第309話 黒竜、急襲


 コルディアン帝国は最大の敵をスバロキア大帝国と定めつつ、エリス・モール連合軍の対処に当たっていた。その背後に大帝国があると理解しているため、幅広く情報を集めていたのだ。



「将軍! 敵暗号文の解読に成功しました! 大帝国から連合軍への暗号命令文です!」



 エータ・コールベルトの部屋へと飛び込んできた情報武官の一人が興奮気味にそう報告する。それを聞いたエータも目を見開き驚きつつ、冷静に問い直した。



まことか? 偽装ではなく?」

「潜入させている間者が暗号を手に入れました。これで敵の動きが全て分かります」

「よくやったぞ!」

「はっ!」



 この命令文を解読することで敵の狙いや軍の配置を知ることができれば、先手を打って罠を張ったり、手薄な場所に軍を送って有利に立ち回ることができる。逆に大軍が押し寄せる場所にはエータ自身が赴き、覚醒魔装士の力で薙ぎ払えばよい。



「敵の狙いは何だ?」

「コルキス要塞であります」

「何? そうか……足掛かりとするのか」

「おそらくは。コルキス要塞を物資備蓄庫としていることが知られてしまったのかと」

「あれが潰されれば前線に影響が出る」



 コルキス要塞は国家の守りとして重要な拠点ではない。何も知らなければ無視するような砦だ。しかし戦時は物資備蓄庫として利用され、戦線を支える重要拠点となる。

 逆にそこさえ潰してしまえば前線はあっという間に瓦解するだろう。

 普段ならば陸上勢力にのみ気を使い、防衛線を維持しておけば問題ない。しかし今の大帝国には超音速の航空兵器が存在し、陸上の守りなど容易く飛び越えて爆撃してくる。陸上の守りを突破することなく戦略的要所を破壊する戦略爆撃の恐ろしさだ。

 抵抗するには敵の接近をいち早く察知するレーダー設備に加え、空を守るための航空兵器が必要となる。だがそれがないコルディアン帝国が取れる手段はただ一つだ。



「私が出るしかあるまい」



 普通の魔装も魔術も届かない場所からの攻撃に対処できるのはエータを除いて他にいない。

 情報を手に入れた彼は、コルキス要塞を守るために命令文を書き始めた。

 二日前のことである。









 ◆◆◆








 情報を入手したコルディアン帝国軍だが、大っぴらに動くわけではない。暗号文を解読しているということがバレた場合、別の暗号を使われてしまう。だからこそ、有利である期間を長引かせるために暗号を把握していないと誤認させるのだ。

 コルキス要塞を訪れたエータは地下の部屋に隠れ、時を待っていた。



「情報通りならば来るはず……」



 エータは待機している一室で呟いた。

 今回の迎撃のため、感知に特化した魔装士も連れてきた。隠れた重要拠点として相応の感知システムは組み込まれているものの、油断できないからだ。

 それだけコルキス要塞の守りが重要ということである。

 ギリギリのタイミングではあったが、こうしてコルキス要塞空襲の計画を事前に知ることができたのは僥倖であった。そうでなければ今夜は要塞空襲の一報で慌しくするはめになったことだろう。

 水を口に含み、唇を湿らせる。

 緊張のためか喉が渇いた。



(いつになっても慣れはしないな)



 彼が軍人となって二十年以上経っている。

 最も恐ろしく、死を感じた戦いは暴食王と強欲王を討伐したディブロ大陸での戦いだった。そこで彼は覚醒に至り、今ではコルディアン帝国の守護者として名を馳せている。

 しかし戦争を喜ばしいとは思わない。

 彼は皇帝の弟でもあり、かつては皇位継承者候補の一人として国の行く末を案じた身だ。戦争とは最終手段であり、すると決めたならば確実に勝たなければならない。その責任は重大だ。彼は将軍として、国を守る最大級の責任を負っているに等しいのだから。



(来る)



 何となく、そう思った。

 ただの勘だったが、エータの感覚は正しかった。

 不意にサイレンが鳴る。同時に扉を激しく叩く音が響いた。



「コールベルト将軍!」

「分かっておる! 第一種戦闘配置! 敵を迎え撃て!」



 短く命じた彼も扉から出て、ソーサラーリングを起動する。仮想ディスプレイを開いて幾つかコマンドを発令し、コルキス要塞を完全に戦闘態勢へと移行させた。

 要塞を守るために急遽開発し、設置した対空砲が機能する。

 集めておいた魔装士は守りや感知に特化しており、攻撃は全て対空砲とエータに委ねられていた。



「必ずこの要塞は守る。スバロキア大帝国とやらの好きにはさせん。帝国はこの世に一つで良いのだ」



 自身を鼓舞するため、彼はそう呟いた。









 ◆◆◆








 黒竜の巣から飛び立った十六機の黒竜は、音速で編隊を組みつつコルキス要塞に向かっていた。ターミナル一つにつき、六十四人の操縦者が搭乗できる。そして一人一機操作するため、六十四機で大隊となる。今回は大隊の四分の一。しかし要塞を滅ぼすには充分だ。



