第324話 第二都市の攻防


 分類としては浮遊戦艦空母となる水壺は、空を飛びながらディブロ大陸に向かった。スラダ大陸と直結する港のある第一都市より北側を通り抜け、そこから南東に飛んで第二都市へと進んだのだ。

 神の霊水を作るための原料として栽培されているエリュト果樹園が広がるその場所は、空からは見えないが神言派勢力によって占拠されている状態にある。水壺の司令官として乗り込んでいる聖騎士バルカークは、ひとまず情報収集から始めた。



「第二都市の聖騎士はどうなっている?」

「配布されているソーサラーリングの位置情報を見るに、一所に集められているようです。また聖騎士の中にも神言派として裏切った者が多数いる模様」

「……魔物の殲滅を主張していた者はディブロ大陸に異動となったのだったな。それでか」

「おそらくは」



 バルカークは苦々しい表情を浮かべる。

 内部は完全に制圧されており、更には第二都市へと直接乗り込む手段となる空間接続ゲートも閉鎖されてしまっている。より正確にはゲートが破壊されているらしく、閉鎖解除は不可能ということだ。



「やはり空挺降下と水天による援護で一気に制圧する他ないか」

「しかしあちらは抵抗の意志を見せればエリュト果樹園と工場を破壊すると……」

「こうして指を咥えて眺めてるわけにもいかん。それにいきなり爆破ということもないだろう。一度爆破してしまえば、あちらは交渉の手段を失うのだ」



 このテロ行為について、一見すると神言派が有利に見える。

 だが彼らが交渉材料としているエリュト果樹園と精製工場を爆破した場合、魔神教は満を持して全戦力で殲滅することができる。破壊されたのだから躊躇う必要がないということだ。

 つまり神言派も手札を切るタイミングを考える必要がある。



「奴らもそこまで馬鹿ではないだろう。これだけのことをしでかしたのだからな」

「なるほど」

「手配しろ。陽が沈む前に事を終わらせる」



 まもなく空が赤くなる時間だ。

 バルカークの命令通り、水壺三番艦グラールは攻撃準備を開始した。









 ◆◆◆








 空中に現れた水色の浮遊戦艦空母のことは、神言派もすぐ認識していた。



「何? アレは教皇を乗せた乗り物ではなく我々を攻撃するための?」

「間違いないです。情報が流れてきました。例の協力者です」

「そうか」



 覆面で鼻から下を隠した男たちがそんな会話をする。

 第二都市の中枢を奪い取ることで占拠した彼らは、市民を何か所かに分けて集め、余計な動きができないようにしていた。また抵抗してきた聖騎士や神官魔術師は捕らえてある。



「密かに集会・・を繰り返していたお蔭で我々の協力者・・・は随分と多い。だがあの兵器で攻撃されるとなると話は別だ」

「どうする?」

「聖騎士や神官を集めた場所でお香を焚け。我々の教えを説き、仲間になってもらおうではないか。それと工場は爆破だ。あちらに我々が本気であることを知らしめる必要がある。果樹園は復興に時間がかかるからな。そちらはもう一つの手札として残しておく方がいい」

「なるほど。それは良い。では早速やるとしよう」



 覆面の一人がテーブルに並べてある小瓶を一つ、手に取る。その中には緑色の粉末がいっぱいに詰め込まれていた。



教えを説く・・・・・のに時間はかかるまい。首飾り・・・も使わせろ。まだまだ余っている」

「ああ、そうだな」



 第二都市上空に水壺が現れると同時に、神言派も動き出していた。









 ◆◆◆









 空が夕闇へと染まる前に事を収める。

 そのつもりで神聖グリニアはほぼ独断により水壺三番艦グラールを派遣した。搭乗する聖騎士や水天のパイロットも専門の訓練を終えた者ばかりが選ばれた。

 決してテロには屈しないという信念によって派遣された彼らだが、その認識は甘かったのだと理解させられることになる。

 次々と水天が空に飛び立ち、第二都市を解放する作戦が開始された直後、それは起こった。

 突如として都市の一画に火柱が立ったのだ。炎は上昇気流に乗って渦を巻きながら上へ上へと伸びていき、やがて水壺が滞空している数百メートルという高さにまで達する。



「何だ!」



 バルカークは巨大なメインモニターへと映されたそれを目の当たりにして叫ぶ。水壺の艦橋ブリッジではすぐにワールドマップと参照され、どこで巨大火柱が上がったのか解析された。



