り出した。

 決して落とさないよう、両手で包み込む。そして振り返り、本陣として設置されている天幕から出るため歩き始めた。付き従う幹部たちの足音だけが耳に届く。誰もが緊張し、余計な言葉を吐く者はいない。

 やがて外に出た彼らはジッと空の向こうを見つめた。

 僅かに霞みがかるその先に浮く巨大城塞は今も魔術の光を放っている。その周りには無数の黒い点が浮かんでおり、殲滅兵と黒竜の激しい空中戦が繰り広げられていた。



「往くぞ」



 緊張のためか僅かに声が上ずる。

 だが陸軍大将は深呼吸し、召喚石を握りしめて叫ぶ。



「今! 神話をここに顕現する! 超古代の大魔術を以て空飛ぶ悪魔を打ち払うのだ! 起動せよ……召喚の第十四階梯《七天聖騎士アルティマ・ナイツ》!」



 召喚石は強く発光し、少しずつ分解されて解けるように消えていく。それに伴って空高く激しい光が柱の如く立ち昇った。

 使い捨てを前提にした召喚石は、質量すら魔力として使用することで普通の魔晶を材料にしていながら禁呪級の魔術すら発動を可能とする。だが魔晶をそのままエネルギーに変えるということは、内部の術式ごと消滅するということだ。つまり処理した術式が記された部分から順に魔力へと変換する必要があり、かなり細かく術式ごと調整する必要がある。

 そうして完成した召喚石がこの《七天聖騎士アルティマ・ナイツ》だった。



「お、おお!」

「凄い。何て魔力だ」

「これは確かにいい合図になりますね」

「見てください! 何か出てきます」



 放出された魔力によって七つの人型が構築されていく。その大きさはかなりのもので、純白の全身鎧に覆われている。二階建ての家すら軽く超える純白の騎士は、金の刺繍が施されたマントを纏い、胸の前で大剣を掲げる。

 それが七体。

 しかも宙に浮いていた。

 中央にいる騎士だけは巻き角の特徴的なヘルムを装着しており、首回りには毛皮のファーを巻き付けている。まるで騎士団の隊長であった。

 召喚魔術《七天聖騎士アルティマ・ナイツ》は七体の巨大な騎士を呼び出し、戦わせるというもの。召喚者は騎士団にとっての王であり、絶対的に従う。



「大将、成功のようです」

「うむ」



 また見渡せば各地で召喚石を使った証の、青白い柱が立ち昇る。それらは空中で巨大な一つの形を成し、召喚を成功させた。

 現れたのは翼を広げた巨大な魔物にして、強大な力の象徴……ドラゴン



「第十階梯《竜種使役コール・ドラゴン》も無事に発動していますね。おそらくは《高位魔獣召喚グレーター・ファミリア》や《魔獣召喚ファミリア》、《精霊召喚サモン・スピリット》も成功したと思われます」

「勿体ぶっても仕方あるまい。惜しまずゆくぞ」

「ええ」



 大将は遥か遠くに見える黄金要塞を指さす。

 そして召喚した七体の騎士に向かって命じた。



「アレを攻撃せよ。南東に追いやるのだ」



 巨大な騎士団は返事もなく、ただ命じられたままに飛翔する。自由自在に浮遊する七体の純白騎士は、抱える大剣に濃密な魔力を纏わせ、黄金要塞へと向かった。

 それはこれより始まる決戦の始まり。

 七つの巨体は大空で並び立ち、放出される魔力が大剣を覆ってさらに巨大化する。街一つにも匹敵する黄金都市に比べれば、騎士団も心もとない。また黄金都市も飛来する七体の騎士へと狙いを定め、凄まじい魔術掃射を開始した。

 だが《七天聖騎士アルティマ・ナイツ》の鎧はそんな魔術など意に介さない。頑丈な鎧はあらゆる魔術を弾き返し、魔力により巨大化した剣が青白い光を放ちながら振り下ろされる。それが都合七つ。芸術的な連携による七連撃が黄金要塞へと叩き込まれた。

 どんな魔術も、しかも《暴食黒晶ベルゼ・マテリアル》ですら破壊しきれなかったオリハルコンの外装が切断される。山のように巨大な黄金要塞の一画が切り崩され、それが地上へと落下し始めた。









 ◆◆◆









 一転して激しい攻勢を開始した大帝国同盟圏連合軍に対し、黄金要塞内部ではある種の混乱に襲われていた。その理由は発動された召喚魔術《七天聖騎士アルティマ・ナイツ》と、それに続いて現れた召喚魔術の産物である。

 巨大な七つの白騎士、無数のドラゴン、精霊、見たこともない魔物などが黄金要塞を囲み始めたのだ。当然ながら黒竜による激しい爆撃は止まることがなく、寧ろ増えている。地上からの対空攻撃は目視で軽く倍はあるだろう。



