第297話 A史接続点⑥


 マギアの地下には複雑な水路が張り巡らされている。

 そしてこの水道を通れば大抵のところに侵入できるため、マギア大聖堂も水路の各所にゲートを設置し、認証がなければ通過できないようにしていた。



「これは?」

「認証キーですよ」

「……今更だが、警備がザル過ぎるな」

「いえいえ。これについては仕方ありませんよ。何せ私はここのシステムの開発者と知り合いですから」

「ハデスにも伝手があったのか。なるほどな」



 シンクはある意味で納得する。

 突如として西側へと本社を移設させたハデス財閥の動きは異常であった。初めから繋がりがあったのだとすれば寧ろ納得できるというものである。

 ただ、それはシンクの思う以上の癒着であることまでは予想できていないが。



「これは戦争で後手になるのも仕方ないか」

「ええ。この時代のためにスバロキア大帝国は百年以上もかけて準備しています。開戦から終戦まですべて計画を終わらせたからこそ、あの国は復活したのですよ? あなたがやろうとしていることは簡単ではありません。諦めるなら今の内かと思いますが……」

「いや、戦争は止める。それに気になることもあるからな」

「気になること、ですか?」



 その問いかけが地下に木霊した。

 しばらくはシンクも黙っていたが、やがて返答する。少し言葉を選んでいたらしい。



「……神子様は神聖グリニアというより、世界の滅びのようなものを予言されていた。全てが終わり、無意味になると言われていた。それが気になる。何か、この戦争で恐ろしいことが起こるような気がしてならない。だから止めなければならないと思っている」

「恐ろしいことですか。それは気になりますね。今代の神子は最も優秀と言われていますし」

「ああ。だからこそ、何が起こるのか聞きださなければならないと思う。それに……」



 シンクが思い浮かべるのは、かつての南ディブロ大陸だ。あの砂漠で彼は怠惰王を目の当たりにし、また冥王に命を救われた。その時に交わした言葉は今も覚えている。



(永久機関、か……)



 エネルギーを百パーセント別のエネルギー形態へと変換できるというのが永久機関の仕組みだ。つまりどんなものも燃料として利用でき、それを質量含む好きなエネルギー形態へと変換できてしまう。魔力も電気も熱も物質も作り放題というわけだ。

 これがある限り、マギアが本当の意味で陥落することはないだろう。

 そしてマギア大聖堂は最後の一兵まで戦い続けることを選ぶだろう。

 終わりのない、凄惨な結末をシンクは予測していた。








 ◆◆◆








 メンデルスに訪れた聖騎士は全滅した。

 刹刈魔バルバトスが『光竜』の聖騎士を殺害したことを確認したシュウは、続いて悪魔たちの始末に移行する。別に放っておいても今は問題ない。神聖グリニアの領土で勝手に暴れてくれれば、それだけ戦争は簡単に終結する。

 しかし予測できない強力な存在を許せば、緻密に組み立てた計画に狂いが生じかねない。

 だからこそ開戦初手の空爆でマギアを攻め、Sランク含む強い聖騎士を一か所に集めさせたのだ。その後は今回のように聖騎士を誘い出しては殺害するということを繰り返し、強力な個という戦力を奪っていく予定であった。

 その点では悪魔も同じである。



「計画のためだ悪く思うな」



 上空から降りてくる刹刈魔バルバトスに向けて、シュウは手を伸ばす。その悪魔は勝ち得たクラリスの遺体を旗のように振り回し、誇るように見せつけている。

 つまり隙だらけということだ

 シュウは何かを握りつぶした。



「『デス』」



 異形の悪魔は空中で全身を震わせ、落下していく。維持している魔術が途切れた上に、体内に保有している魔力を一気に奪われたのだ。魔物にとって魔力を奪われることは体を削られることにも等しい、流石に破滅ルイン級だけあって一撃で死ぬことはなかったが、体の一部が欠けて零れていた。

 だが、ここで驚くべきことが起こる。

 刹刈魔バルバトスに光る鎖のようなものが巻き付き、欠けた体を再生させ始めたのだ。更にその鎖はクラリスの遺体までも巻き込み、やがてその二つはこの世のものとは思えない悍ましい色をした液体によって包まれる。



「あれは……魔法か……?」



 それは確かに魔力の反応を放っているが、普通の魔力とは少し異なる感覚に襲われる。未知の魔法である可能性を思い付き、シュウも死魔力を集めた。



(このタイミングで魔法に覚醒した? いや、そんな感じじゃない。寧ろ魔法で干渉されている!)



 やがて刹刈魔バルバトスとクラリスの遺体を包み込む流体のような魔力は蠢き、卵のような形状となって地上に落下する。それと同時にシュウは死魔力を放った。

 あらゆる物質に問答無用の死を与える法則が、その卵へと直撃する。



「アアアアアアアアアアアアッ!?」



 死の魔力が卵の殻を突き破り、内部にまで侵食した。その瞬間に悍ましい色彩の殻が弾け飛び、内側から血のような液体までも飛び散る。それに紛れて目玉と、その後ろから繋がる神経や血管のようなものが弾け出た。



「アアアアアエエエエアアアアアッ!」



 絶叫はまだ止まっていない。

 シュウは死魔法を発動するべく手を伸ばした。しかしこれに対して、それ・・は無数のレーザーによって応える。回避することすら不可能な不意打ちのレーザーにより、シュウは体の一部を焼かれた。即座に賢者の石で光学反射結界を張った。



「くそ、あれは……?」



 珍しく悪態をつくシュウは、転移によって空へと逃れる。光学反射結界は正面からの光を全て跳ね返すため、何も見えなくなってしまう。何が起こったのか確認するため、一度空中へと移動したのだ。

