第322話 聖女の守り
コントリアス首都まで二十キロというところまで黄金要塞が迫った。既に首都は黄金要塞の射程範囲であり、いつ攻撃が始まってもおかしくない。
「セルア殿、よろしくお願いします」
「はい。必ず街を守ってみせます」
王宮の一番高い部屋で準備を整えたセルアは力強く頷く。
コントリアス首都はこの王宮を中心として広がっており、王宮の周囲は公園の他、議事堂や裁判所など執政に関係する建物がいくつもある。そこから放射状に大通りが伸ばされ、都市が広がっているのだ。郊外や副都市も含めればかなりの広さになるだろう。
「この国を守ってみせます」
セルアはそう告げて、祈るように目を閉じた。深く集中し、その身に宿す魔装を解放する。額にある
そして次の瞬間、首都が淡い光の結界に覆われた。
聖なる光によって編みこまれた強固な結界である。
首都内には避難しきれなかった人や、疎開できるあてのなかった人たちがまだ多く残っている。そんな人々を守るための結界が張られたのだ。
またこの聖なる光による結界は殲滅兵など魔術兵器の侵入を阻むものであり、物理現象を弾くわけではない。そこでセルアは更なる結界を張る。
「陛下、軍はどうなりましたか?」
「もう結界の外で待機しておる。問題ない」
「分かりました。《
続けて聖なる結界の内側に光の第五階梯《
《
首都に張られたこの三重結界こそが戦争の要となる。
守りはセルア一人に託されていた。
「くっ……」
魔力を無限に自動回復する覚醒魔装士の力を以てしても、消費魔力が凄まじい。集中を切らせば途切れてしまいそうなほどであった。
(勝つまでは、倒れるわけにいきません)
それはまさに聖域。
一切の侵入を阻む絶対の防御だ。
聖なる光の壁があるお蔭で、《
命を削ることになろうと、必ず守る。セルアはそんな思いで結界を発動し続けた。
◆◆◆
三重結界の発動がコントリアス軍における一つの合図であった。
正確には将軍が率いるコントリアス軍はまだ待機であり、先に動くのは奈落の民四十名と協力者の魔女ことアイリスである。
「じゃあいきますよー」
アイリスはそんな気の抜けた声で彼らに知らせ、魔術陣を広げた。
奈落の民は少数ということもあり魔術陣の大きさもそれほど必要ない。そして転移する先は当然ながら黄金要塞の中であった。
鍛えられた肉体によって戦う奈落の民やナラクは、空に浮く黄金要塞に対して攻撃手段を持たない。だからこそアイリスの助けを借りて直接乗り込むのだ。
転移の直前、ナラクは告げた。
「
『おうっ!』
黄金要塞はまるで空飛ぶ街だ。
だが破壊を仕事とする『暴竜』やその一族に気負った様子はない。全く問題ないと考えているのだ。
そして次の瞬間、転移の魔術が発動する。
彼らの姿は消失した。
◆◆◆
「外縁部に未登録反応を検知! 侵入者です!」
「対応は!?」
「すでに終わっています!」
黄金要塞指令室は転移で現れた侵入者に対して慌てて対応しようとした。だが搭載された人工知能によってすぐさま情報が整理され、状況が画面に映されたことでそれも終わる。
「数は……百もいませんね。これなら問題ないでしょう。流石ですね神子様」
ホッと息を吐いた管制官の一人が隣に座る神子セシリアへと話しかける。
それに対してセシリアは当然と言わんばかりに頷いた。
「言ったでしょう? あの場所に配置しておいてと」
「理由を言って頂かなければ分かりませんよ……しかしこれで対応できるでしょう」
「さぁ、どうかしら?」
セシリアは空中に浮かび上がった仮想ディスプレイを眺める。
そこには殲滅兵、そして新型となる空中適応型殲滅兵、また幾つもの砲台によって囲まれた奈落の民が映し出されていた。
◆◆◆
転移直後、大量の兵器に囲まれたナラクは関係ないとばかりに動き出した。
「そらぁっ!」
古傷の残る丸太のような腕から剛撃が放たれ、近くの殲滅兵が吹き飛ぶ。魔術金属によって覆われた殲滅兵はそう簡単に破壊されるほど柔ではない。しかし『暴竜』として君臨し続けるナラクの一撃に耐え切れるほどではなかった。
またそれに続いて奈落の民たちも一斉に戦い始める。
不利な戦場という事実に恐れる様子もない。
