第315話 バロム上空決戦②


 黄金要塞による長距離狙撃は連続して行われた。

 第二射、第三射、第四射と来るたびに黒竜は落とされていく。黒竜の巣はこれまでにないほど慌しく、全員から余裕が失われていた。



「大将! これで三十機落ちました!」

「観測レーダーの感知範囲を広げろ」

「最大出力でも一秒以内に直撃します。目で見て、反応して、回避して、という工程の間に当たってしまうのです」

「そう、か」



 黒竜の正式名称は全域魔術制御型機動兵器ネットワークシステムだ。高度な魔術ネットワークにより位置情報と光学情報を組み合わせ、遠隔操作している。そこにタイムラグなどほぼ存在せず、まるで黒竜に直接搭乗しているかのような錯覚すら覚える。

 しかしながら人間が操作することには変わりない。

 だからこそ、いつ来るか分からない砲弾がレーダーに映ってから反応したのでは間に合わないことが多いのだ。勿論、それに反応できる人物もいるため、全員が砲弾の餌食となるわけではない。



「仕方あるまい。搭乗者には不評だが、自動回避システムを使え。砲弾は直線に飛ぶのだろう? ならば問題ないハズだ」

「分かりました。通達します」



 グレムリンは落とされる黒竜を減らすため、自動回避をアクティブにする。これはレーダーで感知した攻撃を自動的に回避するというものだが、操縦者の意に反して動くために不評なのだ。なので基本的にはシステムをオフにしてある。

 機械による反応は人間のそれを凌駕するため、もはや砲弾の餌食になることはない。



「落とされた黒竜は自爆させ、新しく発進せよ」

「はっ!」



 無人機である黒竜は使い捨てだ。落とされたら自壊させ、新しいものを発進させればよい。大量に撃墜されたことで慌てる者が多かったが、グレムリンはごく自然な態度だった。落とされればコストはかかるが、パイロットが死ぬことはない。

 だがその後、砲弾が飛んでくることはなかった。

 まるで対応されていることが予測されているかのように。







 ◆◆◆







 予測されるのは当然だ。

 未来の見える女が黄金要塞に乗っているのだから何も不思議なことではない。ただセシリアはその結果を読み解いているだけであって、竜滅レール砲が回避される理由までは分かっていない。しかしもう竜滅レール砲で狙っても意味がないということだけは知っていた。



「観測しました! 敵航空機が迫っています!」

「セシリア様、撃ち落さなくてもよろしいのですか? 一割も落としていませんが」

「いいわ。もう撃っても当たらないから」

「はぁ……そうなのですか?」

「そうよ」



 黄金要塞はセシリアの命令に従い、少しずつ西に進んでいる。地上から見上げれば空の半分ほどを覆う巨大兵器だ。皆既日食のように地上へと影が差し、敵連合軍を怖気づかせる。

 ただ存在するだけで敵を威圧し、支配権を見せつける。



「空を支配するのは黄金要塞、ただ一つ」



 セシリアは立体映像に移り始めた大量の黒竜を眺めつつ呟いた。

 こちらも水天という航空機を手に入れているが、音速を越える黒竜が相手では分が悪い。水天はあくまでも空というアドバンテージを確保するためのものでしかない。

 彼女は告げる。

 黄金要塞の主として命じる。



「《絶魔禁域ロスト・スペル》発動。全ての魔術を停止させなさい」



 ありとあらゆる近代技術には魔術が組み込まれている。

 故にこれ一つであらゆる技術が崩壊する。

 古代に忘れ去られた魔術属性、魂魔術の禁呪が発動する。魔力活動を無作為化することで秩序として構築された術式を乱すのがこの魔術の正体だ。つまり魔晶も機能しなくなる。

 空中から地上にかけて球状に展開された《絶魔禁域ロスト・スペル》により、黒竜は一斉に制御を失い墜落した。







 ◆◆◆






「全機ロスト!」

「何だと!?」



 これにはグレムリンも勢いよく立ち上がり、それ以降の言葉を失う。

 黒竜はあらゆる機能を魔術によって制御しており、電子部品こそあれど根幹は魔術である。故に魔力が制御を失えば全機能が停止する。



「グレムリン大将!」

「ぐっ……これは……」

「大将!」

「……再度の出撃は中止だ。私は少し出る。陛下へ報告するつもりだ。お前たちは現場と連絡を取れ!」



 苛立った様子で命令し、返事も聞かずに出ていく。

 肝入りで開発させ、常勝無敗だった黒竜が一斉に落とされたのである。そればかりか一切の情報がない有様。通信機能も魔術を頼りにしているため、現場からは何一つ情報が入ってこない。

