第280話 惨劇の宣告日


 スバロキア大帝国の西側に位置する山岳地帯には、明らかに人工の構造物が並んでいる。それは山中に空けられた巨大な穴であり、その穴を塞ぐオリハルコン製ハッチだ。

 夕陽が差す頃にゆっくりとハッチが開いた。幾つも並ぶそれが口を開いたとき、穴の奥には規則的に並べられたランプが見えた。穴の奥からは轟々と力強い音が響き、それは徐々に大きくなる。

 ビュンッと影が穴から飛び出した。

 それは一つだけでなく、全ての穴の奥から次々と飛び出した。






 ◆◆◆





 スバロキア大帝国の前身となる西方都市群連合は、神聖グリニアという大国へと対抗するためにハデスを頼り、凄まじい兵器を作り出していた。

 全域魔術制御型機動兵器ネットワークシステム。

 通称で黒竜システムだ。

 黒竜と呼ばれる漆黒の飛行兵器を操り、空から一方的に攻撃を仕掛ける。それが殲滅兵という兵器に対抗するため得た答えであった。



「一番ホール、総勢六十四機の黒竜が発進しました。編隊を組み、東へと音速飛行を開始!」

「現在八番ホールの黒竜が発進準備中! ホール開口!」

「ワールドマップを随時更新。通信状況は良好です。二番ホールの総勢六十四機も音速飛行を開始します」

「よし」



 この秘密兵器を生産、管理、指揮するのが黒竜の巣と呼ばれる後方基地だ。皇帝が住まう現帝都よりも更に西に位置していることからも重要度が窺える。

 そして黒竜の巣の最高責任者に就いているのがグレムリン大将であった。



「目標は神聖グリニアの首都マギア。これより全機出撃により戦略爆撃を仕掛ける。しくじるな。この初戦が勝利に繋がるのだからな」



 グレムリンは淡々とそのように告げる。

 彼は管制室の一番高い席に座しており、正面に複数展開される大型モニターを眺めていた。最も巨大なモニターにはハデスが開発したワールドマップが映し出されており、更には飛行中の黒竜が三角形のアイコンで表示されている。

 ハデスが技術の結晶を注ぎ込んで作り上げた最高の兵器、黒竜を戦略的に運用するための仕組みだ。この部屋から全ての黒竜操縦者へと命令を下すことが可能で、更に言えばこの部屋以外からは黒竜に手を出すことはできない。

 なぜなら、特別なクローズド・ネットワークによって接続されているからだ。



「グレムリン大将。操縦者のバイタルは良好。訓練通りです」

「そう簡単に体調を崩して堪るか。本当に空を飛んでいるわけでもない」

「まぁ、それもそうですが……一応バイタルチェックはマニュアルですので」

「分かっている。俺も否定しているわけではない」



 グレムリンは手元に仮想ディスプレイを呼び出した。

 そこに映されていたのは巨大な円筒状の黒い構造物である。



「操縦者は全員、この黒竜の巣から一歩も動く必要はない。このターミナルに搭乗すれば遠隔で黒竜を操ることができるのだからな」

「凄まじい技術ですね……」

「ハデスの技術だ。当然だろう」

「そういえば大将はハデスから移籍した元技術員でしたか?」

「ああ」



 誇らしげにグレムリンは頷いた。

 彼はこの黒竜の巣を運用するためにハデスから引き抜かれた人材であり、実をいえば妖精の一人だ。すなわちシュウの配下である。

 この絶大な威力を誇る兵器の運用権を人間に握らせるはずがなかった。



「遠隔操縦だからこそ音速を超える飛行に耐える訓練も必要なく、人体の耐えられないような機動すら可能となるのだ。そしてターミナルの動力源はハデスが開発した秘匿技術の一つ。神聖グリニアの永久機関と同じく、途切れる心配はない。我らは殲滅兵に匹敵する兵器を作り上げたのだよ。まぁ出力限界はあるがね」



