第331話 止まらぬ大戦


 神聖グリニアが発表した未来の災害・・に対し、世間は衝撃を受けた。

 数年以内に世界は氷に包まれ、あらゆる植物が育たない環境に変わる。そんなこと、簡単に受け入れられるはずがない。事実として日照量が低下しつつあるという証拠がなければ誰も信じなかったかもしれない。それほど受け入れがたいことであった。

 終わることのない寒冷期によって大規模な食糧不足に陥るという予測は混乱を生むのに充分だ。

 しかし同時に神聖グリニアは戦争は止めて魔神教に立ち返るように世界へと訴えかけた。永久機関があればエネルギーに困ることはない。それによって食料問題も解決される。故に神聖グリニアの方針に従うようにという事実上の従属化宣告であったが。



「コントリアスのあれってそんなことになってたんですねー」

「ああ。間違いなさそうだ」

「シュウさんなら魔法とか魔術で塵を除去できるんじゃないですか?」

「やる必要はない。これも歴史だ」

「えー。寒いのは嫌ですねー」



 神聖グリニアが公表し、各国へと訴えかけた内容によって魔神教勢力圏だけでなく大帝国同盟圏でも少なくない動揺が走っていた。とても戦争をしている場合ではないからだ。

 だが、問題は神聖グリニアによる事実上の従属化宣言。

 独立して豊かになるべく立ち上がったスバロキア大帝国と、その賛同国家からすればとても受け入れられるものではなかった。故に即座に対抗する声明を出している。



「寒冷化の原因はコントリアスを滅ぼした破壊兵器。大帝国がそう主張するのは予想通りだな」

「このせいでまた対立が激しくなっていますけどね」

「神聖グリニア……というより魔神教は寒冷化の原因を魔物に押し付けたいらしいがな」

「流石に無理がないですか?」

「情報操作すれば民衆を騙すくらい訳ない。メディアを使ってそれらしい証拠もどきを提示すれば、馬鹿な民衆は素直に信じてしまう。情報化社会の怖い部分だな。簡単に情報が手に入るから、多数派の意見を自然と信じてしまう。そこに寒冷化が魔物のせいだと考えるのが主流派だというイメージを植え付ければ、真実を知っていても主張できなくなる。蔓延る普遍・・に封殺されてしまうからな」



 神聖グリニアは魔神教の中心地であり、大きな権力を保有している。臨時とはいえ教皇が正しいと言えば、それが正しいのだと認識させることは簡単だ。ついでとばかりに大帝国同盟圏へと停戦交渉を申し出ているが、それが交渉とは名ばかりのものであることは明白だ。

 しかしスバロキア大帝国もそれを受け入れることはなく、激しく対立している。アデルハイト皇帝は断固として戦い、責任を果たせと声明を出している。また世界に大災害をもたらす国に永久機関を任せるわけにはいかないから明け渡せと強気な発言を繰り返していた。



「もうエルドラード王国での戦いは確実ですよね」

「ああ。まぁあの国についてはどうでもいい。戦い自体は勝っても負けても変わらん。黒竜に《絶魔禁域ロスト・スペル》対策も施したし、多少はいい勝負ができるだろ。重要なのは悪魔の口で神聖グリニアの社会基盤を破壊することだ」

「いいんですか? 大帝国が再起不可能になるかもしれないですよ? 黄金要塞の主砲がまた使われたらこんどこそ……」

「多少なら助けてやるさ。だが本命は『鷹目』たちの情報操作と撹乱だ。今回は『赤兎』と『灰鼠』も巻き込んで欺瞞情報やらなんやらで魔神教を完全に分裂させる」

「どうしてですか?」

「『黒猫』の奴からアゲラ・ノーマンについての情報が入った。『樹海』の聖騎士を使ってずっと調べていたらしいが、ようやく確信が得られたらしい。こちらの予想通り、アゲラ・ノーマンは既に外装を捨てている。搭載された疑似魂を移し替え、新しい肉体で活動しているというので確定だ」



 面倒なことになった、とシュウは零す。

 かつて緋王を封印していた『樹海』の聖騎士は、そこから解放された際に『黒猫』から魔装による術を受けていた。『黒猫レイ』の有する外付け魔装、傀儡の能力によって気付かない内に操られていたのである。

 それを使って『樹海』から魔神教内部の機密情報を調べていた。

 当然ながら覚醒魔装士を相手に無条件で傀儡が通用するわけではなく、特定の条件を満たしつつじっくりと情報収集していたわけだが。



「『黒猫』の話だと、疑似魂をマギア大聖堂の魔力コンピュータシステムに憑依させている可能性が高いそうだ」

「それってどういうことです?」

「事実上の不死だな。少なくともハードを破壊しただけでは殺せなくなった。分かっていたことだが、俺が死魔法を使うしかない。あるいは面倒だが、マギアのネットワークを完全閉鎖状態にしてハードを破壊するとかだな」

