第330話 セシリアの予言


 スバロキア大帝国復活により幾つもの騒乱が起こり、幾つもの国が滅びた。

 まずは魔神教の支配から脱却し、独自の経済圏を獲得することによって豊かになろうと西方諸国が立ち上がり、大帝国同盟圏という一大勢力ができ上がった。中立を宣言した天空都市は神聖グリニアに対して徹底抗戦の意志を示し、極光弾という大量破壊兵器によりバロム共和国領土に大量破壊と放射能汚染を残した。危険と判断した神聖グリニアは神呪弾によって天空都市を木っ端微塵に消し飛ばしたのだ。同じく中立を宣言したコントリアスにまで攻め込むも、それは撃退される。ここでタマハミという新種の魔物・・が出現したために先送りとなったが、コントリアスも暴食タマハミによって被害を受けた。またタマハミによって東側の小国が幾つも滅びた。

 そして大帝国皇帝暗殺未遂事件から始まった世界大戦により、各国が騒乱に包まれる。超音速航空兵器による戦略爆撃という新たな戦争形態を生み出したスバロキア大帝国は同盟国と共に進撃し、あっという間にバロム共和国とコルディアン帝国を占領した。 

 だが様々なトラブルに見舞われながらも神聖グリニアは黄金要塞に水壺すいこという航空兵器を投入し、バロムを占領する大帝国同盟圏連合軍を撃退。更には黄金要塞によってコントリアスまでもが滅亡してしまった。壮絶な魔力汚染を残して。

 三百年ぶりに大帝国が復活して僅かな期間にもかかわらず、世界は大きく変わった。



「ふぅ」



 アデルハイト・ノアズ・スバロキアは自室で服装を緩め、ソファに身体を預ける。すぐに皇妃サーシャがその隣に腰を下ろした。



「アデル様、戦争は終わりそうですか?」

「難しいよ。知っての通り、コントリアスを滅ぼしたあの兵器はこちらに向けられる。私も決断しなければならない。敵の国を滅ぼすという決断を」

「大丈夫です。私はアデル様の味方ですから」

「ああ。ありがとう」



 若くして皇帝になったアデルハイトは、その重責に押し潰されそうであった。その両肩には西方国家の全てがのしかかっている。後見人として『黒猫クロ』や護衛の『黒鉄ハイレイン』がいるものの、気が抜ける日はない。

 このために教育されてきたとはいえ、いざその立場になってみると気苦労が多い。

 細かいことは元老院がこなしてくれるため、アデルハイトの役目は最終決定とスバロキア大帝国としての象徴的な立ち回りだ。彼がその気になれば戦争を止めることもできるが、そうすれば弱い皇帝として神聖グリニアからも下に見られかねない。そうなれば西方都市群連合だった時と同じだ。



「ただ豊かになりたいだけだというのに、どうして邪魔するのか……」

「それは……」

「すまないね。サーシャに言っても仕方のないことだった」

「お父様やお母様も力を尽くしてくださいます」

「あのお二人には前線に出てもらうことになると思う。近い内に会いに行こう」

「ええ、そうですね」



 サーシャの親は大帝国の覚醒魔装士だ。黄金要塞がエルドラード王国に侵攻してきた場合、必ず出撃することになる。生きて帰れる保証はない。



「大丈夫だ。必ずこの国を……守る」


 

 アデルハイトは彼女を抱き寄せる。

 そして少し大きくなったサーシャのお腹に手を当て、微笑んだ。







 ◆◆◆







 第二都市における神言派テロリストの抵抗は激しさを増していた。

 一応、と言わんばかりに降伏を促す勧告を続けているが、どういうわけか魔装による攻撃が緩まることはない。『魔弾』の聖騎士が投入され、狙撃によって手足を撃ち抜かれる者が続出しても彼らは戦い続けていた。まるで命など要らないとばかりに。

 自らを顧みない特攻ほど厄介なものはない。



「鎮圧はできそう?」

『申し訳ございません! 敵の抵抗が激しく……うわああっ!?』



 通信を通じて爆発音が響く。

 それ以降、前線で戦う聖騎士の声は聞こえなくなった。



「……また自爆」



 コーネリアは唇を噛む。

 彼女は上空から魔装により狙撃を繰り返し、神言派に与する聖騎士を無力化する。だがその度に自爆されてしまうため、まだ三人程度しか捕縛できていない。それも上手く気絶させた隙に魔力の使用を制限する手錠を付けてのことだ。



『アストレイ様! 奴ら果樹園を……クソ! 援護お願いします!』

「どうしたの?」



 そう聞き返す言葉が終わらない内に、エリュト果樹園で大量の火柱が上がった。急いでスコープを向けると、次々に爆発が巻き起こっている。魔力反応もあるので魔装か魔術に間違いない。