「セシリア様が対空強化を命じたのはこれが理由か!」

「隔壁閉じろ! あの騎士が内部に侵入してきたら終わるぞ。聖騎士の配置は?」

「配置まで間もなくです!」

「魔術砲台の優先度を敵航空機からドラゴンに変えます」

「分析完了しました。あの空飛ぶ鎧は一体で破滅ルイン級はあります。恐ろしい魔力です。優先的に火力を向けてください。戦術級以上の砲台は全てこっちに」

「破壊された区画の補完を完了。防衛システム復旧しました。結界魔術再展開」



 あっという間のことだった。

 一気に増加した大帝国同盟圏連合軍側の火力に対応しきれず、黄金要塞は防戦一方を強いられる。特にオリハルコンすら切断する白い騎士たちは厄介で、結界魔術による妨害と第十階梯以上の魔術砲台による集中砲火で何とか近づけさせないようにするしかない。また空を埋め尽くすほどの黒竜からは絶えることなく爆撃や雷撃が降り注ぎ、同じく無数のドラゴンによるブレス攻撃も止まらない。他にも飛行系の魔物や霊系魔物が絶え間なく襲ってくる。

 まだまだ黄金要塞が落ちることはないが、これまでにない攻撃を目の当たりにして焦りが生まれる。



「落ち着きなさい。経路を南東に向けて。あの白騎士は北東側からしか攻撃してこないわ。下がりながら移動して地上部隊を引き離して。地上戦力は移動に時間がかかるわ。それにあの魔物の群れも距離が離れれば制御が曖昧になる。だから離れて」



 セシリアは視えた通りの指示を出し、神子を信じる彼らはすぐに言うことを聞く。未来を読み解く彼女の言葉を疑う者はいない。

 だが、疑うわけではなくただ心配で尋ねる者はいた。



「あの、セシリア様。それは誘導されているわけではないのですか?」

「誘導? そうね。合っているわ」

「それでは罠に飛び込もうというのですか!?」

「問題ないわ」

「いったいどこが……」



 護衛の聖騎士は緊張した面持ちで耳を傾け、補佐官は小声で問いただす。こればかりはしっかりと聞いておかなければならないと考えた。黄金要塞という巨大兵器を動かすためにはセシリアの指示が欠かせない。しかし彼女は勝手に理解して勝手に決めてしまうという協調性のない性格だ。無理にでも聞きだしておかなければならないと、神子に近しい二人は感じていた。

 すると予想通りというべきか、セシリアは首を横に振る。

 何も言うつもりはないらしい。

 だが補佐官はこれは問い詰めなければならないと悟り、問い詰める。



「お願いします。教えてください」

「教えたとして意味はないわ」

「それでもです」

「……大人しく誘導に従わないと死ぬからよ」

「あなたは……! いえ、申し訳ありません」



 答えにならない答えを述べた彼女に対し、補佐官は苛立ちのようなものをぶつける。

 しかしすぐに冷静になったのか、再び黙り込んでしまった。高い場所から見下ろせば、司令室は慌しく流動する戦場に対応するべく動き回っている。セシリアがこの光景を予測していたのだとすれば、それを初めから言ってほしかったというのが正直なところだ。



「セシリア様はなぜ……なぜいつも私たちに何も教えてくださらないのですか? ここは戦場です。何が起こるか分かっていれば、私たちも覚悟します。同じ未来を背負ってみせます。ですが、あなたはいつも自分だけで背負おうとする。どうして何も言ってくださらないのですか?」



 それは補佐官の本音であった。

 神子補佐官として、ずっとセシリアを見てきた。神聖グリニアの未来視の神子としてやってきてからずっとである。決して予言せず、未来を一人で抱え込んできた彼女の全てを見てきた。

 彼は何も言わないセシリアに不満を抱いているわけではない。

 途切れることなく絶望を目の当たりにし、それでも未来を変えるために戦場へと挑んだ彼女を哀れみ、そして心から力になりたいと願っているだけなのだ。



「私はあなたの補佐官です。セシリア様、あなたに恐ろしい未来が見えているのならば私にも教えてください。私はあなたと心を共有し、あなたの力になりたい。そう思っています。私には分かっています。あなたは選択一つで何百万という死が訪れる未来を見てしまう。誰を殺し、誰を生かすのか、それはセシリア様にとって偶然ではなく必然なのでしょう? その重荷と選択を私にも分けてください」

「……あなたにそれが背負えると?」

「背負えます」

「それは私があなた一人の為にこの世全てを捨てる選択をしても?」

「セシリア様の救いになるのなら」

「世界の為にあなたを殺すと言っても?」

「喜んで受け入れます」



 彼は淀みなく、そう答えた。

 じっと見つめる補佐官の視線に負けたのか、目を逸らしていたセシリアもそちらを向いた。



「ユサ」

「はい」



 セシリアは久しく彼の名を呼ぶ。



「この戦争、人の争いとは思わないで。少しでも選択を間違えば、私たちは冥王アークライトに殺される。黄金要塞ごと消えたくなければ今は罠にかかって」

「付き従います。セシリア様」



 補佐官ユサははっきりそう告げる。

 滅びの未来を回避するべく、どんなことでもすると心に誓って。










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