第301話 A史接続点⑩


 セシリアを抱えたシンクはできるだけ膝を折り曲げて着地し、衝撃が少なくなるように配慮した。崩れていく神子居住区からは無数の悪魔が現れ、各地へと散っていく。先程から聖騎士が近づいてくる気配があったので、それを足止めする目的があるのだろう。

 そして黒衣の男は悠々と降り立ち、剣を向けた。



「予言を渡せ……神子」



 シンクなど眼中にないとばかりであり、シンクはセシリアを降ろしつつ剣を構える。そして小声でセシリアに話しかけた。



「セシリア様を知っているようですが、何者ですか?」

「今は知る必要もないわ。殺して」

「……ですが」

「二つに一つ。あなたが予言を手に入れるか、この男が手に入れるかなの。あなたが予言を望むのだとすれば、殺すしかないわよ」

「……わかりました」



 不要な殺生をシンクは望まない。

 なぜ二人に予言を与えてくれないのかという疑問は残るものの、セシリアにその気がないのならば問うても意味がない。



(この男には悪いが、俺もセシリア様を必要としている。奪わせるわけにはいかない)



 次の瞬間、二人の姿は掻き消える。

 そして激しい音と火花が散り、互いに次々と攻防を繰り返しながら打ち合っていた。技量では僅かだが黒衣の男に軍配が上がり、シンクは徐々に押されている。しかし黒衣の男は悪魔を操るために力を割いているためか、動きが鈍くなる瞬間があった。

 総合的には互角。

 予言を奪い合う戦いは激化していく。








 ◆◆◆







 『樹海』と『魔弾』の聖騎士は虚構星雲ネビュラス・テラと戦っていた。正確には聖騎士と融合した虚構星雲ネビュラス・テラというよく分からない生命体が敵である。

 ただ、二人とも虚構星雲ネビュラス・テラとは戦った経験がないのでどちらにせよ関係はない。



「アロマ様! 援護いたします!」

「近づかずに遠距離から仕掛けなさい。この魔物……魔物は重力を操るわ」

「かしこまりました!」



 虚構星雲ネビュラス・テラは本来、積乱雲のような黒い雲の塊である。その大きさに限界はなく、最大規模になれば空を覆うほどだ。その中に浮かぶ無数の眼玉が星々の輝きにも似ており、強烈な重力攻撃を仕掛けてくるのだ。

 だが、聖騎士と融合したことで大きさは人間サイズになっている。元の聖騎士が星雲を衣服のように纏っている形である。

 またこの星雲は強い重力を帯びており、包み込まれたら圧殺される。アロマは樹木を操って攻撃を仕掛けているが、その全てが押しつぶされていた。これでは能力によって魔力を吸収できず、効果的な攻撃ができない。またコーネリアの放つチャージショットも全て星雲で受け止められてしまうため、意味がないという状況が続いていた。



「オオオオオェェエエアア……セイキシィ……」



 呻く虚構星雲ネビュラス・テラの周囲が光り輝き、四つの光球が出現する。これは重力により空気を圧縮してプラズマ化させたものだ。凄まじい重力によって内部では核融合が引き起こされており、小さな太陽となっている。

 それが合計で四つだ。

 強烈な魔力反応からアロマは顔を引きつらせつつ叫ぶ。



「退避!」



 複数の樹木を生み出し、それらを壁として虚構星雲ネビュラス・テラを包み込む。しかし四つの小さな太陽は樹木を一瞬で炭化させ、内側から破裂した。アロマが敢えて上側を開けていたおかげで上空に向かって圧力が逃げ、広範囲に被害が広がることは防ぐ。

 だが虚構星雲ネビュラス・テラを中心として黒ずみ、ガラス化したクレーターが広がる。アロマ自身も逃げ遅れたことで火傷してしまった。



「厄介ね」



 すぐに神の霊水を飲み、回復する。

 しかしこの威力は侮れない。虚構星雲ネビュラス・テラが小太陽を創り出すたびに対抗しなければ、マギア全土が吹き飛びかねないのだ。

 重力により防御も完璧。そして攻撃は一撃でマギアを滅ぼすほど。

 とてもではないがアロマ一人ではこの都市を守りながら戦えない。コーネリアの援護射撃があったとしても足りないだろう。

 そんな時、アロマのソーサラーリングへと通信が飛び込んできた。勝手に仮想ディスプレイが開き、そこに思ってもみない人物が映し出される。



「あなた……」

『苦戦していらっしゃるようですね。私が手助けしましょう』

「アゲラ……珍しいわね。戦いに協力してくれるなんて」

『ええ。しかし今回ばかりは私も力を貸す必要があるでしょう。アレはおそらく虚構星雲ネビュラス・テラ。あの見た目ですが悪魔系の魔物です。階級としては……まぁ絶望ディスピア級といったところでしょう。終焉アポカリプスは例外として、実質最高階級の魔物です。あなたとコーネリア・アストレイさんだけでは倒せないと確信しています』