『今回も夜間目標になります。こちらで解析した標的を画面上で赤表示します。そこを狙って破壊してください』

『最優先はどこだい?』

『対空砲を確認していますので優先的に。それさえ壊せば後は的ばかりのはずです』

『そいつはいい! ただのゲームだな』

『調子に乗るなよ。幾ら死なないからって、落とされたら被害は受けるんだ。これ一機作るのにそれなりの金がかかっているからな』

『へいへい。隊長はお堅いね』

『間もなく目標に到達。戦闘システム起動。火器制限を解除。皆さん、管制室から応援しています』



 オペレーターは気を引き締めるようにと告げるが、搭乗員たちは気楽な様子だ。

 それもそのはず。

 たとえ撃ち落とされても死なないし、空から一方的に攻撃する任務に変わりないのだから。まるで的当てゲームである。彼らは黒竜の巣に設置されているターミナルに搭乗し、画面の前に座り、表示されるターゲットをロックオンしてトリガーを引くだけでいい。それで戦いに勝利できるのだ。

 これまでの一方的な爆撃の経験もあり、全く緊張していなかった。

 コルキス要塞を破壊し、敵の補給地点に被害を与える。

 また勝利に近づく。

 それだけのことだと疑っていなかった。



『一番機、リーダーのフレンだ。散開してそれぞれ狙え。予定通り、それぞれの分隊で四方向から攻める。後れを取るな。最高戦績を叩きだした分隊は俺が酒を奢ってやる。カイルアーザの銘酒が欲しい奴は後れを取るなよ!』

『ひゅうっ! さっすがリーダー! 酒は俺たちが頂くぜ』

『おいおいカイルアーザの銘酒って日月輪にちがつりんのことか? なんてご褒美だ。こいつは狙うしかねぇ!』

『私はお酒よりもお金がいいなぁ……』

『ミーティは下戸だからな! じゃあお前が手に入れたら買わせてくれよ! 日月輪なんて金出しても買えるかわかんねぇからな』

『あ、ずりぃっ!』



 和気あいあいとした会話に空気が緩む。

 ただやる気を引き上げたのは間違いないだろう。小隊長としてフレンが号令する。



『行くぞ! 散開!』



 十六機の黒竜が夜空に散る。

 東西南北の四方より急降下し、コルキス要塞の対空砲に向けて照準を合わせた。

 後は引き金を引くだけ。

 簡単な仕事だ。

 黒竜を操る誰もがそう考えた。

 彼らは知らなかったのだ。夜間の奇襲によってコルキス要塞を叩き潰すという計画がコルディアン帝国に察知されていたということを。



『警戒! これはまさか……エータ・コールベルト!』



 悲鳴のようなオペレーターの声が上がる。

 夜空に紛れるように、無数の漆黒の槍が高速で飛来した。









 ◆◆◆








 黒竜が闇に紛れてやってきたように、エータ・コールベルトの攻撃も闇に乗じて行われた。彼の魔装は黒い物質を操るという曖昧なものである。コルディアン帝国はその流動性と頑丈さに目を付けて物質の正体を研究したが、目立った成果は出ていない。ただエータの意志に従って流動し、時にどのような形状にも変貌するということしか分からない。

 空間を埋め尽くすほどの槍が黒竜に直撃する。黒竜は頑丈な装甲を破損させ、次々と機動力を失って堕ち始めた。



「ふむ。夜だからということもあるが、空間把握が難しいな」



 落とした黒竜は六機。

 その倍は落とせると考えたエータは原因を考察する。空という領域はエータの思っているより遥かに広く、漆黒の槍が届く前に回避されてしまう。不意打ちであること、また夜の闇に攻撃が紛れていたことの二点が幸運に働き、六機も・・・落とせたのだ。

 高密度で攻撃したつもりでも、実際は回避できる余地が残っていた。

 黒竜より炎魔術が放たれ、コルキス要塞に設置された対空砲を爆撃する。空を狙っていた砲塔は次々と爆発し、激しい揺れが襲った。



「どうだ。捉えたか?」

『現状は約半数を捕捉しています! 将軍のデバイスに座標情報を共有します』

「うむ」



 エータは仮想ディスプレイを開く。

 そこから三次元マップと同期させた黒竜の立体図が浮かび上がった。同時に複数のディスプレイが立ち上がり、様々な数字が高速で流れていく。

 これは対象を捕捉してエータを中心とした極座標で表示し、方位と距離によってターゲットの位置情報を表すシステムである。またこれはエータの魔装ともリンクしており、この座標を自動代入することでエータは負担なく狙いを定めることができる。

