第316話 バロム上空決戦③


 地上はこの世の地獄であった。

 降り注ぐ炎、雷、光が草木を焼き尽くし、降り注ぐ砲弾が地面を砕く。安全な場所など存在しない。戦場に出てきてしまった者たちは等しく命を散らす。装甲車に乗っていようとも変わらない。黄金要塞より無差別に放たれる砲弾が直撃すれば爆散するのだ。

 戦闘開始から僅か一時間で、ロレア・エルドラード連合軍は壊滅した。撤退する間もない、文字通りの壊滅である。



「勝った! 黄金要塞があれば勝てるぞ!」



 要塞内指令室では歓声が上がっていた。

 広域に魔力の使用を制限し、圧倒的な防御性能を誇り、手の届かない空から一方的に蹂躙する。これだけ条件が揃えば負けるわけがない。

 だが彼らは空を支配されていた恐怖を乗り越えた。スバロキア大帝国の解き放った超音速航空兵器をも超える兵器により、空を奪い取ったのだ。



「流石ですね神子様」

「普通よ。ただ見えた通りにしただけ」



 またこの絶対的な勝利は司令官として座すセシリアのお蔭でもあった。彼女はその右目によって多くの未来を見る。戦略家としてこれほど優れた魔装はない。

 寧ろ今まで未来視の魔装使いを徹底的に保護、管理してきた魔神教が間違いなのだ。神子を通して未来より迫る危機を感知し、上層部で対策を考案し、聖騎士が実行する、というプロセスを通っていたので機動力に欠けていた。彼女は一切の予言をしなかったというのもあるが。



「攻撃停止」



 セシリアは短く命じる。

 中央の三次元マップを見る限り、もう攻撃の意味はない。これ以上は無駄にバロム共和国の領地を破壊してしまうだけである。

 大帝国に勝てる。

 悪の元凶を潰せる。

 正義を執行できる。

 そんな甘い汁によって彼らの感覚は誤魔化されていた。

 黄金要塞が恐ろしき破壊兵器であるという事実を。








 ◆◆◆







 バロム上空決戦と称されたその戦いは魔神教勢力の大勝利として大きく報道された。機密にするつもりなどないとばかりに各メディアが黄金要塞の威容を報道し、勝利に花を添える。いつ空から黒い竜が襲ってくるかもわからないという恐怖を払拭する、絶対の力を示したのだ。

 大帝国などおそるるに足らず。

 押されつつあった神聖グリニアは勢いを取り戻した。



「神子様が黄金要塞に乗ると聞いた時には驚かされましたが……こうして聞くと素晴らしい働きだったとか。片目を失い、未来視の力が弱体化したとも聞きましたが」

「弱体化したといっても歴代神子とは比較にならない能力だがね」

「だがこれで我々の勝利は確実となった」

「やはりエネルギーの差が鍵であったな」



 余裕が生まれたからか、マギア大聖堂の司教たちも表情が穏やかである。

 元から技術的な面では大きな痛手があった。それは戦争前にハデス本社が移転したことである。三百年前のスバロキア大帝国帝都が存在したその場所は、今や一つの技術都市として再建されている。とても一つの企業ができることではないので、元から大帝国と組んでいたことは明白であった。

 最先端の技術は全て西側へと流出し、神聖グリニアは技術と共に経済的影響力までも失っていたのである。



「我々にはアゲラ・ノーマン博士と永久機関がある。それにあの黄金要塞さえあればディブロ大陸の攻略も進むのではないかね?」

「確かにそのような声もあったな」

「追加で黄金要塞を建造しているのだろう? ならばそれも問題あるまい」

「早計ですよ。まだ忌まわしき敵に神の鉄槌を落とすのが先です」

「ふむ。確かにその通りですな」



 圧倒的な防御力と火力に加え、空を飛ぶというアドバンテージを有する黄金要塞は、『王』の魔物への対策としても期待されている。

 南ディブロ大陸の怠惰王ベルフェゴール。

 そしてスラダ大陸南西にあるとされる妖精郷の冥王アークライト。

 現在確認されており、なおかつ討伐不可能と言われていた『王』の討伐も現実味を増している。

 よってケリオン教皇も久しぶりの笑みを浮かべていた。



「猊下……どうかされましたか?」

「いや、このような穏やかな気持ちは久しいと思ってな。思えばエル・マギア神へと祈る時ですら心が荒んでいた。いつも戦場へと心が傾き、信徒の模範として相応しくない姿だった。私も神に仕える者となって長いが、改めて自らの不信心さを悔い改めた」



 心当たりがあるのか、他の司教たちも僅かに眉をひそめる。

 宣戦布告と同時に首都マギアが空襲され、インフラも破壊され、タマハミという謎の魔物が現れ、『剣聖』と『聖女』が裏切り、第二の都市とまで言われたメンデルスは悪魔によって滅ぼされた。更には同盟国であるバロム共和国とコルディアン帝国は領土のほとんどを失う始末。

