第311話 獅子身中の虫
その瞬間、コルディアン帝国は完全に停止した。
バーメントが魔力暴発で消し飛ぶ前、シュウとアイリスがエネルギー転送を狂わせたからだ。エネルギーが届かなくなり、どの都市や基地でも機能が停止した。
「何が起こった!」
コルキス要塞からバーメントへと転移しようとしていたエータは、突如としてダウンしたシステムに困惑する。現状では個人の転移は不可能であり、ゲートを通して特定の地点を結ぶという形で流通している。一応は戦略兵器なので、国家が管理するのが普通だ。
だが、何の前触れもなくそのシステムが停止し、空間接続ゲートが機能しなくなった。
これはつまり、エータがバーメントへ駆けつけることができなくなったことを示している。
「申し訳ございません。原因不明です。ただ突然エネルギー供給が停止したとしか分からず……」
「早急に復旧させよ。バーメントは空襲されているのだな?」
「はっ。あの通信が最後でしたが、悪戯ということはないと思います」
コルキス要塞はあらゆる機能が停止している。
そのためゲートが壊れたということはない。ただエネルギー供給が停止したというだけの話だ。問題はなぜエネルギー供給が停止したのかということである。
エータは嫌な予感に襲われた。
(まさかバーメントの中継点が占拠されたのか? 短時間で? 馬鹿な……)
最重要設備ということで、厳重に隔壁で守られていた。たとえバーメントが禁呪で消し飛ばされても影響が出ないと保証されていたほどだ。ただの爆撃で破壊されたとは考えにくい。
そこで予想されるのが潜入による占拠だ。
エネルギー輸送を行っている空間魔術の地下管理室へと侵入し、押さえられたと考えると辻褄が合う。
(もしそうならば、私が魔装で移動した方が早い、か?)
状況が分からないということが決断を遅らせる。
どう動けば良いのかさっぱり分からないからだ。
戦略的な立ち回りには情報が必須である。今のコルディアン帝国は目を塞がれたまま戦っている状態に等しい。情報戦は全ての始まり。戦いは銃を撃ち合い、魔装を放ち合う前から始まっている。
「……やられた」
エータは思わず呟いてしまった。
ここまでの流れがスバロキア大帝国の作戦ならば、コルキス要塞への爆撃という情報も敢えて流されたものだと分かる。つまり踊らされていたわけだ。これによってエータ・コールベルトという最大戦力はまんまと釣りだされてしまった。
こうなると敵の狙いはエータが常駐する場所、帝都ということになる。
別に帝都の守りが薄いわけではない。
だが大量の黒竜が、エータのいない今の状態で襲ってきたら。
被害は甚大なものとなるだろう。
とはいえコルキス要塞も帝都からそれほど遠いわけではない。魔装を使って空を飛び、急いで戻れば何とかなるはず。
そう考えた彼は近くの者にそれを伝えようとした。
「なんだ!?」
真っ暗だったコルキス要塞が突如として輝き、同時に驚愕の声が上がる。
エータ自身も反射的に声を漏らしてしまった。
そこからは驚く暇もない。
大爆発が引き起こされ、青白い光が周囲を包み込む。魔力エネルギーが許容崩壊して発生する魔力爆発により、コルキス要塞は消滅した。
◆◆◆
卵作戦。
それはグレムリンが提案し、実行された作戦だ。
つまりはコルキス要塞に黒竜十六機を派遣し、囮爆撃を行うというものである。本命がバーメントである一方、この囮爆撃にも意味があった。わざわざ落とされることを前提としてエータ・コールベルトを誘うような情報を流したことにも理由がある。
「グレムリン大将閣下! 卵作戦成功です」
「そうか。コルキス要塞はどうなった?」
「確実に壊滅しています。哨戒用の黒竜に撮影させています。見ますか?」
「出せ」
すぐにモニターへと映像が映される。
バーメントを落とした影響でコルキス要塞の電力も途絶え、地上は非常電源のある設備を除き暗闇である。だが直後、青白い光によって包まれた。爆発の音はない。ただ激しい魔力の放出によって映像が乱れた。
光は一瞬。
今度こそ、漆黒に包まれていた。
