第300話 A史接続点⑨


 神子に迎え入れられたシンクは、普通の客人のようにもてなされていた。テーブルの上には湯気の立つ紅茶が用意されており、更には椅子が引かれて座ってくださいと言わんばかりである。

 シンクはすっかり綺麗にされている部屋を見渡し、そして絨毯の上で無造作に転がっているペンを見て不審に思った。整頓されたこの空間において、そのペンだけが異彩を放っていたからだ。

 セシリアは奥の椅子へと座り、ティーカップを手に取りながら告げた。



「どうぞ座って」

「……はい」



 あまりゆっくりと話している暇はないのだが、全ての未来を見通す神子がいうのだからとシンクも素直に従う。またセシリアは気難しいので、従っておいた方が話も早い。

 腰を下ろすと、すぐに彼女は口を開いた。



「私はあなたと共には行かないわよ。予言をするつもりもないわ」

「……やはりですか」

「予想はできたでしょ? どこに行こうとも変わらないわ」

「なぜ何もしないのですか? 戦争を止められるかもしれないのに」

「何度も言ったはずよ。全て無駄なの。何をしようともね。下手に手を加えたら余計に被害が出る。私はまだ・・何もしない方がいいのよ」



 セシリアは疲れ切った様子で説明した。

 もう何度も司教を相手に説明したことであり、うんざりしているのが目で見てわかる。特に戦争が始まってからは頻繁に予言を求められ、その度にあしらってきた。それを思い出していたということもあり、酷く不機嫌そうであった。

 だが、シンクもそれを察したところで引き下がるつもりはない。

 そもそも、こうして居室に招かれた時点で希望はあると考えていた。



「セシリア様、俺は」

「今日は随分と長く警報が鳴っているのね」

「……そう、ですね」



 魔力を感知すれば『樹海』の聖騎士が魔装を使っていることは何となくわかる。しかしそれでいてまだ警報が停止していないということは、相手を倒せていないということだ。

 確かにおかしいとシンクも考える。

 またこのタイミングでそれについて言及したセシリアの本心を探った。



「侵入者は帝国軍ですか?」

「いいえ」



 彼女ははっきりと否定する。



「ここで全ての運命が分岐し、結ばれる。点と点でしかなかった過去と未来が線となる」

「どういう意味ですか?」

「滅びもまた歴史の一部。長い歴史からすればこの国の発展、そして今の世界の平和なんてほんの小さな一部分にすぎないわ。私は不連続な世界を繋ぐ結び手。そのために生き、そのために死ぬと産まれた時から決まっていた」

「……それが予言をしない理由だと?」

「ええ。でもその制限も今日でお終い。あなたには私の持つ予言を託すわ。その代わり、これから私を殺しに来る男と戦いなさい」



 セシリアがそう告げた途端、シンクは弾けるようにして立ち上がった。そのままテーブルを飛び越えつつ魔装の刀を具現化する。

 同時にセシリアの背後にあった石造りの壁が切り裂かれ、外から影が飛び込んでくる。陽の光に煌めく刃は確実にセシリアの首を狙っていた。シンクはそこに割り込み、侵入者の攻撃を受け止める。



「あなたが長く深い苦しみに直面するとして、それでも平和を望むなら……その男を殺しなさい。できるものならね」



 侵入者は黒衣に包まれた男。

 病気かと思うほど白い肌が黒い衣服の間から見えていた。また肌と同じく髪も真っ白で、顔の大部分が隠れるほど長い。だが、色違いの両目ははっきりと見えた。燃えるような赤い左目と、全てを見透かすような透き通る青の右目がシンクをじっと睨みつける。

 そして枯れた声で唸るように呟いた。



「予言は……俺の……ものだ。邪魔を……するなァ」



 黒衣の男は勢いよく蹴りを放つ。

 シンクは咄嗟に左腕で防いだが、その間に黒衣の男は刀を引いて再び構える。そのまま流れるように下からシンクの喉を裂こうとしていた。反応したシンクは自身の刀を添えて斬撃を逸らし、逆に蹴りを放って押し返す。

