第325話 インターネット戦術
マギア大聖堂の魔神教上層部にとって最大の誤算は動画配信であった。想像以上に強力な魔装を使う聖騎士が神言派に与していたこと自体はそれほど脅威ではない。魔装は確かに強力で頼りになるが、現代戦において重要視されるのは魔術というのが彼らの考えだったからである。
第二都市に水壺を派遣し攻撃したという事実は瞬く間に拡散され、教皇へと非難が殺到することになったのだ。その始まりは分からないが、ソーシャルネットワークサービスを通じて世論は神言派の正当性を認める方へと傾き始める。
『世間では鎮圧部隊が神言派を名乗る者たちに問答無用で攻撃し、第二都市の人質を蔑ろにしたと言われています。しかしそれは誤解です。よく聞いてください』
これに慌てたマギア大聖堂は公式サイトを通じて教皇自らが動画配信を行い、釈明をせざるを得ない状況になった。
教皇として培った人を惹きつける言葉遣い、息遣い、言葉の間、仕草などを駆使して訴えかける。
『私たちは今、脅威に晒されています。思い出してください。スバロキア大帝国です。かの国は神を蔑ろにして叛意を示しました。あの日、マギアの惨劇は彼らによって引き起こされたのです。街には火の手が上がり、歴史ある聖堂すら傷つけられました。そればかりか各地へ続く道路も彼らによって破壊され、それを復旧するべく多くの民が奮闘しました。神言派はその大帝国を何も分かっていないのです。表面上の平和という彼らの甘い言葉に惑わされてはいけません。神は今、試練を与えておられます。決して屈してはならないのです』
「大量の信徒を纏め上げる教皇も大変だな……」
シュウはその放送を眺めつつタイミングを窺っていた。
今は『鷹目』がマギアに保有している自宅の一つで待機しており、幾つか仮想ディスプレイを並べて情報収集していた。表に出ている教皇の演説や、第二都市を占拠している神言派のチャンネルだけではない。普通の人間ではアクセスできないマギア大聖堂内部の監視カメラの映像まで閲覧していたのである。自由自在にサーバーへとアクセスできるマザーデバイスの特権だ。
今は第二都市で発生したテロの対処をするべく、マギア大聖堂全体が慌しくしている。『鷹目』が得意の情報操作で世論を煽り、内部分裂を促し、更には内乱にまで発展させようとしているのだ。実に上手いとシュウも感心してしまう。
神言派が配信する動画ではいかに自分たちが正当であるかを訴えかけており、第二都市が水壺の攻撃で破壊されている様子も生中継されている。あくまでも対話を望んでおり、これは正当防衛だと主張することで世論を味方に付けようとしているのだ。魔神教も必死に動画配信を止めようとしているらしいが、それは無理というものである。情報戦術の強力さを理解していたシュウが何十年もかけて準備してきたのだから。ハデスが生み出したネットワーク技術を利用している時点で詰みなのである。
『忘れてはなりません。武力行使によって第二都市を奪い取ったのは彼らです。騙されては――』
『アギス・ケリオン教皇! あなたは聖堂の権力を私物化している! 民の声に答えよ!』
『神の真理に耳を傾けろ!』
『私たちは騙されないぞ!』
『――何事か? 放送中だぞ』
「お、始まったか」
教皇が動画の生配信により釈明を行っている最中、乱入者が現れる。本来であれば見張りの聖騎士がそれを止めるはずだが、その乱入者たちは無理やり突入したのだ。まるで箍が外れたかのように、目的のためならばどんな手段も厭わないと言わんばかりの表情で教皇を糾弾する。
『我々は聖戦派である! 戦争を止め、本来の教義に立ち返ろうとする神言派を強く支持する。彼らは対話を望んでいるのだ!』
『やめてください! これ以上は力ずくで――』
『私たちは暴力を否定する! 神は言われた! 隣人を自分のように慈しめと! 私たちは大帝国の人々を許し、慈しみ、そして力は魔物を滅することに向けなければならない。神の国を望むのだ!』
『く、なんて力だ……おい応援を!』
『私たちは屈しない! コントリアスに向けているあの力を魔物に向けるまでは!』
『教皇猊下、早くお下がりくだ――』
『逃げるな! あなたは何度偽れば気が済むのだ!』
驚く教皇を聖騎士が支え、彼らが壁となって押し寄せる聖戦派の神官や聖騎士から守ろうとする。だが興奮している聖戦派の者たちは勢いが衰えることがない。寧ろ、一層力強く押し寄せた。その目は狂気で血走ったようにすら見える。
自分たちを正義だと思い込んでいるからだ。
またこれに呼応するようにして聖戦派と思われる一般信徒たちがネットを通じて言葉を発信し始めた。ある者はソーシャルネットワークサービスで、ある者は動画で、ある者はラジオで。凄まじい速度で侵食していく神言派擁護の意見は、それが世論であり、市民の総意であるかのように錯覚させる。
世論とは言ったもの勝ちだ。
実際には
『真なる神の御使いたる聖女様と剣聖様に従いましょう! あの方々こそ希望です!』
『神の器を求めよ。さすれば与えられん。聖杯を望むのだ』
『戦争は不毛です。止めましょう』
『魔物の殲滅こそが本当の教えだ。人と戦争するなんてとんでもない』
ネットワーク上に次々とアップロードされていく意見を眺めていると、魔神教が非常に脆い組織のように思えてしまう。
しかしこれは『鷹目』が時間をかけて蒔いた種が芽吹いただけのこと。
もはや釈明どころではない。
このまま教皇がテロ鎮圧を語りかけても逆効果となるだろう。
神聖グリニアは『鷹目』の計略により、内部から苦しめられることになった。
◆◆◆
コントリアス首都を攻撃する黄金要塞は、戦場をその内部へと移ろわせていた。アイリスが送り込んだ奈落の民の他、遂にコントリアス軍も黄金要塞へ到達したのである。
それ一つで都市のようでもある黄金要塞は外側に兵器が密集している。
奈落の民が殲滅兵や魔術砲台による歓迎を受けたように、コントリアス軍にも激しい攻撃が見舞われた。
(何人残った……半分くらいか?)
