第286話 聖杯教会②
情報操作のために奮闘する『鷹目』は、ホークアイカンパニー社長として司教の一人と面会していた。本来は教皇と面会するハズだったのだが、戦時中ということで忙しくしている。ただ代理の司教もマギア大聖堂の司教であるため、充分に位の高い人物だ。
「聖杯教会が? 真かね?」
「例の魔物の被害にあった国や都市を中心として調査を行っておりました。そういった場所は異端の温床になりやすいですから」
「何ということだ。次から次へと」
その司教、レーヴェンは額に手を当てて忌々しそうに呟く。
あまり司教らしい姿とはいえないが、そう漏らしてしまっても仕方ない。突如として現れた謎の魔物による都市の滅亡、大帝国からの宣戦布告、マギアへの直接攻撃、そしておまけに異端派の増長である。次から次へと起こされる問題に過労死しそうであった。
しかし『鷹目』は、ホークアイは淡々と報告を続ける。
「聖杯教会はコルディアン帝国で誘拐事件、生贄事件を引き起こして討伐対象となっています。異端審問部が討伐作戦を組むも、幹部級を幾人か取り逃がしたとか。私の調べによれば、それらは聖杯教会の中でも異端視されている連中だったようですがね。おそらくそれらがエリーゼ、ドゥーエ、アルべリアに流れ着き、どこかを拠点に広め始めたのかと」
「……聖杯の
「残念ながら、
「そうか」
レーヴェンは面倒なことになったと言わんばかりであった。
異端である聖杯教会を滅ぼし尽くせなかったのは、そこに理由がある。彼らが神器と崇める聖杯には、本体と子機が存在する。かつて異端審問部が発見した聖杯は子機。聖杯教会が潰れることはなかった。
「ホークアイ殿、また異端審問部を差し向けるとして……」
「あまり良い結果は生まないでしょう。あの滅びた国の生き残りは聖杯教会を拠り所としています。強い反発を生み、あるいは新しい異端が生まれるかもしれません」
「ままならないものだ。しかし放置もできん。方法はないかね?」
「聖杯の本体を見つけることでしょう。拠り所が無くなれば容易く空中分解するかと。そして聖杯の作り方を知っている幹部は確実に捕らえる必要があります」
「可能かね?」
「時間さえあれば」
頼もしい限りだが、それでもレーヴェンの表情は優れない。
「あまり聖杯教会にだけ時間をかけるわけにもいかん。今は他の異端も次々と勢力を伸ばしている。光の党、天使聖会、真聖典、浄土天命会、神聖律派……一体幾つあるのやら」
「神聖律派は異端ではなかった気がしますが?」
「ああ、つい先日に異端認定されてな。最近は異端も増えて困っている。細かな解釈の違いならともかく、完全に新しい教えを加えたり、自分こそが神の使いであると名乗ったり、都合の良い解釈へと捻じ曲げたり……実に嘆かわしい。中には聖杯教会のような怪しげな儀式をする集団までいる始末」
「確かに我が社の統計でも数年前より異端派の活動が活発化していますね」
「作為的なものすら感じるな」
「異端派に資金提供する存在がいるのは確かでしょう。動きが活発化するということは資本を得ているということですから」
この異端派の活発化は神聖グリニアが大きく悩まされている問題である。異端審問部の拡大、権力増強などによって対応しているが、活発化は留まることを知らない。またこのタイミングでの大帝国の復活に加えて宣戦布告だ。作為的なものを感じる。
いや、これが大帝国による念入りな工作であることはほぼ確定であった。
「難しいところだな。資金源と思しき大帝国を先に叩くか、異端を潰して大帝国の手先を消すか」
「どちらを脅威と考えるかで優先度は変わるでしょう。マギア大聖堂の判断はどうなっているのですか?」
「今のところは大帝国を最大の脅威と認定している。奴らは恐れ多くもマギアを破壊し、聖堂を傷つけたのだ。必ず鉄槌を下さなければなるまい」
「しかし大帝国は空を舞う兵器を使用したとか。どのように対応するのですか?」
「あの件を受け、こちらも防空兵器を開発することになった。すでにアゲラ・ノーマン博士が設計し、製作に取り掛かっている」
「それはそれは」
ホークアイは目を光らせた。
それこそが『鷹目』として求めている情報だ。故に踏み込む。
「どのようなものか聞いても?」
「お主なら言っても問題ないだろう」
それが実は大問題なのだが、レーヴェンは気付かない。
彼はすっかり、神聖グリニアが用意している防空兵器の詳細を語ってしまったのだった。
◆◆◆
聖杯教会の儀式に参加するシュウとアイリスだが、数日程で常連として認められるようになった。その理由は二人が聖杯に捧げる規格外の魔力である。規格外といっても一般市民からすれば、といった程度であるため、魔術師や魔装士からすればそれなりの量でしかない。
