第281話 コントリアスへの救援


 マギア大聖堂が黒竜によって襲撃されていた頃、シンクとセルアはとある森を訪れていた。そこは人がほとんど近づかない秘境であり、今や滅多にお目にかかれない強力な魔物も存在する。

 だが二人は迷いなくそこを進み、やがてある場所で止まった。



「ここですね」

「はい。俺も覚えがあります。ロカ族の結界です」



 シンクはそっと手を伸ばす。

 すると空間に波紋が広がり、軽く弾かれた。



「今ので人が来ると思います」



 そう言ってしばらく。

 何もない空間に波紋が現れ、そこから銀髪の女性が現れた。飾り紐を髪に編み込み、民族衣装をまとった彼女はシンクとセルアの知り合いである。

 二人はほぼ同時に頭を下げ、挨拶した。



「お久しぶりですエンジ様」

「ご無沙汰しております」

「二人ともいい面構えになったじゃないか。さぁおいで。ロカの村に案内するよ」



 そう言ってロカの賢者、エンジは手招きする。

 二人が進んでいくと空間中に波紋が生じ、やがてその姿は消失した。






 ◆◆◆







 ロカの村を案内された二人は、一つの家の中に招かれた。

 当然、エンジの自宅である。



「さぁ、寛ぎなさい。薬草茶か白湯しかないけど、いいかい?」

「では白湯でお願いします」



 二人は着席し、エンジはその間に湯を沸かす。



「今日は二人してどうしたんだい? 装備を見るに休暇というわけでもないんだろう?」

「ええ、はい」



 シンクとセルアは偶にロカの村へと訪れており、エンジとは長く交流を続けていた。長生きのロカ族は二人にとっても良い友となり得るため、帰省の際には土産物も欠かさない。

 だが今日の二人は何かを持ってきたわけではなかった。

 そして聖騎士服を纏っていたことから、エンジは何かあるのだと悟ったのだ。



「実はロカ族の力を借りたくて、お願いをしに参りました。今、コントリアスで暴食タマハミという魔物が暴れています。魂を食らって蓄える能力があるらしく、討伐が困難となっていまして……」

「それで封印の力を借りたいんだね?」

「はい」



 シンクの説明で要領を得たエンジは鷹揚に頷く。



「そんな魔物がいるなんて初めて聞いたけど、それは厄介だね。そうなると、かなり強い封印が必要かもしれないよ」

「ご迷惑をおかけします。ですがお願いします」

「他ならぬ姫のお願いだからね」

「エンジ様まで……もう私は姫ではありませんよ」



 笑みを浮かべながらエンジが立ち上がり、沸いた白湯を入れる。



「あたしにとっては可愛い姫様さ」

「もう」



 定期的にここへ来たくなるのは、この温かみを求めているからかもしれない。

 セルアは湯呑を包み込み、口をつけた。






 ◆◆◆







 瓦礫の山となったコントリアスのある都市にて、初老の男が佇んでいた。彼はソーサラーデバイスを使って何者かに通話をかけている最中であった。



「……」



 長いコール音が廃墟の都市で鳴り響く。

 そうして待つこと数十秒。ようやく繋がった。



『やぁ、久しぶりだね』

「呑気な挨拶ですね『黒猫』。陛下に暗殺者が襲撃を仕掛けたとか? あの方は無事ですか?」

『勿論だよ。あの『死神』が護衛していたんだから当然さ』

「だから私をこの国で待機させていたのですか?」

『ああ。そうだよ。僕はこれでも君に対する義理を果たしているつもりだからね。しっかり、皇帝の護衛は果たしたよ』

「それを利用して戦争、ですか?」

『アデルも承知の上さ』



 ハイレインは溜息を吐く。

 この世界は全て黒猫の掌で踊らされている。世界は都合よくコントロールされている。その事実を前に溜息を洩らさない方が不思議というものだ。



「それで、私はいつまでこの国にいれば良いのですか?」

『君には重要任務があってね。もう少し待機してもらうよ』

「重要任務ですか?」

『ああ。聖騎士の勧誘を頼みたい。できればこちらに寝返るように、ね』



 含みのある言い方に、ハイレインは再び溜息を吐いたのだった。






 ◆◆◆






 グランディスの前で抵抗するコントリアス軍に対し、暴食タマハミは無慈悲に進軍を続けていた。スレイ・マリアスが決死の猛攻で何度も撃退しているが、不死身の暴食タマハミは諦めることなく進んでいる。

 またベウラルの魔装の力すら使いこなし、生半可な攻撃は穴によって吸い込んでしまっていた。



「氷結魔術を撃ちまくれえええええええええ!」



 戦場では指揮官たちが声が枯れるまで叫ぶ。

 今は暴食タマハミに氷結魔術を使い、凍らせて時間稼ぎをしている。またスレイも『樹海』の聖騎士の魔装を使っており、無数の樹木が暴食タマハミを縛っていた。



(こいつ、やはり行動を封じる魔術を簡単に……)



 ベウラル・クロフの魔装は穴によってあらゆる物質を吸い込むというものだ。だが、何でもかんでも吸い込むわけではない。自分以外のモノだけを選別することができる。つまり、自身を凍らせる魔術も、自身を縛る樹木も、その他あらゆる攻撃を吸い込むことができてしまう。