 饒舌な彼に対し、副官の男は辟易とした表情を浮かべた。

 彼にとってこの話は四度目であり、もう散々聞かされた内容だからだ。よってこれ以上話させて堪るかと、話題を変えるべく仮想ディスプレイを展開する。

 それはワールドマップから取得したマギアの地図であった。



「えっと、今回の目標はマギア大聖堂の他、マギアへと繋がる主要道路になります。また余裕があれば工業地帯を爆撃し、帰還というのが主な作戦です」

「む? 今更どうした?」

「いえ、各編隊の攻撃時間が五分ということでしたから、それは短すぎるのではないかと」

「なんだ。また蒸し返すのか?」

「ここで徹底的に潰せば早期に勝利できると思っています」



 この作戦において副官を含め多くの者が疑問に思ったのは、許可された攻撃時間だ。大陸を横断して黒竜を向かわせ、たった五分だけ攻撃して帰還する。それに不満を覚えるのは当然である。

 可能な限り打撃を与え、神聖グリニアの戦力をそぎ落とすべきだと考えた。

 だがグレムリンは違う。

 正確にはシュウからの指示であったが、彼は攻撃時間を僅かにするべきと考えていた。



「理由は何度も言ったはずだ。長く見せるほど兵器を模倣される可能性が高くなる。それに間違って撃墜されてみろ。あっという間に似た兵器を作られるぞ。念のために自爆機構も付いているが、優位を維持したまま第二段階に移行するためには初めの作戦を短く切り上げる必要がある」

「そう、ですか」

「心配するな。五分でも充分に大打撃を与えられる」



 グレムリンは不敵な笑みを浮かべる。



「見ておけ。航空兵器が歴史を変える瞬間をな」









 ◆◆◆








 スバロキア大帝国から寄せられた宣戦布告は神聖グリニアを震撼させた。

 時差もあり、神聖グリニアはもう深夜である。初めは誤報か質の悪い冗談だと思われた。だが宣戦布告の内容を見た教皇や司教は椅子から転げ落ちそうになる。



「まさか暗殺計画を利用されるとは……」



 司教の一人が絞り出すように呟いた。

 大帝国は宣戦布告の正当性を世界へと知らしめるため、暗殺者の異端審問官の情報すら公開した。どうやって調べたのか秘匿されていた彼らの情報を、つまり異端審問官たちが確かに魔神教に所属していたことを示したのだ。

 流石に言い逃れは難しい。

 更には神聖グリニアに恭順する国は敵国と見なすとまで添えられており、東側諸国は慌てて問い合わせをしてきている。今は回答を待たせている状況であり、とにかく何らかの反応を示さなければならない。



「どうするのですか猊下。もはや戦争は避けられません。かの大帝国へと殲滅兵を送り込みますか?」

「確かに、これで堂々と戦力を送れるというものだが……」

「しかし喜べるものではないな」



 司教たちの反応はまちまちである。

 ひとまずケリオン教皇の意見を求める者、戦争を歓迎する者、そして悲観する者。この中では戦争を受け入れる司教が多い。やはり殲滅兵、聖騎士、禁呪弾などあらゆる兵器を取り揃えている自信があるからだ。

 戦争になればまず負けないという考えが主流であった。



「そう、だな……」



 そして教皇も当然ながらその考えの持ち主である。

 仮に大義が大帝国にあったとしても、戦争勝利国にさえなってしまえば全て解決だ。悪名は全て大帝国が引き受けてくれる。勝ちさえすれば問題がなく、魔神教による秩序は元通りとなる。

 そう考えていた。



「では」



 殲滅兵の派遣用意を。

 そう告げようとした瞬間、マギア大聖堂が大きく揺れる。また同時に設置されている緊急用の電話がけたましくコール音を鳴らした。

 ケリオン教皇がすぐに通話状態にすると、取り乱した声が聞こえてくる。



『大変です! マギアが……マギアが襲撃されています! これは攻撃です!』

「何!?」



 宣戦布告から一時間と経っていない真夜中。

 マギアは火の手に包まれた。








 ◆◆◆









 漆黒の夜空に紛れ、同じく漆黒のシルエットが舞う。

 生物的な流線形のそれは複数の黒竜であった。六十四機で編隊を組み、それが十編隊だ。つまり合計で六百四十機もの黒竜である。

 それらは黒竜の巣から遠隔操縦されているにもかかわらず、ラグを感じさせない軽やかな飛行を見せる。そして目標地点付近で編隊は分かれていき、攻撃へと移行した。



『これより最大目標、マギア大聖堂を攻撃する。兵装は爆撃、雷撃の二つだ。まずは俺を含む三十二機で爆撃を行い、続いて雷撃による追撃を行う。これによって電気設備にダメージを与えるのが狙いだ。動きは頭に叩き込んでいるな? いくぞ!』



