第314話 バロム上空決戦①
バロム共和国南東部。
そこはかつてファロン帝国が存在した場所の国境線もあり、現在は大ファロン工業地帯として神聖グリニアが資本を投入して運営している。あらゆる生産物がここで作られ、各地へ送られているのだ。それは兵器も例外ではない。
つまりバロム共和国を完全に突破されたとき、この大工業地帯が危険に晒される。
それを防ぐためにも神聖グリニアは大規模な軍隊を配備していた。バロムの臨時首都から西方には大軍が陣地を築いており、簡単に突破できないよう戦車や対空砲、魔術砲、殲滅兵が無数に配備されている。
「わぁ……一面に聖騎士と神官兵、それにバロム共和国軍ですね」
「ああ。それにファロンやラムザ王国も兵を出している。かなり大規模な連合軍だ」
これに対してバロム共和国を攻めていたロレア・エルドラード連合軍は、スバロキア大帝国からの航空支援の他、大帝国同盟圏に加盟しているカイルアーザからも援軍を受けている。
両連合軍がぶつかる大規模な戦いだ。
これが今後の分かれ目となるだろう。
シュウとアイリスはこの様子を空の上から眺めていた。
「魔神教勢力はよほどここを突破されたくないらしいが……その割には覚醒魔装士を連れてきていないみたいだな」
「やっぱり新兵器が出てくるってことでしょうか?」
「よほど自信があるんだろうな」
「出てくるとすれば航空兵器ですよね。空中戦ですか……」
「一応、黒竜のシミュレータには同じ黒竜を相手にする設定もある。航空機同士の戦闘ならこちら側が有利なはずだがな。どんな感じがする?」
「んー……」
アイリスは目を閉じ、何かを感じ取ろうとする。
「この戦い、負けるかもしれません」
そして躊躇いなく、そう告げた。
時間という特異なものを操るアイリスは、何となく未来を読み取る。それは非常に曖昧なものであり、予知というよりは勘と言った方が良い。
だが、精度は悪くなかった。
「少なくとも苦戦は免れないってことか」
「ですね。嫌な感じがするのですよ!」
「今のところ、神聖グリニアから航空機が飛んでくる様子はないがな」
両連合軍の距離はおよそ三十キロ。
間もなく戦端が開かれることだろう。大帝国同盟圏連合軍はバロム共和国が臨時首都としている都市を攻略しファロンの砂漠へと突入。大ファロン工業地帯を抑え込み、勢いのままラムザ王国と神聖グリニアを繋ぐ街道を遮断。その後は孤立した神聖グリニアをジワジワと追い詰めていくのだ。
一方で神聖グリニアを含む魔神教勢力はここを守り通す必要がある。防衛に徹して敵軍を可能な限り殲滅し、一気に反攻を仕掛けるのだ。ここで大軍を潰せば勝機も出る。故に神聖グリニアからすれば絶対に負けられないし、逆にここで敗退すれば終わりだ。折角ならもっと内地で罠を仕掛けつつ待ち構えた方が安全なくらいである。
まさに雌雄を決する時。
「そろそろ超射程の魔術なら圏内に入る。始まるぞ」
まずは大帝国側の連合軍が保有する長距離魔術師団が戦端を開くだろう。それに合わせて音速で迫る黒竜が全機でもって総攻撃を仕掛け、臨時首都の守りを破壊するはずだ。
だが、その予測は大きく外される結果となった。
「シュウさん! 大きな時空間への干渉を検知しました! 大質量が転移してきます!」
「大質量?」
「ちょ、ちょっと言葉で表現するのが難しいくらいなのですよ!? 座標系変換、来ます!」
時の流れが異なる慣性系より座標変換でこの空間へと現れる。
それは金色の城。
あるいは浮遊する都市。
「おいおい……そう来るのかよ」
予想外の兵器を目の当たりにしてシュウですら震えた声を絞り出す。
確かにスバロキア大帝国は超音速で自由自在に飛行する恐ろしい兵器を生み出した。より正確にいえばハデスが生み出した兵器だ。
だが神聖グリニアは、アゲラ・ノーマンはそれ以上のものを完成させてしまった。