 これほど厄介な相手はいないだろう。

 決してタマハミという存在に与えてはいけない能力だった。



「くそ……いい加減、消えてくれ!」



 エータ・コールベルトの魔装を使い、黒い物質を細長く形成して飛ばす。それらは吠える暴食タマハミの肉体を貫き、地面へ縫い留めた。またすぐにコーネリア・アストレイの魔装を発動する。スコープ内に化け物の姿を捉え、魔力をチャージして引き金を引く。チャージショットは一撃で暴食タマハミの頭部を吹き飛ばした。

 だが新しい命が供給され、頭部も再生する。

 再びアロマ・フィデアの魔装によって巨大樹を生み出し暴食タマハミを包み込むが、やはり穴に吸い込まれて消えてしまった。



「これ以上の撤退はできません! もうグランディス目前です!」

「下がることなど許されるか! どうにかしてあれを止めろ! ありったけの弾を撃ち込め! 地雷を起爆させろ! 奴の命を削り切れ!」

「ダメです! 戦線崩壊します!」



 暴食タマハミは近づくだけで穴を発動し、命を吸い込む。そして吸い込んだ命はストックする。余計に死ににくくなるのだ。

 故に戦線はかなり安全を考慮した距離を取りつつ敷かれており、大都市グランディスを前にしてあっという間に崩壊した。

 スレイも必死で魔装の力を放ち、あるいはソーサラーリングで魔術を放つ。

 しかし暴食タマハミは止まらない。



「オ、ア、ア、ァア!」



 その巨体からは想像もできない身体能力により、暴食タマハミは空高く飛び上がる。そして穴を展開し、周囲を吸い込むブラックホールと化して落ちてきた。

 その先はまだ撤退が終わっていないコントリアス軍だ。

 スレイは慌ててエータ・コールベルトの魔装を発動させ、黒い杭を無数に放つ。しかし暴食タマハミの穴に吸い込まれてしまい、意味がない。



(ここは聖なる光にするべきだった!)



 魔装の切り替えをミスしたと悟るも、もう遅い。

 既にスレイでは対処できないところまで暴食タマハミは迫っていた。

 だがその瞬間、淡い青色の光が暴食タマハミに集中する。その光は穴を打ち消し、その表皮を分解していた。



(これは……聖なる光?)



 スレイは発動していない。

 そしてこの力を使える者は限られてくる。スレイでないなら、残るは一人だ。



「救援に参りました」



 『聖女』セルア・ノアール・ハイレン。

 聖騎士であり、神聖グリニアの管理下にあるはずの彼女がここにいることが信じられない。スレイは思わず二度見してしまう。

 聖なる光により力を分解された暴食タマハミは、そのまま落下して地面に埋まる。またその瞬間、無数の斬撃によって切り裂かれてしまった。当然のように暴食タマハミは再生しているものの、それをセルアが聖なる光で阻害する。

 また二人目の援軍も明らかとなった。



「セルア様、事情の説明を頼みます」

「ええ。そっちは任せました」

「はい」



 もう一人は『剣聖』シンク。やはり聖騎士である。

 どういうことかと混乱している内にセルアがスレイの下へと駆け寄り、説明を始める。



「コントリアス軍のスレイ・マリアス様ですね?」

「え、ええ。はい」

「私はセルア・ノアール・ハイレン。お久しぶりです。私たちはあの魔物を封印するために参りました。協力します」

「しかしマギア大聖堂は……」

「心配しないでください。これは私とシンクの独断行動です。あなた方が何か問われる心配はありません。魔物は独断行動した聖騎士によって勝手に倒されるのですから」



 その意味を理解したスレイは目を見開く。

 またこれほど心強い援軍はないと安堵した。



(陛下が言っておられたのはこのことか……)



 スレイは知らないことだが、神聖グリニアのやり方に不信感を覚えたシンクとセルアは、密かにコントリアスと連絡を取り合っていた。そして暴食タマハミを始末することを対価として個人的な協力関係に至ったのだ。

 イグニアス王はこれを当てにして、スレイに時間稼ぎを命じたのである。

 幸運にもスバロキア大帝国が宣戦布告と同時にマギアへと夜襲を仕掛け、大打撃を与えた。これによってマギア大聖堂もシンクとセルアの行動には気づいていない。



「マリアス様、暴食タマハミをこの場所に誘導します」



 セルアはワールドマップを開き、ある場所を指し示す。そこはコントリアス国内にある岩場であり、開墾にも適していないことから人も住んでいない場所であった。



「ここに封印の準備をしています。誘導さえすれば、封じることが可能となるでしょう」

「わかりました。尽力します。しかし先のことで我が軍は崩れてしまい、立て直しも困難。非常に心苦しいですが、私だけで参ります」

「ええ。構いません。寧ろ少人数の方が動きやすくて良いでしょうし」

「ありがとうございます」



 聖騎士の中でも特に力があるとされる二人の援軍だ。これほど心強いものはない。

 これで何とかなる。

 スレイはそう確信した。





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