第287話 世界大戦の始まり


 スバロキア大帝国の宣戦布告は世界大戦の引き金となった。まずは対抗として神聖グリニアが大帝国同盟圏に向けて降伏勧告を発した。だがそれで大人しくなるのなら、初めから大帝国と協調することはない。

 大帝国の東に位置するロレア公国とエルドラード王国が隣国バロム共和国へと宣戦布告した。

 ロレア・エルドラード連合軍は天空都市跡地を抜け、バロム共和国領内に陣地を築いていた。宣戦布告の理由はロレア大公暗殺だ。そもそも大帝国が復活するきっかけとなった事件が、聖騎士によるロレア公国大公の暗殺である。エルドラード王国はそれに協力するという形だ。



「……どうやら戦いは止まりそうにありませんね」



 二つの軍が向かい合う様子を眺めるセルアは憂いを露にする。中立を宣言したコントリアスは不安定な各国の情勢を知るため、調査員を放っていた。彼らが集めた画像や動画は全てコントリアス軍へと集められ、解析したものは王宮にも提出される。セルアにはコントリアスの客人としてそれを閲覧する権利が与えられていた。



「セルア殿はこの戦いがどう響くと思われるかね?」

「宣戦布告の理由は大公暗殺に対する報復。魔神教を捨てれば撤退するとロレア側も宣言しているようですが、バロムが応じることはないでしょう。この戦いを切り口として神聖グリニアは殲滅兵を送り込むでしょうし、他国も支援を惜しまないはずです。それにバロムが落ちれば次は自分たちですから、ここの迎撃は最も熾烈になる可能性があります」

「聖騎士は集まると思うかね?」

「陛下の心配は尤もですが、今はそうしている余裕がないでしょう。大帝国は私達の知らない兵器を使い、マギアを攻撃してみせました。優秀な聖騎士であるほど要所に集められ、攻撃に備えるはずです。地上は全て殲滅兵に任せるつもりでしょう。ディブロ大陸遠征では常にその戦い方をしてきました」



 最高峰の聖騎士だったセルアは、今やコントリアス国王の相談役として魔神教勢力圏の思惑や動きについて意見を述べる立場となっていた。

 先日、どういうわけか・・・・・・・シンクとセルアがコントリアスに協力し、戦争を止めようとしていることが世間に公開されてしまった。王宮の密室での会話内容がほぼ相違なく録音されており、ネットワーク上に晒されてしまったのである。これを受けてマギア大聖堂は『聖女』と『剣聖』を異端者であると認定してしまった。

 この動きに作為的なものすら感じられたが、もはや二人は素直に神聖グリニアへと戻れる立場ではない。そこで非公式ながらコントリアスに留まっている。



「我が国も外交的手段でどうにか手を出せないものか……」



 イグニアスはそう呟くが、もはや難しいことは明白であった。

 仮にコントリアスが大国であったならば不可能ではなかっただろう。しかし残念ながらコントリアスは覚醒魔装士を保有するという他に大きな強みがあるわけではない。更に言えば今のコントリアスには味方となってくれる国が一つもない。

 セルアはそのことを告げる。



「魔神教は……神聖グリニアはエル・マギア神以外を認めません。また大帝国のような新しい秩序も排除するでしょう。そして大帝国同盟圏はそんな神聖グリニアのやり方に反発して生まれた勢力です。どちらかが……というよりも神聖グリニアが妥協しない限り戦争は止まりません」

「大帝国側はこちらが中立を貫く限り手は出さないということだが、神聖グリニアはそうもいかんか」

「はい。あの国は積極的にこの国を落とす可能性があります。そしてこの国が大帝国に助けを求めたとして、それに応じるのはあちらの勢力に加わった時でしょう」

「分かってはいたが、中立を保つことすら困難ということか」

「今の神聖グリニアは私とシンクを失った状態です。積極的にこの国を狙ってくるでしょう。申し訳ありません。私たちが浅はかなために」

「いや、それは言っても仕方のないことだ。あの部屋のセキュリティは万全なはずだった」



 今、セルアとシンクが安全に過ごせる場所は少ない。裏切者の聖騎士として手配されてしまった以上、神聖グリニアとの橋渡し役としての当初の役目すら果たせないのだ。

 イグニアス王も気にしないように振舞っているが、痛手だと強く考えている。

 だが、悲観ばかりしているわけではない。



「ひとまずはシンク殿の成果を待つ他ない、ということだな」

「はい」



 セルアは深く頷く。

 何十年と自分に尽くしてくれている一人の騎士を思い浮かべ、イグニアス王に同意した。



「シンクが神子セシリア様を連れてきてくだされば……状況は変わるはずです」



 切り札となるのは未来を見通す歴代最高の神子。

 それを手に入れるため、『剣聖』と呼ばれた聖騎士は動いていた。







 ◆◆◆






 シンクはコントリアスから遠く離れた神聖グリニアにいた。空間転移ゲートは全て神聖グリニアが管理しているので、利用すればシンクの存在がばれてしまう。そこで徒歩での移動になったのだが、そこは覚醒魔装士の特権である無尽の魔力によって解決した。

