第323話 神言派
神聖グリニアとコントリアスの戦争は特に報道されたわけではなかった。こういったものは結果だけ伝えられるものである。
だが、ごく一部の伝手を有する者たちはリアルタイムで戦況を理解していた。
「始まったな」
『そのようですね』
シュウと『鷹目』は通信しながら状況を見極めていく。
二人にとっての戦場はここではなく裏社会。シュウの出番はまだ先だが、『鷹目』は既に色々と動き回っていた。
『こちらも駒を動かします』
「それはどっちの駒だ」
『聖騎士ですよ。違法なお香で催眠儀式を行っている現場を押さえます。粛清という奴ですよ。異端審問部のあるシェイルアートがまだ取り戻せていないお蔭で情報操作が楽でした』
「俺が動くタイミングは?」
『そちらに動画サイトへのリンクを送っていますよね? それを見ておいてください。そうすればタイミングは分かりますよ』
確かにシュウの手元にあるデバイスにはリンクが送られていた。既に仮想ディスプレイを展開し、そこに繋げている。
『鷹目』の言った通り、動画サイトへと繋がっている。
ただ、まだ再生できない。
『神言派の方は私が処理しますよ。ようやく
「例の催眠か?」
『ええ。魔神教上層部にも神言派ならこんなことをしでかしてもおかしくない……という印象操作を行っていますから。
「なら、俺はその動画とやらが停止されないように細工すればいいわけか」
『お願いしますよ。まぁ、私の方でもできなくはありませんが、そちらでやっていただいた方が万全でしょうね』
内部分裂工作によって魔神教は様々な爆弾を抱えている。『鷹目』はそれを幾つも同時に起爆させようというのだ。本来ならば聖杯教会もそれに組み込まれるはずだったのだが、予想を超えて暴発したので慎重を期すことになった。
そして今、ようやく完遂されようとしている。
「本来の計画からはかなりずれたが……」
『その分、ことも大きくなりますよ。アゲラ・ノーマンについても分かれば良いのですがね』
「ああ。今は完全に情報が途絶えているからな」
『今回の策で魔神教内部が大きく変わりますからね。今まで知り得なかった情報が入るかもしれません。それに期待するとしましょう』
「ディブロ大陸の方は?」
『順調に工作を進めていますよ。今はスラダ大陸内部に目が向けられていますからね。あちらは何でもやり放題です。楽しくて仕方ありませんね。それと魔神教内部でも教皇にさり気なく助言する形で沢山異動させましてね。ディブロ大陸には聖戦派や魔物を嫌悪する人を集めておきました。その内暴発するでしょう。しなければ暴発させます』
「酷い話だ」
『このために黒猫で活動してきましたからねぇ』
三百年前、スバロキア大帝国が革命軍によって敗れた時からこの世界は黒猫によって演出されている。技術の発展ですら根幹となったのは『死神』が裏で統括するハデスだし、今になってスバロキア大帝国が復活したのも黒猫の策略だ。
一人でもこの事実に気付いた者がいれば発狂したかもしれない。
信じられないと嘆き叫んだかもしれない。
自分たちの歴史が始まりから終わりまで計画された人形劇だったなど、知らない方が幸せだ。シュウも『鷹目』も、そして最大の協力者たる『
『さて、私は仕上げのためにそろそろ動きますよ』
『鷹目』はそう告げて通話を切った。
◆◆◆
ディブロ大陸第二都市と呼ばれる場所は、元は豚鬼系の魔物が巣食っていた。現在は神の霊水の原料となるエリュトを大量栽培する都市として栄えている。神の霊水は今やなくてはならない回復薬であり、神聖グリニアを含めた魔神教勢力国家からすれば最重要といっても過言ではない都市であった。
防衛のためにオリハルコンで建造されているこの都市では、ある計画が立てられていた。
「遅かったようだ」
マギア大聖堂の奥の間ではケリオン教皇が緊急で司教を集め、対策会議を開いていた。
その理由はある動画投稿サイトを通して公表された声明である。