 黒竜の巣は騒然となっていた。







 ◆◆◆







 戦場を遠くから眺めるシュウは軽く頭を押さえていた。



「そこまでするか? 普通」



 現代は多くの技術が魔術によって制御されている。《絶魔禁域ロスト・スペル》など使われたら終わりだ。電子技術に対する電磁パルスEMPのようなものである。



「でもシュウさん、あの城は落ちていないみたいですよ?」

「中身だけ空洞になっているようだな。《絶魔禁域ロスト・スペル》の効果範囲を制限して球状の内側を範囲外にしている。そのお蔭で空母戦艦二隻も浮いているだろ?」

「シュウさんがヘリって呼んだアレは? アレは範囲を飛んでますよね?」

「あれは純粋科学で飛んでるからだ」



 シュウも驚かされた。

 先入観で魔術により浮いているものと思っていたが、それならば回転翼は必要ない。流石に飾りとは考えられないので、航空力学に則って動いているのは間違いない。

 《絶魔禁域ロスト・スペル》を想定し、魔術禁止空間の中でも航空機を運用するために純科学でヘリコプターを作ったのだ。



「どうしますか? 介入しますか?」

「そうだな。だが俺たちで始末する必要はない。この際だからあの浮遊城には活躍してもらおう。大帝国側にも多少の被害はあった方がいいからな。あれの性能を確かめるくらいでいいだろ」

「じゃあ?」

「アイリス、お前の全力で吹き飛ばせ」



 性能を確かめるだけと言いつつ、遠慮はしない。

 いや、それだけシュウも浮遊する要塞を評価していたのだ。総オリハルコンで覆われた装甲に隙は無く、簡単に破壊できるとは思えない。また全体を魔術結界で守っているということもあり、実弾を加速して飛ばすなどの攻撃も通らない。魔術は《絶魔禁域ロスト・スペル》で広域に封じられているため、シュウとアイリスもかなり離れる必要があるほどだ。

 そこでアイリスは中空となっている《絶魔禁域ロスト・スペル》の隙間へと滑り込ませるようにして魔術を発動させる。



「じゃあ、これ使いますよー」



 球状の立体魔術陣を手元に浮かべ、発動したのは失われた古代魔術。アポプリス帝国に伝わっているそれをアイリスは習得し、自在に扱えるまでに至っていた。

 また彼女の適性も関係している。

 それは時空属性。

 時を操る彼女にはぴったりの魔術である。彼女は時空魔術を学び、それを見事に習熟していた。当然ながら禁呪も例外ではない。



「行きますよー……《複元拡張エクス・インテグラル》!」



 次の瞬間、黄金要塞の一角が歪んだ。強靭なオリハルコンに亀裂が走り、一瞬にして抉り取る。また周囲へと衝撃波が放射され、二隻の水壺を大きく破損させ、水天も潰れてしまった。








 ◆◆◆








 空間を抉る不可視の攻撃は黄金要塞に大きなダメージを与えていた。魔術的に強化されているオリハルコンはそう簡単に破損するものではない。だがアイリスの禁呪によって黄金要塞の上部が目に見えて球状に抉られていた。