永久機関というアドバンテージがあるからこそ完成したものだが、驚くべきことに彼は浮遊する城塞を生み出したのだ。
「まだ来ます。二つです」
更にアイリスがそう告げる。
すると黄金の浮遊城を守るかのようにして青白く細長い巨大構造物が現れた。
「……色合いはおかしいが戦艦だな。いや、空母にも近いか?」
甲板がかなり大きく取られており、上面が滑走路のようになっている。遠目なので細かい部分までは分からないが、戦艦のようでありながら空母に近い見た目をしていた。
ただ、シュウとしてはそれよりもその色合いが気になる。
「青白いな。何の素材だ?」
「魔力の光……というわけじゃなさそうですねー」
「よく見れば網目みたいな模様があるな」
「あ、ホントですねー」
浮遊する空母のような戦艦は表面に紋様が浮かんでいる。植物の根のように不規則なそれははっきりと見えるものではない。
シュウは望遠の魔術で詳細を探る。
「……遠目からは見えなかったが細かい模様が大量にあるな。しかもこれは……表面じゃなくて中に埋まっているのか? 植物の根のようなものに半透明な素材がまとわりついている? なんだこれは?」
「へぇー。なんだか氷みたいですね」
「氷……いや、まさか本当に氷なのか!?」
驚く暇もなく、甲板が左右に開いてエレベータにより何かがせり上がってくる。それは上部に巨大な
「シュウさん! あれ!」
「まさか
「どんどん空に上がってますよ」
「どうやら空中空母ってやつらしい」
「空母?」
「航空兵器を輸送するための巨大兵器だ。航空機を離発着させることができる。それ自身が移動基地として機能する兵器だ。それ一つあれば小さな国なら灰にできるだろう」
「それが……二個!?」
ヘリは次々と発艦しており、金色の浮遊城へと追随するように飛んでいた。その数は合計で三十を超えている。それでもまだ発艦していた。
「アイリスが負けると感じるわけだ」
シュウが思う航空機の運用は、機動力を利用した高速戦術だ。攻撃と離脱を繰り返し、機動的かつ一方的に敵地を叩くのだ。
一方で神聖グリニアは逆を突いた。
空に不沈城を築き、長時間領域的にアドバンテージを獲得する方法を考えた。普通ならばエネルギー不足やコストの壁に阻まれるそれを、永久機関という力技で成し遂げてしまったのだった。
◆◆◆
満を持して投入された黄金要塞は、まさに一つの都市だ。おおよそ五千人が乗り込み、この巨大な兵器を動かしている。ほぼ全て自動化しているため、この規模の人数で動かすことができるのだ。その気になればもっと少人数でも動かすことはできる。
そして巨大であるほどに情報量は多くなり、司令官は大量の処理を強いられる。
だがこの黄金要塞を動かす司令官は素人であった。
「結界を展開。観測を強化。敵軍の航空兵器を見つけ出して」
円柱型立体映像機を囲むようにして指令室の乗組員が着席し、大量の仮想ディスプレイを表示して様々な操作を行っている。立体映像機の内部には中心部に黄金要塞が映し出され、その周りには二つの空中空母戦艦『
そして一段高い場所に座する司令官、セシリア・ラ・ピテルは更に命令する。
「兵装群管制解除。オートロックシステムに味方の識別信号を組み込み除外」
黄金要塞は膨大な火器や魔術兵器を搭載しており、とても人力では制御できない。そこで一部の危険な兵装を除き、全てオートで処理するようになっている。人間がするべき操作は管制するか、解放するかの二択で良い。
「竜滅レール砲を解除。照準座標は……ここよ」
感覚的な操作により大口径実弾電磁投射砲の照準を合わせる。すると中央の立体映像でも連動して、黄金要塞から赤い線が伸びていく。高度な物理演算により算出された砲弾の軌道である。
その射程は凄まじく、まったくほぼ直線に西側へと伸びていた。立体図が足りず、着弾点までは表示されていないが問題ない。
「セシリア様!
