第310話 コルディアン帝国の急所


 明かりに満たされたバーメントにとって、それは不意打ちであった。

 夜の闇に紛れてやってきた六十四機の黒竜が一斉に爆撃を開始。まずはバーメントを囲むようにして爆破の魔術が放たれ、火の手が上がった。これにより炎の壁が都市を取り囲み、逃げ道が奪われてしまう。



『対空設備と通信設備を優先して破壊するぞ。俺たちゼノ小隊は対空砲を潰していく。ビアンカ小隊とクリーク小隊は通信設備を壊せ。軍、民間を問わずにな。オルガノ小隊は分隊規模に分かれて気を引け。敵軍も民間人を守らないという選択肢はないからな』



 バーメントは大都市といえるほどの人口を保有している。たった六十四機とはいえ、空から一方的に爆撃される状況の中、民衆が冷静でいられるはずがない。適当に爆撃魔術が放たれるだけでも混乱が生じ、人々は縦横無尽に逃げ回る。

 またゼノ小隊の十六機が空に向けられた砲台に魔力弾や爆撃を放ち、バーメント守備軍の抵抗力を奪う。ビアンカ小隊は事前情報にあった民間通信基地に雷撃を落とし、機能を停止させていた。同じく通信設備を狙うクリーク小隊は軍のものを優先している。



『対空砲、三機沈黙』

『中央電波塔を破壊』

『地下を狙え。地下に光通信の配線がある』

『それってどこ?』

『通信ケーブルターミナルが都市郊外にありますよ。マップ更新します』

『ならビアンカ小隊の誰かが行け』

『こちらアルペン分隊っす。俺たち空いているんでいけるっすよ』



 スバロキア大帝国空軍にとって、このバーメントこそが本命の標的だ。

 予め大量の諜報員を潜り込ませ、破壊するべき場所を絞っていた。空軍はあらかじめ手に入れていた情報を元にワールドマップを更新し続け、次々とターゲットを表示する。黒竜は表示されるターゲットをロックオンしてトリガーを引くだけでよい。

 爆撃は止まらず、雷撃は止まず、降り注ぐ無数の魔弾がコルディアン帝国軍を粉砕する。



『コルディアン帝国軍の回線へ割り込み、情報を手に入れました。敵軍は都市南部の軍支部を放棄し、北東郊外にある演習場へと集結しつつあります。分断のため、道路の破壊を優先してください』



 ソーサラーリングを利用した魔術通信は全て傍受され、コルディアン帝国軍の動きは筒抜けだ。あまりにも効率的な破壊は抵抗力だけでなく、外部への救援手段すら断った。

 もはやバーメントに逆転の手は残されていなかった。







 ◆◆◆







 大帝国空軍がバーメントを狙った最大の理由は、この都市がエネルギー中継点になっているからだ。神聖グリニアより送られてくる永久機関のエネルギーをバーメントで集約し、各都市へと配分している。これはエネルギー配分から神聖グリニアに各都市の重要度を悟られないための戦略だが、明確な弱点もある。



「空間魔術は明確に弱点が存在する」

「突然どうしたんですか?」



 混乱の最中にあるバーメントの地上とは対照的に、シュウとアイリスがいる地下は非常に静かであった。それもそのはずである。二人が潜入している場所はバーメントどころかコルディアン帝国にとって最も重要と言っても過言ではないのだ。耐震、耐衝撃、耐熱、耐電、対魔力などの様々な防壁が組み込まれている。地上の都市が禁呪で消し飛んだとしても地下は少し揺れる程度で済む。

 完全に密閉された地下であり、空調は勿論、侵入するためにも空間魔術が必要となっている。当然ながら空間魔術による侵入には特定のアクセスキーがなければならない。ただそれもあらゆる魔晶とそれに付随するプログラムを管理するマザーデバイスがあれば簡単に突破可能だ。

 そういうわけでシュウとアイリスは容易く侵入していたのだ。



「空間魔術は本質的に時間魔術だ。固有時間を有する空間を設定し、それを基点にして現実空間を操る」

「そうですね」

「つまり固有時間を与えた座標系を経由しているだけで、本質的に空間を飛び越えているわけではない。俺たちが実在している空間の量子単位時間を超える速度で移動しているだけだ。その秘密は固有時間の異なる空間へ座標系変換することにある」

「あ、もしかして空間転移の阻害結界の話ですか?」

「そうだ。つまり座標系変換を失敗させれば空間魔術は機能しない。術式が破綻し、転移は失敗する。空間を折り畳んで四次元以上にすれば話は変わるが、基本的には三次元空間上の連続性を量子単位より上の距離で飛び越えることはできない」

