第283話 師弟の決別
シンクとセルアにとって衝撃的な再会だったのは確かだが、イグニアス王も同時に衝撃を受けていた。ここは王宮の中でも王族が特に利用する警備の厳しい区画だ。故に侵入は難しく、まして誰にも見つからないというのは不可能に近い。しかも同じ部屋にいながら気づかなかったのだ。
(まさか噂に聞く転移の魔装か?)
そんな想像をするも、真実は分からない。
まさか、ただの気配操作で侵入したなどとは夢にも思わない。
「師匠が……『黒鉄』だったんですね。ということはあの時は」
「ええ。冥王に生かされました」
シンクは冥王が黒猫の一員であることを知っている。
かつて怠惰王と戦った時、シンクとセルアは冥王アークライトに助けられた。その時に黒猫として警告された経緯がある。噂レベルではなく、ほぼ確実に冥王は黒猫の関係者であることを知っていた。
ハイレインは自然体でシンクに向かって語りかける。
「私は今、スバロキア大帝国で皇帝の護衛役をしています。今日ここに来た理由は一つ。シンク、セルア姫、そしてコントリアスをこちら側に勧誘するためですよ」
「俺たちを、ですか?」
「ハイレイン様が大帝国の……」
これに対してシンクとセルアはそれぞれ戸惑う。
またイグニアス王とスレイも同じく困惑した様子を見せた。『剣聖』と『聖女』の協力を得て、ようやく中立国として本当の意味で自立できるところまできていたのだ。だがここでスバロキア大帝国の側に付けという勧誘である。戸惑わないはずがない。
故にイグニアス王が尋ねる。
「どういうことかね?」
「我が国は早朝、神聖グリニアへと宣戦布告を行いました。また同時に首都攻撃を敢行し、マギアに対して大打撃を与えることに成功しています。既に戦争は始まっているのですよ」
「なんだと!?」
これにはシンク、セルア、スレイも同時に驚く。
黒竜による総攻撃でマギアの情報インフラを壊滅させたせいで、情報が遅れているのだ。故に離れた国であるコントリアスまではまだ伝わっていなかった。
まさかマギアに被害が出ているとは思わず、シンクとセルアは驚愕の表情を見せる。これがハイレインの言葉でなければ信じられなかったことだろう。
ハイレインは更に畳みかける。
「神聖グリニアに勝ち目はありませんよ。大帝国は長く準備してきたのですから。神聖グリニアがディブロ大陸へ情熱をかけ続けたようにね。負け戦に興じることはないでしょう。こちら側に来なさい」
「……師匠が中立になってはくれないのですか?」
「私にも矜持というものがあります。そうですね。この際ですから話してあげましょう。私がファロン帝国に居つく前、何をしていたのか」
シンクとセルアにとって剣聖ハイレインは尊敬する人物だ。そしてそれ以外のことを知らない。彼が何者であって、かつて何をしていたのかも。
「三百年以上前、私はスバロキア大帝国で皇帝直属の覚醒魔装士をしていました。大帝国が滅びたあの日も私はあの帝都で戦っていた」
かつて
君主と国を失った彼は彷徨い続けた。
「私は仕えるべき主を失い、彷徨い、やがてファロン帝国に流れ着きました。ですが一度として本当の主を忘れたことはありません。私はスバロキア大帝国の剣聖にして皇帝陛下の剣。あるべきところに戻ったというだけの話です。しかしシンクは私の弟子。そしてセルア姫は私の子孫。私にも情というものがあります。こちら側へ来るということであれば受け入れましょう。皇帝陛下にも進言いたします」
「師匠……」
「シンク、こちらへ来なさい。神聖グリニアに勝ち目はありませんよ」
そう断言するハイレインに多少の驚愕を覚える。
世界最高の経済力、最強の軍事力を保有する神聖グリニアに勝ち目がないと断言したからだ。ディブロ大陸の遠征で二度も失敗したとはいえ、まだその力は強大である。覚醒した聖騎士という神聖グリニアの深い場所にいるシンクだからこそ、大帝国に勝ち目があるようには思えなかった。
セルアも同様なのか、シンクと顔を見合わせている。
一方で慌てたのはイグニアス王だ。
「神聖グリニアに勝ち目がないとはどういうことだね?」
「先も言ったでしょう? すでに大帝国は神聖グリニアに対して首都攻撃を成功させました。かの国が復旧を急ぐ間も大帝国は次なる作戦を準備しています。既に先手を取った以上、神聖グリニアは防戦を強いられることでしょう。戦争は攻め続けなければ勝てない。仮に二国間で平和的解決が模索されるならともかく、大帝国と神聖グリニアはどちらかが倒れるまで戦い続けることでしょう。ならば攻め続ける大帝国が勝つのは当然の結果です」
「……だが神聖グリニアには殲滅兵がある。倒れようと、壊されようと、無人の兵器が押し寄せる。あの国は永久機関によって栄えているのだ。疲弊するのはこちらだと思うがな」