「このように黒竜の残骸を起爆させ、消滅させました」
「十六機すべてか?」
「はい。間違いなく」
黒竜が落とされるということは、技術流出が懸念される。
そのため黒竜には自爆装置が組み込まれているのだ。仮に落とされた場合、黒竜に搭載されている魔晶を魔力エネルギーへと変換することで爆発を引き起こすのだ。
卵を産み付けるが如く破滅を置いておく。
時が来れば絶望が生まれる。
残るは終焉。
それがグレムリンの考案した卵作戦だ。
「まだ油断するな。ここからが本番だ。コルディアン帝国に対して最後通牒を出せ」
「はっ!」
「今頃はエリス・モール連合軍の維持する戦線も優勢となっていることだろう。これでコルディアン帝国が降伏しないなら、残念ながら全ての黒竜で沈める他あるまい」
グレムリンは一人そう語り、笑みを浮かべていた。
◆◆◆
コルディアン帝国はエネルギー供給が断たれたことで大停電に陥っていた。しかし元から神聖グリニアを仮想敵国と定めているだけはあり、自国内に発電設備を備えている。現在はそれを稼働させることで帝都の機能をギリギリ維持していた。
病院や軍の設備といった最低限を残し、帝都は闇に包まれている。
宮殿ですら一部を除き、電力が落とされていた。
「陛下! 恐れながらスバロキアより電文が!」
この状況を予測していた大帝国は敢えて電文によりメッセージを送っていた。
皇帝はその内容を閲覧し、眉を顰める。
側に控えていた大臣の一人が小声で尋ねた。
「どのような
「……彼奴等め。余の帝国に降れと申しておる」
この停電騒ぎにより、現在は皇帝が主要な人物を集めて御前会議を開いている。その中での電文だ。誰もがその内容に憤慨し、同時に不安に思った。
非常用の発電機を除き、コルディアン帝国はエネルギー獲得手段を持たない。バーメントを落とされるということは、戦略的に敗北したに等しいのだ。本来ならば降伏も止む無し。
「陛下、どうなさるおつもりですか?」
戦うか、降るか。
皇帝は眉間に皺を寄せて考える。
またこの場に集まった者たちの意見も真っ二つに割れていた。
「勇ましく戦うべきだ! 帝国に敗北はない!」
「何を馬鹿な。どうやって戦うというのだ」
「ならば降伏すると申すのか? それは陛下を貶める行いであるぞ」
「しかしだな」
「このまま戦って勝てるわけがない。エネルギーを断たれてしまったのだからな」
「帝都に全軍を集結させましょう」
「返答の期限までに集結できるわけがないだろう!」
「帝都を放棄し、神聖グリニアの聖騎士隊と合流しましょう。しかる後に反撃するのです」
「そんな馬鹿な作戦が許されるか! 帝都の放棄を提案するなど叛逆行為にも等しい」
「しかしこの戦は勝てん。それは確かだ。ならば下手に戦力を消耗させる前に引くのも戦術」
「それでは民はどうなる?」
「知れたこと。陛下さえ無事であればコルディアン帝国は永遠である」
「貴様……」
大臣や軍関係者は口々に意見を述べ、討論は激しさを増す。
遂に皇帝は片手を上げ、声を張り上げた。
「そこまでだ」
これ以上の討論は時間の無駄だと悟ったのだろう。
そこで皇帝は最も信頼する外務大臣、ログリットへと問う。
「ログリットよ。お主の意見を述べてみよ」
「はっ」
指名されたということもあり、ログリットは立ち上がる。
「私は戦うべきと存じます。コルディアン帝国とは陛下そのもの。陛下なくしてこの国がありましょうか。民は強い陛下へと付き従うのです。しかしながらスバロキアめの示してきた返答期限までに軍を集結させるのも難しいでしょう。またコールベルト将軍と連絡が取れないことも不安材料です」
「ならば勝てぬのではないか?」
「御心配召されるな陛下。先程も誰かが申されましたな……一度帝都を放棄し、東へと逃れましょう。この帝都で時間を稼ぐのです。そうして機を伺い、耐えて、耐えて、最後に勝利するのです。故に陛下、ここは一度引き下がりましょう。神聖グリニアやラムザ王国と連携を取るのです」
それは事実として勝てる可能性が最も高い方法だ。
