第332話 黄金要塞、侵攻①
「最終通告の返答期限は過ぎました。仕方ありません。そうですね?」
臨時教皇としてその席に座るクゼン・ローウェルは周囲を見渡しつつ問いかけた。この場に集まっている司教は本来の人数のおよそ半分だ。それぞれすべきことがあり、委任しているのである。マギア大聖堂で行われるこの会議は、本来ならば全ての司教が参加しなければならない。だが緊急であることや、それぞれの仕事を考えて全員が集まらずとも開催されることが増えてきた。
参加していない人数が多いほど、追い詰められていることを意味する。
もはや誰もクゼンの言葉に反対意見を述べない。
「ではこれより……エルドラード王国本土侵攻を開始します」
そう告げて、自身のサインが入った電子命令書を発布する。
浮かび上がった仮想ディスプレイを軽くタップするだけで、恐ろしき戦争が始まるのだ。
「さぁ、後は結果を待ちましょう」
すると幾人かの司教は立ち上がり、この場を後にする。
彼らも暇ではない。
これからは常に何人かの司教が滞在することにはなっているが、それ以外の司教はそれぞれの仕事へと戻るのだ。
それは絶対無敵を示した黄金要塞への信頼なのかもしれない。
彼らの中で、勝利は疑いようもない事実であった。
◆◆◆
エルドラード王国は首都ドレインから東に進んだ山岳地帯に迎撃陣地を設営していた。大量の対空兵器を運び込み、また軍隊を配置して絶対に落とすと言わんばかりの陣形を組み立てている。またエルドラードを突破されるのは大帝国同盟圏としても不味いということで、北のロレア公国、南のカイルアーザ、そしてスバロキア大帝国も軍を派遣し、各国が保有する兵器も持ち込んでいる。
対する黄金要塞はたった一機で悠然と空に浮いていた。
地上には巨大な影が差し、見上げる者を恐怖させる。また既に《
「さて、どれだけもつのか」
誰にも聞かれぬよう言葉を漏らすエルドラード王国の将軍は、後方陣地でジッと画面を見つめていた。そこに映されているのは各陣地の様子の他、ワールドマップに同期した軍の配置、そして黄金要塞である。
また彼の目の前では直属の部下たちがせわしなく各地と通信し、また口々に話し合って作戦の最終調整を行っていた。
「将軍、スバロキア大帝国から通信です。黒竜は全機出撃。既にこちらに向かっていると」
「分かった。格別の礼を述べておいてくれ」
「はっ! それと同じく大帝国陸軍からも禁呪弾はいつでも射出できると」
「開幕の一撃は整ったか」
「後は将軍の一声で全てが始まります」
「ああ。ここを通すわけにはいかない。アレを撃ち落とさなければ、我々は愛すべき家族を失うだろう」
将軍は通信機を機能させる。
そして高らかに、緊張を感じさせない面持ちで告げた。
「攻撃を開始せよ!」
その数秒後、西の空からオレンジの軌跡を伴って四つの魔弾が飛来する。
スバロキア大帝国が設置した超長距離魔術投射砲により、禁呪弾《
これは失われた錬金属性の魔術。
錬金の第十三階梯《
だが今回はそれが仇となった。
ハデスの開発した新型禁呪弾《
四つのまばゆい光が黄金要塞を焼き尽くし、それが開戦の合図となった。
◆◆◆
黄金要塞と戦うにあたり、スバロキア大帝国は切り札を投入していた。一人はギルバート・レイヴァン。もう一人はジュディス・レイヴァンである。二人ともかつては魔王討伐戦にも参加し、大きな成果を上げたという経歴を持つ。
覚醒して二十年の、覚醒魔装士としては若い二人だが、スバロキア大帝国からすれば替えの効かない切り札であった。
「近くで見ると……なんていうか、ぶっ飛んでる兵器だな」
《
「アレを受けても落ちないのね」
「見る限り、表面が少し焼けているくらいか? どんだけ頑丈なんだ」
「黄金、って言っているけどオリハルコンだからでしょう?」
「まぁなぁ」
黄金要塞は呆れるほど頑丈であった。
見上げるギルバートとジュディスの夫妻は思わず溜息を吐く。
「確かコントリアスは三人も覚醒魔装士がいたんだろ? スレイって奴と、『剣聖』と『聖女』。それで落とせなかったのに、俺たちで落とせるのかね」
「やるしかないわ。そうじゃないと子供たちの未来も危ぶまれるしね」
「まぁな」
二人は見た目こそ若いが、それは覚醒したからだ。
長女サーシャを含め、何人かの子供もいる。皇妃として嫁いでしまったサーシャ以外はまだ学生で、子供たちの未来はこれからなのだ。親として、子供たちの未来のために二人は命を賭ける。
ギルバートは磁力操作によって自身を浮かせた。
《
「じゃあ、手始めに」
ギルバートは黄金要塞に向けて磁力操作を使用する。
電子スピンを操り、黄金要塞と地上を逆向きに磁化させたのだ。これによって黄金要塞は反発力によって地上から浮いてしまう。普通ならば手助けしてるだけになってしまうが、実は黄金要塞にとっては致命的である。
実は黄金要塞は永久機関からエネルギーを受けとっていない。
独立して稼働できるよう、重力を魔術でエネルギーに変換することで浮いているのだ。一見すると浮かんでいるように見える黄金要塞だが、その本質は惑星自転運動による遠心力で浮いている。重力と遠心力を釣り合わせることで浮いているように見せかけているに過ぎない。