「そうですね。だからわざわざ時間魔術で別位相を作って、数値的に連続移動をしたと世界に対して誤認させ、疑似的な三次元座標変換を行うのが空間転移ですし。でもそれがどうしたのです?」

「つまりだ」



 シュウはそう言いながら大量のモニターが並ぶ管制機器の前に立つ。レバーやボタンが設置されている他、マニュアルと思しきファイルの束が整理されておかれている。他にはメモなどがモニターに張り付けられており、操作方法や緊急時の対処法などが記されていた。

 そんな中でシュウはソーサラーデバイス用の接続端子を開き、自身の持つマザーデバイスへと接続する。



「ここで空間魔術を停止させれば、輸送されているエネルギーはどうなると思う?」

「あ……」

「許容以上の水を流すと水道管が破裂するように、行き場を失ったエネルギーは……あとは分かるな?」



 そう告げてシュウは仮想ディスプレイ上に浮かび上がったコマンドを実行する。この地下設備を管理するシステムへと干渉し、魔術的ハッキングによりエネルギー転送システムを改変したのだ。

 分かりやすく言えば神聖グリニアから送られてくるエネルギーはそのままに、各地へと転送するための魔術を停止させたのである。

 正確には定数としてプログラムされている座標系変換部分を狂わせ、空間魔術を術式的に破綻させた。これによって輸送緊急停止時に神聖グリニアから受け取るエネルギーをカットする仕組みも機能せず、どんどんエネルギーが流れ込んでくる。



「仕事は終わった。帰るぞアイリス」

「はーいなのですよー」



 あまり気は進まないが、アイリスも必要なことと割り切って文句は言わない。得意の時間操作を使って転移を発動し、二人の姿は掻き消える。

 後に残ったのはアラート画面を映すモニターと、眠るように息絶えた大量の死体だけだった。










 ◆◆◆









 魔力とはあらゆる物質の元であり、あらゆるエネルギーの元である。全ては魔力に始まり、魔力は全てのエネルギーに変換できる。熱にも、光にも、電気にも、質量にも、重力にも、何でもありだ。だからこそ魔装や魔術といったものが存在している。

 そんな万能エネルギーの魔力だが、エネルギーとしては物質中に留まりにくい性質がある。特に質量は非常に大きなエネルギーの塊であり、内部に余剰エネルギーを取り込む余地が少ないからだ。だからこそ、魔力をエネルギーではなく構造体として取り込む必要がある。

 生命体が魂として魔力を保有できる理由や、オリハルコンが多くの魔力を含む理由はそれである。

 逆にエネルギーとして魔力が一か所に留まる場合、いずれ限界が訪れる。

 空間すら魔力の構造体である以上、その器には限界が存在する。空気を入れすぎた風船が破裂するように、一所に蓄積した魔力は暴発するのだ。




「これは……どういうことだ?」



 バーメント軍支部の司令官であるログレス少将はモニターを眺め、首を傾げていた。対空砲は破壊され、戦車もほぼ全て運航不可能となり、軍の中にも大量の死者が出た。都市は炎上し、電気は止まり、通信すらままならない。

 指令室では停止した通信機能を回復するべく奮闘しているが、未だに良い報告はない。

 ただ時間だけが流れ、バーメント壊滅は時間の問題だと思われていた。

 しかしここで空を舞う黒竜が西の空へと消えていったのだ。



「燃料切れでしょうか? 流石にあれだけの大魔術を連続していましたから」

「もしそうなら、二度目の空襲があるかもしれん。警戒を続けろ」

「はっ」



 あくまでも第一陣による攻撃であり、すぐに第二陣がやってくるとログレスは考える。ただ、論理的な証拠のないただの勘ではあるものの嫌な予感がしていた。



(通信設備をやられたのは痛かった。まさかあれほど的確に……スパイか)



 民間の通信設備はともかく、軍の設備まで的確に破壊されるとは思わなかった。更には地下に埋め込まれている光通信ケーブルまでも破壊されている。徹底的なまでの情報封鎖だ。お蔭で物理的な手段を除けば外部と連絡を取る手段がない。



(我々がどれほど通信機に頼っていたのか分かってしまうな。大帝国は現代戦が何たるかを理解している。これほど厄介な相手とはな)



 現状で軍支部の総責任者を預かっている以上、不用意に不安を煽るような憶測は口にできない。しかしながら誰かに相談し、不安をぶちまけてしまいたいという気持ちばかりが広がっていく。