「それほどなのね」

『ええ。魔王へと覚醒する一歩手前の魔物ですから』



 現在、終焉アポカリプスと明確に定められているのは冥王と怠惰王の二種だけである。現在の技術では討伐不可能と考えられており、様々な意味で例外判定される。

 実質的に最高クラスの魔物として扱われるのが絶望ディスピア級だ。国が亡びるほどであり、多くの魔装士を必要とする。少なくとも街中で被害を抑えつつ倒せる魔物ではない。

 故にアロマは尋ねた。



「どうするつもり?」

『地下に誘導してください。クゼン・ローウェル司教にお願いして地下深奥技術区画への物資搬入路を開けていただくことになりました。そこへ誘導して頂ければ私が何とか致します』

「物資搬入路? それって永久機関にゴミを搬入する通路じゃなかったかしら? まさか」

『ええ』



 画面上のアゲラ・ノーマンは意味ありげな笑みを浮かべた。



『魔物を永久機関に落とし、エネルギーに転換することで倒します』



 重要な研究も行われている地下に魔物をおびき寄せるのは賭けだ。最悪の場合、永久機関が破壊されて国家エネルギー機能が完全に麻痺する。

 だが、それ以外に方法がないことも確かだ。

 それに成功させてしまえば問題ない。



「いいわ。やりましょう」

『では私が自らオペレートします。指示通りにお願いします。これより全ての聖騎士と神官魔術師は私の指揮下に入ります』

「あら、そんなこともできるの?」

『得意分野ですよ』



 そう言い張るアゲラ・ノーマンに、どことなく安心感すら覚えた。

 だからこそアロマも覚悟を決めて虚構星雲ネビュラス・テラと対峙した。







 ◆◆◆







 シンクは黒衣の男を相手に苦戦していた。

 二人の剣は非常に似ており、お互いに隙を窺い続けている。激しく剣を交えながらも、それはあくまで手の内を読み、隙を作り出すための伏線のようなもの。二人の戦いはある一瞬で決まるはずだ。



(あれだけの悪魔を操りながらほとんど隙が無い。それに純粋な実力はあっちが上か)



 銃やソーサラーリングが主流な武器となっている今、剣を使う者は少ない。聖騎士の中でもそれほど多くはないだろう。シンクは最後の剣士にして『剣聖』なのだ。その彼と正面から戦えるとすれば、シンクはハイレイン以外を思い浮かべることができない。

 常に決定的な隙は見せず、間合いを調整し、攻撃を受け流すことでチャンスを窺う。この戦いにくさはよく知っていた。



(強い。勝つのは難しい)



 焦る気持ちを抑え、シンクは剣を振るい続ける。剣を振るうたびに魔装の刃を調整し、指一本ぶんほど長さを変えていく。これによって常に間合いが変化し、相手に読ませないよう工夫もしている。しかしどうしても黒衣の男の防御を破ることができない。むしろ攻撃に転じた瞬間、受け流されて激しく攻撃を仕掛けてくる。

 ありとあらゆる動作がシンクよりもほんの僅かに早いのだ。

 これは身体能力というより、技量の差である。シンクよりもほんの少しだけ最適化されているからこそ、その積み重ねによって押し返されてしまう。



「不思議か?」



 激しい剣劇を重ねる中、不意に黒衣の男が尋ねた。

 それに驚くが、シンクもその程度で剣が乱れることはない。平静を装い、弱みを見せないように答えた。



「何のことだ?」

「俺がお前の剣を上回っていることがだ」



 まるで心の内が見透かされているようであり、逆にシンクは心を静める。剣を交えるうちに相手の考えることが分かる、ということは珍しくない。特に達人同士の戦いであればなおさらだ。