 広域に様々な能力を持つエータの魔装を補助するための仕組みであった。



「ゆけ」



 暗黒物質を巨大な刃の形状へと成形し、回転させながら射出する。闇夜を切り裂く回転刃は空を舞う黒竜十三機に向けて飛翔した。

 超音速で飛翔する黒竜を落とすべく放たれた刃は暗黒そのものだ。その黒はあらゆる電磁波を吸収するほどの漆黒であり、電波や赤外線による探知をも誤魔化してしまう。目視で接近を確認した操縦者だけが回避し、それ以外は直撃する。

 夜空で火花が散った。



『三機撃墜。誤差修正します』



 システムオペレーターからの通信を聞き流しつつ、エータは第二射を準備する。



『追加で六機捕捉。ターゲット完了』

「射出する」



 回転する刃が再び飛ばされる。

 しかし大帝国空軍もエータの存在を認知しており、集中攻撃を始めた。攻撃魔術を雷撃へと切り替え、三機の黒竜が一斉に雷を落とす。だがエータは黒竜の攻撃方法を知っていたので、予め避雷針の魔術を設置していた。雷撃は避雷針の魔術へと吸い寄せられ、エータには直撃しない。

 黒竜は何度も戦場に出現し、その度に辛酸を舐めさせられてきた。

 コルディアン帝国も研究と対策を重ねてきたのだ。

 雷撃は電気系統に甚大な被害をもたらし、ただ一撃で通信機能を破壊されて全滅することもある。故にコルキス要塞に留まらず、主要な基地や都市には雷撃魔術対策の避雷針魔術が設置されていた。雷を引き寄せやすくする魔術を付与した金属の柱を建てるだけなので簡単だ。



『避雷針が機能しました。雷撃魔術は完全に防げています』



 またようやく対空砲も機能し始め、夜空に向けて火を噴く。

 それらは黒竜を撃ち落とすことはできない。広い空を自由に飛び回り、自動回避システムを搭載した黒竜は容易く対空砲の攻撃を避けてしまう。しかし動きを制限することはできる。空を貫く砲撃を避けるため、黒竜は大胆な機動が難しい。

 コルキス要塞を守る魔装士や魔術士も必死に攻撃を重ね、とにかく黒竜が動きにくくなるようにしていた。彼らにとって黒竜は届かない相手だ。しかしながら最も信頼するエータ・コールベルト将軍ならば落とせると考えていたのだ。

 レーダーシステムで黒竜を三次元的に捉え、エータが落とす。



『二機撃墜! 誤差修正します!』



 そしてエータが攻撃するたびに誤差を修正し、精度を高めていく。

 黒竜のデータ収集という意味でもこの戦いはコルディアン帝国に分があった。コルディアン帝国軍は黒竜を少しずつ落とし、更には動きをアルゴリズム解析して予測している。これは帝国軍の機密ネットワークにより共有され、今後の作戦にも活かされるだろう。

 ただ大帝国空軍も落とされる一方ではない。

 激しい爆撃が降り注ぎ、対空砲が少しずつ減らされていく。また要塞を守る兵士の中にも死者が増え始め、遂には指令塔に爆弾魔術が直撃する。熱と爆風により堅牢な建物が倒壊し、被害が多数出ていた。



「抑え込め! 近づけさせるな! 攻撃を撃ち落とせ!」

「皇帝陛下のためにその身を捧げよ!」

「魔力を使い尽くしても戦え!」



 首が痛くなるほど上を向き、魔装を使い続ける。

 生き残っている対空砲を探し、無駄と知りながらも狙いを定める。

 コルキス要塞は混迷を極めていた。

 だが誰一人、諦めてはいなかった。



『四機撃墜! 後少しです将軍!』



 そんな通信が垂れ流される。

 後少しで勝てる。

 大帝国の新兵器である黒い竜を撃破できる。

 エータはトドメとばかりに右腕を伸ばし、大きく手を開いた。



「ああ、終わりだ」



 天へ向かって射出され続けた暗黒物質は夜空に留まっていた。

 空に配置されていた暗黒物質は、エータの握りつぶすような動作に反応して残る黒竜へと殺到する。レーダーによる完璧な支援で狙いは正確無比。

 その瞬間、残るすべての黒竜が全方位より迫る槍に貫かれた。



『緊急通信! 緊急通信! バーメントに空襲!』



 同時に、悲鳴のような通信が彼らの耳をつんざく。

 コルキス要塞への襲撃は囮でしかなかったということに気付いた瞬間であった。





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