同時に、コルディアン帝国の民を見捨てる戦術でもある。帝都に住む百万を超える民の内、一割が死ぬと考えただけでも恐ろしい被害だ。それが帝都を犠牲にするということだ。
囮として帝都で激しい抵抗を試みるならば半数以上が死ぬということも考えられる。
だがそれがどうした。
皇帝こそがコルディアン帝国の全て。
皇帝こそが要。
皇帝こそが帝国だ。
故にログリット外務大臣の意見は何一つ間違っていなかった。
「……余を死守せよ。余こそがコルディアン帝国である!」
皇帝は宣言する。
今、コルディアン帝国はスバロキア大帝国に立ち向かうべく一時の辛酸を嘗めようとしていた。
◆◆◆
「悪役を引き受けさせてしまったな。許せよログリット」
「いえ、これも陛下の求心力を失わぬためです」
御前会議が終わった後、ログリットは皇帝の自室へと呼ばれていた。
先程の厳格な姿とは打って変わり、皇帝は柔和な笑みを浮かべていた。彼にとってログリットは信頼する配下であると同時に、古い友人なのだ。
ログリットの家系は先代によって興された新しい貴族であり、彼は二代目当主でもある。コルディアン帝国に富と繁栄をもたらした企業グループの会長という一面も持つのだ。新しい貴族でありながらも強い影響力を持っており、かつては皇帝の学友でもあった。
そういうわけで皇帝はログリットを信用しているのである。
「なぁ、ログリット。
「……皇帝としては正しい。私はそう思います」
「そうか」
皇帝といえど、所詮は人だ。
コルディアン帝国に住む数百万の民を守る義務があり、国を栄えさせる必要がある。その重圧を強く感じて彼は弱っていた。
「陛下、私はあなたに付き添います」
「ああ……余についてこい」
「コルディアン帝国に永遠の繁栄を」
「うむ」
ログリットは拳を胸に当て、誓った。
皇帝は帝国の堕ち行く未来を覆すため、全てを受け止める覚悟を決めた。
◆◆◆
ログリット・ヴァルキュリア。
彼はコルディアン帝国貴族ヴァルキュリア家の二代目当主である。またヴァルキュリア・グループの会長でもあり、電子機器から化学製品、飲食、衣料、建築など幅広く帝国を支えている。かつてはハデス財閥の資本を受けて成長したという経歴があり、コルディアン帝国では並ぶものがないほどの成長力がある。
ただ、ハデス本社がスバロキア大帝国へと移設して以降、資本を取り戻して完全に独立していた。
つまり先代当主はハデスと強いかかわりがあったのだ。
「愚かな皇帝だ。敵である私を親友などと思い込んでいる」
帝都を脱出するべく準備を進めるログリットはふとそんな言葉を漏らした。
彼は自分の屋敷で脱出の手筈が整うのを待っており、手持無沙汰となっている。まだ時間がかかるだろう。そこで懐から小さな箱を取り出し、それを開いて一つのソーサラーリングを取り出した。
ログリットはこの新しいリングを嵌め、通信回線を開く。
「聞こえるか、グレムリンよ」
『……誰かと思えばログリットか。どうした?』
「こちらの工作は実を結んだ。帝国に降伏などさせんよ。徹底抗戦の準備を整えつつある」
『そうかそうか。攻め甲斐があるというものだ』
「ふん。こうして何十年もかけてこの国の信用を勝ち取ったのだ。生半可な結果では許さんぞ」
『当然だとも。我らが神は激しい戦争を求めておられる。それにだ。この作戦の為にコルディアン帝国周辺地域の煉獄を早急に仕上げたのだからな。妖精郷の奴らが忙しさで悲鳴を上げていたぞ』
通信相手、スバロキア大帝国空軍大将にしてシュウ・アークライトの配下グレムリンが怪しく笑う。それに呼応してログリットも笑い声をあげた。如何に自室とはいえ秘密の会話であるため、高笑いというわけにはいかないが。
『さて、コルディアン帝国には存分に戦う理由を与えようじゃないか。数時間もすれば黒竜全機がそちらの帝都を滅ぼし尽くすだろう。お前もそれまでに逃げておけ』
「分かっているとも」
コルディアン帝国に逆転の目など、残されてはいなかった。
何十年も前から。
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