「そう。なら四十秒後より竜滅レール砲を発射。迫る敵航空兵器を撃滅。また水天は敵軍上空へと移動し、殲滅を開始しなさい。また黄金要塞と水壺を西進させ、敵軍へと接近しなさい。空より総攻撃を仕掛ければ私たちの勝ちよ」
「しかし敵軍の航空兵器は音速を超えるとか。我々の航空機では」
「分かっているわ。だからアレを使いなさい」
「……よろしいのですか? アレは切り札と聞き及んでおりますが」
「今使わずにいつ使うの? 今こそ負けられない戦いでしょう?」
「失礼いたしました」
神子セシリアの言うことは全て正しい。
たとえ魔装の力である片目を失っていたとしても、もう片方の予言の目は変わらない。深い海を思わせる碧眼は森羅万象を見通し、完全な未来予知を可能とする。そんな彼女が問題ないと言えば、それは問題ないことなのだ。
戦略級兵器に未来視の神子を乗せる。
こんな反則的な組み合わせで勝てないはずがない。
ただでさえ黄金要塞は敵軍にぶつけるだけで勝利が確定するほどの大火力と絶対防御を備えている。それに完璧な戦術が加われば鬼に金棒であった。
「カウント十!」
セシリアはよく通る声で告げる。
指令室に緊張が走る。
「五、四、三……」
皆が中央の立体映像の、特に黄金要塞から伸びる赤いラインを見つめた。
「二、一、竜滅レール砲発射」
司令官であるセシリアの命令を受け、火器管制員が仮想ディスプレイ上をタップする。
黄金要塞に搭載された巨大砲塔に光が灯る。
次の瞬間、西へ向けて不可視の実弾が射出された。
◆◆◆
通称、竜滅レール砲。
強靭な防御を有する竜系魔物ですら葬るという意味からそう呼ばれる実弾電磁投射砲だ。軌道レールに挟まれた誘電体をローレンツ力によって加速させ、射出する。強力な磁石と高い電圧、また長いレールを使うほどに射程距離や威力が高まり、火薬で飛ばす実弾兵器よりもエネルギー的に高効率だ。
加速系の魔術を使えばもっと効率的にはなるが、ある事情により電気エネルギーだけで発射できるよう設計されている。
『隊長。これで戦争が終わりますかね』
『ああ終わる。ここで勝てば勝利は確実だ。まだ戦争は続くが、ここさえ……バロムさえ落としてしまえば俺たちが勝つ』
『やっとですかぁ。早かったような、長かったような』
『俺はあっという間な気がしたぜ』
『ちょっと。私語は厳禁よ』
『まぁまぁ。ルビィもそうピリピリするな』
『隊長……でも』
『ここが勝負の分かれ目だ。緊張するのも分かる。だが、力を抜けよ。どうせ俺たちは死なないんだ。思いっきりいかないと損だ』
黒竜は遠隔操作無人機だ。
スバロキア大帝国西部山間に建造された秘密の航空基地から飛び立ち、黒魔晶……人工賢者の石という無限の動力によって世界のあらゆる場所を一日以内に爆撃する。たとえ撃ち落されたとしてもパイロットは決して死なない。
だからこそ大胆な作戦も簡単に決行できる。
『そう言えば隊長はお子さんが生まれたんでしたっけ?』
『ああ。ブランって言うんだ。生まれたばっかりの時は皺くちゃで、本当に大丈夫なのかって思ったけどよ。俺の顔見て笑ったのさ。可愛いだろ? その瞬間、俺は親になったんだって思ったのさ。ああ、この子を守るために戦わなきゃなって』
『ぶはっ! そりゃ死亡フラグっすよ隊長!』
『確かに!』
『おいおい。黒竜を使ってる限り俺は死なねぇよ。縁起でもねぇこと言うんじゃねぇ!』
緊張を解すためか、『いかにも』なセリフを言って部下たちの気分を紛らわす。その気遣いもあってか、随分と雰囲気が柔らかくなった。
だからこそ、隊長は厳しい口調で告げる。
『さっきの通信は聞いたな? 敵は正体不明の浮遊城なんてものを用意しているらしい。仮称・黄金城には無数の砲台が搭載されているという観測情報もある。また下部には大規模な魔術を発動するための装置と思われるものもあったらしい。あれが地上部隊に向けられたら……終わりだ』
高さにして五キロメートルにもなるそれが空に出現した瞬間は、ロレア・エルドラード連合軍を中心とした大帝国同盟圏の陣地からも見えていた。即座にこの事実は通達され、スバロキア大帝国空軍にも対策を求められたのである。
空の敵には空の兵器を。
いつか魔神教勢力も航空兵器を使ってくると確信し、訓練していた彼らに油断も侮りもない。
『それと空を浮く青白い戦艦とか、プロペラを回転させて浮遊する小型航空機なんてのもあるそうだ。戦艦はともかく、敵航空機は動きも遅いと聞いている。油断はできないが、超音速の世界で戦う俺たちの敵じゃ――』
ズドン。
そんな音が鳴り響き、隊長機の黒竜が消失した。いや、そればかりか周囲の数機も巻き込まれて消えてしまう。
『隊長っ!?』
竜すら撃ち殺すその砲弾は空気摩擦によりオレンジの軌跡を残す。
その速さは空気抵抗により減じていながらも時速二万五千キロにのぼる。つまり音速の二十倍以上だ。超音速など嘲笑うかの如くだ。油断していようと、気を引き締めていようと、予言により正確な狙いを付けられた砲弾は確実に黒竜を撃ち抜いた。
◆◆◆
「次弾装填」
黄金要塞指令室にて、セシリアは温度を感じさせない声で命じる。
片目となっても褪せることのない未来視から逃れる術はない。
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