第294話 A史接続点③


 メンデルスから寄せられた緊急連絡はすぐに教皇にも伝わった。しかし司教を全員集めて話し合うような暇はない。そこでケリオン教皇はその権限によって命令した。



「敵は強大な悪魔だ。ならば相応の聖騎士を派遣する必要がある。『天眼』『禁書』『凶刃』『光竜』『幻魔』と、それぞれが配下におくAランク聖騎士を派遣せよ。避難民誘導のためBランク以下の聖騎士も集結させるのだ。軍用転移ゲートを起動せよ」



 それは『樹海』と『魔弾』、そして研究者であるアゲラ・ノーマンを除く全ての覚醒した聖騎士を派遣する決断であった。大帝国との戦争が始まり、また都市を直接攻撃する手段があると分かっている中で随分と大胆な決断であった。

 いや、寧ろそれだけ悪魔という魔物を警戒しているのである。



「メンデルスに向かう幹線道路を封鎖せよ。また情報を統制し、この事実が大帝国やその属国に伝わらないようにするのだ」



 またこの事態を一刻も早く収束させるという理由もある。これだけ大きな事態だ。すぐに大帝国側へと伝わり、一気に軍を進めようとするだろう。あるいはマギアを空襲した新兵器によって追撃を仕掛けてくるに違いない。

 それを防ぐためにも魔物など即座に撃退し、備える必要があるのだ。

 ケリオンは危険を承知で、マギアの聖騎士を大量派遣することにした。

 通話を終えた彼は仮想ディスプレイを消し、溜息を吐く。



「アステア司教はどうなったのか……一体何が起こったのか……」



 メンデルスの状況はアステアから寄せられた要領を得ない緊急連絡の他、ネット通信による状況伝達だけだ。どうしてそのようなことが起こったのかまでは分からない。

 それがどうしても不安であった。

 切り札であるSランク聖騎士を派遣してよいものかという迷いは最後まで尽きなかった。








 ◆◆◆








 四体の強大な悪魔がメンデルスに滅びをもたらし始めてから僅かな時間で、五人のSランク聖騎士が派遣された。覚醒という人知を超えた領域に到達した者だけに与えられるランクであり、最強の人間である証といえる。

 またこの事態を受け、マギアだけではなく周辺都市からも数多くの聖騎士が派遣された。

 時間短縮のため軍用大規模転移ゲートの使用が許可され、統一された衣服をまとった聖騎士たちが戦場に到着する。



「来たようだな」

「ですね」



 市民が聖騎士の到着に歓喜する中、シュウとアイリスは冷めた目で観察していた。また即座に魔力感知を行い、覚醒魔装士の数を確認する。



「五人か。随分と思い切った真似をする」

「早期決着を狙ったんじゃないですか? これが知れたらまた空襲が始まりますよ」

「その可能性が高い。だが、俺たちにとっては好都合だ」



 シュウは聖騎士の集団を率いる優男に目を向けた。

 今二人がいる場所は業魔人デモノイドが暴れている場所に最も近く、建物はそれほど壊されていない。聖騎士もそれに目を付け、市民の避難場所かつ戦闘の拠点にしようとしていたのだ。特別な魔装を持つ聖騎士や神官魔術師を中心として防御網を構築しており、避難誘導も進めている。またそれを指示してるのが『禁書』の聖騎士クローニン・アイビスであった。

 彼は自身の魔装である本を具現化し、何かを書き込んでいる。

 それが進むにつれて周囲がオリハルコンへと侵食されていた。彼は魔装に記した内容を事実にしてしまうという万能の使い手。大きな変化であるほど制限は厳しくなるが、時間さえかければ計り知れないほどの戦略的価値を発揮する。