「シュウさん、聖杯の正体は分かったのです?」
「ん? ああ、少しはな」
しかし二人の目的は聖杯そのものである。
魔力を溜め込むという魔導具は特別興味を引かれるものではない。しかし、その聖杯によって何を企んでいるのか調べていたのである。
「一つ分かったのは、俺たちが魔力を注いでいる聖杯とやらは子機ということだな。親となるものに魔力が転送されている。中々に高度な空間魔術が使われているから、ただの異端というわけでもないだろう。空間魔術を理解している何者かが協力している可能性が高い」
「それってあり得るのです? 空間魔術は魔神教が管理していますよね?」
「魔神教の中でも位階の高い神官が協力しているんだろうな。どうやって潜り込ませたのか、あるいは引き込んだのか知らないが」
「でもそうだとしたら魔力を集める理由は何ですかね? 空間魔術の情報にアクセスできるなら、永久機関の魔力も融通できると思うのですよ」
「まぁ、そこは謎だな」
シュウがわざわざ乗り込んで聖杯について調べているのはそれが理由だ。
よく分からないものを放置して、後々面倒なことになったら鬱陶しい。だから今の内に調査して、利用できるならば利用するのだ。
「しかし聖杯が神の器だというのなら、少なくとも何かを呼び出す術式を用意していると思う」
「呼び出す……」
「条件を設定して、召喚対象が抗えない魔力量をこめれば俺を召喚することも可能だろう。尤も、俺を召喚するくらいならその魔力で禁呪でも大量発動した方が楽だろうが」
「便利ですねー」
「召喚魔術は失われた属性の一つだ。その手法も失われていると思ったが、独自に開発したのかもしれん。俺もアポプリスで術式を教えてもらうまでは知らなかったからな」
「でもあれって私たちからすれば使い勝手が悪いですよね」
「それは召喚で現れる奴より俺たちの方が強いからだな」
召喚魔術は魔力によって疑似的な魔物などを生み出し、使役する。しかし現代では知識が失われているアポプリス式魔術であり、また概念だ。しかしこの魔術は自分よりも格上の存在に対抗するための魔術という側面が強い。
そういった理由があり、シュウとアイリスは使う意味がない。
疑似的な魔物を召喚するくらいなら、禁呪を撃った方が強いのだ。
「ともかく『鷹目』にも聖杯の場所は調べさせている。ただ、俺たちの場合はそこまで優先度は高くない。最悪、儀式を進めさせるだけでも魔神教を妨害することに繋がるからな。魔力を集めて何をするつもりかは知らないが、それで高位の聖騎士を集めることができるだけでも成果になる」
「じゃあ何で聖杯の本体まで探すのです?」
「念のため、くらいだ」
「うーん……」
「気になるのか?」
「いえ、何か見えた気がして」
「見えた?」
アイリスの不安定な未来予知が発動したのだろうか、と問い返す。しかし彼女は難しい表情のまま唸るだけではっきりとしたことは言わない。
そうしてしばらくの後、アイリスは呟いた。
「捻じれた、白? 歪み? ううん。違いますね」
「何が見える? よくないものか?」
「いえ、本来はあってはならないものが来るような気がして……私もあまり分からないのですよ」
「……聖杯に関係するものか?」
「そうだと思います。でも私とシュウさんはそれにかかわることができないような……交わることがないような感じです」
抽象的で浮いたような表現であり、何とも的を射ない。
しかしその中で察することのできる部分もあった。
「あまり俺たちとは関係のないことなのか?」
「いえ。もしも本当に関係なかったら何も感じ取れないと思うのですよ。その、捻じれたような、歪んだようなかかわりを感じるのです」
もどかしさからか、アイリスは眉間に皺を寄せている。これ以上は無駄だろうと悟ったシュウは、予知を切り上げさせることにした。
「まぁいい。所詮は未確定な予知だ」
「いいのですか?」
「聖杯については放置でも構わない。俺たちはそれだけに構っている暇はないからな」
事実、この聖杯教会への干渉も本腰を入れて行っているわけではない。またアイリスの未来予知はそこまで信頼がおけるわけでもないのだ。それは精度の面より、気にしても意味がないといった意味である。毎度抽象的な予知しかできないので、気を使う余地がないのだ。
「他の異端にも手を貸したり、俺たちも忙しい。今はまだ計画通りに進めるぞ」
「はーいなのですよー」
アイリスの予感は当たる。
それを実感するのは、まだ先のことである。
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