『神は魔を滅するべく人に魔装を与えられた。神を恐れよ。神は人の行いを見ておられる。ああ、祝福の人を害する者に災いあれ。聖典六章二十三節の言葉である。見よ、教皇は黄金要塞なる力を人に向けようとしている。これは神に背く行いだ。民よ、顧みよ』
そこで再生されたのは白い覆面で顔の鼻から下を隠した男たちによる宣言であった。
彼らは皆、魔神教神官の服を着ている。そのため内部派閥による行いであることは明白であった。そして問題はこの動画そのものではない。
『我々は重ねて戦争を止めるよう上申してきた。しかし傲慢なる教皇は我々の忠告を無視したばかりか戦争を強硬したのだ。これは現教皇アギス・ケリオンが自らの利を優先した愚かしさの証拠に他ならない。民よ、目を覚ますのだ。我々は罪深い男によって騙されている。今すぐコントリアスとの戦争を止め、魔神教本来の行いに戻るのだ。その確約がされるまで、我々はディブロ大陸第二都市を占拠する』
動画を配信した犯人グループは、魔神教にとって最も重要な都市機能の一つを麻痺させてしまった。それも戦争中の今である。多くの怪我人が生じるであろうこのタイミングで神の霊水が生産できない状況に陥ろうとしていたのだ。
正確には第二都市全体というより、エリュト果樹園と精製工場の占拠であったが。
それでも大変困った事態であることには変わりない。
『我々の行いは正義である。悔い改めよ。神の教えを守れ。我々は魔神教神言派。堕落した魔神教に本来の教えを取り戻す執行者である』
宙に浮く仮想ディスプレイ上に映されていた動画が停止する。
そしてまず教皇が自ら口を開いた。
「さて、知っての通り、神言派のテロリズムは事前にその可能性が示唆されていた。故に今日……まさに今日、聖騎士を派遣して連行するはずだった。だがどうやらあちらに先を越されたらしい」
「猊下、第二都市のゲートは閉鎖されております。こちらから援軍を送り鎮圧するのは難しいでしょう。少なくとも時間がかかります」
「その前に動画を削除できないものですか? 民への説明も必要です」
「神の霊水も備蓄がありますが、大帝国を打ち倒すまで持つとは思えませんな。いや、黄金要塞があれば可能か……? 確か黄金要塞にも自給程度の霊水生産設備がありましたな」
「バロムなどの北部はそれで押し返せていますが、コルディアン帝国は未だに大部分が占拠されたままとなっております。あちらに対処するはずだった水壺が消失したとも聞いておりますが?」
「待ちなさい。それは別問題です。まずは神言派に対処しなければ」
問題が連続して起こりすぎた。
またこの神言派による占拠テロに乗じて、聖人教会も同調の意志を見せている。聖人教会は裏切り者として手配されている『剣聖』や『聖女』を神の使いとして神聖視する派閥だ。『剣聖』と『聖女』こそが神の意志を体現する者であり、その二人に従うべきという考えを活発に発信している。
まるで狙っていたかのような動きであった。
「要求は?」
司教の一人が尋ねる。
すると教皇は無言で頷き、動画の続きを再生した。
『我々はアギス・ケリオン教皇との直接対談を望んでいる。期限は三日。それまでに従えぬようであればエリュト果樹園、および精製工場を爆破する。今は南ディブロ大陸で鬼系魔物が増加しつつあるようだ。その対処に多くの聖騎士が奮戦しているとも聞く。賢明な判断を期待しよう。もう一度言うが、我々は教皇と一対一での対談を望んでいる』
この後も神言派の活動や、実際の第二都市の映像など動画が続く。
ただ彼らはそこで止めて本題へと移った。
「猊下はどうするおつもりで? まさか要求を呑むと?」
「それはなりません! このようなこと……一度でも許せば同じようなことが何度でも起こります!」
「しかし神の霊水を止められているのだぞ?」
「やはり第二都市だけに生産を依存させるのはよくありませんか。今はこちらにも小さなプランテーションが幾つかある程度ですよね」
司教たちの共通意見として、まず要望は聞かないというものであった。
テロリズムへの対応において大切なのは、絶対に屈しないことである。一度でも屈してしまえば、同じテロによってどんな要望でも聞かせられると思われてしまう。今を簡単に解決できるかもしれないが、今後を考えれば悪手なのだ。
