第333話 黄金要塞、侵攻②


 エルドラード王国での戦いは激しさを増していた。

 戦いの中心は黄金要塞である。それは宙に浮く金色の城。無数に設置された砲台からは途切れることなく全方位に魔術や実弾が放たれており、近づくことすら難しい。それでも黒い影が無数に飛び回り、魔術攻撃によって黄金要塞を破壊しようと試みていた。



『だめです! びくともしません』

『くそ。なんて奴だ』

『硬すぎる……あれ全部オリハルコンかよ』



 黒竜による爆撃ですら黄金要塞は揺らがない。

 そればかりか黄金要塞の人工知能も成長しているらしく、少しずつ砲撃が黒竜にも当たるようになってきた。砲撃の大半は黒竜に搭載されている防殻魔術によって弾かれ、直撃することは滅多にない。

 また黄金要塞の攻撃はそれだけではなかった。



『うわっ! うわあああああああああ!』

『ローゼンが落とされた!』

『何が起こった? いきなり爆発したぞ!』

『オペレーターです。気を付けてください。魔術機雷です。特定エリアに踏み込んだという条件に反応して爆発が起こります』

『おいおい。ふざけんなよ』

『問題ありません。術式は解析済みですので爆発エリアをレーダーに表示します』



 超音速で飛行する航空機に対して、点を穿つ砲撃は相性が悪い。そこで砲撃はあくまでも黒竜を追い立てる囮とし、範囲魔術を決め手として使い始めたのだ。

 元から黒竜は人間が搭乗しているわけではないため、無茶な機動も可能となる。オペレーターの解析情報も加えて自由自在に空間を飛び回り、黄金要塞の激しい攻撃を掻い潜りつつ爆撃を繰り返していた。



「今のところは拮抗しているようだな」

「ええ」



 黄金要塞が浮遊する最前線から西に六キロの地点に、エルドラード王国軍の本陣が敷かれていた。後方といっても暇ではなく、物資の輸送や情報支援で前線とは違った戦いを続けている。

 また大帝国空軍からは黒竜の活躍をログとして提供されており、その映像データや観測魔術のお蔭でリアルタイムに最前線の状況を知ることができていた。

 エルドラード王国軍を王より任されているファンネル将軍は安堵の息をつく。



「地上はどうなっている?」

「最前線中央は瓦解寸前です。戦線を下げる準備を進めています」

「なら、そのまま引き込め。集中砲火で一気に潰すぞ」

「承知しました。では左右の戦線は少し広げてもよろしいでしょうか?」

「それなら中央の厚みを減らして左右に振り分けろ」

「ではここを動かして……」

「ああ。それがいいな。それとこっちも」

「ではこちらの部隊は一気に下げてしまいましょう」



 仮想ディスプレイに表示したワールドマップを操作しつつ、戦術を練っていく。ファンネル将軍直属の上級士官は優秀ではあるが、実戦経験はそこまで豊富ではない。しかしながら自分たちの指示一つで犠牲者の数も変わると理解しており、決して無茶はさせない。

 ただ勝つのではなく、犠牲者なく戦争を終わらせなければ意味がない。



「――これでどうでしょう?」

「うむ。では前線に通達せよ!」



 ファンネルはドカリと座り込み、腕を組んでワールドマップを睨みつける。あまり状況が良いとは言えないが、地道に削ることはできるだろう。

 ギルバートの魔装で黄金要塞の得られるエネルギーを削っている以上、時間をかければかけるほど有利になるというのがファンネルたちの見解だ。士官たちはそれぞれ画面を眺め、各部隊へと作戦の連絡を続けていく。



「よし。通達完了です将軍」

「そうか。では――」

「将軍?」



 突然黙った将軍を不審に感じて、作業中だった士官の一人が振り返った。



「え?」



 ファンネル将軍は額に大きな穴をあけて死んでいた。

 脳を吹き飛ばれ、そこから流れる血が彼の顎から垂れていた。死んだことに気付いていないかのような死に様に、その場は騒然となった。









 ◆◆◆










「当たり」



 黄金要塞に建てられている塔の一つで彼女は呟いた。

 大型の狙撃銃の先は西を向いており、銃口は摩擦熱によって僅かに煙を挙げる。



「コーネリアよ。敵将を仕留めたわ。え? 次は現場の指揮官? はぁ……分かったわ」



 送信されてきた座標データを仮想ディスプレイに表示し、超長距離狙撃用補助術式を魔装へとリンクさせる。コーネリアの魔装は魔力を充填することで威力を高める狙撃銃だ。狙いを付けるのはあくまでも彼女の技量であり、彼女も人間である以上は限界がある。その限界を取り払うのが補助術式であった。