「あいつを中心に討伐を進めるようだな」

「一人一体というより、一気に一体ずつ叩いていく作戦みたいですね」

「その分被害は広がるが、最終的には収束も早い。被害を少しでも減らすために大量の聖騎士を連れてきたってことだろ」

「シュウさん、じゃあ予定通り」

「ああ。ここで神聖グリニアの戦力を大幅に削るぞ。戦争を早く終わらせるためにもな。やれ、アイリス」



 そう言われたアイリスは術式を展開する。しかも彼女の持つ特別な魔装を組み合わせた最高クラスの魔術である。



「《縮退結界》を発動するのですよ!」



 シュウが冥界を生み出したノウハウを詰め込み、アイリス専用に落とし込んだ結界魔術。それが《縮退結界》だ。アイリスはこれを有り余る魔力によってメンデルス全体に展開する。空も、地中も、この結界によって包まれた。

 これにより、誰一人としてこのメンデルスから脱出不可能となる。

 たとえ転移を使ったとしても。



「さて、ここからだ。結界の維持は任せたぞ」

「はーいなのですよー」



 二人はメンデルスの南にそびえる電波塔の上から戦いを見下ろす。だが、高みの見物をするつもりはない。アイリスを残し、シュウはそっと飛び降りた。







 ◆◆◆







 爆炎を放ち続ける劫炎魔ゲヘナは、辺りを地獄へと変えていた。地面は融解し、建造物はずぶずぶと沈んでいく。誰一人として地に足を付けることができない状態だ。

 それに対して聖騎士側は『光竜』のクラリス・ウェンディ・バークを主軸とした攻撃を開始していた。彼女は水晶の竜を操る魔装使いであるため、地上に降りる必要がない。劫炎魔ゲヘナの放つ炎にだけは気を付けなければならないが、それも空中ならば回避しやすい。



「くっ、速いわね」



 獣の姿をした劫炎魔ゲヘナはとにかく速い。

 クラリスの魔装が放つ光線すら反応して回避するのだ。そればかりか空を舞うクラリスに狙いを付け、無数の火炎弾を放つ始末である。火炎放射では簡単に回避されてしまうので、攻撃範囲の広い火炎弾を使い始めたのだ。

 知能の高い魔物が厄介な点である。



「ちょっとまだなの?」

『後少し待ってください。もうすぐ準備できます』



 だが勝負の要はクラリスではなかった。

 最も新しい聖騎士、シア・キャルバリエである。彼女はタマハミ事件の際、家族の保護を条件として聖騎士になった。『幻魔』の二つ名から分かる通り、精神攻撃を得意とする。強大な精神を有する悪魔系魔物には効きにくいため、時間をかけて魔装を練り上げていた。



『シア、焦る必要はないわ。私も援護する』



 急ぐシアに対し、『天眼』のフロリアが通信で告げる。その言葉通り、空から幾つもの矢が降り注ぎ、劫炎魔ゲヘナの身体を貫いた。魔力で具現化された矢は一瞬で燃やされ、傷も回復される。しかし動きを止めるには充分であった。

 そのお蔭でクラリスも囮として充分に役目を果たせている。



「面倒ね……もうやるわよ」



 クラリスは痺れを切らしたのか、領域内光学誘導システムを起動する。これは彼女専用の術式であり、ソーサラーリングを介して発動する魔装専用補助魔術だ。指定領域内で光を反射、収束させることを繰り返すことで空間中に放射されている光を増大させ、最終的に一本へと収束して敵に当てる。これが補助魔術の正体である。

 太陽の光を集めて放つという彼女の魔装の能力をさらに向上させることができる仕組みだった。

 空を無数のレーザーが埋め尽くし、それが緻密な演算によって同じタイミングで一か所に集まる。決して逃れることのできないレーザーの檻を作り出し、それらを回避した先にはトドメの一撃が待っているのだ。



「humuno! inferiol spicy! mi infelno kil yu」



 劫炎魔ゲヘナは迎え撃つべく吠えた。

 すると彼の周りで煮え立つマグマが噴き上がり、壁となる。レーザーはマグマに直撃した途端、散らされて消えた。そればかりかマグマが渦巻き、竜巻となって宙を舞うクラリスに襲いかかる。慌てた彼女は水晶竜を操作して上空へと逃れ、回避した。

