第282話 暴食タマハミ


 シンク、セルア、そしてスレイという三人の覚醒魔装士による封印作戦は、まず暴食タマハミを誘導することから始まる。そのため、シンクは危険を承知で積極的に接近戦を仕掛けていた。

 近づくあらゆるものを吸い込む暴食タマハミに剣で戦うなど、愚かの極みだ。しかしシンクには反魔力で生み出す聖なる刃があるため、問題なく戦える。タイミングさえ間違えなければ寧ろ押せる。



「ガ、ァ、ア? アァ……」



 切り刻まれ、呻く暴食タマハミに猛攻を仕掛ける。

 タイミングを見て魂を切り裂くが、やはり倒れることはない。タマハミは例外なく肉が厚く、刃が通りにくい。また再生能力を備えているので斬撃で殺すには一撃で仕留める必要があるのだ。それこそ、『剣聖』と称されるシンクほどの腕がなければ難しい。

 またセルアとスレイのサポートもあるため、難易度は劇的に低下している。



「マリアス様、クラリスさんの魔装であれを掴んで移動させられますか?」

「そうか! その手が!」



 スレイは『光竜』の聖騎士クラリスが使う魔装へと切り替えた。それによって水晶竜を具現化する。また同時にシンクが無数の剣撃を放ち、両腕と両足を削ぎ落とす。またセルアが強めの聖なる光を放ち、再生を阻害すると同時に表層を削った。

 これによって暴食タマハミの巨体は幾らか小さくなり、水晶竜は顎を開いて咬みつく。

 そして一気に飛び立った。

 だが少し移動したところで暴食タマハミが穴を発動し、自身を中心にあらゆるものを吸い込み始める。当然ながら水晶竜も吸い込まれてしまった。



「ダメか……」

「いいえ。これを繰り返しましょう。できますか?」

「分かりました。任せてください」



 三人になったことで多少の余裕ができた。スレイが多彩な魔装で暴食タマハミを移動させ、シンクとセルアで抑える。それにより、無事に暴食タマハミをグランディスから遠ざけることに成功した。







 ◆◆◆








 シンク、セルア、スレイの尽力により、暴食タマハミを目的地へと誘導することができていた。ここまで移動すれば、後はロカ族に任せるだけである。



「マリアス様! あの位置に落としてください! 落とし穴を準備しています!」

「分かりました!」



 水晶竜が暴食タマハミに咬みついて上昇する。穴の発動により削られつつも、セルアが示した落とし穴の場所へと突き落とした。暴食タマハミは深い穴へと落下し、地響きを立てる。

 そして瞬間移動により、落とし穴を囲むようにして四人の人物が現れた。

 民族衣装に銀髪という統一感のある彼らはロカ族の賢者たちである。かつては緋王を封印していたエンジ、ホイル、ハンドラー、アクシルが同時に印を組む。



「後少し、時間稼ぎを頼むよ!」



 エンジがそう告げる前にシンクは動きだしていた。聖なる光による斬撃を放ち、暴食タマハミが這い上がって来ないようにしていた。

 またその間にセルアがスレイに説明する。



「お願いがあります。アロマ様の魔装であの穴から大樹を生やしてください。あの方の魔装は魔力を吸い取って成長します。封印の要としては最適です。かつてあの方は『王』の魔物すら封じていました。同じ魔装を使えるあなたなら可能なはずです」

「俺の……はい、やってみます」



 スレイは強力な魔装を優先して練習し、最低限は扱えるようにしてきた。聖なる光は勿論だが、最も古い魔装と言われるアロマ・フィデアの魔装も練度を高めている。

 魔装により種を生み出し、暴食タマハミの魔力を養分として大樹とする。それが『樹海』の聖騎士が持つ強力な魔装だ。



「いけ!」



 呻き声が聞こえてくる穴から、突如として巨大な樹木が出現する。それはあっという間に大木となり、落とし穴を埋め尽くして空高くまで成長した。

 だがこれだけでは封印しきれない。

 暴食タマハミは穴の力によって周囲の物質を吸収しつくしてしまう。

 故にロカ族の封印が必要なのだ。



「エンジ様、お願いします!」

「任せな」



 四方に立つロカの賢者たちが最後の印を組み、封印術を完成させる。そびえ立つ大樹に術式の紋様が浮かび上がり、固定される。大樹を要として固有時間を生み出し、内部の時を止める。それによってタマハミを封じるという術式だ。

 しかもこの封印は魔力を吸い取る大樹によってなされている。大樹が暴食タマハミより吸い上げた魔力が封印術を維持するため、外部から破られない限り決して解けない。そして暴食タマハミが全ての魂を使いつくしたとき、ようやく封印が消失する。

 これはただの封印術ではない。

 暴食タマハミを長い長い時間をかけて殺すための術式なのだ。



「まだまだいくよ!」



 だがエンジたちロカ族は満足しない。

 化け物を封じるため、二重にも三重にも術をかけるのだ。エンジ、ホイル、ハンドラー、アクシルはそれぞれ印を結び、ロカ族が持つ封印術をかける。すなわち外部から四重の封印が施されることになった。

 しかもただの封印ではない。大樹の力を周辺の大地へとオーバーフローさせるための封印である。つまり大樹が吸い取った力を周囲にまで拡散させるのだ。これにより、暴食タマハミを可能な限り消耗させることができる。

