第293話 A史接続点②


 メンデルスは突如として混乱に包まれた。

 その原因は聖堂上空に現れた巨大魔術陣である。時空を超えて召喚するという効果の術式なのだが、それを理解できたのはごく少数であった。



「あれは……何かを呼び出すつもりか」

「かなり大きいですね」

「ああ。複数体、来るぞ」



 聖堂内部で黒衣の男が悪魔を召喚した頃、同時にこの魔術陣が展開されていた。彼はこの巨大な魔術陣も同時に展開していたのだ。ただ、室内にいたアステアたちは気付かなかっただけである。

 そして青白く輝くその魔術陣がそのまま黒く染まり、まるで巨大な穴となる。そこから四つの何かが落下して現れた。

 一つは炎に包まれた獣。全身が燃えるような体毛に覆われており、炎と毛の区別がつかない。鋭い爪を備えており、一軒屋ほどの大きさである。

 二つ目は鎧のようなものを纏った人型であった。漆黒の甲冑のせいで顔は分からないが、背中と腰元から合計四つの翼が生えている。

 三つ目はまるでゴーレムだ。硬い岩石や鉄骨で構成された巨人の上半身が浮いている。また全身に魔術陣のようなものが浮かんでおり、刺青のようにしっかりと表面に張り付いていた。

 そして最後は異形である。人型ではあるのだが、頭部であるはずの部分が目玉であった。それも人間の頭とほぼ同じ大きさの単眼である。また首からは大量の触手が生えており、それぞれの先端にも眼球が付いていた。

 四体の化け物は聖堂の屋上に降り立った。



「あれは……アポプリスで見た奴らだな。劫炎魔ゲヘナ業魔人デモノイド憑霊伏魔ジン・アラフ刹刈魔バルバトスか」

業魔人デモノイドは昔見ましたよ」

「とはいえ、悪魔系の魔物か。それも災禍ディザスター級や破滅ルイン級ばかり。かなり強力な個体だな」



 民衆が酷く騒ぐ中、シュウとアイリスは極めて冷静だった。そもそもあの程度の魔物は簡単に倒せるというのもあるし、こうしてメンデルスに大混乱が引き起こされるのは望むところなのである。

 まずは触手目玉の悪魔、刹刈魔バルバトスが動いた。

 頭部の巨大な目玉、そして触手の先に生える小さな目玉に魔力が溜められる。それらは次の瞬間、全方位に向かって放たれた。巨大な聖堂の屋根より降り注ぐ無数の強力なレーザーは、一瞬にしてメンデルスの都市を破壊していく。またそれに触れた人間は焼き切られ、運が良い者ですら四肢の一本が失われた。



「あれはこの街の聖騎士には無理だな。俺たちはひとまず観戦だ」

「分かったのですよー」



 召喚された四体の悪魔は、四方へと散る。

 メンデルスは戦禍に包まれることになった。







 ◆◆◆








 劫炎魔ゲヘナ災禍ディザスターに属する悪魔系魔物だ。見た目は獣であり、動物で言うところの犬に似ている。体毛が炎のように揺らめいており、またその一部は本物の炎だ。そして意外なことに言語を理解するほど知能が高い。



「fuol humuno……diye」



 理解不能な、地響きのような何かを告げる。

 そして次の瞬間、劫炎魔ゲヘナは大きく口を開いて火を噴いた。爆発のように勢いよく炎が叩きつけられ、メンデルスの繁華街が消し炭となった。そこにいた人々は悲鳴を上げる暇もなく死んだ。安全な都市内で平和を謳歌していた彼らにとって、まさに青天の霹靂。あまりにも唐突であるため逃げるという発想にすら至らない。

 民衆は恐怖し、震えている間に死んでいく。



「何だあの魔物は!?」

「早く聖騎士様に連絡を! 私たちでは手に負えない!」



 メンデルスの治安を守る警察官たちは畏れつつもソーサラーリングから壁の魔術を呼び出す。それによって避難誘導を進めつつ、劫炎魔ゲヘナを包囲する。

 だが劫炎魔ゲヘナは全身を赤く染めつつ、口内に炎を溜めた。それだけで周囲の熱量が増大し、酷く乾燥して肌が張る。



「不味い! 壁を――!」



 警官の一人がそう叫んだが、少し遅かった。

 劫炎魔ゲヘナは勢いよく火炎弾を放ち、それが土壁を破壊して大爆発を引き起こす。爆散した破片が勢いよく撒き散らされ、周囲を破壊しつくした。幸いにも魔力障壁を張っていた警官は助かったが、そうでない者、主に避難中の民衆は即死する。



「なんてことだ……」



 人々は思い出した。自分たちが弱者であることを。








 ◆◆◆







 業魔人デモノイドは人間に近い悪魔だ。その能力は魔力の物質化。単純ながら非常に強力な能力である。その周りに物質化させた魔力が浮かび上がり、槍のような形状になる。それは周囲に飛ばされ、着弾点で変形する。魔力の結晶体が内側から食い破るようにして炸裂し、直撃した人間はハリネズミのようになっていた。



「くそ! 近づけない!」

「だめだ。魔術じゃ届かないぞ」

「貫通力の高い雷系でも無理だ。壁を作れ!」



 警察官にできることは市民の避難と、壁を作って魔力槍を防ぐことだけだった。また業魔人デモノイドの力はそれだけではない。警官たちが撃った魔術も、魔力物質の盾で防いでしまう。魔術的な硬さによって熱も、衝撃も、冷気も、電気も、ありとあらゆるエネルギーを遮断してしまう。自由自在に動く無敵の盾を破るには、それ以上の魔力を込めるしかない。

