第302話 A史接続点⑪


 メンデルスで黒衣の男を取り逃がしたシュウだが、仕上げとしてある場所に連絡していた。その相手はスバロキア大帝国空軍大将を務める部下、グレムリンである。黒竜システムを管轄する責任者として活動している彼に情報提供をしようということだ。



「そういうわけだ。今ならメンデルスを叩ける」

『はっ! かしこまりました。緊急発進させ、メンデルスを爆撃いたします』

「メンデルスはマギアにも通ずる大都市だ。ここを落とせば神聖グリニア内での流通は滞る。それに永久機関の電気はメンデルスを経由している場所も多い。もう一度混乱させろ」



 一通りの命令を終えたシュウは通話を切る。

 そして浮遊し、アイリスを待たせている電波塔に向けて飛び始めた。こうして高い場所から眺めると、メンデルスの崩壊具合がよく分かる。住人もおよそ六割が死亡しているのではないだろうか。大聖堂も完全に崩壊しており、東西南北にそれぞれ悪魔による被害が残っている。壊滅的な被害であった。

 ここからさらに爆撃で蹂躙し、残る重要設備を破壊すれば完全に機能は停止する。もはや守護となる聖騎士もいないので簡単な作業となるだろう。



「あ、シュウさん」

「こっちは失敗だ。怪しいやつには逃げられた」

「怪しい奴?」

「おそらくは悪魔を召喚した存在だ。かなり高位の悪魔を自在に操っていた。聖杯を回収しようと思ったんだが、どうやら奴に持っていかれたようだな」

「見つからなかったのです?」

「一通りは探したが、見つからなかった。あの怪しい奴に持っていかれたのか、それとも何かを召喚して壊れたのか……まぁ、できれば見てみたかったという程度だから別にいい。それより、俺が遭遇した怪しい奴が気になるな」



 無数の悪魔を召喚したその能力もそうだが、人間と悪魔を融合させる能力も奇妙だ。クラリスと刹刈魔バルバトスを融合させた能力を見た時、魔法のような普通の魔力とは異なる感覚もあった。そう考えると『王』の魔物である気がする一方、そこまで魔法の力が強かったわけでもない。シュウも初めて感じるものであり、明確な答えが出せずにいる。



「ともかく、次は取り逃がした奴を追いかける。もう結界は解除していい。すぐに爆撃されるからな。グレムリンに要請しておいた」

「分かりました」



 アイリスは言われた通り《縮退結界》を解除する。

 閉じられた世界が広がり、外へ逃げようとしていた民衆は次々とメンデルスから脱出していく。自らの足で逃げる者はともかく、車は次々と渋滞して大混乱を引き起こしていた。そのため、あまり脱出も順調ではない。

 そんな光景を遠くから眺めつつ、シュウは自身の考察を述べる。



「俺が取り逃がした奴はアイリスの結界を通り抜けた。それも結界を切り取るように突破してな」

「……ということは時間や空間に作用する能力ですか?」

「分からん。だが、少なくとも特異な能力を持っているらしいな。覚醒魔装だと考えても不思議だが……あるいはそういった悪魔を召喚したのか。気になるのは魔法のような魔力を使っていたことだな」

「『王』の魔物じゃないんですよね」

「人間っぽかったからな。俺のように高精度で擬態しているとも思えない。本当に『王』ならもっと強力な魔法を使うだろうし。ただ、俺も世界の全てを知っているわけではないからな。特に『王』の魔物についてならルシフェルの方が詳しいだろう。ひとまずは正体を探るためにアポプリスに行こうと思う」

「分かりました。転移ですね?」

「ああ」



 アイリスが魔術陣を展開し、二人はその場から消える。

 それから数時間後、メンデルスの空に無数の飛行体が舞った。航空兵器、黒竜は魔術爆撃を敢行し、メンデルスを完全崩壊させることになる。








 ◆◆◆








 黒衣の男に腕を切り落とされたシンクは、その場で脇を押さえ出血を抑制する。痛みのためか全身から玉のような汗が流れており、また強く歯を食いしばっている。



「俺と……同じ、剣を変形する能力」

「そこで大人しくしていろ」



 シンクは痛みに堪えながら隙を窺う。腕を失うという剣士として非常に痛い傷も、絶対治せないわけではない。たとえば神の霊水を服用すればすぐに治癒する。他にも高等な治癒魔術で再生可能だ。だが、黒衣の男を前にしてそのような隙があるとは思えない。



「この時を待っていた。ここで予言を奪い、全てを取り戻す。もう何も失わせはしない。奴の掌で踊ることもない」



 黒衣の男は懐から青白い杯を取り出す。

 それは聖杯教会が彼を召喚するために使用した聖杯であった。そこに蓄積された膨大な魔力は底をついているものの、機能そのものは失われていない。

 そこで彼は自身の魔力を聖杯へと注いでいく。



「これは世界の扉だ。隔たれた時空を接続する力を秘めている。シンクよ、お前を殺すことはすまい。全て必要なことだからだ。だが、この世界から消えてもらう」

「なん、だと?」

「心配するな。俺が全てを終わらせる。神子、お前もそこで見ていろ」



 今だ、とシンクは感じた。

 一瞬とは言えセシリアに目を向けたその隙を逃してはならないと考え、反射的に斬りかかる。残る左腕だけでは大した斬撃にならないことは承知の上だ。だが、莫大な魔力が注がれている聖杯を発動させてはならないと感じていた。

 刃は伸縮し、黒衣の男の腕を切り落とそうとする。

 その瞬間、シンクは足を滑らせた。



(え?)