「ふむ。あまり理解していないようですね」
イグニアス王にとって、戦争とは兵士のぶつかり合いだ。
つまり敵軍の動きを予想し、そこに兵士を配置し、数や質で上回って勝利する。それが古来から続く戦争の常識だ。それは間違いではない。
しかし航空兵器はその常識を簡単に塗り替えてしまう。
更に言えば戦略爆撃という概念は戦争を大きく変える可能性がある戦術だ。イグニアス王は勿論、スレイですら意味が分かっていなかった。
「大帝国には神聖グリニアの首都を攻撃する力があります。つまり殲滅兵を幾ら送ってこようとも、先にマギアを落としてしまえばこちらの勝ちなのです」
「だが戦争になれば大陸が争いに満ちてしまう。それも全ての国を東西に分けた世界大戦だ。私は民を戦禍に巻き込むわけにはいかない。仮に大帝国同盟圏に属したとして我が国は必ず戦場となるだろう。私は中立を貫き、二国間における平和的な解決を促すつもりだ」
「つまりコントリアスはこちら側にはつかないと?」
「いや。どちらにも付かない。それが世界のため、最善であると信じている」
「そうですか。ならば強制はしません」
ハイレインは思いのほかあっさりと引き下がる。
なぜなら、主目的はこの国ではない。少なくとも神聖グリニア側に与しないということであれば、咎める必要はなかった。故に視線をシンクとセルアへと向ける。
「二人ともこちらに来なさい。神聖グリニアと共に滅びる必要もありません」
「ですが師匠。このまま戦争が起こって良いハズがありません。俺たちは魔物にではなく、人間同士の争いで滅びてしまいます。世界には人間では到底敵わない存在がいるのです。人が争っている場合ではないと俺は思っています」
「私も同じ意見です。ハイレイン様、どうか私たちに力を貸してください」
「残念ですが、私は神聖グリニアが陛下を排除しようとする限り戦います。知っていますか? 大帝国が宣戦布告した理由を?」
それは知るはずもないことだ。
なぜなら、暴食タマハミの事件でコントリアスはそれどころではなかったし、神聖グリニアは首都攻撃によるインフラ壊滅で情報発信も滞っている。シンクとセルアは共に首を横に振る。
「でしょうね。教えておきましょう。神聖グリニアは異端審問官を使い、皇帝陛下の暗殺を企てたのです。未然に防ぐことができましたが、もはや神聖グリニアに言い逃れはできますまい。陛下は敵対者を滅ぼすまで戦うことでしょう。それだけのことを彼の国はしたのです」
「……やりかねませんね」
「まさか本当に……シンク……」
「師匠、確かに神聖グリニアは綺麗な国家とは言い切れません。あまりこういったことは言いたくありませんが、あり得る話だと思います。そして上層部の思惑も理解できるつもりです。自分たちの思い通りの秩序を保つため、最小限の犠牲で終わらせようとした結果でしょう。最悪の対応ですが」
シンクは神聖グリニアの側に問題があると考えていた。
そもそもスバロキア大帝国が復活した理由として、神聖グリニアが西側諸国の力を徹底的に削ぎ落そうとしたことにある。不遇な扱いを受け続けた西側諸国が反発するのは当然のこと。それを更に力で押さえつけようとした結果がこれだ。
そして神聖グリニアは自国に匹敵する勢力を取り戻したスバロキア大帝国に対し、対話するべきだった。反発によって誕生した勢力に対し、暴力を行使するのは悪手である。それは更なる反発を生み、決定的な亀裂となって和解という手段を消してしまうのだから。
だがシンクはまだ諦めていなかった。
「ですが師匠、俺はまだ諦めていません。もしもこの国……コントリアスが中立を維持するということであれば、俺は支持します。二つの勢力の間にあるこの国ならば、きっとこの大陸を救うことができるはずです」
「ハイレイン様、どうか私たちに協力してください。大帝国の皇帝と近しいのでしたら、どうか和平のための窓口となってくださいませんか?」
これはある意味で最大のチャンスだ。
シンクとセルアからすれば、ただハイレインが生きていただけでも喜ばしい。更にハイレインとの伝手によってスラダ大陸で巻き起こされようとしている戦禍が防げる可能性がある。
だがハイレインは無言で首を横に振った。
「そう、ですか」
シンクは落胆する。
だがそれでハイレインを責めることはない。
「でも俺は諦めません」
「私もです」
「そうですか。成長しましたね二人とも」
またハイレインも成長し、独立した強い信念を持つ二人を喜ぶ。
「せめて敵対しないことを祈るとしましょう」
そう告げて、ハイレインは姿を消す。
どうやってこの部屋から消えたのか、シンクですら見抜くことができなかった。
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