つまり磁力反発力で黄金要塞を浮かせると、重力エネルギーを充分に吸収できない。本来は重力エネルギーを吸収することで遠心力と釣り合わせ浮いているのだから、これによって黄金要塞は深刻なエネルギー不足に陥ってしまう。
「じゃあギル。ここからは私が守ってあげる」
「頼むぜジュディ」
二人の役目はこれで終わりだ。
黄金要塞を磁力で浮かせ、エネルギー供給源を奪い取るためだけにここにいる。ギルバートは全力を尽くして磁力操作を発動する。そしてジュディスは魔装に集中しているギルバートを何としてでも守る。後は戦いが終わるまで維持すれば、黄金要塞はいずれ動力を失って落ちるのだ。
(全く……どこから仕入れてきた情報なのやら)
この作戦の詳細を詰める際、クロと名乗る人物から助言を受けている。どこから仕入れたのか、彼は黄金要塞の動力について詳細な情報を仕入れてきた。
(奴の正体を知らなかったら納得できなかったが)
皇帝の後見人として大きな権力を握るクロの正体を知る者は少ない。
ギルバートもスバロキア大帝国を復活を目論む際にクロの正体を聞いた。その時にはすでに娘のサーシャがアデルハイトと婚約しており、彼一人でどうにかできる時期は過ぎていた。だからこそ、実家のレイヴァン家にも詳しい話を聞き、『黒猫』に協力することを決意したのだ。
その『
スラダ大陸全土に浸透していた魔神教に隠れて活動を続け、スバロキア大帝国を復活までさせたのだ。その情報収集能力を信じたのである。
「あら?」
「止まったな」
「ここからが本番ね」
不意に体が楽になった気がした。
予定通り、黄金要塞がエネルギー不足に陥り《
だが、《
西の空に黒い影が現れる。
大帝国西部の山岳地帯から発進した黒竜がやってきたのだ。計算通りのタイミングである。一応は対策されているので、小規模化させた《
一方で黄金要塞も対抗するようにして次々と金属の球体を投下し始めた。それらは浮遊し、機敏に動き回る。正二十面体に光学センサーを搭載した空中適応型殲滅兵であった。
更には通常型の殲滅兵も次々と降ってくるため、地上から空中まで殲滅兵に埋め尽くされていた。
「まぁ、こっちを狙ってくるよな」
「心配ないわ。全部私が落とすから」
「頼もしいこった。俺の嫁は」
呆れるギルバートに対し、ジュディスは不敵な笑みを浮かべる。
雷の鎧を全身に纏い、その右手には激しく火花を散らす槍が握られた。防具も武器も、その全てが高密度の雷である。超高圧電流を全身から発するジュディスは、あらゆる絶縁性を破壊して万物に雷撃ダメージを通す。精密機械であるため絶縁加工が施されている殲滅兵であろうと関係ないのだ。
彼女は雷の槍をサッと一振りした。
それだけで視界いっぱいに落雷が生じ、大量の雷が天地を結ぶことでカーテンのようになる。それに引っかかった空中適応型殲滅兵は次々と機能を停止して落下していた。
「ホント、頼りになるよ」
ギルバートも気合を入れて反発磁力の維持に集中した。
◆◆◆
《
「エネルギー不足深刻です! 優先規定により居住区の電力をカット。水の生成も一割にします」
「重力魔術で釣り合わせていますが……ブレが大きいです。おそらくはギルバート・レイヴァンの磁力操作です。精密に釣り合いを維持するので担当官を割り振ってください!」
「西の空に敵航空機を観測! 速いですが捕捉できています。自動反撃は全力の四割で起動」
「だめだ……エネルギーが足りない。もっと削れるところはないのか!」
ギルバートの魔装は黄金要塞にとって致命的だった。
重力を魔術的に吸収してエネルギー転換することで浮遊するという性質は、大質量である黄金要塞にぴったりな機構だ。重力系の魔術で引きずり落とそうと試みれば試みるほど、黄金要塞にエネルギーを与えてしまうことになるという罠にもなっている。
だが、機構を知られてしまえば致命的なことになる。
引きずり落とすのがだめなら、逆に浮かせればよい。
それによって黄金要塞は重力からエネルギーが得られず、無理にエネルギーを吸収しようとすればそのまま惑星自転の遠心力によって宇宙にまで飛ばされてしまう。
「セシリア様……これはいったい……」
「慌てる必要はないわ。コントリアスで魔女が侵入したでしょ? あの時に黄金要塞の動力機構を調べられたのよ」
「は? 魔女が大帝国に? それはどういう――」
「聞く必要はないわ。これは決まっていた未来だから。どう足掻いても動力の仕組みは盗まれていたわ。魔女に盗ませるのが最も被害が少なかった。それだけよ」
「……あなたは恐ろしい人ですよ」
片目を失ってもセシリアの未来視は充分な力を持っている。何も知らない者からすれば、本当に劣化したのかと疑いを持つほどだ。
実際、魔女による情報の盗み出しを止めようと手を打つと、冥王が襲ってくる未来が見えていた。ただ、セシリアがそれを口にすることはない。
「あの人に出てもらって」
「はっ……コーネリア・アストレイ様ですね?」
「そうよ。あの人の狙撃でここを狙って。エルドラードの将軍がいるから」
「えっと。その、ギルバート・レイヴァンを狙わなくてもいいのですか?」
「いいのよ。狙っても一生当たらないから」
彼女はいつも確信めいた口調である。
そして彼女に意見を申し出ても無駄である。セシリア・ラ・ピテルはそれすらも初めから知っているのだから。
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