第307話 黒衣の男⑤
白き竜は咆哮した。
解き放たれた閃光は反応炉空間の真上を貫き、昇っていく。永久機関から搾取したエネルギーを放っただけのものだが、威力は絶大であった。
まさに極光。
無数の色が煌めく咆哮がその先々にある万物を消滅させる。
マギア大聖堂から天に向かって巨大な柱が立った。
「この魔力……魔法の一種か」
その光景はどこからでも見えた。
勿論、シュウも見ていた。
「丁度いい穴が開いた。アイリス、無事か?」
『こっちは大丈夫ですよー』
「黒衣の男が使っていた未知の魔法魔力を感知した。かなり暴れているらしいな。あまりマギアを壊されても困る。ここらで潰しておく」
シュウは移動し、大穴の空いた場所にまで向かった。
そこで発動したのは常時待機している魔術、《暗黒塔》である。遥か上空で内部の反射率が百パーセントの球状結界を張り、光を無限に溜め込む。それを下方向へと放つのがこの魔術だ。ベクトル操作系の魔術によって光が完全に一方向へと進むため、真っ黒な塔が建っているように見える。
三百年以上も溜め込まれた太陽の光が、一点に向かって降り注いだ。
◆◆◆
羽毛に包まれた翼を有する純白の竜は、これまで見たどの魔物よりも脅威に思えた。アロマは『王』の魔物を見た時のような威圧感に襲われる。
《
『想……外……です……早……て……さい』
大規模に破壊の光が放たれたからか、通信システムにも障害が出ている。《
アゲラ・ノーマンの指示によって一心同体となり戦っていた聖騎士たちは統率を失い、混乱していた。白い竜は翼を広げ、全方位に羽を飛ばして攻撃した。
「ぎゃっ!」
「この羽に触れるな! 避けろ!」
「無理だ。こんなの避けられるわけがない」
「馬鹿! 今は魔力で防げないんだ!」
羽は聖騎士に触れると破裂し、その肉と骨を抉り飛ばした。
頑丈な繊維で編み込まれた聖騎士服すらも簡単に貫き、次々と殺害してしまう。
また白き竜の攻撃はそれに留まらない。青い宝石のような目で睨みつけられた聖騎士は声が出せなくなり、やがて動けなくなり、最後には石像となって固まってしまう。石化の魔眼まで持っていた。更に竜の咆哮をまともに聞いた者は発狂し、首を掻きむしって自殺を選ぶ。
化け物だった。
魔物とはまた違った化け物である。
更に白い竜が活性化すると同時に、《
「こんなはずじゃ……」
アロマは貫かれた部分を押さえつつ、張り巡らせた樹木の陰に隠れる。飛ばされ続ける白い羽は次々と周囲を破壊しており、もはや回避する隙間もない。聖騎士たちは障害物に隠れ、ひたすら暴虐の時間が過ぎ去るのを待っていた。
故に彼らは何が起こったのか分からなかった。
突如として天より降り注いだ白い光を目撃した者はいなかったのだ。
「グオオオオオオオオッ!」
空気を震わせ、骨すら軋ませる咆哮が響き渡る。
シュウの発動した《暗黒塔》は《
高密度に圧縮された光の束は、白き竜に凄まじい衝撃を与える。
呆気なく。
本当に呆気なく竜は沈んだ。
三百年以上の重みが純白の竜を押し潰し、永久機関の反応炉へと叩き込んだのだ。《
「ギッ! ギャアアアアアアアアッ!」
永久機関の仕組みはあらゆるエネルギーを魔力という万能エネルギーへと変換するもの。質量でも気温でも光でも、その場にエネルギーが存在する限りは無限に魔力に変換できる。白い竜は肉体を分解され、永久機関によってエネルギーへと変換されつつあったのだ。
神聖グリニアのエネルギー事情を鑑みて、《
白い竜は反応炉の中で暴れまわり、必死に破壊の羽を放って炉を壊そうとする。しかしながら降り注ぎ続ける光の柱が竜を押さえつけ、下手な動きを許さない。上から押さえつける光の柱、下では万象を分解する炉。白い竜に逃げ場はなかった。
「く、そ……セ……」
最期の瞬間、元の姿に戻った男は何かを呟き、永久機関の中に消えていった。
◆◆◆
未知の魔法を有する存在が永久機関へと落ちて消滅したことが確認された。シュウとアイリスは状況を整理するため、一度妖精郷へと戻ってネットワーク方面から調べていく。
ネットワークプロトコルはハデスが作り上げており、密かにバックドアも仕掛けられている。シュウの持つ賢者の石を使ったデバイスからアクセスすれば、どの情報にもアクセス可能なのだ。唯一不可能なのはアゲラ・ノーマンがゼロから作り上げた隔離システムだけである。
「地震、空から光、聖堂で爆発……一般市民のデバイスからは情報を求めるような声が多く見られますね。メディア関係のデバイスも似たようなものですよ。あと停電しているという話が多いですね。空間魔術によるワープも使えないとかで色々大変みたいですよ」
「流石にまだ隠しているか。聖堂のネットワークはかなり情報が搾り取れたぞ。永久機関がかなりダメージを受けたらしい。一時的にエネルギー供給が滞っているのはそれが原因だ。そのお蔭で各地の聖騎士も反応が遅い。メンデルスへの爆撃は簡単に終わりそうだ。一番大きな影響は最前線だな」