 自然と焦りが伝わってしまったのかと考え、気を引き締めたのである。

 しかし黒衣の男はさらに速度を上げた。まるで今まで手加減していたとでも言わんばかりに。あっという間にシンクは防戦一方にさせられ、やがて剣劇に追いつけなくなり、剣を弾かれる。またその勢いで脚を崩され、シンクはその場で転ばされた。

 すぐに体勢を立て直そうとするも、目の前に刃を突き付けられる。



「理解したか? 実力の差を」



 そう、理解できてしまう。

 これはシンクにも理解できる程度の実力の差なのだ。ただの上位互換という、非常に分かりやすい差である。だからこそ、シンクには黒衣の男に勝利できるという確信が持てない。少しでも敗北を遅らせることが限界だろう。

 遅かれ早かれ、こうなることは予想できていた。

 ちらりと背後に目を向け、そこに佇むセシリアの顔を窺う。未来を見通す彼女ならばという確証のない希望を抱いたためだ。

 しかしセシリアは無表情でシンクを見下ろすだけだった。



「その神子に期待するだけ無駄だ。期待するべきはその女ではなく予言。覚えておけ。その女は……セシリア・ラ・ピテルは世界を滅ぼせるのだ」

「何を……」

「冗談だと思うか? いや、これは真実だ。その女の眼には真実の未来が映っていることだろう。だからこそ、その女から予言を奪わなければならない。その女は……世界を弄ぶ邪悪だ」



 黒衣の男は憎悪を浮かべつつ、その刃をセシリアへと向ける。そこでシンクはすぐに立ち上がり、セシリアの前に立って再び構えた。

 そんな時、周囲に複数の人影が現れる。



「見つけた! 神子様を狙う侵入者だ!」

「囲め。仕留めるぞ」

「あれは……シンク様……? なぜここに」

「あれはもう反逆者だ。もしかすると侵入を手引きしたのか?」

「まずは黒服を狙え。反逆者シンクは側に神子様がおられる。まだ狙うな」



 現れたのは聖騎士たちであった。彼らは銃型の魔装を使う制圧が得意な魔装士であり、魔物の大軍すら制圧できる戦力であった。その数は二十人以上。扇形になって囲む全ての銃口が黒衣の男へと向けられる。

 流石に神子のすぐ側にいるシンクへと向ける勇気はないらしい。

 神聖不可侵なマギア大聖堂に侵入し、破壊工作を行い、更には神子を襲撃した。この時点で問答の余地なく死刑である。故に聖騎士たちは会話を試みることなく引き金を引いた。連射された弾丸は黒衣の男へと突き刺さり、彼の身体が揺さぶられる。



「やったか?」



 聖騎士の一人がその言葉を呟いた。

 黒衣の男は力を失って崩れ……る前に踏ん張り、振り向きながら刃を振るった。その瞬間、彼の持つ剣が一気に刀身を伸ばす。本来ならば剣の間合いではなかったにもかかわらず、この刃の延伸によって聖騎士たちは両断されてしまう。

 たったの一振りで二十人以上のAランク聖騎士が全滅した。

 聖騎士たちが油断していたということもあるが、何より黒衣の男が速かった。ダメージなど感じさせないほどに。

 全身に弾丸を受けたはずの黒衣の男は、軽く衣服を払う。するとカラカラ音を立てて大量の弾丸が転がり落ちた。まるで彼の体表で弾丸が止まったかのようである。いや、状況から見てそう考えるのが妥当だろう。



「はっ!」

「不意を突くか。なりふり構わないところは好感が持てる……が、遅いな」



 シンクは背後から攻撃を仕掛けたが、黒衣の男は簡単に防いでしまう。それどころか激しい攻めによって再びシンクへと防戦を強いた。

 何とか攻撃を凌ぎつつ、シンクは尋ねる。



「その剣、やはり魔装か。人間と魔物を融合させる能力に、剣の魔装……それに鎖も。お前は三つの魔装を持っているというのか?」

「だったらどうする? お前には関係のないことだろう?」



 黒衣の男が振るう剣が伸びる。

 その間合いの変化はシンクの防御を狂わせ、小さな隙となった。達人でなければ見逃してしまうような、ほんの僅かな隙でしかなかった。だが黒衣の男は見逃さない。

 一閃が通過し、血飛沫が彼の白髪と肌を赤く染める。



「が、ああああああ!?」



 シンクは右腕を肘から切り落とされていた。






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