 座標データを基に魔術で弾道修正を行い、大まかな方角さえ合っていれば比較的正確に着弾させることができるのである。



「こんなことのために聖騎士になったわけじゃないのに」



 そう呟きつつ、コーネリアは引き金を引いた。








 ◆◆◆








 開戦により各国の緊張が最大級にまで高まった。

 スバロキア大帝国は各地の警戒を強め、またクロニカ宮殿でも戦略会議室が設置されて情報分析と議論が進められていた。



「ついにエルドラードで戦端が開きましたな。予想通りではありましたが」



 外務大臣も務める元老貴族が額の汗を拭いながら口を開く。彼は先程まで奔走して、少し遅れて会議に参加した。各国との調整を担う彼の苦労は計り知れない。



「陛下、揃ったようであります。雑談も切り上げまして、そろそろ本題を始めましょう」

「ああ。任せるぞレイヴァン」

「はっ!」



 元老長のアルハザード・レイヴァンが手元の画面をタップする。すると長机いっぱいにワールドマップが表示された。そこには情報収集した限りの敵軍の行動の他、自軍の動きも細かく表示されている。地図には大陸全土が映されており、聖騎士や各国の軍の動向もあった。

 この中でレイヴァンはまず、大陸南部を指す。

 矢印の立体図によって遠目からでもわかるようになっていた。



「コルディアン帝国軍は再編を完了し、進軍の準備を整えています。兵站の輸送計画が少々滞っているようです。現在旧コルディアン領はエリス・モール連合軍の占領政策もあって、現地の反発は減少傾向にあります。充分に迎え撃つことができるでしょう」



 そしてレイヴァンは再び手元の画面を操作する。

 するとワールドマップ上の矢印が移動し、動きが活発なエルドラード王国へと移る。エルドラード軍は黄金要塞を差し込む動きをしているが、どこか精彩を欠いており、一つの間違いで瓦解してしまいそうな危うさがある。

 レイヴァンが隣に座っていた男に目で合図すると、立ち上がって一礼した。



「統合参謀本部兵装戦術課長官のラプスです。ギルバート・レイヴァン様の魔装で黄金要塞に本来の機能を出させず、地上と空中からの挟撃によって抑え込むことに成功しています」



 ラプスの説明に少しばかり感嘆の声が上がった。

 あの圧倒的な質量と攻撃密度を見せつけた黄金要塞と対等に戦っているのだ。上手く作戦が嵌ったという意味でも素晴らしい報告である。

 だがラプスの報告は終わりではない。



「ですが一方で効果が見込まれていた禁呪弾《質量爆光クライシス・レイ》は奮いませんでした。やはりオリハルコンの装甲が硬すぎるようでした。禁呪弾の弾頭となる黒魔晶も手間やコストがかかるため、現在は禁呪弾の使用を停止しています。現場からは浮遊型の殲滅兵が厄介だと報告が相次ぎ、対空砲のほとんどがそちらに割り振られている状況です。よって黄金要塞は黒竜に任せています。主力となるエルドラード軍は損耗も軽微。またロレア軍とカイルアーザ軍は今のところ支援に徹し、前線への進出は少ないので同じく損耗軽微です」



 順調と言えば順調だが、火力として期待していた禁呪弾が効果不足であったことは予想外だった。落胆を隠せない者も何人かいる。



「困りましたな。アレを落とすのは困難ですぞ」

「長期戦を強いられるか」

「問題ないのではないか? 現状は戦えている」

「禁呪弾が効かないということは、黒竜の爆撃でも難しいかもしれません。最悪、エネルギー不足で撤退させるのが限界となるかも……」

「参謀本部の意見を聞きたいですね」



 少しずつ議論の波が引いていき、やがて皆がラプスへと視線を注ぐ。

 結局のところ、軍を動かしているのは軍部であり、作戦の立案実行は参謀本部に委任されている。方針を定めるのはこの戦略会議室ではあるものの、やはり参謀本部の意見は欠かせない。ラプス本人は兵装の運用を担当する部署の長官でしかないが、ここで意見を述べる程度の権限は有していた。報告するためだけに来た人物というわけではないのだ。



「参謀本部の意見を述べてみよ、ラプス」

「はっ! 現在は黄金要塞を如何に弱体化させるか、という視点で作戦を立てております。その第一段階がギルバート・レイヴァン様の魔装です。続いて我々は電磁パルスによる電力系統のダウンを狙います。おそらく対策されているでしょうが、続いて魔力妨害、通信妨害、光学センサー妨害など、弱体化に弱体化を重ねます」

「つまり落とすつもりはない、と?」

「おそれながら陛下、あの黄金要塞を落とすとなると膨大な資源を投入する必要があります。今は時間を稼ぎ、アレを落とすに足る兵器を開発する必要があるのです。兵装戦術課はハデスと連携し、全力で新兵器の開発に臨んでいます」

「ほう。それはどのようなものだ?」

「秘匿魔術兵器として禁呪弾と並行して進められていたものになります。その名は……召喚石。使い捨てにすることで量産性を高めた古代の魔術です。召喚魔術はディブロ大陸の文献から再現されたもの。使い捨て可能な兵力の増強を期待できます」