 人間の死体と共に魔法と思われる魔力に包まれたかと思えば、この激しい反撃だ。

 どれもシュウの知らない事象である。

 まずは観察を優先した。



「痛……イ。苦……シイ」



 刹刈魔バルバトスは元々、頭部が触手目玉になっている人型の悪魔であった。理解不能な言語を語りつつ無数のレーザーを発射する厄介な悪魔だった。

 だが、今はもう違う。

 人型の身体だった部分は小柄になり、女性のような丸みを帯びている。また頭部の代わりに巨大な目玉が付いていることは変わりないが、背中から腰にかけて無数の触手目玉が生えていた。それらを広げた姿はまるで孔雀である。

 まるでクラリスの遺体と融合したような姿であった。

 その証拠にシュウにも理解できる言語を話し始めている。



「ワ、私……ハ……王ノ……下僕」



 融合を果たした刹刈魔バルバトスは翼というより、花弁のように触手目玉を広げていく。その全てが空中のシュウを睨みつけており、魔力を溜め込んでいた。

 変化してしまったとはいえ元の魔物の性質を受け継いでいると考えるのが妥当である。



「ちっ……仕方ない」



 刹刈魔バルバトスの攻撃は光速。

 基本的に発射されたら回避不可能である。それを高密度かつ絶え間なく放てるのだとすれば、シュウにとっても攻撃の手段がなくなる。また霊体化による回避も不可能だ。物理現象を利用したものではなく魔力攻撃であるため、純粋な光ではない。つまり霊体化していてもダメージを負ってしまう。

 そこでシュウは小さな魔晶が嵌めこまれたナイフを取り出した。



「発動、《死神グリムリーパー》」



 言葉をキーとして術式を起動する。魔石から供給された魔力と術式がナイフの刀身にまで行き渡り、複雑な紋様が浮かび上がる。

 その瞬間、シュウ以外の時間が停滞した。

 これは空間全体を対象として強力な時間減速を発動するというものだ。当然ながらシュウも巻き込まれてしまうため、これを死魔法で対抗して打ち消している。つまり時がゆっくりと進む中、シュウだけが普段通りに動けるのだ。

 瓦礫や土煙も空中で固定され、刹刈魔バルバトスが触手目玉から放つレーザーすらも目視できるほどゆっくりと進み始める。



(やはりこいつ自身が『王』ではないか)



 刹刈魔バルバトスが変化する瞬間は確かに普通とは異なる魔力を感じた。しかし、魔法と思われる魔力は別の場所から供給されたという印象であり、刹刈魔バルバトス自身が生み出しているとは思えない。

 未知の『王』がいつの間にか誕生しているということだろう。

 シュウは手元に死魔力を集め、極限まで圧縮する。それによって完成する応用術式冥導を放ち、刹刈魔バルバトスに直撃させた。空間を支えるエネルギーを殺した《冥導》は、周囲のエネルギーを食い尽くして空間を再生させようとする。この作用によって刹刈魔バルバトスは吸い込まれ、消失した。魔力レベルのエネルギーにまで分解され、空間の一部になったのだ。

 ここで《死神グリムリーパー》も解除され、発動媒体のナイフも砕け散る。



「さて、怪しいのは聖杯だな」



 シュウは大聖堂に向けて移動を始めた。







 ◆◆◆








 メンデルスはもはや都市として機能しないレベルに壊滅していた。

 悪魔たちはその等級通りに都市を破壊し、軍隊すらも凌駕してしまう。頼みのSランク聖騎士も冥王が始末してしまったので、メンデルスに対抗手段は残されていなかった。

 そして全ての源である大聖堂の奥の間も、同様に壊滅していた。



「……これが神を降ろそうとした罰ですか」



 魔神教司教にして聖杯教会の教皇でもあったアステアも、その命を終わらせようとしていた。もはや彼以外に生存者はいない。

 正確には人間として生きている者は彼一人ということだ。

 彼を除く全員は殺されたか、あるいは悪魔と融合させられて異形の姿へと変えられていた。



「あなたは、悪魔ですか?」



 アステアは全ての元凶、聖杯により召喚された黒衣の男へと問いかける。男は特徴的な容姿であった。左目はそれこそ悪魔のように不気味な赤である一方、右目は聖母のような温かみすら感じ取れる。悪と善が調和したような、そんな印象である。

 だが彼が従えるのは悪魔という魔物。

 更には人間に魔物を融合させる謎の技術を行使している。その業は神のようだが、その在り方は悪魔そのものであった。



(いや、そのような括りをして良いものだろうか。神、悪魔……)



 魔神教の上層部にいるからこそ、アステアはそんな思考をする。

 超常の存在を崇め、畏れれば神となる。しかしそれを拒絶すれば悪魔となるのだろう。『王』の魔物も見方を変えれば神のような触れ得ざる存在なのだから。

 黒衣の男はただ、その色違いの両目でジッとアステアを見つめた。



「gft memo」



 何か理解のできない言葉を呟くと同時に、黒衣の男から鎖のようなものが出現する。それは蛇のようにアステアへと迫り、巻き付いた。

 その瞬間、アステアは悲鳴を上げる。



「が!? ひ、があああああああああっ!?」



 まるで頭の中をかき回されているかのようであった。

 視界が何度も点滅し、最近の出来事から忘れていた子供の頃の記憶までもが一斉にフラッシュバックしたのだ。この苦しみに耐えることができず、アステアはついに倒れてしまう。

 しばらく彼は痙攣し続け、黒衣の男が鎖から解放するまでそれは止まらなかった。



「undstnd. 悪イナ。俺ニトッテ必要なことなんだ」



 唐突に、流暢に呟いた彼は、悪魔と融合した人間を引き連れてこの場所を去った。







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