「それは無理そうですねー」

「別に不可能じゃない。たとえばマギア全体を空間魔術で隔離するとか、《絶魔禁域ロスト・スペル》で魔力コンピュータを使用不可能にするとかな。俺が近づけばどうせ逃げるだろうし、どうにかして包囲しないと」

「そのための情報撹乱ですか」

「気づいたら包囲されていた、というのが理想だからな」



 高度に情報化された現代では、大きな動きを見せれば即座に察知されてしまう。平和な時に暗躍しても対策される可能性が高いだけだ。だからこそ、アゲラ・ノーマンを引きずり出すために世界大戦を引き起こしたわけだが、未だに成果はない。

 シュウが直接アゲラ・ノーマンの疑似魂を見つけて死魔法を使わなければならない以上、下手に動いて隠れられてしまうのが一番厄介だ。

 如何に察知されることなくアゲラ・ノーマンを捕捉するか、ということが大事になってくる。



「次に大きな動きがあるとすれば、『鷹目』の分裂工作が成功した時だな。俺も『死神』としての依頼を幾つか受けている。それをこなしながら、あとは待ちだ」

「私はどうします?」

「エルドラード王国で起こる戦いを録画しておいてくれ。後で俺も見る」

「分かりましたよー」



 シュウの手元には『鷹目』から送られてきた暗殺リストが並べられていた。それらは皆、魔神教の神官であり、中には司教クラスの人間もいる。共通するのは、彼らが魔神教という一大組織を成り立たせている派閥のトップであるということだった。

 曲がりなりにも派閥をまとめている人間が死ねば、組織は空中分解する。

 何を信じれば良いのか分からなくなった民衆を操ることなど造作もない。



「黄金要塞も最悪の場合はハイレインが参戦すればすぐに終わる。そんなに気にする必要もない」



 そしてエルドラード王国での戦いも全く心配はしていなかった。









 ◆◆◆









 神聖グリニアがエルドラード王国を攻略し、大帝国への道を拓こうと画策する中、崩れつつある基盤を立て直そうとする動きもあった。

 大きく分ければ三つになる。

 一つは異端派による反乱の動きを調査し、釘を刺したり秘密裏に始末する動き。二つ目はタマハミ事件で滅びたエリーゼ、ドゥーエ、アルべリアを復興させる支援の動き。この三国は異端派の温床にもなっているため、一つ目の動きと連動している。そして三つ目は神言派の自爆によって吹き飛んだ第二都市エリュト果樹園の後始末であった。



「成果はどうだね?」



 辛うじて捕らえた神言派聖騎士を尋問していた男は首を横に振った。



「だめですね。薬でも使ったのか、意識が空ろです。それに記憶も曖昧で、自分が何をやっていたのかもよく分かっていないのかもしれません。ただ、神の為に身をささげる……と目的だけはっきりしているようでして、会話になりません。自白剤でも同じでした」

「三人目も同じだったか」

「ええ。一人目、二人目は発狂死してしまいました。何とか三人目はコントロールしつつ尋問を進めていますが、悪い兆候が出ています。ぶつぶつと独り言をする時間が長くなり、脈拍や呼吸も乱れがちです。自殺しないように監視はしていますが、時間の問題かもしれません」

「そうか……」



 状況を尋ねた尋問官の上司も溜息を吐く。

 神言派の事件は不可解な点が多かった。

 まずは全く気付かれずに第二都市を占拠してしまったことである。どれだけ協力者がいたのか、今になっても把握しきれていない。また協力者と思われる人間の中には熱心党の者もいた。神言派の大元である原典派ならば理解できるが、熱心党から神言派に協力する者がいるとは考えにくく、調査も遅々として進んでいない。

 他には動画サイトを使った発信だ。魔神教技術部が全力で配信を停止させようとしたが、どうしても止めることができなかった。専門の者が大量に協力していたとしか考えられない状況である。

 そして最後がアギス・ケリオン教皇との対談を望んでいたにもかかわらず、彼の乗っていた水天が撃ち落とされたことである。初めから暗殺が目的だったとも考えられるが、そもそも神言派からすればあんな目立つように殺害しては全くメリットがない。単純に教皇に恨みを持つ者が、神言派の起こしたテロに乗じて殺害を試みたと考えた方が納得できる。

 ともかくとして神言派の起こした事件は大きすぎた。とても一派閥が引き起こせるレベルを超えていた。そうなると、背後に何者かがいたと考えるべきである。尋問の理由はそこにあり、どんな存在によって支援されていたのか、背後関係を洗おうとしていたのだ。