『神よ! 我らが魂をお受け取りください!』



 オープンチャンネルで言い放たれた声が耳元で木霊する。

 いや、幾人もが同時にそれを発しているのだ。何もかも投げ打つ狂信者の如き声音で、神言派は次々と魔力反応を強めた。



「撤退!」



 コーネリアは即座に命令を出す。

 だがその命令が履行されるより早く、第二都市は爆炎に包まれた。

 水壺から見える炎はあっという間に膨れ上がり、破裂してしまう。火山の爆発を思わせる炎と衝撃波により、水壺すら揺れた。








 ◆◆◆








「第二都市が爆発だと!?」



 その映像を見た時、マギア大聖堂の司教たちは顔を青ざめさせた。神の霊水を作るための原料となるエリュト果樹園が爆炎に包まれ、止めようもないほど燃え盛っていたからだ。魔物と戦うための要塞都市であると同時に、絶対に失ってはいけない場所だった。神の霊水は欠損すら回復できる万能の回復薬だ。その価値は計り知れず、ディブロ大陸の攻略においても必須となることは間違いない。

 何度映像を見返しても、炎は果樹園全体に広がっている。

 もはや消火しても遅いだろう。



「困った、などという言葉では足りんぞ」

「神言派はどうなりました?」

「捕縛を優先させていましたが、どうやら彼らは動けないと悟ると自爆を選択したようですね。恐ろしき忠誠心です。何が彼らをそこまで突き動かしたのやら」

「なんと」

「それはまた別の課題だ。ともかく霊水の確保が難しくなった。それが問題だ。今あるエリュト生産設備はどうなっていたか……」



 司教の一人がデバイスからデータベースへと接続し、電子機密書庫からエリュト果樹園についての記述を検索する。地図に連動したエリュト果樹園の位置、規模、出荷状況などが詳細に記されている重要文書だが、当然ながら司教クラスの人間ならばいつでもアクセスできる。



「これほど、か。何ということだ」



 彼は思わず呻いた。

 最大の生産地である第二都市の果樹園が失われた今、エリュトの生産力は本来の一割程度にまで低下していることが分かった。気候や土壌の関係でスラダ大陸では大規模栽培は難しく、環境整備した小規模の空間でのみ栽培されている。

 マギア大聖堂にも記念のエリュトが植えられており、その周りに回復系魔術を施した泉を整備することで霊水の湧き出る庭園が造られている。同じように各地の主な大聖堂でも、エリュトの木を植えた霊水の泉がある。後は一部の認可を受けた果樹農園が小さく栽培しているくらいだ。

 他にはエリュト栽培を真っ先に開発したオルハ社の実験農場もあるが、生産には向いていない。



「もう一つ、残念な知らせがあります」



 そう告げたのは滅亡したコントリアスについて情報を収集している司教であった。彼は現地調査に向かった聖騎士の報告や、学者の見解をまとめていたのだ。



「浄化砲の威力は凄まじいものでした。あまりにも強すぎる威力によりコントリアスは滅亡し、魔力汚染が残りました。そして何よりも問題なのは、舞い上がった大量の塵です。それが太陽光を遮り、日照量が日々低下しています。このまま塵が全土の空に広がれば太陽の光が届かなくなり、世界中が寒くなるでしょう。植物は育たず、恐ろしい食糧不足になると予想されます」

「それはまだ公表していませんね?」

「クゼン殿。できるとお思いですか?」

「そうでしょうね……寒冷期が始まるまでどのくらいの猶予がありますか?」

「予想では来年か、再来年には氷の世界になっていると思われます。やがて大河すら凍り付き、液体の水は存在しなくなるでしょう」

「それほどですか」



 浄化砲は使ってはいけない兵器であった。

 そう後悔しても遅すぎる。



「禁呪で空を晴らすことはできないでしょうか?」

「いかに禁呪でも範囲が足りんよ」

「禁呪や神呪は下手をすれば事態を悪化させかねない。それならば長い寒冷期に耐える方法を模索した方がいい。永久機関があれば不可能ではない」

「確かに食料を魔術化学合成するという方法を使えば確保できそうな気はしますね」

「戦争をしている場合ではなくなったのではないか? ここで大帝国にもう一度勧告し、降伏するよう交渉すれば……」

「馬鹿な! 奴らはマギアを汚したのだ! その報いを受けさせなければ!」

「ですがこの状況でそんなことができると思うのですか? 我々は今、協力しなければ未来がありません」

「寒冷期か。この事実を大帝国に突きつけ、永久機関の恩恵を手に入れたければ従うように言えば良いのではないかね?」

「ふむ。神子の予言とでもすればよいか。これから氷に包まれた世界が訪れる。それを乗り切るためには争っている場合ではない。人類として一つになるのだ、と」



 彼らは訪れる氷河期の原因が浄化砲であることを公表するつもりがなかった。

 当然である。そんなことをすれば黄金要塞を動かしている神聖グリニアの信用は地に落ちるからだ。またスバロキア大帝国に大義名分を与えてしまう。正義が揺らぐのは望むところではない。



