第312話 魔神教の新兵器


 その夜。

 コルディアン帝国帝都では第一級戦時特令が発布されていた。選ばれた民は地下シェルターへと逃れ、そうでない者たちは荷を抱えて東へと逃げていく。

 帝都の各地では戦車が走り、急造の対空砲が空に銃口を向け、軍用ソーサラーリングを装着した兵士が配備されている。普通ならば頼りになるそれらも、今は酷く貧弱に思えた。



「敵は空からくるらしいぞ」

「ああ。こっちの魔術が届かないって聞いたな」

「どうやって戦うんだよ」

「さぁね。上からは頑張れって指令しかでてないよ」



 兵士たちは不安を抱えていた。

 コルディアン帝国軍の装備は世界的にも最新鋭であると断言できる。軍事に力を入れているのだから当然と言えば当然だ。だからこそ、急造とはいえ対空砲を作ることもできたのだ。

 だが空を飛ぶ兵器というのはとても難しくて作れない。

 勿論、魔術で浮く兵器を作るだけなら簡単だが、音速飛行を実現し、なおかつ安定させるということを考えるならば様々な技術が必要となる。あまり単純な話ではないのだ。飛行を目的とした長い技術蓄積が必須となる。



「空かぁ……」

「どうした?」

「いや、飛んでみたいなって」

「風の第四階梯を使えば飛べるだろ。ほら《空翔フライ》で」

「いや、あれってフワフワ浮く感じだろ。そうじゃなくってビューって飛びたいと思ってよ」

「習熟すれば《空翔フライ》でもできるらしいけど」

「ソーサラーリングの魔術は術式が固定されるからなぁ」



 空は地上に比べて遥かに広い。

 広域を滅ぼす大規模魔術ですら回避する余地が存在するほどに広い。空に対して銃弾などほとんど意味をなさず、魔術ですら簡単に避けられてしまう。またスバロキア大帝国が使う航空兵器は音速を超えて移動しているのだ。到底生身では戦えない。

 戦いを仕掛けられたら終わり。

 数々の戦場で伝わる黒竜の恐ろしさのためか、兵士たちは恐怖を通り越して達観していた。

 しかし現実逃避しても仕方ない。

 夜の闇に紛れ、それは訪れる。



「あれ? 光?」



 空を見上げていた兵士がそう呟いた。

 その瞬間、近代化によって光り輝くコルディアン帝国帝都へと無数の落雷が発生した。







 ◆◆◆







 音速航空兵器、黒竜は無線兵器だ。

 スバロキア大帝国西部山地に存在する十基の黒竜の巣ターミナルより、魔術制御によって遠隔操作する。たとえ墜落させられても死者は出ず、墜落すれば自爆によって敵地を破壊してしまう。

 現在、建造されているターミナル十基はそれぞれ六十四機の黒竜を同時に操作できる。そして大帝国空軍大将グレムリンは全機出撃を命じ、コルディアン帝国の帝都を徹底的に滅ぼすことを決めた。つまり六百四十の黒竜が帝都の空を縦横無尽に飛び回り、夜空から一方的に攻撃を仕掛けてくるのだ。足止めの為に残ったコルディアン帝国軍に抵抗の余地はなかった。



『ターゲット沈黙。対空砲を排除しました。宮殿の破壊へ移行してください』



 黒竜が手に入れた光学映像を基に情報を分析し、指令室のオペレーターが指示を出す。黒竜の搭乗員は言われるがままに標的を狙って魔術を発動する。黒竜に搭載された爆撃、雷撃、熱線、魔弾掃射という四種の攻撃方法によって帝都は破壊されつくしていた。

 とはいえ狙いは軍事的、政治的に意味のある場所ばかりだが。

 そして遂にコルディアン帝国の象徴たる宮殿の破壊を始めた。

 もはやコルディアン帝国軍は機能しておらず、敗走を繰り返して東への撤退を始めている。スバロキア大帝国空軍は敢えて追撃せず、帝都の破壊に費やしていた。占領後も魔術によって瓦礫の除去や再建築は簡単になっているため、遠慮がない。



『東部はまだ抵抗が激しい模様。援護を頼みます』

『南方は完全に敵勢力を排除。占領のためこれ以上の破壊を禁じます』



 コルディアン帝国軍は東へ東へと逃れ、ほとんどの力を失っている。対空砲は全て破壊され、航空機相手には棺桶にしかならない戦車も放置して逃げる始末だ。



『西側は掃討完了です。担当部隊は撤退し、西方最前線へと向かってください。撤退中のコルディアン帝国軍に対して追い打ちをかけます。撤退に殲滅兵が利用されているらしく、苦戦しているとエリス共和国より援護要請がありました』



 また余剰となった黒竜は反転して西へと向かい、全軍集結の為に撤退中のコルディアン帝国軍へと追い打ちをかけていく。エリス・モール連合軍は今回の夜襲に合わせて進撃していたのだが、想像以上の抵抗に苦戦を強いられていたのだ。