「バルカーク様! 工場です! エリュトの成分を抽出する精製工場が爆破されました」

「馬鹿な! 奴らはどういうつもりだ!」

「こちらを。配信が始まっています!」

「映せ」



 相変わらず削除できない動画サイトでは、生放送で新たな映像が配信されていた。顔の下半分を布で隠した男たちが残念だと言わんばかりの口調で話し始める。



『我々は魔神教神言派だ。神が禁じておられる人と人との争いを止めるため活動するものである。罪深き教皇の蛮行を止めるべく我々は対話を求めた。だが教皇は話し合いなど不要とばかりに我々を攻撃したのだ。見せしめとしてエリュトを精製する工場を爆破した。その映像がこの後流れることだろう。そして生産の止まった神の霊水のせいで多くの死者がでるかもしれない。だが我々を恨むのは筋違いである。こうなることを承知で実力行使を始めたのは教皇なのだから!』

「戯言を……先に実力行使したのはそちらではないか!」



 バルカークは声を絞り出して非難する。

 その言葉が画面に向こうに届くはずもないと分かってはいるが、思わず言葉に出てしまった。



『我々はそちらが対話に応じぬ限り抵抗する。我々こそが正義である!』



 そこで動画そのものは止まったが、バルカークたちはここからが始まりであった。視界の端にあったモニターに、爆発する水天が映されたのだ。

 驚く間もなく地上から炎や雷、また質量体が飛来する。それらは純科学機械の水天に直撃し、次々と撃ち落していた。神言派による攻撃だと気付くのにさほど時間はかからなかった。



「地上を映せ! 何者だ!」

「光学解析完了です。これは……魔装か!? それにしては威力が……詳細は不明ですが強力な対空攻撃により水天は対応できません!」

「馬鹿な! 地上からだと? こちらがどれだけの高さにいると思っている!」



 そう言い終わらない内に艦橋が揺れた。

 中央のメインモニターには水壺の底部が被弾したという事実が映し出される。



「クソ……当艦への被弾は気にするな。この程度で落ちることはない。だが水天の高度を上げろ。対地艦砲射撃用意。水爆弾は使うな。通常砲弾だ! まだ第二都市に市民がいることを忘れるな! それと空挺降下の準備はどうなっている?」

「艦砲射撃用意! 射角マイナス八十!」

「空挺降下は危険です。地上から狙い撃ちにされます」

「ならば準備だけ進めておけ! まずは対地砲撃で敵対空戦力を削る」



 現在、水壺は数百メートルの高さにある。普通は魔術や魔装で届かない距離だ。仮に届いたとしても意味のある威力にはならない。例外は戦術級と呼ばれる魔術以上のものだけだ。

 だが神言派戦力は地上から次々と攻撃を行っている。そのどれもが規模としてはそこまで大きくもないものであり、とても戦術級以上とは思えない。つまり個人の力量によってここまで届かせているのだ。



(まさかここまで実力のある者たちがいたとは)



 高出力の魔術や魔装を扱うにはそれなりの魔力がいる。ソーサラーリングには蓄積した魔力を使って発動する機構も付けられているが、それで発動した魔術は大した威力にならない。一般市民が生活に便利な程度の魔術を使う程度のものだ。また蓄積魔力も本来はソーサラーリングを情報デバイスとして扱うためのバッテリーに過ぎない。

 この距離まで届く上に水天を破壊しうる威力を発揮できるということは、神言派勢力が大きな魔力を有する実力者ということに他ならないのだ。少なくとも聖騎士で言うところのAクラスは必要だろう。



(伝え聞いた神言派の性質を考えれば……魔装士。神言派に傾倒した聖騎士か)



 原点に忠実な彼らは魔装士は総じて神に仕えるべきと考える。また魔術を人の業として認めない。より正確には魔術より魔装を上位に置いている。今やすっかり古くなった考え方だが、いつの時代にもそういった人種はいるものだ。