 滑らかに動く黒竜の群れは、その半分が急降下する。そして胴体の下部が開き、そこから魔晶を搭載した魔術兵器が飛び出す。

 そこから放たれるのは炎の第七階梯《大爆発エクスプロージョン》だ。黒竜システムの基幹であるターミナルには黒魔晶が搭載されており、そこから無尽蔵の魔力が供給されている。この黒魔晶はブラックホール相転移フェイズシフト現象を利用して完成させた人工賢者の石。つまり覚醒魔装と同じく根源量子にベクトルを与え、魔力として生み出す能力を秘めている。故に《大爆発エクスプロージョン》を無数に放っても魔力切れを起こすことはない。

 マギア大聖堂は爆破され、結界で守られている一部以外は倒壊を始めた。



『続け! 雷撃だ!』



 続いて残る三十二機も急降下し、魔術兵器を解き放つ。

 今度は風の第八階梯《大放電ディスチャージ》を改良したものであり、放電させたり収束して放ったりと比較的コントロールしやすい攻撃兵器である。ただ、今回は電気設備を広範囲に破壊することが目的であるため、雷撃は放電形態で放たれた。

 炎に包まれるマギア大聖堂へと無数の落雷が襲いかかり、それによってマギアの大部分が停電した。夜中にもかかわらず明るみに包まれていたマギアは暗闇に変わる。黒竜は更に夜へと紛れ、マギアは混乱の渦へと叩き落された。



『こちら二番ホール編隊。マギアの変電設備を破壊した』

『三番ホール編隊、南の幹線道路を完全破壊しました』

『どうも七番ホール編隊です。工業地帯に大打撃を与えることに成功! やりましたよ!』

『こちら五番ホール編隊だ。環状幹線道路を破壊した。これより帰還する』



 僅か五分。

 たったの三百秒。

 しかし深夜の上空から一方的に降り注ぐ魔術攻撃は絶大な効力を発揮する。グレムリンの作戦通り、目標を破壊した黒竜編隊は全て帰路へと就いた。音速飛行する黒竜はあっという間に西空の彼方へと消えていき、その正体すら分からない。中には大帝国からの攻撃だと気づかず、魔物の襲撃だと勘違いしている者すらいたほどだ。



『諸君、よくやった。訓練通り帰還せよ。墜落するようなへまはするな』



 グレムリンの通信音声も、どこか満足気であった。







 ◆◆◆







 後に『惨劇の宣告日』と呼ばれた夜襲は、神聖グリニアに大打撃を与えていた。

 絶対安全と謳われていたマギアに強烈な爪痕を残し、更には電気設備の破壊によって停電させる。また幹線道路の破壊は輸送路を限定してしまい、あらゆる市場価格が高騰した。工業地帯が一夜で破壊されてしまったことも拍車をかけている。

 とにかく、神聖グリニアは国家としての運営に支障をきたすほどのダメージを負っていたのだ。

 しかもそれをなした『敵』の正体もあやふやなままに。



「猊下、ひとまずは大帝国の攻撃だと発表しましたが、依然と間違った情報も出回っています」

「民間メディアに呼びかけ、憶測を発信しないように留意させよ。また幹線道路の復旧を早急に済ませ、物資を他国から輸入するのだ。それとディブロ大陸の工場からも運ばせよ」

「分かりました。手を打ちます」



 マギアの混乱は相当なものだった。

 朝になり、被害が分かりやすく目に映ってからは特に。また僅かな時間の攻撃だったことから、第二次、第三次攻撃があるのではないかと警戒していたこともあり、誰もが疲れ切っていた。結局はあれ以降の攻撃もなく、すっかり掌で踊らされていた。



「被害の詳細は?」

「まだ分かっていない。何せ情報が錯綜しているのでな。裏取りに尽力し、被害の把握に努めている」

「電気の復旧は目途が立っているのかね?」

「今のところは永久機関で代用するしかない。魔力使用料を一時引き下げる対応をした」

「それよりも反撃だ! 大帝国に目にもの見せなければ!」

「殲滅兵で反撃はする。だが最優先で復旧だ。奴らは空を飛んでこちらに攻め込んでくるのだぞ。早く対策しなければ」

「そうだな。おそらくあの空飛ぶ兵器は長時間使えないのだろう。だから攻撃時間も僅かだったのだ。わずかな時間を凌げる方法があれば……」



 そう、彼らはすっかり踊らされていた。





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