ギョロギョロと不気味に動く単眼から光線が放たれてもそれを避け、気を練った一撃によって殲滅兵を内部から破壊する。
「なんか不気味なのがいますねー」
またアイリスは空に浮かぶ新型の殲滅兵に目を付けていた。
それは既存の多脚型ではなく、三角形が張り合わされた正二十面体の形状をしている。また全ての面に目が取り付けられており、全方位に向かってどんな体勢でも攻撃できるようになっていた。空中適応型として新たに開発された殲滅兵は、空から一方的に奈落の民に《
水素プラズマを放射するこの魔術は戦略級として区分される。
如何に奈落の民が強靭でも、人体が耐えきれる威力ではない。
そこでアイリスが自身の魔装を応用した術を放つ。ただそれが目に見えるわけではない。しかしながら魔術が発動するたびに空中適応型殲滅兵が落ちていく。
(奈落の皆さんに当たらないようにしなければいけませんね)
彼女が放った術は《
時が遅い空間と早い空間を交互に並べるというだけの魔装の応用だ。空間を細かく分割して制御するので集中力が必要だが、その効果は計り知れない。
電子や魔力によって制御されている機械は時が狂ったことで破綻し、人体も同様にあらゆる体内の運動量が捻じ曲げられて崩壊する。《
宙に浮かぶ空中適応型殲滅兵は内部を制御するシステムを狂わされ、次々と落ちていた。
また奈落の民も負けていない。
「壊せ壊せ! 我らは偉大なる師父の子孫!」
「ハハッ! そんなもんかァ!」
「金色の壁は堅い。気ィ練れよ!」
彼らは独特の戦闘術を用いる。
魔力を身体に流れる力と考え、それを自身の内側だけでなく外側にも流して循環させるというものだ。彼らは気という概念でそれを考えている。練り上げられた魔力が流し込まれることで、オリハルコンですら魔術的な硬さを失い、破壊されてしまう。
気による戦闘の強みは接近戦においてあらゆる魔術が無効化されてしまうことだ。
また人体に直接流し込めば、その身体を破裂させることもできる。
ナラクほどになれば魔力によって周囲と一体化を果たし、大自然を操りながら戦うこともできる。
「ウォォォォォ! ラアァァァァッ!」
気合を込め、ナラクが多脚殲滅兵を蹴る。
腕力の数倍はあるとされる脚力から放たれた一撃は容易く殲滅兵を弾けさせ、衝撃波が黄金要塞の一角を崩してしまう。オリハルコンの装甲に守られた巨壁に亀裂が走り、周囲が大きく揺れた。
人工知能によって制御された自動砲台がナラクを危険と判断し、銃口を向ける。次々と発射されたオリハルコンコーティングの弾丸はナラクの体表にぶつかり、簡単に弾かれてしまった。
「あぁ? 温ぃぞォ……」
身体強化という単純極まりない魔装を覚醒させた彼によって、大抵の攻撃は意味をなさない。魔力によって皮膚の化学結合力が極限まで強化されているからだ。また魔装士ならば誰もが自然と纏っている魔力の守りも他とは比べ物にならないほど強い。これについては気として魔力を操っているからということも理由に挙げられるが。
故にナラクには銃弾すら通じない。
雷撃や炎の魔術砲台もアイリスが次々と狂わせ、破壊している。
時を操る魔装とは万物の調和を狂わせる魔装なのだ。時間というあらゆる現象の基準を自由自在に変化させる彼女が、殲滅兵ごときに後れを取るはずもない。
「さてさて。私は奥に行かせてもらいますよー」
アイリスは分厚く頑丈に張られたオリハルコン装甲に向けて手を伸ばす。魔術的な硬さによって凄まじい強度を誇るオリハルコンだが、アイリスにかかればそんなもの意味をなさない。
見つめた先にある一点へと時間操作の魔装を作用させる。
発動したのは時間停止。
これによって空間上のある一点だけが時を止めた。
周囲の空間が時を進めていく中、その一点だけは変わらずに止まっている。空間的には連続であるにもかかわらず、時空という面においては不連続な特異点が生じてしまった。この時のずれは時空の連続性を破綻させ、空間を維持するために必要なエネルギーが無制限に高まっていく。
やがて不連続で不自然な空間を維持するためのエネルギーが
停止した一点は世界から見捨てられ、どことも分からない発散空間へと消失する。その際に捨てられた一点は爆縮を引き起こし、周囲の空間を巻き込んで消滅するのだ。