 ソーサラーリングに頼っている警官たちではとても破れない防御であった。



「muna criystl raviine」



 静かにそう呟く業魔人デモノイドは、その右手でそっと地面に触れる。すると大地に魔力が注入されていき、周囲が青白い光を放ちながら脈動した。

 そして次の瞬間、大地が隆起する。

 また亀裂の隙間からは魔力の結晶が樹木のように次々と伸びた。またその先は鋭利であり、コンクリートや金属すらも貫いていく。流石にオリハルコンまでは貫けないようだったが、破壊できないものは器用に迂回してその背後に隠れている存在を貫き通す。

 範囲は広大。

 威力は絶大。

 その一撃によってメンデルスの一角は青白い水晶の渓谷へと変貌し、業魔人デモノイド以外は総じて死者となった。








 ◆◆◆







 憑霊伏魔ジン・アラフは不安定な魔物だ。形質としては霊系魔物に近く、単体では浮遊する靄のようである。その真価は物体に宿ることで発揮されるのだ。



「こいつ! どれだけ再生すれば気がすむんだ!」

「攻撃を続けるぞ。幾らなんでも無限ってことはないはずだ」



 全方位から魔術攻撃を受け、岩石に宿った憑霊伏魔ジン・アラフは破壊されていた。しかし身体を破壊されればされるほど、周囲から瓦礫を吸い取って再生していく。

 この悪魔、憑霊伏魔ジン・アラフは常に外装を纏っているのだ。これが霊体状態ならば魔力を伴う攻撃によって致命的なダメージを与えられるのだが、こうして殻に籠っている状態では明確なダメージを受けないという性質がある。



「仕方ない! 殺傷ランクの高い魔術を使え! 土の第六階梯だ」



 なりふり構っていられないと、警官たちは新しい魔術を準備する。それは土の第六階梯《土棘地帯エリア・ニードル》。術式領域内の地面の硬化させつつ隆起させ、それを鋭い針として発生させる魔術だ。人間に使えば確実に殺害してしまうため、警察でもよほどのことがなければ使えない。

 だが今ばかりは相手が魔物ということで解禁された。

 鋭い針が無数に隆起し、憑霊伏魔ジン・アラフの外殻を貫こうとする。しかしそれらの針は憑霊伏魔ジン・アラフの外殻に触れた瞬間、折れて砕けてしまった。



「そんな馬鹿な!?」



 第六階梯ともなれば非常に殺傷力の高い魔術だ。

 それをこうも簡単に弾いてしまうのだから彼らの驚きも当然である。だが、彼らは知らない。憑霊伏魔ジン・アラフという魔物が破滅ルイン級に属することを。

 まだこの悪魔は片鱗すら見せていなかったということを。



「woltd! slave al al al!」



 無機物の外殻でしかない憑霊伏魔ジン・アラフも、魔力を波動として放つことで言葉を発する。しかもこれは言霊の一種であり、無機物を従える力があるのだ。言霊によって命令し、憑霊伏魔ジン・アラフはより強大な殻を装着する。

 大地が揺れた。

 衝撃で建物は崩れ、ガラスが飛び散り、地割れに飲み込まれる。



「bee despiia humuno……」



 聖堂よりも巨大になった憑霊伏魔ジン・アラフが降臨する。周囲の建造物、舗装された地面を取り込んだそれのせいで、メンデルスの一角はぽっかりと穴が開いたかのようになる。また響き渡るその声は幾重にも重なって聞こえた。



「あ、ああ……」



 憑霊伏魔ジン・アラフがオリハルコンやコンクリートを取り込んだ両腕を振り上げる。それだけで一帯に影が落ちた。巨大化に巻き込まれなかった警官や民衆は絶望し、蚊のような声を絞り出す。

 次の瞬間、地響きと共に爆音が鳴り響き、空高く粉塵が舞い上がった。






 ◆◆◆








 刹刈魔バルバトスという悪魔は頭部の異形が特徴的だ。破滅ルイン級の魔物であり、その性能は攻撃に特化している。巨大な目玉と、それに付随する触手目玉から高出力レーザーを放つのだ。頭の代わりに付いている巨大な目玉から凄まじい太さのレーザーが放たれ、万物が切断される。熱量と光圧によってあらゆる物質を切断し、メンデルスのビジネス街を切り崩した。

 この悪魔がやってきたのはメンデルスの中でも高層ビルの多い地区だ。建築基準法により大聖堂より大きな建造物は禁じられているが、それでも見上げるような建物ばかりだ。だが、それらは刹刈魔バルバトスの放つ無数のレーザーにより切り刻まれ、崩れていく。逃げ惑う人々はその瓦礫に押し潰されていた。



「ば、化け物だあああああ!」

「何!? 何が起こっているの!?」

「ひぃぃっ! 首が降ってきた!」



 縦横無尽に煌めく光が都市全体を切断する。

 この広範囲かつ高威力の連続攻撃が刹刈魔バルバトスの恐ろしさだ。軍隊での討伐すら不可能と言われる破滅ルイン級の面目躍如といった印象である。

 逃げ場のないレーザー攻撃により警察官ですら逃げ惑うしかない。勇敢な警官は魔術で壁を作りつつ戦おうとするも、その壁ごと切り裂かれて死んでしまった。



「judgimant dai」



 一体どこから声を出しているかは不明だが、刹刈魔バルバトスは不気味に言葉を吐き続ける。



「dusti fuol humuno. fiar. lok muna pawa」



 まるで神の裁きであった。

 僅か数秒で都市は瓦礫に代わり、数分も経てばそこは滅びる。

 刹刈魔バルバトスはその場から一歩も動くことなく、辺り一帯を破壊しつくした。









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