 残念ながら、尋問による・・・・・成果は得られなかったが。



「そういえば没収した魔道具……五芒星の首飾りは解析が終わりました。いわゆる呪具のようですね」

「代償は? それも分かっているかね?」

「術式はブラックボックスになっているので、解除に手間取っています。しかしそれを身に着けていた彼らを尋問した結果から予測は付いています。おそらくは精神的に蝕む系統かと。呪具は魔力以外から代償を支払うものですし、代わりに何かが消費されます。一番わかりやすいのは……記憶、ですね」

「……外道め」



 尋問官の上司は吐き捨てるように呟いた。



「はい。記憶を代償にして魔装を底上げする呪具かと」

「尋問をしても意味がなく、突然発狂する謎。そして彼らの魔装が驚くほど強力だった理由も判明したということか」

「まだ詳しくは分かりませんが、薬物による催眠なども受けていた可能性があります。血液検査でそれらしきものは発見されていないのでこれも状況からの予想ですが」

「これだけのものを用意できるとなると、背後にいたであろう存在も絞られるな」

「ええ。私ももう少し証拠になりそうなものを集めます」

「俺が候補になりそうなものをピックアップしておく。頼むぞ」

「ではこちらを持っていってください。現状と考察を記したデータです」



 尋問官は軽く指を振って、ソーサラーデバイスの中に保存されているデータを飛ばす。

 上司の男は受信してすぐにウィンドウを開き、中身を軽く確認した。既に会話でやり取りした内容なので、改めて聞きたい部分はない。



「こんなことができるとすれば……闇組織か」

「記憶を代償にする呪具なんて明らかに違法ですからね」

「有力候補は黒猫だな。聖騎士様の捜査でも未だに壊滅させられていない、歴史ある闇組織だ。魔道具や薬物を扱う部署もあるらしいからな」

「……もしそうなら、これ以上は進みそうにないですね」

「まだ候補だ。まだ、な」



 そうは言いつつも上司はほぼ確信していた。

 黒猫という組織の全容すらよく分かっていない以上、背後にいたと判明したところでそこから追跡ができない。お手上げだな、と内心では思っていた。








 ◆◆◆









 シュウはある廃墟を訪れていた。

 その場所のかつての名はメンデルス。聖杯教会が原因で強大な力を持つ悪魔系魔物が解き放たれ、壊滅状態に陥った。その後、スバロキア大帝国空軍の空襲が行われたことで完全な廃墟となっていたのだ。瓦礫ばかりが転がっている更地だが、全く人がいないわけではない。

 メンデルスを復興しようとする人々がここで日々汗を流していた。



(かなり変わったな)



 魔術による整備で瓦礫は取り除かれ、マギアへと送られている。そこで永久機関の反応炉へと放り込まれ、質量エネルギーを魔力に変換するのだ。

 作業のために空間接続ゲートだけは取り付けられており、そこを中心に新築の家が建てられている。ところどころに未塗装のオリハルコンも使われており、金色が眩しい。かつての大都市は見る影もないが、既に田舎町と呼べる程度には整っていた。

 シュウは化学繊維製のシャツに綿のズボンという、できる限り人に紛れる衣装で町を歩き回っていた。



(さてと、目的の人間は……あれか)



 視線の先に捉えたのは聖騎士の集団だ。

 その中でも先頭を歩く大柄な男こそがシュウの目的とする人物である。シュウは仮想ディスプレイを立ち上げ、『鷹目』から貰ったデータの写真と比較する。



(間違いない。総督府直轄聖騎士団団長、カルロ・ジュゼッペだな)



 角刈りで太い眉が特徴的であるため、まず間違いない。

 彼は総督府直轄ということで、普段はディブロ大陸での任務にあたっている聖騎士だ。実力は勿論のこと、他の聖騎士から信頼が厚く、上層部からの覚えも良い。また危険なディブロ大陸での任務責任者ということもあり、民衆にも広く知られている人物であった。

 そんな彼がどうしてここにいるのかといえば、メンデルスが滅亡した経緯が理由である。強大な悪魔が突如として現れ、それによって滅ぼされてしまった悲劇を人々は忘れてはいない。ここで復興する者たちを安心させるため、人気のある聖騎士を呼び寄せたのである。

 またカルロという男は戦争にも消極的であり、ディブロ大陸での魔物掃討に力を注ぐべきという考えの持ち主でもある。

 戦争反対派の聖騎士で、民衆からも、魔神教上層部からも信頼されている男。

 『死神』のターゲットとなったことだけが唯一の不幸な男だ。



「悪いな。『デス』」



 その魂へと照準ターゲットし、死魔法を発動する。右手を軽く握るような仕草をすると同時に、カルロ・ジュゼッペは糸の切れた人形のように崩れた。

 悲鳴が上がり、慌てて近くの聖騎士が容体を確認する。

 しかし残念。

 既にこと切れている。

 彼の魂は冥王が奪い去り、冥府へと送ってしまったのだ。



「さて、次はっと」



 騒ぎが大きくなっていく中、シュウは次の標的を求めて騒然とする町を去っていった。






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