 何かを踏んづけ、バランスを崩してしまったのだ。その拍子に刃の軌道は逸れてしまい、虚空を通過するだけとなった。

 何が起こったのか。

 勢いよく踏んづけたことで宙を舞う、それを目にしたことで理解する。



(ペン……だと?)



 踏みつけられたことで折れ曲がっているが、紛れもなくペンであった。シンクはこれによって足を滑らせてしまったのだ。剣士として恥ずべきことだが、足元への注意を怠った。なぜこんなところにペンが転がっているのか、などという疑問を感じている暇はない。

 黒衣の男は袖から無数の鎖を飛ばしてシンクを拘束する。そして聖杯を掲げ、告げた。



「残念だったな」

「く、そ」



 シンクは聖なる刃を無理やり発動して鎖を破壊しようとする。自分自身を傷つける可能性すらある方法だったが、なりふり構っていられない。

 しかし全てが遅かった。

 巨大な魔術陣が聖杯を中心として広がり、シンクへと集中する。

 次の瞬間、シンクは消失した。

 この世界から完全に。



「予定通りだ。そうだろうセシリア・ラ・ピテル?」

「……」

「お前は知っていたはずだ。奴に俺を倒せないことはな」

「そうね」

「そして見えていたはずだ。ここで俺に予言を奪われることもな」



 黒衣の男はセシリアへと歩み寄り、その赤と青の瞳で見下ろす。もう不要とばかりに聖杯を投げ捨て、そして腕を伸ばし、セシリアの左目へと指を食い込ませた。

 それでもセシリアは恐怖しておらず、寧ろ覚悟したように睨み返す。

 しかし黒衣の男は怯むことなく力を込めた。



「お前の予言、頂く」

「あ、あああああああああああああああっ!?」



 鮮血と共に悲鳴が舞った。











 ◆◆◆









 聖騎士と融合した虚構星雲ネビュラス・テラを誘導するアロマたちは、なんとかマギア大聖堂地下にまで移動していた。重力を操るこの悪魔は存在するだけで地下空間に負担をかける。そこでアロマは樹海の能力により木々を張り巡らせ、地下構造物を支える。



『そのまま攻撃を続行。エルンスト隊は六号ゲートを通って三十三番タンクの陰で待機。アゼル隊は三十秒後に攻撃開始。ソーン隊は退却し、三号ゲートの階段にトラップを設置してください。それとアロマさんは十秒だけ攻撃を停止。次は雷系の魔術で攻撃をお願いします』



 アゲラ・ノーマンによる的確な指揮により彼らはこれまでより遥かに効率的な動きを実現していた。まるでプログラムでもされているかのように虚構星雲ネビュラス・テラがその場所へと移動し、アゲラ・ノーマンが予想した通りの動きをする。

 アロマは勿論、他の聖騎士たちもただ言われたとおりに動くだけでよかった。



(こんなに戦いやすいのは初めてね)



 彼女も驚愕しつつ、言われたとおりに雷魔術の準備をする。

 その間にもアゲラ・ノーマンは指示を止めない。



『バート隊は地下六階まで降りて先回りを。十番ゲートのカルバレン隊はすぐ側にあるバルブを解放し、地下へ進むように。コーネリアさんは送信した狙撃ポイントに着きましたか?』

『コーネリアよ。もう配置に付いているわ』

『では時間稼ぎはこの程度として、このまま一気に永久機関炉まで誘導しましょうか。セレス隊、爆破タイマーを開始してください。アロマさんはすぐ側にある液体ヘリウムタンクを破壊してください』



 丁度、雷系の魔術により虚構星雲ネビュラス・テラを痺れさせたところだった。事前に電解質液体のトラップに嵌めていたのでよく電流が流れた。続いて液体ヘリウムに樹木の一部を巻き付け、圧力によりタンクを破壊する。すると液体ヘリウムが漏れ出し、虚構星雲ネビュラス・テラへと降りかかった。

 液体ヘリウムはほぼ絶対零度の液体である。それを大量に浴びた虚構星雲ネビュラス・テラは表面を凍らされ、動きが鈍くなる。暗黒の雲で圧殺する能力も、液体が対象では意味がない。