 もはや敗北は必至に思われた。

 不安を覚える民たちの導きとなるべく、進んで祈る姿を見せ、また励ましの言葉を送った。心の奥底で小さな諦めの種が芽吹いていることを自覚しながら。



「我々の祈りは神に届くのだ。今こそ神の威光を取り戻させるとき。人々に信仰の力を思い出させ、エル・マギア神に立ち返るよう告げ知らせるのだ!」



 教皇は宣言する。

 神を信じよ。

 世界を創りし魔神エル・マギアを思い出せ。

 へりくだり、祈り、褒め称えよ。

 さすれば神の怒りが落ちることはないだろう。

 そんな言葉と共に黄金要塞の映像が全世界へと配信される。圧倒的な破壊兵器を見せつけられた大帝国同盟圏各国は大いに揺れた。民は恐怖し、信仰を取り戻さんとした。

 バロム上空決戦は、一気に戦争の流れを変えたのであった。






 ◆◆◆






 神聖グリニアがメディアを通じて配信した映像について、大帝国元老院でも早急な対策会議が行われていた。皇帝アデルハイトも参加する御前会議の場で、エル・マギア神を思い出せという文言と共に黄金要塞が地上を蹂躙する映像が流される。



「まるで脅しですな」



 元老貴族の一人が呟く。

 すると他の元老たちも深く頷いた。



「とはいえ効果は抜群です。既にエルドラード王国は暴動が起こっているとか」

「ロレアは大公暗殺事件がありましたから奮闘する動きです」

「モール王国もバロムとコルディアンに隣接する大国ですから動きが気になりますね。場合によって裏切るということも……」

「そのようなことになれば制裁するまで。黒竜で叩き潰しましょうぞ」

「問題はそこです。黄金要塞に近づくと黒竜が落ちたとか」



 彼らは《絶魔禁域ロスト・スペル》という魔術を知らない。

 そのためなぜ黒竜が落ちたのか原因不明なままなのだ。黄金要塞が現れると同時に戦場との通信も途絶えてしまったので、魔力を妨害する何かだと考えられている。



「魔力を阻害する研究は古くからされてきました。『王』の魔物への対策として。まさか神聖グリニアがすでに開発し、しかも我々に対して実戦投入してくるとは」

「あの国のことだ。開発していればディブロ大陸での失敗はなかった。ならば最近になって完成した技術ということだろう。何とも間の悪いことだ」

「しかしこうして議論するだけでは対策にもならん。ハデスは何と言っているのかね?」

「対策中、としか」



 スバロキア大帝国にとって頼りとなるのはハデスだ。

 大陸を支配していた魔神教と戦うため、広大な土地の権利を与えてまで招聘した。かつてのスバロキア大帝国が帝都としていた滅びの土地も、今やハデスの高層ビルが立ち並ぶ一つの都市ヘルヘイムになり果てている。都市が丸ごとハデスの持ち物なのだ。

 民間にこのようなことを認めるほど、スバロキア大帝国はハデス財閥に信を置いていた。



「……暗殺も視野に入れなければならんな」



 ふと元老の一人が呟いた。

 同時に会議の場へと緊張が走る。



「黒猫を使うのですか?」

「確かに『死神』ならば、あるいはという気持ちもありますが」



 皆が自然と皇帝に視線を向けていく。

 こればかりは自分たちの手に余る案件だ。仮に暗殺するとすれば、その対象は教皇となる。一国家の頭を潰すのだから、様々なことを考慮しなければならない。邪魔だから暗殺、という安易な行いは無駄な混乱を生む。

 アデルハイト帝も難しそうな表情を浮かべ、その後に隣へと目を向けた。

 一部の元老貴族と皇帝だけがいるはずの御前会議の場に、ただ一人平民でありながら参加する者。無表情で印象の薄い青年である。



「クロ、どう思う?」

「では僭越ながら。かの教皇は熱心党という魔神教勢力のトップでもあります。ここしばらくは魔神教原典派も力を失い、異端派も力を伸ばしている状態です。暗殺をそれらの勢力の仕業であるという風に仕向けることができれば、あるいは」

「確かにその通りだ。幸いにも執行部のあるシェイルアートはまだこちらが抑えている。決行するならば今ということか」

「はい」



 汚いやり方ではあるが、実に効果的だ。

 バロム共和国とコルディアン帝国の中間地点にある独立監獄都市シェイルアートは、未だに大帝国同盟圏の連合軍が占領している。魔神教を査察する執行官たちも簡単には動けない状況だ。ならば今のうちに非主流の魔神教派閥の仕業に見せかけた暗殺は有効となる。