 使い捨て可能というだけでも価値は高い。

 スバロキア大帝国は神聖グリニアのように永久機関を持っておらず、使い捨て兵器である殲滅兵のような便利なものは存在しない。黒竜も使い捨て可能ではあるが、高価なのでそう簡単に捨てられはしない。そんなことをすれば流石のスバロキア大帝国も財政が圧迫されてしまう。

 それを解決する低コストかつ使い捨て可能な兵力は魅力的だった。

 元老貴族たちは幾人か興味を示す。



「それはどのくらいで完成するものでしょうか?」

「資料はないのですか?」

「申し訳ございません。機密のものということで、ここの一冊だけ仕様書があるのみです。僭越ながら私からもう少し説明を続けさせていただきます。召喚魔術は魔物を呼び出し、操って尖兵とするというものになります。呼び出すと言っても本当の魔物ではありません。使用した魔力で魔物のような何かを構築し、従わせるゴーレムの使役術に近いものとなります」



 一見するとそれは魔力の無駄にも思える。

 大量の魔力を使って魔物のようなものを生み出し、相応の知能を与えて戦わせる。確かに便利だ。だがその一方で威力の低下は免れない。単純な威力ならば、それらの魔力を爆発にでも変換した方がよほど強力である。

 しかし今回の場合、自立して戦う使い捨ての兵器であることが重要なのだ。



「召喚石は今後計画している作戦の中核を担うものです。そのためには黄金要塞を誘導し、ワールドマップ上のある位置に移動させる必要があります。普通に戦えば無数の犠牲が生じるでしょう。それを召喚石で補うというのが参謀本部の考案する作戦です。秘匿作戦故にこの場でも明かすことはできませんが、必ずや黄金要塞を粉砕できると断言いたします!」



 ラプスは強い口調で言い放った。

 コントリアスを魔力汚染で近づくことすらできない土地に変えてしまった。また破壊によって舞い上がった塵が天を覆い、数年以内に氷河期が始まることも分かっている。

 一刻も早く破壊しなければと、内心で誰もが焦っていた。

 機密保持のためまだ詳細は明かされないが、優秀な統合参謀本部の幹部が断言したのだ。元老貴族たちも期待の目を向ける。

 また皇帝アデルハイトも深く頷き、命じた。



「作戦を進めよ。召喚石とやらが完成すれば、ハデスから購入せよ。予算は財務部と相談して決めるのだ。我々の勝利は黄金要塞を落とせるかどうかで決まる。任せるぞ」

「はっ! 必ず成果を上げてみせます!」

「期待している。さて、ではもう一つ大事な話をしなければならない。レイヴァン」

「はい。アレ、ですね?」



 改めて話を引き継いだレイヴァンは意味ありげに頷く。

 これから話すことは今日の戦略会議における最重要事項だ。本題とも言える。神聖グリニアがこれから訪れる氷河期に備えて各国が自分達に従う必要があると唱え、それを拒否した大帝国同盟圏に黄金要塞を仕掛けたように、スバロキア大帝国も神聖グリニアに対して氷河期の原因となったその責任を取れと追及してきた。その一つが、永久機関をスバロキア大帝国に渡せというものである。

 当然ながら神聖グリニアがそれを了承するとは思っていない。

 ある意味で予定調和だった。



「皆さん。神聖グリニアはこちらの要求を拒否し、コントリアスのあの災害を魔物の責任で終わらせようとしています。それを許すわけにはいきません。そのような身勝手を許せば、我々はかつての時代に逆戻りしてしまう。故に制裁を下しましょう」



 レイヴァンがそう告げた瞬間、テーブルいっぱいに表示されていたワールドマップに変化が起こる。各地で青白い線が飛び交っている。これはネットワークの通信状況を視覚化したものだ。

 こうしてみると通信には国境制限がなく、どことでも繋がっていることが分かる。

 そしてこのネットワークがなければ現代的な生活は不可能であるということを改めて思い知らせてくれる。



「ネットワーク上に悪魔を召喚します。神聖グリニアは悪魔に蹂躙され、為す術もなく朽ち果てることでしょう。あちらが黄金要塞を差し向けてきた以上、容赦の必要はありません。あの国は自分たちの行いの報いを受ける必要があるでしょう。賛同される方は起立を」



 それは多数決に見せかけた決定事項。

 誰一人として反対する者はなく、皇帝以外の全員が立ち上がる。



「よろしい。では陛下、これより神聖グリニアに対し『嘆き計画』を遂行いたします。お願いいたします」

「ああ」



 皇帝アデルハイトの目の前に仮想ディスプレイが現れる。

 彼はあらかじめ決めておいたパスワードを打ち込み、実行ボタンをタップした。

 無慈悲なる言葉を吐きだす悪魔が、神聖グリニアのサーバーへ召喚されようとしていた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る