第321話 援軍の魔女


 神聖グリニアがコントリアスへと黄金要塞を差し向けるにあたり、国内や他の魔神教を国教とする国々ではプロパガンダが行われた。

 それはコントリアスが神に叛逆することを表明したというものであり、様々な理由をつけてあらゆる面から悪者に仕立て上げたのである。悪は滅ぼさなければならないという世論を浸透させ、遂に黄金要塞をコントリアスの国境付近にまで移動させた。

 ただこの時間はコントリアスにとっても良い方向に傾く。

 戦争が激しくなることが予見されたので、多くの民は田舎や他国へと疎開することになった。その時間が稼げただけでもコントリアスにとっては僥倖だった。



「何とか分散できた、か」



 コントリアス軍は首都に集結させることで、今のコントリアスはほぼ守りがない。首都と王宮を守ることだけに力を集中させているのだ。

 というのも、軍行動における原則を利用したからである。

 侵略行軍において、戦闘が発生するのは侵略される側が抵抗するからだ。仮に抵抗がなければ侵略者は進み続ける。

 つまりコントリアス軍は各所から撤退することで自由に進軍できる状態を整え、首都の決戦で全てを決めるつもりなのだ。黄金要塞の性能を鑑みた戦力の集中運用である。



「スレイ……行くのね」

「君には逃げて欲しかった」

「いいえ。私は一緒にいるわ。だってスレイは私の騎士なのでしょう?」



 スレイの妻はかつての王女。

 そんな彼女の為にスレイは聖騎士とならず、コントリアスへと留まった。ずっと彼女を守るために、騎士であり続けるためにコントリアスに残ったのだ。



「必ず守る」

「ええ。あの子たちのためにも生きて帰りましょう」

「約束するよ」



 念のため、子供たちはスバロキア大帝国に逃がしている。

 一応は王族なのだ。もしものことがあってコントリアス王家が滅びてしまっては再興もできない。象徴の王家とはいえ、コントリアスを建て直すには王族が必要なのだ。故にイグニアス王も子供と王妃だけは国から逃がしている。

 スレイは彼女を正面から抱きしめ、最後になるかもしれない温もりを確かめる。



「君はここに。勝って戻る」

「いってらっしゃい。私の騎士様」



 もうコントリアス首都からも黄金要塞が見える。

 二人がいる王宮テラスでもその様子をはっきり確認できた。スレイは決死の覚悟と共に、必ず生きて戻るという決意を秘める。



(必ず、守る)



 二度と彼女に触れられないかもしれない。

 そんな不安を抱えつつ。







 ◆◆◆







 黄金要塞を迎え撃つにあたって、コントリアス軍は援軍を手配していた。それは盟約を結ぶ奈落の民たちである。巨大な地の裂け目の底に住む彼らは、特殊な戦闘術を修めた少数民族だ。実をいえば、その長は黒猫の『暴竜』である。

 イグニアス王は将軍を伴い、『暴竜』ことヴェルドラ・ナラクが率いる奈落の民たちと会っていた。



「以前に続きよろしく頼みたいナラク殿」

「うむ。構わんぞ。それが盟約であるからな」

「何度も申したが、今回の戦いは……」

「分かっているとも。だが我々は戦いに生きる民。敗北はあれど、背を向けることはない」



 勇ましくそう告げるナラクは実に頼もしい。

 また彼を師父と慕う奈落の民たちも同様に自信たっぷりの顔であった。独特の赤い衣装をまとい、顔や体に化粧をした彼らは戦うための準備をすでに整えている。その数は四十。軍隊として考えるならばあまりにも少ないが、彼らの戦闘力を考えれば凄まじい戦力であった。