 だがマグマの竜巻は次々と巻き起こり、辺りを丸ごと燃やし尽くそうとする。

 これには流石のクラリスも慌てた。



「ちょっ! 助けて!」

『仕方ないわね』



 このままでは隙を窺っている他の覚醒聖騎士、またAランク聖騎士も巻き込まれる。そこでフロリアは水の第十階梯《大氷原フロスト・フィールド》を矢に変換して放った。水属性を得意としない彼女はソーサラーリングに頼る形にはなったが、それでも充分な効果を及ぼす。

 渦巻くマグマが冷え固まり、黒い柱となる。

 再び劫炎魔ゲヘナが熱を放ってマグマ地帯に変えようとしたが、そう簡単にはいかない。既にシアの準備は整っていた。



『いきます。総攻撃の準備を。三、二、一』



 弾丸が飛来する。

 瓦礫の陰から劫炎魔ゲヘナの死角を狙って放たれた魔弾は絶好の一撃。しかし勘の良い劫炎魔ゲヘナは何となくで体を宙へと投げ出し、身を捻って躱す。魔弾は劫炎魔ゲヘナの真下を通過してしまった。

 続けて劫炎魔ゲヘナは今度こそ爆炎を放ち、世界を地獄に変えようとする。

 だが、それは体に突き刺さる魔弾によって止められた。



『私の魔装は二挺拳銃。魔弾は二つあります。さぁ、動きを止めました。今です』



 シアの放つ精神攻撃の魔弾。

 それが劫炎魔ゲヘナの動きを止める。強靭な精神構造を有する悪魔にも有効となるよう、覚醒魔装士が時間と魔力を費やして構築した特性の魔弾だ。侵食する精神攻撃により悪夢を見せつけられ、肉体を行動させるだけの精神的余地を奪う。

 これこそが聖騎士たちの狙っていた最大の隙。

 一斉攻撃が始まる。



「食らえ!」

「地獄に帰れ悪魔」

「炎属性なら凍結が効くわよね?」

「光魔術で浄化されろ!」



 Aランク魔装を持つ聖騎士たちも得意な攻撃を放ち、魔装の相性が悪い者はソーサラーリングを使って水や光属性の魔術を放つ。それによって劫炎魔ゲヘナは大きなダメージを受けた。しかし災禍ディザスター級の魔物だけあって、まだまだ余裕がある。

 それにとどめを刺すのが覚醒した聖騎士であった。

 立ち上がろうとする劫炎魔ゲヘナの後ろ脚をクラリスの水晶竜が焼き、前足をフロリアの光禁呪《聖滅光ホーリー》を込めた矢が貫く。この高威力攻撃には耐え切れず、劫炎魔ゲヘナも地に伏した。



「uuuo……weack humuno……dyie, dyie」



 莫大な炎が漏れ出す口は呪いの言葉を吐きだし、その目からは怨念の炎が灯る。よほど人間に甚振られたことが我慢ならなかったらしい。しかし忌々しそうに呻くがもう遅い。

 劫炎魔ゲヘナの目の前にはゼロ距離において最強と名高い『凶刃』の聖騎士が降り立った。彼、ガストレア・ローは盲目の聖騎士でありながら凄まじい感知力を有しており、また応用力の高い魔装による防御で懐に飛び込むことを可能とする。こうして仲間の援護があれば攻撃にのみ力を割り振り、本当の意味で全力の攻撃を放つことができるのだ。



「終わりだ悪魔よ」



 ガストレアは圧力を操る魔装を解き放つ。

 瞬間的に過剰な圧力が放たれ、劫炎魔ゲヘナは頭部を吹き飛ばされた。これによりその巨体をビクリと震わせ、やがて力を失って倒れた。



「まずは一体」



 強大な悪魔を容易く討伐したことで、攻撃に参加していた聖騎士たちも沸き立つ。メンデルスという神聖グリニアで第二の都市をここまで破壊した存在ですら簡単に討ち取れる。この事実により自信を付けたのである。

 後三体の強大な悪魔を排除し、メンデルス大聖堂で何が起こったのかを調べる。

 彼らはそれだけだと思っていた。



死ねデス



 その声が差し込まれるまでは。







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