 だがそこにも黒竜が到着すれば形勢は決定的となる。

 故に空軍大将グレムリンは仕上げとばかりに全軍へと通達した。



『空軍大将グレムリンだ。全機に告ぐ。敵の息の根を止めてやれ! 我が軍こそが最強だ!』



 その鼓舞によって黒竜は一層力強く飛び、空を駆ける。

 この日、たった一夜にしてコルディアン帝国は国土の六割を奪われ、また全軍の三割を失った。だがバーメント壊滅に伴ってエネルギー貧困に陥り、更には事実上の壊滅に直面しても、コルディアン帝国は東方の無事な都市を臨時帝都として抵抗をつづける声明を発表した。








 ◆◆◆







「はぁっ! はぁっ! ぐっ……早く、帝都に連絡せねば……」



 崩壊し、暗闇に閉ざされたその場所で瓦礫が動いた。そこから現れたのは闇を手なずけた軍服の男である。彼の顔は血に塗れており、右腕はあらぬ方向へと折れ曲がっていた。全身からの出血も酷く、死に体といった様相である。

 彼、エータ・コールベルトはコルキス要塞で起こった黒竜の自爆から何とか生き残っていた。



「通信は……ダメか」



 ソーサラーリングによる緊急通信を使おうとしたが、乱れ散った魔力によって妨害されている。スバロキア大帝国軍が操る超音速航空兵器の襲撃情報を掴み、見事に迎撃したと思っていた。実際に覚醒魔装士エータ・コールベルト自身が赴くことで全機撃ち落とすことに成功している。

 勝利した。

 情報戦で上回った。

 航空機といえど恐れることはない。

 そんな風潮を流すことでコルディアン帝国軍そのものの士気を高める目的もあった。

 だが蓋を開けてみればどうだ。

 確かに黒竜を見事に迎撃してみせたが、そのコアとなっている魔晶が魔力爆発を引き起こし、コルキス要塞は完全崩壊。生き残っているのはエータくらいなものだ。それくらい凄まじい爆発だった。



「見つけた。これで」



 エータは瓦礫を押しのけ、ある探し物をしていた。

 それはあらゆる傷を一瞬で治してしまう奇跡の秘薬、神の霊水である。その秘密は魔力構造体を蓄積する性質を持ったエリュトという果実の液体に治癒系魔術を封じたというもの。神聖グリニアで生産されているそれを高値で輸入し、コルディアン帝国軍も備蓄していた。

 コルキス要塞は兵站を蓄積して各戦線へと輸送する要所であり、神の霊水も蓄えられていた。爆発で色々と吹き飛んでしまったが、エータはそれを発見したのである。

 そうして瓶の蓋を開け、赤い色の液体を飲み干す。

 するとあっという間に彼の傷は癒えてしまった。



「よし、これで――」

「悪いな。お前はここで死んでおいてくれ」

「――がっ!?」



 いざ帝都へ。

 そう考えた瞬間、エータは背後から心臓を貫かれていた。彼は為す術もなく命を奪われ、その魂は煉獄へと誘われる。



『我が神。目的の魂を回収しました。冥界へと連れ去ります』

「よくやった」



 そこには冥府の主、シュウ・アークライトがいた。









 ◆◆◆










 コルディアン帝国が夜間空襲によって大打撃を受け、帝都が陥落した日から十四日が経過した。帝国側が必死に撤退し、態勢を立て直す一方でエリス・モール連合軍は次々と都市や街を占領し、軍事基地を奪い取っていた。

 この状況を前にして、遠く離れた神聖グリニアも対策会議を開かざるを得ない状況となっていた。



「以上が各国の現状です」



 情報をまとめ、司教の一人が報告する。

 それに対し、この場に参加する誰もが溜息を吐いた。それは宙に浮かぶ仮想ディスプレイに映った二人の人物も同様であった。

 一人はコルディアン帝国の皇帝、ロンド・コールベルト。

 もう一人はバロム共和国の首相であるブルメリだった。



『……余の国では覚醒魔装士エータ・コールベルトが行方知らずとなった。最後に派遣したコルキス要塞は既に敵軍の手中に落ちている。おそらくは捕虜となったか、あるいは』

「実をいえばSランク聖騎士……覚醒聖騎士も多くがいなくなってしまいました。今残っているのは『樹海』と『魔弾』、そして『神の頭脳』と呼ばれるアゲラ・ノーマン博士のみ。『剣聖』と『聖女』の裏切りが痛いですな。またアゲラ・ノーマン博士も先日現れた悪魔により動くことができない状況にあります」



 一応は皇帝が相手ということもあり、ケリオン教皇は丁寧な口調で、しかしながら苦々しく告げる。もはや情報を出し渋っている場合ではない。覚醒魔装士の情報という最重要レベルの機密すら共有する。