 ただこれほど強力な魔装を使う者が神言派にいるということはバルカークにとって予想外であった。



「建物を多少壊すくらいは構わん。殲滅だ。全砲門開け」

「全砲門開きます。対地照準システムをグラール人工知能へと委託。標準設定の反撃で固定。エネルギー効率計算開始……完了しました。全力攻撃は六百秒まで可能です」

「もう少し伸びんのか!」

「魔術砲撃をカットして実弾に限定すれば日が暮れても撃ち続けられます」

「よし。では実弾限定で放て!」

「主砲、および副砲十八門で各所を照準。人工知能による優先順位に従い砲撃を開始します」

「こちら艦橋ブリッジ。倉庫各員に告ぐ。魔術砲撃のエネルギーをカットし、実弾兵器に限定せよ。繰り返す――」

「甲板の水天は待機。待機だ! あ? だから待機っつってんだろ!」

「魔力照合急げ。観測できたソーサラーリングの位置情報から敵聖騎士を割り出せ!」



 慌しくなった指揮所では各員が大量のモニターを展開し、情報整理しつつ戦況の解析を進めていく。搭載された人工知能に大まかな戦闘を任せることで、ある程度少人数でも充分に動かせるのだ。水壺は水天を運用してこそなので、搭乗員のほとんどが水天の乗組員となっている。人数を節約するため、このような仕組みとなっていた。

 水壺から大量の砲弾が放たれるのに対し、地上からは強力な魔装攻撃が次々と飛来する。

 観測される魔力や効果の規模から推察して高位の聖騎士に匹敵するようなものばかりだ。



「もっと高度は上げられんのか!」

「だめです。これ以上は都市結界の範囲外に出てしまいます。本艦が範囲外に出ている隙に結界を張られると、こちらからはどうすることもできなくなります!」

「そうか! それもあったか……おのれ」



 高度を下げれば強烈な魔装攻撃に晒される。

 逆に上げれば都市結界を張られて侵入できなくなる。

 バルカークは苦しい戦いを強いられることになった。









 ◆◆◆









 魔神教はエル・マギア神を信仰する宗教であり、古くからその教えがある。だが時代と共に組織が巨大化し、その中で教えに対する解釈にも分裂が生じた。細かい解釈は聖典を読む人それぞれだが、それはともかく魔神教において二つの大きな方針が存在する。

 一つは神を信じていない者に教えを説き、エル・マギア神の下で一つになるということだ。神を信じることが救いとなり、それが神の望みであるという考え方である。

 もう一つは魔物を滅することに注力する考え方だ。スラダ大陸はほぼ魔物が滅び、現在は魔力溜まりから弱い魔物が生じる程度である。真の目標は七大魔王の住まうディブロ大陸の征服、そしてスラダ大陸に残る冥王の討伐である。

 後者の考えをする派閥の中で、聖戦派と呼ばれる者たちはディブロ大陸奥地に神の国があるのだと考えていた。



「教皇の考え方に賛同してはいけません。神の国はディブロ大陸にあります」



 マギア大聖堂の奥の間にある密室の一つでは、ある儀式が行われていた。

 部屋の中央には小さな壺が置かれており、そこから緑色の煙が立ち上り部屋に充満していた。その壺を囲むようにして神官服や聖騎士服の人物が座っていた。ただ一人、壺の側で言葉を語る男だけが立っている。



「戦争は止めさせなければなりません。このままでは神の国が遠のきます」



 男は繰り返し、同じことを告げていた。

 一方でそれを聞く周りの者たちは項垂れた様子で、あるいは放心した様子でジッとしている。またある者はうわ言のように男の言葉を繰り返していた。

 少なくとも中央の男以外はまともな状態ではない。



「教皇は戦争に反対するため立ち上がった者たちを消そうとしています。これは権力の乱用です。そのような神に仕える者としてあり得ぬ所業を許してよいはずがありません。我々は立ち上がらなければならない。我々は立ち上がらなければならない。そう、我々は戦わなければならない」



 何度も繰り返し語りかける。

 緑の煙はその男の周囲だけを避けるように揺らいでいた。

 このお香には弱い幻覚作用と強い酩酊作用があり、吸い込むと夢を見ているような気分になる。しかしすぐに覚めてしまい、また煙を吸って夢見心地になる。そうして夢と現実を行き来する間に刷り込みを行うのだ。これは強烈な催眠術となり、嘘の記憶を植え付けることすらできる。



「武力は必要ありません。言葉も集まれば力となります。ただ訴えるのです。ただ強く訴えれば、それだけで私たちは勝ちます。何も手を汚すわけではありません。聖典の通り、慈しみの言葉を伝える。それが私たちの戦いです。想像してください。私たちの活動の先にある豊かな神の国を」



 今、この場にいる聖戦派の聖職者たちは皆、聖戦派として今の戦争に反対している。またディブロ大陸での活動を望んでいる。それに沿った都合の良い記憶を与えれば、後は思い通りに動いてくれる。



「さぁ、聖戦を始めましょう。後は頼みますよ『死神』さん」



 緑塵ろくじんを用いた催眠を行う『鷹目』は不敵に笑みを浮かべた。






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