 しかし内部は大きな被害を受けていなかった。



「……凄いですね。全然揺れない」



 完璧なまでの耐震設備により指令室を含む内部は全く損傷がない。

 浮遊している城塞ということもあり、禁呪クラスの攻撃を受ければ激しく揺れて中は危険に晒されてしまう。精密機械も多く配置されているので、耐震は必須であった。



「修復プログラム起動。エネルギーフローを再生に回します。完全再生まで九万八百秒」

「魔力反応を検知しました。これは……正体不明の魔術?」

「パターンを解析中です。照合失敗」

「禁呪くらいの威力はあったぞ。新種の禁呪弾か?」

「そんな馬鹿な。《絶魔禁域ロスト・スペル》が発動しているんだぞ。魔術なしにここまで届くはずがない!」

「じゃあ直接禁呪を発動したとでも? 一体誰が」



 とはいえ無敵を思わせた黄金要塞が一部とはいえいきなり消滅させられたのだ。混乱するのも無理はなく、状況を確認するべく奔走する。

 だがセシリアはごく自然に、何事もなかったかのように命令した。



「《絶魔禁域ロスト・スペル》の効果範囲を圏内にも及ばせて。水壺すいこにも影響下の立体マップを送信。さっきの攻撃は禁呪よ。広域に影響を及ぼすからこそ、少しでも崩せば破綻するわ」



 対策は簡単なことであった。

 黄金要塞は自身を中心として《絶魔禁域ロスト・スペル》を広げる一方、内側には影響が及ばない様に特別な範囲指定をしている。丁度内部がくり抜かれているかのように、魔力を使える領域が存在しているのだ。

 セシリアはその圏内と呼ばれる魔力使用可能領域にランダムで《絶魔禁域ロスト・スペル》の効果範囲を設置し、禁呪のような大規模魔術への対策としたのである。効果範囲の広い上に精密な禁呪は、一部を崩されるだけでも容易く失敗する。黄金要塞の兵器も半数以上が魔術制御であるため、不用意に《絶魔禁域ロスト・スペル》を展開するわけにはいかないが、その辺りはコンピュータが自動制御してくれる。



「もう攻撃は無視していいわ。地上に向けて砲撃」



 二度目の禁呪による攻撃はない。

 そう確信しているセシリアは、本来の標的である地上へ向けて攻撃を命じた。







 ◆◆◆






 時空の第十三階梯《複元拡張エクス・インテグラル》は防御不可の広域破壊魔術だ。異次元への収束を引き起こし、範囲を圧壊させるのである。

 本来、圧縮とは空間の一点に向かって行われる現象だ。その一点を三次元空間ではなく、別次元に設定するのが《複元拡張エクス・インテグラル》である。次元すら通り抜ける力に押し潰されるため、防御は不可能。この三次元空間上における結合エネルギーが適用されないからだ。



「うわ、範囲広げてきましたよ」

「そんな器用なこともできるのか」

「《絶魔禁域ロスト・スペル》って個人で発動しようとしたらずっと維持しないといけないから大変なんですよねー。機械発動はずるいのですよ」



 魔力活動を乱す《絶魔禁域ロスト・スペル》が広域に発動している限り、浮遊する黄金の城を落とす手段はない。シュウがその気になれば死魔法で始末できるが、少なくとも大帝国同盟圏の連合軍には不可能だろう。

 地上では魔装すら使えず混乱状態にあり、頼みの黒竜も全て墜落している。

 一方で黄金要塞は地上に巨大な影を落としながら移動を続け、間もなく総攻撃が始まるだろう。大雑把に黄金要塞の砲台が地上を破壊し、細かいところを水天がフォローする。それによって連合軍が全滅させられる未来すら予測できた。



「シュウさん助けないのですか?」

「別に。現代の人間が大量に死ぬならばそれでもいい」

「あんなに手を入れていたのにですか?」



 黒猫に手を貸し、自ら企業を立ち上げ、経済から政治まで支配した。各国に人間に近い姿の妖精たちを忍ばせているので、その気になれば国を乗っ取ることすらできる。

 だがシュウはあっさりと見捨てることを決意した。



「……はぁ。いいですけどね」

「この辺りには煉獄を設置している。死ねば魂はそこに留まり、精霊たちが回収してくれる。そして新しく生まれるために浄化される。死は終わりではなくなった。人間の言う死とは魂にとっては一区切りでしかない。本当の『死』は俺の手の内にだけ存在する」



 死魔法を宿し、名実ともに冥王となったシュウだからこそのセリフだ。

 


「このあたりで人類を衰退させる。未来・・のためにな」



 そう、無慈悲に告げた。




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