 ただ、イグニアス王はその中に他とは違う少女がいることに気付いた。ブラウスにスカート、そして丈の長いジャケットという戦闘民族に紛れるには苦しい姿である。

 とにかく気になって仕方なかったので、正直に尋ねることにした。



「ナラク殿、そちらの少女はいったい……?」

「気にするな。俺の知り合いがよこした助っ人のようなものだ。如何に我らとてあの空まで上がるのは骨でな。それができる者を貸してもらった」

「こんにちはーなのですよー」

「そ、そうか」



 緊張感のない様子にイグニアス王は戸惑う。

 だが将軍は少女を見て緊張した表情を浮かべた。そして王に顔を寄せ、耳打ちする。



「あの少女、ただ者ではありませぬ。凄まじい魔力が渦巻いております。覚醒者の可能性もあるかと」

「何?」

「間違いございません。スレイ様と同じ気配を感じます」

「……なるほど。ナラク殿が頼るわけか」



 偶然、世に覚醒魔装士が埋もれていたとは思わない。

 ヴェルドラ・ナラクが奈落の民の長にして黒猫の『暴竜』であることはイグニアス王も密かに知るところだ。そんな裏社会にも通じる古き覚醒魔装士が連れてきた覚醒魔装士というだけで少しは予想がつく。黒髪、金の瞳、若い女、という特徴も加味すれば答えは自然と定まる。



(時の魔女か)



 冥王アークライトを目覚めさせ、ラムザ王国の旧王都が滅亡した原因であり、人でありながら『王』の魔物に与する魔女。かつてはSランク聖騎士も殺害したという有名な存在だ。

 見た目こそ可憐な少女だが、それに騙されてはいけない。

 だが今回ばかりは嬉しい誤算だった。



「我々コントリアス軍もスレイの魔装で上に向かう。だがそちらが独自に上がる方法を得ているのであればお任せしよう。首都はセルア殿に任せ、暴れてきてくれ」

「うむ。存分にな」



 ナラクは不敵に笑みを浮かべた。








 ◆◆◆








 絶対的な性能を見せつけた黄金要塞だが、実は魔神教の内部でも賛否が分かれていた。

 魔神教における本来の教えは他者を慈しむという一点に尽きる。大量破壊、大量殺戮、一方的な支配を目的とした兵器を認めない集団も一定数存在するのだ。

 またそれを理由にして世論を集め、発言力を伸ばそうとする異端も絶えない。

 異端というわけではないが、神言派と呼ばれる者たちもその一つだった。



「猊下! アレの使用をすぐに取りやめていただきたい!」

「あのような人を人と思わぬ兵器を作り、戦争に使うなど神の御意志ではない!」



 神言派代表として訪れた司祭と助祭は激しく教皇を糾弾していた。

 忙しい教皇に対して前々から面会を申し込み、ようやく叶ったのだ。これを機に言いたいことは全て言うつもりなのかもしれない。

 興奮した様子の二人に対し、ケリオン教皇は穏やかに答える。



「いいえ。これこそが神の試練。敵は強大だった。君たちも覚えているだろう? スバロキア大帝国は卑怯にも宣戦布告したその瞬間、マギアを破壊しようとしたのだ。そしてこの神聖なるマギア大聖堂までも傷つけた」