 一連の流れで黒衣の男は下がり、魔術陣を展開する。得意の悪魔召喚で有利なフィールドを創ろうとしたのだ。だがシンクは即座に反応し、刀身を延伸しながら振るう。聖なる刃はシンクの意志一つで変形可能であり、長く伸びて魔術陣を切り裂いた。またその流れで刀身を短く戻しつつ、踏み込んで黒衣の男に斬りかかる。これに対して黒衣の男は同じく刀で応戦した。

 二人はほぼ互角の力で打ち合い、攻防を繰り返す。



(こいつ……俺の聖なる刃と打ち合っている。つまり武器型の魔装か!)



 シンクの魔装は反魔力によってあらゆる現象を分解し、両断する。魔力現象ならば問答無用であり、極めれば魂すら切り裂いて即死させることができる。当然のように物質すらバターのように切り裂けるのだ。

 逆にシンクの刀と打ち合えるということは、同じくらいの力を持った魔装ということに他ならない。



(それに剣の腕も並じゃないぞ。まるで師匠と戦ってるみたいだ)



 黒衣の男と打ち合いながら思ったのは、戦いにくいということである。気配や呼吸が読みにくく、攻撃のタイミングや向きの予測が難しい。自身の足運びや呼吸も細心の注意を払わなければならず、一つでも間違えれば逆に隙を突かれてしまうことだろう。

 まさに剣の達人といっても差し支えない技量だ。

 シンクとほぼ同じ、いや僅かに勝っていると思えるほど黒衣の男は強かった。

 更にシンクは驚かされる。

 黒衣の男の使う刀が変形し、大剣へと変化した。しかも打ち合う寸前での瞬間的な変化であり、急激に底上げされた攻撃力によってシンクの刀は弾かれてしまう。柄を離すことはなかったものの、シンクに大きな隙が生じた。

 すると黒衣の男はシンクを無視してセシリアへと迫り、刀を持っていない方の手を伸ばす。袖の部分から光る鎖が現れ、セシリアを捕らえようとした。



(不味い!)



 このままではセシリアが黒衣の男の手に落ちる。そして狙いは予言であろうことも分かっている。このままではシンクの目的は果たせない。

 何とか体を引き戻そうとしたが、大剣による衝撃は修正不可能なものであった。

 だが次の瞬間、黒衣の男は光る鎖を消してその場から飛び去る。直後に彼の頭部があった部分を何かが音速で通過した。



「大丈夫ですかセシリア様!」

「問題ないわ。こうなることは分かっていたもの」

「今のは……」

「そうよ。『魔弾』の聖騎士の援護。それに……」



 セシリアが切り裂かれた壁の方へと目を向ける。

 そこから無数の蔦が這い寄り、跳び下がった直後の男を縛り上げようとしていた。



「『樹海』も来たので」



 一体どこからどこまで見通しているのか。

 彼女の能力には呆れるばかりである。とはいえシンクもそれで油断することはなく、体勢を立て直して剣を構える。セシリアは援護といったが、今のシンクにとって聖騎士とは敵だ。いや、正確には聖騎士からすればシンクが裏切り者ということなのだが。

 そしてセシリアの宣言通り、破壊された壁から美女が入ってくる。大きな花の髪飾りが特徴的な彼女はシンクを目撃して驚き、そして黒衣の男へと目を向けた。



「この私から逃げ切れるとは思わないことね。あなたの召喚した悪魔は全て養分にしておいたわ」



 『樹海』の聖騎士アロマの登場である。

 また彼女がそう語っている間にも魔弾が飛来し、黒衣の男はそれを刀で切断するという驚異的な方法によって防いだ。



「なるほどね。悪魔を呼ぶだけかと思ったら、随分強いじゃない」



 実質的に覚醒魔装士三人によって囲まれた状態だ。黒衣の男は絶体絶命に思えた。

 だが彼は、忌々しそうな表情でセシリアを睨みつけ、呟く。



「……ここまで全て読んでいたのか。だからお前は……俺が望んだ結果でないと知りながら……ならばお前から予言を奪い、運命を変える。そのためならば躊躇わない。ああ……躊躇わない」