 とはいえ、ほぼ休みなしでの大移動である。

 流石のシンクも疲労していた。



「ようやくマギアも目前か……」



 光り輝く大都市を遠目にそう漏らす。

 眠らぬ街マギアは夜空の輝きすら塗り潰し、煌々とした光を常に放っている。空襲されてからは監視も厳しくなり、侵入するのは困難だろう。また侵入したところで街中に配置されている監視カメラを掻い潜る必要があり、更に警備の厳しい聖堂の奥から神子セシリアを連れ出さなければならない。

 いくら覚醒魔装士でも不可能なことに思えた。



「やっぱり侵入は難しい……となると、協力者が必要だな」



 無理に潜入したとしても、脱出が難しい。

 どうやって協力者を見つけようかと思案する。

 その時、シンクは背後に気配を感じた。反射的に振り返り、魔装の刀を具現化して鋭い声を発する。



「誰だ!」

「落ち着いてください。私はあなたの味方ですよ」



 暗がりの中、マギアより放たれる光に照らされて怪しげな仮面が浮かび上がった。







 ◆◆◆






 コルディアン帝国は神聖グリニアに次ぐ大国だ。

 いや、大国であったというのが正しい。現在、神聖グリニアの次に大きな力を持つのはスバロキア大帝国に違いないのだ。

 そしてこの国は大帝国という存在を認めるわけにはいかなかった。



「余は皇帝である。王の中の王。この世にそれを指すのは余だけでなければならない」



 皇帝ロンド八世はそう告げた。

 それに対し、帝国貴族たちは然りとばかりに頷く。コルディアンの皇帝は唯一であり絶対だ。スバロキア大帝国などという化石・・を認めるわけにはいかない。絶対に認めない。



「あれらは王の中の王であるべき余に対する反逆者。故に命ずる。打ち滅ぼせ」



 否、と唱える者は一人としていない。

 時間が必要だ、と諫める者もいない。

 なぜならそのような者は反逆者であり、あるいは絶対の王を満足させられない無能だからだ。貴族たちの中で戦争は確定しており、既に戦略御前会議が始まっていた。



「まずはエリスを攻め落とすべきでしょう。あの鉱山資源は捨てがたい。あれらを奪い取り、更に力を溜めて大帝国との本土戦に備える。それが理想でしょうな」



 まず口を開いたのは公爵家に名を連ねる軍務大臣であった。これから起こるのは戦争である。故に戦略に対して最も知見の高い彼が口火を切るのは当然であった。

 また彼に続いて議論は展開されていく。



「北はロレアとエルドラードが連合を組んでいるとか。ひとまずはバロムに手を貸し、そちらから戦端を開くべきではないかね? そうすれば我々は大きな大義を得られる」

「そのような大義を気にする必要はない。初めから我らにこそ大義があることは明白なのだ。大帝国などと嘯く愚かなる国を征伐するのに遠慮が必要だろうか?」

「そもそも彼奴らは神に歯向かう者たちだと聖堂も表明しておる。これは聖戦なのだ。ならばやはり利を得るためエリス共和国を落とすべきではないかな?」

「ふむ。違いない」



 貴族たちは皇帝に対し絶対の忠誠を誓っている。しかし仲良しというわけではない。隙を見ては功を上げようと試みる。

 故にある貴族がここで名乗りを上げた。



「ではエリス征伐をこのザッフェン・ハリベスにお任せ願えぬだろうか? 我が領地は丁度エリスとの国境に接している。他の方々は陛下より賜った大切な領地を守ることに注力されては如何か?」

「何を言う! その偉大なる役目はこのクロウリエン・アインザッツにこそ相応しい! 我がアインザッツ家は帝国の礎を築いた英雄の末裔! なればこそ、我が家が戦いの先頭に立たねばならないのだ!」

「初代皇帝の懐刀と呼ばれたアインザッツ卿の末裔ならば、確かに」

「しかしハリベス卿の言も尤もでは?」



 このままでは言い争いになるだろう。

 そう考えた幾人かの貴族は、すだれに覆われた皇帝へと目を向ける。尊いが故に顔を見ることすら許されない皇帝も、視線を感じることはできたのだろう。スッと手を上げた。

 これは鎮まれという合図だ。

 興奮しかけていた御前会議の場が一瞬にして鎮まる。



「……余はアインザッツに任せよう。ハリベス、そなたは国境を守れ。それが国境を任せた貴族の役目と心得よ」

「はっ! お任せください陛下! このクロウリエン・アインザッツは必ずエリスを征伐し、ゆくゆくは大帝国を名乗る愚か者たちに道理というものを叩き込んでくれまする!」

「陛下のお心に従いましょう。ハリベスは国境を守る。それは陛下より賜ったお役目であるが故に」



 大将が決まったら、次は本格的な戦争の準備となる。それぞれ、役目を持つ貴族たちは一刻も早く手配を済ませなければならない。

 皇帝の勅令により戦争準備は始まり、僅か二十日で全ては整った。

 コルディアン帝国はエリス共和国へと宣戦布告を行い。進軍を開始する。帝国の動きを察していたエリスはすぐに迎撃の軍を展開し、更には同盟国に要請までしていた。宣戦布告が行われた数時間後、エリス共和国北東部に位置するモール王国がコルディアン帝国へと宣戦布告したのである。

 ロレア・エルドラード連合軍はバロムと。

 エリス・モール連合軍はコルディアンと。

 大帝国同盟圏と魔神教勢力圏の境に位置する国家群はほぼ同時期に戦争を開始した。







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