 またこの隙を逃すことなく虚構星雲ネビュラス・テラの足元が爆発する。事前に仕掛けておいた爆弾が起爆したのだ。

 これによって床がぶち抜かれ、虚構星雲ネビュラス・テラが落下していく。

 かなり強い爆発で地下全体が揺れてしまったが、それはアロマが張り巡らせた樹木のお蔭で構造が支えられて崩落も阻止される。



『想定通りです。素晴らしい。アロマさんは追撃。エルンスト隊はゲートを閉じ、退路を塞いでください。カルバレン隊とソーン隊は合流。またパルキア隊は落下してきた魔物に攻撃を。三号ゲートへと押し込み、トラップを発動させてください』



 驚くほど順調に強大な魔物を抑え込めている。地の利を生かし、複数の部隊を有機的に動かすことで常に有利な状況を獲得しているのだ。

 アゲラ・ノーマンの手腕には驚くばかりである。

 虚構星雲ネビュラス・テラが落下していった穴に飛び込んだアロマは、下の階層で攻撃を受けているそれに対して不意打ちの追撃を仕掛ける。

 一回り小さな樹木龍が虚構星雲ネビュラス・テラへと噛みついた。これによって虚構星雲ネビュラス・テラの魔力を喰らい、樹木龍は更に強化されていく。しかしただ魔力を食われるだけで終わるはずがない。強烈な重力を持つ暗黒星雲が樹木龍を飲み込み、数秒で磨り潰してしまった。

 しかしこの停滞は確実な隙を生む。



「今よ! 押し込みなさい!」



 アロマの号令と同時に聖騎士パルキアを中心とする部隊が虚構星雲ネビュラス・テラを一斉攻撃した。また聖騎士パルキアは非常に珍しい空間干渉を可能とする魔装を持っており、これにより単純な力関係すら無視して押し込む。彼の魔装は空間に粗密状態を生み出すことで縦波を生み出し、その衝撃波によって攻撃するというもの。如何に絶望ディスピア級魔物でも簡単ではない。

 またアロマを含む他の強力な聖騎士たちの援護もあり、あっという間に三番ゲートへと押し込まれた。このゲートにはソーン隊が既にトラップを仕掛けており、虚構星雲ネビュラス・テラは再び爆発に襲われる。



「イィ、オノレ……セイキシィ!」



 区画を繋ぐゲートごと爆破され、虚構星雲ネビュラス・テラは再び落下。

 この下は狙い通り、永久機関反応炉である。

 多数の装甲や機器に囲まれたこの空間は、マギア大聖堂の地下空間を四分の一ほども占めている。反応炉は円形の口を開けており、その奥では常に青白い光を発している。ベルトコンベアによって大量のゴミが常に投げ込まれ、大量のエネルギーを常時生産していた。

 そこへ、虚構星雲ネビュラス・テラも落ちていく。

 しかし大人しく反応炉へと放り込まれるはずもない。重力を操り、暗黒星雲によって宙に浮いた。



『これで詰みです』

『分かっているわ』



 アゲラ・ノーマンは最後の一手を打つ。

 ここまでずっと待機していたコーネリアがチャージショットを放ったのだ。ここに必ず虚構星雲ネビュラス・テラを誘導すると確信しての行動であるため、弾丸への魔力充填はこれまでにないほど。

 引き金が引かれ、オリハルコンすら吹き飛ばす魔弾が虚構星雲ネビュラス・テラを穿つ。暗黒星雲が作り出す重力フィールドすら引き裂いて頭部を消し飛ばす。



『終わったわ』



 頭部を失った虚構星雲ネビュラス・テラは力なく落下し、このまま永久機関によって分解されるだろうと思われた。だが、その失われた頭部すら再生させてしまい、再び力を取り戻す。



「オ、オオオオオアアアアアアッ! オノレ! オノレェェェ!」



 凄まじい再生力である。

 聖騎士と融合したことで何かが変化しているのだろう。普通の魔物の再生力すら凌駕していた。



『なるほど。まさかここで足掻くとは。ではとどめはアロマさんにお願いしましょう』

「ええ。アレね?」



 アロマは魔術で浮遊しつつ、永久機関反応炉へと手を伸ばす。

 彼女の魔装は魔力を養分として樹木を育て、自在に操るというものである。魔力があればあるほど強力になる、まさに最強の魔装。魔物にも特効といえる能力だ。

 そして質量エネルギーから膨大な魔力を精製し続けている永久機関の魔力を直接吸い取れば、これまでにないほど強大かつ強靭な樹木を生み出せる。

 反応炉から太い樹木が伸びて、渦を巻くように虚構星雲ネビュラス・テラを囲む。そしてあっという間に包み込み、そのまま反応炉にまで引きずり込んでしまった。



「どう?」

『反応レベルの増大を確認しました。虚構星雲ネビュラス・テラの討伐成功です』



 マギア大聖堂を襲撃した強大な魔物は、どうにか討伐されることになった。









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