 荒れ地にそびえた大樹は封印の力により周囲への魔力を供給し、大地を豊かにする。

 一瞬にして土が潤っていき、青草が茂り始めた。



「これは……凄い」



 スレイは思わず感嘆を漏らした。

 あれだけ苦労した暴食タマハミをあっさりと封じ込めてしまったのだ。封印術を施したロカ族の四人、そしてシンクはセルアとスレイの元へと寄ってくる。セルアはまず頭を下げた。



「エンジ様、本当にありがとうございました」

「気にしなくていいよ。可愛いお姫様のためだからね」

「もう……」

「それにシンクも騎士らしくなったじゃないか」

「何年前の話ですか……俺だって聖騎士ですよ」

「そうじゃないよ」



 エンジは首を横に振る。



「セルアを守るのに相応しい男になったってことさ。顔つきが変わったよ」

「そう、ですか?」

「あんたは思うままに、セルアのために戦いな」

「分かっています」



 そして続いてスレイの方へと向き直った。



「この封印はあんたたちで守るんだよ。あたしたちの封印が簡単に壊れはしないけどね」

「あの、あなたたちは?」

「自己紹介がまだだったね。あたしはエンジ。そうさね。セルアの知り合いだよ。あの化け物を封印して欲しいと頼まれてきたのさ」

「それはありがとうございます」



 本当に助かったというのが正直な感想だ。

 これでコントリアスという国は救われた。国を挙げて歓迎しなければならないだろう。そこでスレイは提案した。



「あの、よろしければ王宮にお越しいただけませんか。是非ともお礼をしたくて」

「あたしはただの助っ人だからね。セルアとシンクを招待してやんな。そっちの二人はあんたの所の王様に用事があるみたいだからね」

「はい。勿論招待します」



 神聖グリニアが致命的な打撃を受けていた頃、コントリアスは『聖女』と『剣聖』、そしてロカ族によって救われていた。







 ◆◆◆







 シンクとセルアはコントリアスの王宮に招かれ、イグニアス王と謁見していた。とはいえ国を救った英雄として大体的に迎え入れたわけではない。暴食タマハミはコントリアス軍が封印したということになっており、二人は密かに謁見することになっていた。

 これは二人の要望であり、イグニアス王と利害が一致した結果である。



「申し訳ない。お二人の活躍を表にできず」

「いえ、今の神聖グリニアのやり方を考えれば、公表しない方がいいでしょう。私たちが勝手に手を出したとしても、それを自分たちが指示した結果だと言いかねません」

「そう、か……感謝する」



 謁見と言っても王宮の中にある応接間だ。

 この場にいるのは彼とスレイ、そしてシンクとセルアの四人である。故にイグニアス王は周囲の目を憚ることなく頭を下げた。一国の主としてあるまじき姿だが、それだけ感謝しているということである。

 またこれはシンクとセルアにとっても利のある話だった。



「俺たちはコントリアスに中立でいて欲しいと願っています。この大陸は東西で緊張が高まっていることは御存じだと思いますが、その仲裁役を担って欲しいのです」

「それは我々としても望むところだ。戦争となればこの国は前線となるだろう。それは王として避けねばならないことだ。『聖女』に『剣聖』が後押ししてくれるというのなら、これほど心強いことはない」

「私たちとしましてもこの国が頼りです」

「俺たちは魔神教そのものに疑念を持っています。それに神聖グリニアの在り方も昔とは随分と変わり、武力や経済力による制裁まで使うようになりました。俺とセルア様はそれをどうにかしたいと願っています」



 シンクはそう告げた後、一呼吸置いた。

 そして改めて口を開く。



「あと、陛下には一つ伺いたいことがあります」

「分かった。機密以外なら聞いてくれ」

「前回、神聖グリニアが聖騎士と殲滅兵をこの国に差し向けた時のことです。あの時、殲滅兵と聖騎士を退けたのは何者ですか。おそらくスレイ・マリアス殿ではないのでしょう?」

「あれか……」



 イグニアス王は少し悩む。

 何故なら、闇組織の力を借りたということを聖騎士である二人に言わねばならないからだ。しかしシンクとセルアは魔神教に不信感を抱き、力を貸してもらっている身である。ここは正直に言うべきだと判断を下した。



「あれはスバロキア大帝国が支援してくれた戦力だ」

「まさかあの国の覚醒魔装士……」

「いや、黒猫の幹部だ。『黒鉄』という幹部だが、知っているかね?」

「護衛に特化した幹部だと聞いていますが、それほどの戦闘力を持つとは……その、陛下は『黒鉄』の顔は見たのですか?」



 その質問に答えようとイグニアス王が口を開きかけた時、誰もいないはずの応接室の隅から落ち着いた声が割り込んだ。



「私が『黒鉄』ですよ」



 気配はなかった。

 魔力も感じられなかった。

 ただ声だけがスルリと入り込んできた。

 思わず全員が固まり、続いてシンクとスレイが構える。



「久しいですねシンク」



 だが次の瞬間、シンクは驚きのあまり茫然とした。

 部屋の隅に佇むのは初老の男だ。あまりにも普通の男である。だが、その顔を忘れたことなどなかった。



「師匠……ですか?」

「ええ。そうですよ」



 およそ七十年ぶりの再会であった。

 剣聖ハイレインと、その弟子との。





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