「ログレス少将閣下……?」

「ああ、すまない。しかしどうしたものか。現状を把握することすら困難とは。復旧にはどのくらいの時間がかかる?」

「最低限でも三日は必要です。車で援軍要請に向かわせていますが、それでやってくる援軍もそれ以降になるかと」

「そうなると三日以上は孤立したまま戦い続ける必要があるのか」



 ログレスはこの重要都市を守る者として、バーメントがエネルギー中継点となっていることを知っている。ここが落とされるということは、そのままコルディアン帝国の敗北を意味するのだ。頑丈なシェルターに守られているため、まだ地下は無事だろう。しかしこのままでは都市そのものを破壊されてしまうという最悪の展開が予測される。

 せめて帝都から援軍……エータ・コールベルトがやってくるまで守り抜かなければならない。

 緊張のため渇いた喉を潤すべく、ログレスはデスクに置いたグラスに手に取る。



「ふぅ……聖堂に連絡せよ。癪だが、神聖グリニアから聖騎士の援軍を期待する必要がある」

「しかし閣下」

「分かっておる。あの国に借りを作るのは陛下の意向にそぐわない。だがこの都市だけは落とされるわけにはいかんのだ」

「はぁ……? そうなのですか?」

「色々と守らなければならない機密があるということだ」



 そう言いながら彼はグラスを置いた。

 少々強く置いたからか、中身の水が揺れて零れる。徐々に波が静まっていくグラスを眺めつつ、ログレスは苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべていた。

 神聖グリニアの手を借りるという決断に屈辱を感じていたのだ。

 揺れる水面はまるで彼の心のよう。

 鎮まる様子がない。



(鎮まる様子が……ない?)



 そこで彼は違和感に気付いた。

 ちょっと揺れた水面などすぐに戻る。だがグラス内の水はいつまでも微小に揺れ続けていた。それはやがて明確に体でも感じられるようになる。



「地震!?」

「いや、また空襲に違いない!」

「早く調べろ。どこからだ?」



 途端に指令室が一層騒がしくなり、ログレスも気を引き締める。

 しかしそれは全て無駄だ。

 総勢六十四機の黒竜が一斉に引いていったのには理由がある。人工賢者の石から供給される無限の魔力があれば燃料切れなどおそるるに足りない。いつまでも爆撃を続けることができる。ただ、巻き込まれて破壊されないために帰還したに過ぎないのだ。

 冥王シュウと魔女アイリスの仕込みにより、バーメント地下では恐ろしいことが起こっていた。

 行き場を失った魔力が空間の容量限界を超えたのである。

 コルディアン帝国のエネルギー事情を支えるほどの魔力エネルギーだ。それが暴発したら何が起こるか、想像に難くない。



「第二陣がやはり来たか! 市民の避難を優先し、少数に分かれて奇襲戦術を心掛けよ! せめて避難場所だけでも守――」



 その命令が最後まで述べられることはなかった。

 大地に亀裂が走り、その隙間から青白い光が漏れ出す。電気が止まって暗闇に染まったバーメントの街並みを淡く照らし、次の瞬間に弾けた。

 膨れ上がった大地が火山の噴火を思わせる。

 大陸すら揺らす激震と共に、この日、この夜、この瞬間、バーメントという都市は文字通り消し飛んだ。










 ◆◆◆










 バーメント消滅。

 その一報は帰還中の黒竜が撮影した映像によりスバロキア大帝国空軍基地、黒竜の巣へと届けられた。当然ながら映像により報告を見たグレムリン空軍大将は新たな命令を告げる。



「勝機は来た! コルディアン帝国のエネルギーを支える都市を破壊したのだ! そして転移も使えぬ今、エータ・コールベルトは帝都に戻ってこれない。今こそ帝都を落とす! 卵作戦を起動し、コルキス要塞を消せ。そして全機発進せよ。コルディアン帝国の歴史に幕を下ろすのだ」



 その命令と共に管制室は慌しくなる。

 作戦は完全に成功。

 コルディアン帝国はエネルギー供給を失い、あらゆる機能を奪われた。自国内の非常用エネルギー生産設備が稼働し始めている頃だろうが、そんなものは関係ない。永久機関からもたらされるエネルギーさえ消せば何も怖くない。

 山間部を改造して作られた黒竜の巣で、十個のホールが同時に口を開く。

 そこから次々と漆黒の機体が飛び出し、東を目指した。

 狙うはただ一つ。

 コルディアン帝国との決着である。








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