「ならばコントリアスは無関係でしょう? 手を差し伸べる。それこそが神の言葉です。聖典に記された真実の言葉です!」

「エル・マギア神が排除すべきと語るのは魔物。それに力を向けずしてどうするのですか!」

「神を侵すのであれば人であろうと魔の領分であろう?」

「熱心党は不信仰な者にも手を差し伸べると思っておりました」

「私は充分に手を差し伸べた。それを幾度となく打ち払ったのはあちらだとも。コントリアスについてもそれは変わらない」



 平行線上を走る互いの主張は決して交わることがない。



「何ということを……偉大なる加護を受けたセルア・ノアール・ハイレン様、そしてスレイ・マリアス様と敵対するなど」

「猊下は分かっているのですか? 我々は祝福された人と戦おうとしているのですよ」

「話し合いをする期間は終わった。差し伸べた手を払いのけたのはあちら。私は何度もエル・マギア神に立ち返るよう文を送ったがね」

「ならば最後まで手を差し伸べるべきでした! 大いなる力を向けるべきは魔物! 聖典に記されている言葉です」

「それにあなた方は人の業である魔術に頼り、神の祝福を蔑ろにしている! これは由々しきことです!」

「蔑ろにする? そのようなことはない。魔術も魔装も同じく神の業だ。研究から魔装とは人に備わった特化術式であることがほぼ分かっている。現実を見なさい」

「教皇ともあろうお方が聖典を疑うのですか!」



 神言派が最も許せないのが魔術兵器であった。

 正確には現代における魔術の考え方が気に入らない。

 祝福とされる魔装と、人の業とされてきた魔術を混同させる現代の考え方を認められないのである。聖典をそのままに受け入れる彼らはこの点において激しく対立していた。

 また聖典をそのままに受け入れるという立場上、戦争にも反対である。

 全ての魔装士が魔神教に属するべきという主張については大賛成だが、それはあくまでも話し合いによって為すべきと考えている。それが教えを説くということだと信じているのだ。



「人は皆、神の下で等しいのです。御覧ください教皇猊下。我々の考えに賛同する方々は日に日に増えています。こんな世だからこそ、人は正しい言葉を求めているのです」



 もうこれ以上は意味がないと考えたのだろう。

 司祭は最後にこう言い残す。



「明日、第六小礼拝堂で小さな祈りの会を開きます。猊下もぜひお越しください。祈りの会に参加した方々はとても良かったと皆申しております」

「そうかね。考えておこう」



 謁見できる時間は限られている。

 立ち上がり、司祭と助祭は共に去っていった。

 だが教皇はしばらくその場から動かず、デバイスで何度も時間を確認していた。それからしばらくして部屋の扉がノックされる。



「失礼します猊下」

「ホークアイ殿か。待っていたよ」

「神言派について色々と報告を。他にも不穏分子の動きがありますので、そちらにも時間を取られておりました」

「構わない。君の情報は信頼している」



 ホークアイ・カンパニーは情報という商品を扱う企業でありながら、ケリオン教皇の懐刀のような立場もある。それは社長の息子が聖騎士ホークアイとして尽くしているからだ。

 こうして魔神教内部についても外からの視点で色々と調べさせていた。



「最近勢力を伸ばしている神言派ですが、集会を開いて薬物を使った催眠を行っているという話がありますね。サンプルを手に入れましたので調べさせましたが、禁制品ではありませんでした。お香の一種として認められる範囲ではあります。弱い幻覚作用や酩酊作用があり、それによって催眠をかけているとか」

「なるほど。それが正体というわけか。私も彼らの集会に誘われたよ」

「また現体制に不満を持つ勢力と協力関係を結んでいるようですね。聖人教会もその一つです」

「……あの組織か」

「ええ。『剣聖』と『聖女』を神聖視する集団ですね。コントリアスに攻撃することが決まってから反対運動を繰り返しています。強引な手段を取るのも時間の問題でしょう」

「証拠はあるかね?」

「こちらに」



 そう言いながら持ってきたケースを開き、紙でまとめられた資料を取り出す。電子データや魔力データは流出の恐れもあるので、こういった最重要秘匿事項は紙でまとめることが多い。



「神言派が使っていると思われるお香ですが、入手ルートを突き止めました。製造元は不明ですので、組織ではなく個人による製作でしょう。そちらは追々」

「任せよう。神言派が取引していたのは?」

「こちらが契約書の写しです。取引相手は女神教会。ラムザ王国南部のごく一部で活動している組織です。魔神教とは異なる土着信仰と思われます」

「なるほど。魔神教以外を信じることは違法。そんな違法組織と取引しているということであれば、神言派を取り締まることもできる」

「先に粛清しておくのが良いと思います」



 魔神教は組織として巨大になりすぎた。

 様々な思想を持った人間が同じ組織に属せば、解釈の違いも現れる。求めるものに違いも現れる。ちょっとした多様性は許容するが、明らかに道を外れた思想は正さなければならない。それも教皇としての仕事なのである。



「情報に感謝する。司教たちと協議し、近い内に粛清しよう。報酬はいつもの通りにしておく」

「はい。今後ともよろしくお願いします」



 コントリアスで決戦が始まろうとしていた裏で、魔神教も内部の掃除を試みていた。ただ、それがコントロールされたものだとは知らずに。






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