とはいえ、非常にタイミングが悪い。
また要望も教皇との対談ということもあり、民衆からすれば『それくらいならいいじゃないか』と思われてしまう。教皇とテロリストが会談の機会を持つことで重要設備が解放されるなら、民はそうしろと言うだろう。
「動画が痛いですな。お忍びというわけにはいかなくなった」
「どうにか止められないのかね? ローウェル司教はその手のことに詳しいはずだが」
「技術部が全力で対処していますが、防壁が堅固で突破は不可能と」
「……それほどの技術を一派閥が持っているとは考えにくい。支援していると考えるのが妥当だろう。やはり大帝国……いやハデスか」
こんなことができる組織は限られている。
最高クラスの技術を持つ魔神教の技術部ですら不可能ならば、同じく世界最高の技術を有するハデスの仕業に他ならない。
教皇を含め、司教たちが消極的なのはこれを理解しているからだ。
しかしこれは証拠があるわけでもなく、状況から推察されたことに過ぎない。またハデスは本社を西に移してヘルヘイムという企業都市を築いてはいるものの、東側への影響力は残っている。敵対しているのは国家であって、企業ではない。証拠もなく非難したりすれば、評価が落ちるのは魔神教の側だ。
これが普通の国家なら証拠を捏造してでもことを進めるのだが、生憎と神聖グリニアは宗教国家である。そのようなことは許されないし、虚偽によって他者を貶める行為は聖典においても禁じられている。提案しようものなら即座に司教の座からも引きずり降ろされるだろう。
「フォーチュンステラ司教の後釜も決まっていないというのに次から次へと」
「そもそも対談する目的はどのようなものでしょうか? 猊下は心当たりがありますか?」
「おそらくはコントリアスとの戦争に関するものであろうな。神言派は原典派に近い考え方だが、より忠実だ。人間同士の争いを一切認めないということに違いない。戦争を止めるなら私が発言するのが手っ取り早いだろうからな」
「なるほど。しかしスバロキア大帝国という脅威がある以上、ここで止めるわけにはまいりません。コントリアスを攻め落とし、スレイ・マリアスを聖騎士として迎え入れ、その上で大帝国に対して交渉すれば休戦には持ち込めるかもしれませんが」
「休戦? あり得ませんな。かの国はマギアを汚した! その報いを与えてやらなければ!」
「そうするにしても内部を清浄に保つ必要がありますよ。神言派も少しは触れていましたが、南ディブロ大陸は魔物が増加傾向にあります。現地の聖騎士の負担を考えれば霊水は必須です。殲滅兵による防衛網もたびたび突破されていると聞きましたよ」
「危険なのは南だけではないがね。北の方も魔物は増えているし、東ディブロ海に面した第四都市でも海の魔物がよく見られているそうだ。我々は大帝国だけに戦力を割くわけにはいかない」
現状、ディブロ大陸は各国共有財産ということになっており、加盟国がお金を出し合って維持している。当然ながら大量の出資をしていた方が発言力は高い。この出資において神聖グリニアは七割を維持しており、実質独断で大抵のことは決められる。
またほぼ征服しているスラダ大陸と異なり、ディブロ大陸には大量の魔物が生息しており、強さも桁外れだ。多くの戦力を割り振る必要があり、実をいえばランクの高い聖騎士はディブロ大陸に出張することも多い。
結界に守られているとはいえ、人類の拠点である第一から第四の都市を失うわけにはいかない。
戦争を理由に手は抜けないのだ。
「そこまでにしよう」
熱の上がっていく場を一度収めるため、教皇は鋭く言い放った。
「
テロには屈さず。
異教徒には粛清を。
命令が発動され、すぐさまそれは神聖グリニアの保有する軍港へと知らされた。発令から数時間と経たずに水壺三番艦グラールが発進し、第二都市へと向かうことになったのだった。
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