「記録では冥王が凄まじい冷気を操るとか。冥王のせいにしてしまえば良いのでは?」

「危険です。冥王は人の言葉を理解するほど知能が高いと言われています。不用意に責任を押し付け、怒りを買えば……」

「何を恐れる。我々には黄金要塞があるのだ。そうだ。奴が住まう妖精郷とやらも潰せばいい」

「私も慎重に動くべきと思いますが」

「迂闊だと思いますね」

「何と腑抜けた言い分だ! 黄金要塞の本来の役目は『王』の討伐であろう?」

「まぁ、確かに怠惰王を想定して認可しましたからね」

「待ってください。どちらにせよそれは後の話です。まずは大帝国について考慮する必要があります」



 終わりそうにない議論に時間を費やす暇はない。司教の一人が間に入り、まず第一に考えるべき事柄を思い出させた。

 臨時教皇としてクゼン・ローウェルが改めて述べる。



「今後の立ち回りですが、やはりエルドラード王国が鍵となるでしょう。スバロキア大帝国の前に立ちふさがる最も大きな国です。三百年前は大帝国を打ち崩した英雄王がいた彼の国も、今やあの国の手先。躊躇う必要もありません。ただ、やはりまずは勧告を。降伏するように促し、こちらの大義名分を確保する必要があります。私たちは常に正義でなくてはなりません。それでも立ち向かうということであれば……やむを得ないでしょう」



 彼が述べた通りに事を進めるのは変わらない。

 幾人か納得していない穏健派の司教もいたが、多数決の原理により封殺された。



「では各国への根回しはいつも通り私が」

「第二都市の鎮火は私が総督府と協力して対処します。メディアへの対処も同じく」

「では神言派のような異端について調査しよう。それと一刻も早くシェイルアートも取り戻さねばならんな。異端審問部が機能していない」

「コルディアン帝国の方面は私が担当しますわ。少なくとも戦線を維持させるだけで戦力分散の効果が期待できるでしょうし、彼の国の皇帝にも面目が立ちます。あちらとしては一刻も早く領土を取り戻したいようですが」

「そういえばコルディアン帝国軍が集結し、奪還作戦の準備を進めていたか」

「ラムザ王国が義勇軍派遣もしています。こちらも殲滅兵と水壺すいこを出す予定です」

「例のタマハミ事件で滅びたエリーゼ、ドゥーエ、アルべリアへの支援も必要です。近い内に氷の世界が訪れるということであれば、それを前提にしなければなりませんね」

「全く。いつにも増してやることが多いな」



 彼らの議論は夜遅くまで続いた。

 最悪の予測が、現実のものとならないように。








 ◆◆◆








 マギア大聖堂司教たちによる会議が終わった後、クゼン・ローウェルはある人物に通話を試みた。深夜ということもあって出るとは限らないが、それでも急いで会話する必要があると考えたのだ。

 その願いが通じたのか、コール音が止まって通話が始まる。



『セシリアよ。どうしたの?』

「……私の聞きたいことも予測しているのではありませんか?」

『そうね。あなたの聞きたいことに答えるとすれば……必要なこと、だからよ』



 クゼンは思わずデスクを殴りつけ、怒りを露わにした。



「世界をこんなことにしてコントリアスをあのような惨状にすることが必要と? あなたならばこの未来も知っていたはずです!」

『ええ。知っていたわ。浄化砲を使えばコントリアスは消滅し、魔力汚染で近づくのも困難な場所になり、そして凍えた世界が訪れる。それは知っていたわ』

「ならばなぜ! それのどこが必要なことなのですか!」

『私にもやっとわかった。それだけのことよ。点と点が線で繋がったの。お蔭で私が本当にするべきことに気付けたわ』

「……何があったというのですか。あなたはおかしくなったのですか? その左目を失った日から」

『あなたには一生分からないわよ。私は忙しいの。エルドラード王国にこれを近づけないといけないんでしょ?』



 まだ彼女が知りもしないはずの情報をいとも簡単に予知してみせる。

 未来視が健在であることは明白だ。



『そうね。一つくらいは忠告してあげる。魔石に関連する資料をまとめておくことをお勧めするわ。いずれ魔装なんて役に立たなくなる時代が訪れる。あなたにはまだ役目があるのよ。とても辛い役目がね』

「それはどういう――」



 聞き返そうとするも、既に通話は途切れていた。







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