「《
そう名付けられた魔装の応用術により、オリハルコンの装甲はこの世から消失した。ただ一点を時間停止させただけで、かなりの広域がごっそりと削り取られる。球状に削られたオリハルコン装甲は大人二人分ほどの直径にもなる穴が空く。硬さなど関係なかった。
消失しても困らないごく小さな一点だからこその現象であり、広範囲を停止させているのならば不連続空間を維持した方がエネルギー的に楽だと世界が判断してしまう。空間を支えるエネルギーが四次元球において最小値となる法則を利用した攻撃だ。
妖精郷で時間操作について研究していた際に生じた副産物であった。
「色々調べさせてもらいますよー」
多脚型や空中適応型の殲滅兵がアイリスの行く先を阻むが、彼女はそれを次々と無力化して排除する。アイリスと同じく時を操ることができない限り、その道を塞ぐことはできない。
奈落の民が激しい戦闘に身を置く中、アイリスは目的のため黄金要塞を探索し始めた。
◆◆◆
黄金要塞に奈落の民が転移した直後、コントリアス軍総勢二千人も空へと駆け上っていた。コピーの魔装を持つスレイ・マリアスが『樹海』の聖騎士が有する魔装を操り、樹木龍を生み出したのである。樹木龍はコントリアス軍の兵士を乗せ、上へ上へと昇っていく。
「来るぞ。迎撃せよ!」
コントリアス軍将軍が魔術通信を使って叫ぶ。
黄金要塞は地上より昇る大量の樹木龍を迎撃するべく魔術砲台を下に向けて放っている。また空中適応型殲滅兵が大量に射出され、コントリアス軍を狙う。兵士たちは魔装や魔術を使って迎撃しようとした。その筆頭がスレイであった。
彼が発動した魔装はギルバート・レイヴァンの有する磁力操作であった。
空間中に存在するあらゆる物質は電子によって結合している。その電子は二つの状態が存在しており、量子力学の世界ではスピンとして記述されるものだ。電子スピンは磁力の起源となる性質で、それを自在に操ることで万物に磁力を与えることができる。
「あの人ほどは上手くないが……」
スレイが思い浮かべたのは本来の使い手。
地面や空気にも磁力を与え、万物を自由自在に動かすあの能力だ。使いこなし、極めればどこまでも強くなれるのだろう。スレイは磁力操作により強烈な磁場を生み出し、殲滅兵を狂わせる。殲滅兵は魔術兵器である一方、機械によるシステムも内蔵した複合品だ。故に強い磁場によって狂ってしまう。
また重力制御によって浮いている空中適応型殲滅兵も強すぎる磁場によって磁化してしまい、不規則に宙を舞うことになった。
「スレイ様に続け!」
「うはぁ……高ぇ」
「怖けりゃ目を瞑ってろ」
「冗談言うな。俺がこの国を守るんだ」
兵士たちも気迫では負けていない。
そもそも戦うことを拒否した兵士たちはこの場にいない。命を捨ててでも国と家族を守りたいと思った兵士だけがここに残っている。イグニアス王は敢えて徴兵を強制しなかった。最悪は覚醒魔装士や一部の兵士だけで戦うことも想定していたのだ。
「……くそ、この攻撃密度は」
磁力による空間支配を実行しても、スレイは黄金要塞に近づけた気がしない。彼の操る多数の樹木龍も制御を簡略化するため、真っすぐ進むだけにしている。だが黄金要塞は遥か空の上だ。空が遠く、黄金要塞から降り注ぐ攻撃が樹木龍を削り取る。
スレイは絶大な魔力から放たれる魔装を複数同時に使いこなし、できる限りの攻撃を防ぐ。しかしながら彼一人で全てを守れるわけではない。流れ弾が仲間の兵士を吹き飛ばし、地上へと落としてしまう。
(助ける余裕がない。済まない)
心の内で謝罪しつつ、それでも前を目指す。
この戦いで勝つ方法はたった一つだ。犠牲を顧みず、黄金要塞に乗り込み、落とす。あれほどの物が落ちれば脱出できない者は死ぬしかない。戦争に勝つにしても負けるにしても、死を覚悟した者しかここにはいない。
巨大な砲台が樹木龍の一つに向けられる。
電磁力で投射する砲弾であり、音速など容易く突破した。
「っ! 怯むなああああああああああああ!」
巨大な砲弾に貫かれ、砕けて落ちていく樹木龍を横目にスレイは声が枯れるほど叫んだ。
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