 黒衣の男の足元に魔術陣が展開された。

 シンクが反応して切り裂こうとするが、今度は黒衣の男も刀で防いだ。そこに背後から魔弾が飛来する。しかし男は小さく首を傾けるだけで回避してしまった。ならばとアロマが蔦を使って攻撃を仕掛けるが、それは魔術陣から出てきた黒い靄によって吸い込まれてしまった。



「殺し尽くせ。虚構星雲ネビュラス・テラ



 積乱雲のように黒い雲が固まりとなって現れ、その中に無数の目玉が星のように浮かぶ。まるで星雲を観察しているかようなその姿からは想像しにくいが、立派な悪魔系魔物だ。

 シンクもアロマもコーネリアもこの個体を知りはしなかったものの、強敵だと即座に認識した。圧倒的な魔力が肌に突き刺さり、思わず身を引いてしまう。

 これによって黒衣の男に準備をする隙を与えてしまった。彼は光る鎖を伸ばして神子の部屋の前で気絶しているAランク聖騎士の一人を捕縛する。そして引きずり寄せ、召喚したばかりの虚構星雲ネビュラス・テラと共に鎖で縛り付けてしまったのだ。更には悍ましい色の流体に覆われ、卵のように包み込まれてしまう。



「何をするつもりか知らないけど、そうはさせないわ!」



 アロマは蔦を樹木にまで成長させ、鋭い枝で黒衣の男を攻撃しつつ、蔦で聖騎士を助けようとする。しかし黒衣の男は刀で軽く切り払ってしまい、また悍ましい色の巨大な卵は蔦など弾き返してしまった。

 やがてその外殻が罅割れ、内側より積乱雲のような黒い塊が現れる。やはり目玉が星々のように浮かんでおり、大きな影を落とす。絨毯に広がっていた黒い影はまるで異次元への穴だった。



「エ、アアアアアアアアッ!? コロ、スゥ……! セイ、キ、シィ!」



 真っ暗な影からは黒い雲を衣服のように纏った男が現れた。その顔は先程巻き込まれたAランク聖騎士にそっくりであったが、肌は青白く、正気とは思えない状態になっている。勿論、黒い雲には無数の眼球が浮かび、やはり星雲のように見えた。

 まさに人間と虚構星雲ネビュラス・テラを融合させたような姿である。

 魔物と融合した彼の足元には漆黒の影が広がっており、靄のようなものが常時放出されている。それに触れたアロマの蔦は動きが鈍くなり、巻き付かれた枝は押し潰されていた。



「ワ、ガ、王……アアアアァ……アアアアアアアアアアッ!」



 それは黒い雲によって次々と蔦や枝を叩き潰し、そのまま伝ってアロマを圧殺しようとする。この星雲にも似た攻撃には強い重力が備わっており、包み込むだけで圧殺できる。これが虚構星雲ネビュラス・テラの能力である。

 しかしその瞬間、聖騎士と融合した虚構星雲ネビュラス・テラは両断される。

 アロマを狙った隙にシンクが刀身を伸ばした斬撃を放ったのだ。

 一方でその隙を狙った黒衣の男がシンクを狙って斬りかかる。警戒していたシンクはすぐに防御へと移行し、下がりつつ攻撃を捌いた。



「降伏しろ。また一対三に戻ったぞ」

「……何を見ている? アレを倒せたと勘違いしたか?」

「何?」



 シンクは聖なる刃によって魂ごと切断したつもりだった。こうなってしまえばどんな魔物でも生命を維持することができず、消滅してしまう。

 だが聖騎士と融合した虚構星雲ネビュラス・テラは切断された部分を修復し、再びアロマに向かって暗黒の雲を伸ばして襲いかかっていたのだ。



「予言は俺が……手に入れる!」



 黒衣の男は魔術陣を展開し、そこから悪魔系魔物を幾つも召喚する。

 シンクは危険と判断してセシリアを抱えつつ部屋を飛び出し、黒衣の男と悪魔の群れから逃げる。その直後、大爆発と共に奥の間の一角が大きく崩れた。





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