 またバロム共和国首相ブルメリも焦燥した様子で報告する。



『わ、我がバロム共和国はほぼ抵抗力を失っております。また南部からは……その、奪われたコルディアン帝国領からも敵軍が押し寄せており、我が国の領土奪還は事実上不可能であると』



 一度事情は把握されているが、改めてブルメリから告げられた言葉に誰もが意気消沈する。スバロキア大帝国が投入した新型航空兵器は、『惨劇の宣告日』以降あらゆる国を苦しめてきた。攻撃の到底届かない空を舞い、一方的に強烈な魔術攻撃を仕掛けてくるのだ。とてもではないが抵抗できる余地がない。

 だが、彼らはここに敗北を再確認するために集まったわけではない。

 教皇は司教の一人、クゼン・ローウェルへと目を向ける。

 主に機密技術を管理し、アゲラ・ノーマンとも綿密に連絡を取り合う彼は立ち上がって一心に注目を浴びた。



「皇帝陛下、およびブルメリ首相。我々はスバロキアめを打ち破るべく新型兵器の開発をしております。完成まではまだかかりますが、現段階でもおおよその構想は成っている状況です。具体的にはあと二か月ほどで最終調整まで完了するでしょう」



 そう告げると、彼は空中に立体映像を表示させた。

 半透明の青白い光で現されたそれは『城』であった。外周は装甲に覆われ、無数の砲門が顔を覗かせた構造物である。普通の城と異なる部分は、下部に複雑な機械が取り付けられており、宙に浮いていることだろう。

 まさに浮遊城。

 かつて神聖グリニアにいた覚醒魔装士の能力を思わせる。



「これはアゲラ・ノーマン博士が主導で開発した航空兵器……いえ、空中要塞とでも表現しましょう。装甲はすべてオリハルコンとなっており、実弾の他、魔術砲撃用の砲門も用意されています。また下部には大出力魔力砲撃を発動できる通称『浄化砲』を搭載した破壊兵器でもあるのです。またゲートを発動し、殲滅兵を空挺降下させることも可能。独自機関より無限動力を生産できるため独立して戦うこともできるのも強みです。魔術バリアはあらゆる攻撃を弾き、理論上は禁呪を受けても落ちることはありません」



 高さにして五キロメートル、横幅が直径三キロメートルの巨大空中要塞こそが神聖グリニアの開発した切り札となる兵器であった。これは永久機関を有する神聖グリニアだからこそ生み出せた怪物であり、材料はなんと廃棄物である。ありとあらゆる廃棄物の質量エネルギーを魔力へと変換し、錬金術により魔力から物質を創造。更にはオリハルコン化によって最強クラスの装甲まで手に入れていた。

 禁呪どころか神呪級魔術ですら破壊不可能なほどの頑丈さを手に入れている。

 その巨大さ故に機動力はないが、基地としての威力は充分以上である。

 またクゼンは別の立体映像も表示する。



「続いてこちらは新型殲滅兵です。球体というシンプルな形状ですが、性能は本来のものと変わりません。寧ろ空中適応を果たした点でアップグレード品とも言えるでしょう」



 クゼンは球状と言ったが、正しくは正二十面体の物体であった。それぞれの面に目玉のようなものがあり、殲滅兵にもある単眼を思わせる。

 この空中適応型殲滅兵は無人であることを活かして高速で飛び回り、あらゆる体勢からどんな方向にでも即座に攻撃を放つことができるという、従来の殲滅兵の完全上位互換として設計されたものだった。



「この空中適応型殲滅兵は全てこの要塞へと……新兵器『黄金要塞』へと搭載されます」



 それを見てロンド皇帝、ブルメリ首相は息を呑んだ。

 クゼン司教はこれを要塞と呼称したが、立体映像を見る限り一つの街のようである。中央にある黄金の城を中心として幾つもの塔が立ち並び、箱型の建造物が無数に見える。

 まさに空を支配するために誕生した兵器であった。



「これだけではありません」



 驚く様に満足したクゼン司教はさらに続ける。

 黄金要塞は天を支配する空中都市。ならば都市を守るべき空の軍隊も存在する。



「空中戦艦空母『水壺すいこ』、そして艦載航空機『水天すいてん』。これらは黄金要塞の護衛として参戦します」



 黄金要塞の立体映像へと細長い空中戦艦が追加される。更にはその周囲を飛び回る航空機も同時に表示された。

 戦艦にして空母でもある水壺すいこは黄金要塞に比べれば随分小さいが、実際のサイズはかなりのものである。そしてそこから飛び立つ航空機、水天すいてんは見たこともない特徴的な姿をしていた。ずんぐりむっくりな胴体部から左右へと取り付けられた円形パーツが特徴的だ。それは水平に取り付けられた回転翼であった。更には上部にもひと際大きな回転翼が取り付けられており、激しく回転している。

 シュウがその兵器を見ればこういったことだろう。

 ヘリコプターとドローンを合体させたような兵器だと。





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