 またクロと呼ばれた青年は続けた。



「現在司教としてマギア大聖堂に名を連ねているクゼン・ローウェルという男は原典派として有名です。技術部の担当司教として多くの権限を握っています。仮に現教皇……アギス・ケリオンを暗殺したとすれば、次の教皇は間違いなく彼でしょう」



 この情報は大きい。

 熱心党はとにかく信者を増やすこと、神に立ち戻ることに力を入れている。一方で原典派は魔物の殲滅に力を入れがちであり、ディブロ大陸の管理も原典派の方が熱心である。つまり原典派をトップに据えることで、神聖グリニアの動きをある程度制限できる可能性がある。

 この場で利点に気付かない元老たちはいなかった。



「クロ、ならば頼めるか?」

「仰せのままに。陛下」



 クロ、と名乗る青年は恭しく了承した。

 黒猫のリーダー、『黒猫』の端末人形である彼がそう言ったのだ。つまり教皇暗殺は『死神』へと直接依頼されることになる。








 ◆◆◆








「そういうわけで頼むよ『死神』」



 早速、『黒猫』はシュウと接触して教皇暗殺を依頼していた。

 しかも普段使っている人形ではなく、本体である。額にある人工魔装の紋章は猫耳のフードで隠され、また人形とは違って柔らかい笑みを浮かべていた。

 シュウはジッと彼女・・を見つめ、溜息を吐く。



「俺も忙しいんだが……」

「まぁまぁ。それは後でもできるでしょ? それより僕の頼みを先に聞いて欲しいな」



 仕方ない、とばかりにシュウは読んでいた本を閉じた。

 『黒猫』の本体がいることから分かる通り、ここはアポプリス帝国だ。シュウはそこにある魔術の書籍を読んで色々と調べていたのである。



「分かった分かった。とりあえず、残りはエレボスに任せることにする」

「魂属性の本だね。もしかして《絶魔禁域ロスト・スペル》について調べていたのかい?」

「ああ」

「ふぅん。でもあれって『王』の魔物とか覚醒魔装士にはほとんど意味がないよね。どうして調べていたの?」

「流石に黒竜が完全無効化されるのは困るからな。対策を立てようと思って」



 シュウは本の表紙をなぞりながら独り言のように続けていく。



「《絶魔禁域ロスト・スペル》もその仕組みは深度のある魔力撹乱だ。魂レベルにまで効果を及ぼすから大抵の魔力は使えない。だが逆に言えばその深度にまで届かせなければいいだけの話。覚醒魔装士のように根源量子を魔力に変換できるなら、圧倒的な魔力圧力で突破できる。俺たち魔法を使う『王』ならばそもそも効かない。参考になる対策としては前者だな」

「ああ。もしかしてブラックホール相転移フェイズシフトかい?」

「そうだ。情報を高密度に積層化させることができれば、《絶魔禁域ロスト・スペル》の影響も無視できるだろう。ただブラックホール相転移は未だに制御できるレベルじゃない。賢者の石を人工的に生み出すとしてもかなり苦労するからな。偶然と力技に頼っている状況だ」



 そうは言っているが、かなりの技術力であることを『黒猫』は知っている。魔力がいかに自由度の高いエネルギーでも、そう簡単にブラックホール状態にできるわけがないのだ。



「黒竜のコストがまた上がるな」

「それは仕方ないね」

「ただ、この先はエレボスに任せてもいい。何なら妖精郷にもな……それで依頼の詳しい話は?」

「まずは『鷹目』を待ってくれ。色々と準備を整えてから、君には動いてもらうよ。それまで君には別のことをして欲しいんだ」



 『黒猫』は一枚の紙切れを差し出した。

 受け取って内容を確認すると、そこにあるのは二つの数字。



「座標か?」

「そこに行って、神聖グリニアが開発したもう一つの兵器について調べて欲しい。彼らが呼称するその兵器の名称は水壺すいこ。浮遊する戦艦だよ」

「ああ、あれか」



 バロム上空決戦を眺めていたシュウも、どの兵器を指しているのかすぐに分かった。



「分かった。調べておく」

「悪いね。本当は『鷹目』に頼みたかったんだけど、彼には別件を任せているから」



 シュウ自身も黄金要塞に目を奪われてしまったが、水壺の方にも興味はあった。完全機械仕掛けの戦闘ヘリを多数収容し、謎の素材によって建造され、更には宙に浮いている。戦艦空母とでもいうべきその兵器は地味ながら戦場においては凄まじい効果を発揮するだろう。

 またすぐに引き受けたのはもう一つの理由がある。

 『黒猫』に渡された座標。

 それをワールドマップで参照すると、海の上になる。そこは妖精郷から東に三百キロほどの位置だった。





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