命をなげうつ覚悟を決めた二千人の兵士の内、およそ半数となる千人が黄金要塞まで辿り着いた。スレイが操る樹木龍に乗っての移動だ。黄金要塞からすれば巨大な的でしかなく、多くが撃ち落される結果となった。多くの犠牲を払って黄金要塞まで到達したのが僅かに千人。
スレイは唇を噛む。
また到達したところで簡単ではない。
「防壁を張れ! 隠れつつ攻撃を繰り返すのだ!」
主に指揮を執るのは将軍だ。
コントリアス軍は長方形の魔術防壁を張り、そこに隠れつつ隙を見て攻撃していた。地の利がない場所で的確に陣を組み、囲まれている状況でもまずは耐えることに成功する。
メインの攻撃手段はスレイの覚醒魔装だ。
あらゆる魔装のコピーという破格の能力を有する彼は、知り得る覚醒魔装を複数同時に具現化した。ジュディス・レイヴァンの持つ雷の鎧で身を守り、ナラクの身体強化を使い、アロマ・フィデアの樹木操作能力で地の利を増やしていく。更にはベウラル・クロフの闇の穴を発動することで魔術砲台や殲滅兵を消滅させ、あるいはセルア・ノアール・ハイレンの聖なる光で魔術を無効化する。更にはギルバート・レイヴァンの磁力操作で吹き飛ばす。追加とばかりにクラリス・ウェンディ・バークの水晶竜を召喚し、エータ・コールベルトの操る暗黒物質を槍状にして降り注がせる。
最後にラザード・ローダの魔力腕へとシンクの聖なる刃を持たせて周囲を切り刻む。
スレイ一人で充分な攻撃力を叩きだしていた。
「我々は陣地の維持に集中せよ。攻撃はスレイ殿に任せるのだ。我々がここを維持することで彼も存分に攻撃へと集中できる!」
将軍は自分のするべきことを理解していた。
黄金要塞は地の利がない場所だ。ならば陣地の確保こそが戦いにおける肝要となる。
「盟友たる奈落の民も戦っている! 彼らに恥じぬ戦いをせよ!」
黄金要塞の一画は樹木に侵食され、コントリアス軍陣地へと書き換えられていく。
半数を失ったとはいえ、今のところ順調に見える。だが慎重な将軍は密かに、順調すぎるという本来なら喜ぶべきことに嫌な予感を覚えていた。
◆◆◆
奈落の民、コントリアス軍と二つの戦線を内部に抱える黄金要塞だが、司令部ではセシリアが慌てることなく指示を出していた。
「エリア四十から四十二に殲滅兵を集結させて。空中型は外縁部から回り込ませるように。スレイ・マリアスに押し込ませて孤立させるのよ。それとエリア二十の彼らは放置でいいわ。今のところ拮抗しているし、あちらはいずれ休息する必要もある。焦る必要はない」
一見すると押し込まれているように見えるが、セシリアはそう思わなかった。
その理由は黄金要塞の継続戦闘能力である。浮遊するこの巨大要塞は、位置エネルギーを変換することで動力を得ている。つまり自身にかかる重力がエネルギー源だ。浮き続ける限り無限にエネルギーを生産し続けるので、見かけ上の永久機関と言える。この膨大なエネルギーによって黄金要塞内部では殲滅兵が生産され続けており、おそらく尽きることはない。ただ、マギアの永久機関ほどではないので無駄に使い放題というわけにはいかないが。
「非戦闘員の退避が完了です。おっしゃられた通り隔離区画に……しかしよろしいのですか? 隔離区画は何も作業できませんが」
「構わないわ。今ある戦力で充分。陽が沈むまではこのまま。私たちは時間をかければいい。それに
「はい。言われた通りの配分で」
「放つのは夜。文字通り悪夢になるでしょうね」
セシリアは残っている右目に軽く手を当てる。
未来視に強く干渉する力を感じたからだ。そして彼女はその原因も理解していた。
(やはり魔女。来るのね)
彼女は何気ない仕草で監視カメラへとアクセスし、その一つを仮想ディスプレイに映し出す。そこには鼻歌を歌いながら歩く黒髪の少女があった。
既に侵入者として認識されている少女に対し、黄金要塞の人工知能は自動で迎撃しようとしている。だが迎撃機構は次々と破壊され、全く意味をなしていなかった。少女が鼻歌交じりで歩くだけで次々と破壊されていくさまは不気味である。
それだけではない。
魔女は予期せず姿を消し、唐突に別の場所へと現れる。
「この侵入者、不気味ですね」
「ええそうね。時の魔女だもの」
「ですね………………は? え? これが……え? 魔女?」
「そうよ」
時の魔女は最も有名な反逆者だ。
それが黄金要塞に侵入していると聞き、副官は言葉を失った。
◆◆◆
「んんーん。ふふーん。義理は果たしましたし、気が楽ですねー」
アイリスは興味のままに歩き回る。邪魔な警備システムは過去へと雷撃を送り込む《
閉じられた隔壁も、それが開いていた過去を呼び出すことで通り抜けられる。あるいは短距離転移ですり抜けてもよい。
「んー……シュウさんがいずれ妖精郷を浮かせたいって言っていましたし、参考になると思ったんですけどねー。動力ってどこですかねー」
だが、相変わらず迷子であった。
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