シュウはそう言いながらワールドマップを開き、観測魔術により取り込んだ情報とネットワークから取得した軍事機密情報を重ね合わせる。
それはバロム共和国とコルディアン帝国付近の地図であった。
スラダ大陸のほぼ中央に位置するこの二つの大国は今、戦争の最前線となっている。
「ロレア・エルドラード連合軍は力を失った殲滅兵を破り、どんどん追い上げている。バロム共和国軍と聖騎士は後退する一方だな。かなり包囲殲滅もされたらしい。これで趨勢は決しただろ」
「帝国の方はどうです?」
「元からエリス共和国との国境付近での戦いで、コルディアン帝国はそこまで殲滅兵の力に頼っていなかったからな。一部の戦線で帝国側に穴が開いたらしい。戦力不足の部分に穴埋めする形で殲滅兵を当てていたからだな」
「じゃあエリス・モール連合軍が優勢なのです?」
「コルディアン帝国には覚醒魔装士がいるからな。すぐに立て直すだろ。潰すなら適当なタイミングで首都空襲するしかない。グレムリンには計画を作らせているし、そっちは気にしなくてもいいな」
「問題はやっぱりバロムのほうですか?」
「ああ」
スバロキア大帝国と神聖グリニアの代理戦争として一番初めに開かれた戦端がバロム共和国とエルドラード王国の国境だ。航空兵器やハデス製の最新兵器によって支援されている連合軍に対し、バロム共和国は殲滅兵と聖騎士が頼りであった。永久機関のエネルギーを頼りにしていた殲滅兵は次々と停止し、次々と撃破されてバロム軍は押し込まれてしまった。
元から首都近郊にまで押し寄せていたので、殲滅兵を多く集中させていた。それが仇となったのだ。
「バロムのブルメリ首相は東に逃亡した。新首都を制定して抵抗を続けるつもりらしい。バロム共和国の聖堂とも協議を重ねているらしいな。話が違うとマギア大聖堂に何度も電話しているぞ」
「バロムの首都は通信制限中ですね……」
「ロレア・エルドラード連合軍が占領したみたいだな。首都近郊にまで迫っていたとはいえ、殲滅兵をなくしたことでほぼ無抵抗になったんだろう。聖堂のログを追跡すると軍や聖騎士は戦闘することなく撤退していることがわかる。おそらく首都を一度放棄して残る戦力を集め、一気に反撃するつもりだな。バロム共和国は神聖グリニアにも接しているし、東側の都市を臨時首都としておけば支援も受けやすい」
「流石に一方的すぎじゃないですか?」
「予定より早いな。だが、どちらにせよバロムとコルディアンはどちらも滅ぼすつもりだった」
戦況は圧倒的に大帝国同盟圏が優勢だ。
ハデス財閥が絶大な生産力と技術力でバックアップしているお蔭で、勢いは留まることを知らない。日々新しい技術と武器を開発しており、それらを同盟国に流しているのだ。何よりも頼りになるのは音速で舞う漆黒の航空機。空から一方的に爆撃することであらゆる敵を粉砕してきた。
またシュウすらも想定していない事件により、神聖グリニアは大ダメージを受けている。タマハミの事件によって求心力も低下しつつあり、シュウの介入がなくとも魔神教勢力の敗北が見えていた。
「ここからは放置しますか?」
「どうせすぐ介入することになる。アゲラ・ノーマンが面倒な兵器でも開発するだろうからな。殲滅兵は汎用的な陸上兵器。それに対して俺たちが開発した黒竜システムは汎用航空兵器。次に奴が開発するとすれば同じ航空機のはず。殲滅兵に対空装備を取り付けた程度で黒竜には届かないと分かったハズだ。ならば同じ音速機を作っているかもな」
「え……放置してもいいのですか?」
「少し気になることがあってな。俺が黒衣の男について調べている途中、アゲラ・ノーマンが殺害されたというログが一瞬だけ存在した」
「死んだのです?」
「ああ。だが一方で奴が直接指揮を執って黒衣の男を討伐したともある。動きを調べておきたい」
「不気味ですねー」
シュウとアイリスがここまで大事を引き起こしたのは、アゲラ・ノーマンを倒すためだ。揺さぶりをかけるために大事件を引き起こしている。そこで見つかった不可解な記録は精査しなければならない。
「最悪の場合、アゲラ・ノーマンが魂を移し替える能力で不死化している。そこまでいくと俺の死魔法でしか殺せない。厄介なことになるぞ」
元の身体が消失した状態で不死化したなら、また一から情報を集めなければならない。その点、アゲラ・ノーマンが本来の身体を使っている方が容易く見つけられた。
トレスクレアは人形兵器。
疑似的な魂を外殻へと移し替えることで不死性すら獲得している。人形端末を破壊しても魂のバックアップがトレスクレア本体に存在する限り何度でも蘇る。今はトレスクレアが月に封印されているので、疑似魂を保護する義体さえ破壊すれば殺せるはずだった。
ただ、それを理解するアゲラ・ノーマンが弱点を放置するはずがない。
シュウは仮想ディスプレイをさらに広げ、ネットワーク上の情報を漁り続けた。
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