第277話 タマハミ⑦


 ラムザ王国へと侵入した四体のタマハミを封じるため、神聖グリニアは聖騎士と殲滅兵を派遣することになっていた。足止めと誘導によってタマハミを誘いこみ、禁呪によってこの世から追放する。

 この作戦にあたって、ラムザ王国はある人物を招集した。

 シア・キャルバリエ。

 かつて魔王討伐戦において覚醒を果たした魔装士である。彼女は当時結婚を控えており、家族と充分な時間を過ごしてから聖騎士になるという約束であった。あれから二十年が経ち、彼女の子供もそろそろ独り立ちしようとしている。このタイミングで、魔神教は彼女に聖騎士となるよう要請した。



「……契約では私が聖騎士になるのはまだ先だったはずではありませんか?」

「その通り。少なくとも夫が亡くなり、子供全員が自立するまでという約束だった。しかし状況が変わったのだ。どうかそれを曲げて聖騎士となってくれんかね?」



 マギア大聖堂の代理として、ラムザ王国の司教が彼女に頼む。

 無茶を言っているのは司教の方だ。故にシアが拒否したとしても、何一つ気に病むことはない。堂々と却下すれば良いのだ。しかし魔神教側にも引き下がれないわけがあった。



「今は優秀な聖騎士も不足している。特にタマハミを抑えられるような優秀な聖騎士がな」

「そんなことは私に関係ないでしょう?」

「無論、タダというわけではない。すぐに聖騎士となってくれるのであれば、相応の礼を出すと教皇猊下が言っておられる。どうか話を聞くだけでも」

「くどいですよ。私の望みは時間。家族と過ごす時間。それだけです」



 シアが聖騎士にならなかったのはそのためだ。そのかけがえのないものを捨てろと言われて、素直に頷くはずがない。彼女はどんな宝物を与えられても、金銭を積まれても首を縦に振るつもりはなかった。



「……頼むから了承して欲しい」

「嫌に決まっているでしょう。どうして私が」

「どうしても嫌というなら、私は最悪で最低な手段を君に提示しなくてはならなくなる」



 言葉を被せながら強い口調で告げる司教に対し、思わずシアは目を見開いた。

 彼の言っていることの意味がなんとなく理解できたからだ。



「……それでも聖職者ですか」

「私に言わないでもらおう。あくまでも私は伝達係でしかない。君が家族と安心して暮らしたいと願うならば、魔神教を無視するわけにはいくまい。この国の生活基盤も魔神教が握っている。君は決して逃れることができないのだ」

「……」

「それでも拒否するかね?」



 魔神教側もシアの望みを分かっていないわけではなかった。寧ろよく理解しているからこそ、どうすれば言うことを聞くのか知っていた。

 一方のシアは強く司教を睨み付け、そしてしばらくの後に目を閉じる。



「分かったわ。引き受けます。不本意ながら」

「良かった。どうやら非道な手段を取らずに済みそうだ」

「どの口が……」



 忌々し気に呟くシアに向けて、司教は一枚の紙を差し出した。

 それは契約書である。

 以前の契約を破棄し、すぐに聖騎士となるという内容であった。



「君の二つ名は決まっている。『幻魔』だ」



 何一つ喜べないその決定に、シアはただ唇を噛んだ。






 ◆◆◆






 新しいSランク聖騎士、『幻魔』のシア・キャルバリエは初陣に臨んでいた。

 その対象はタマハミである。

 あらゆる攻撃を無数の命で無理やり突破するタマハミにも、精神は存在するとされている。物理的に殺せないなら、幻覚によって誘導するのが適切だ。そんなわけで起用されたのがシアであった。



「キャルバリエ様、目標が見えました」

「そうですか」



 聖騎士服を纏ったシアは魔装の二丁拳銃を具現化する。

 彼女の能力は単純明快。特殊な幻術を込めた弾丸を発射できるというものだ。覚醒しているということもあり、強力な幻覚効果を込めることも可能である。直接的な攻撃力は皆無だが、ほぼ回避不能な幻術弾を無数に放つという点で凶悪な性能である。連続して当てれば魔物を精神崩壊させ、その魔力体を維持できなくさせることも可能だ。

 だが、タマハミは魔物ではない。

 そこで教皇はある作戦を提示した。



「『共食い作戦』、開始します」



 シアは単騎で飛び出す。

 それに反応したタマハミが唸り、地面を割りながら走り始めた。

 一方でシアは拳銃を向け、連続して引き金を引く。音速を超えて幻術弾が発射され、それがタマハミの醜い体へと浸透した。本来は苦痛の幻覚によって対象を発狂させるべきなのだが、今日は別の幻覚を撃ち込んでいた。

 それによってタマハミは無数の人影を幻視する。



「ウ、ァ、ア」



 タマハミは生命を食らい、その魂をストックする。

 この性質に従ってより多くの人間を食らおうとするのだ。知能が低いため幻影であることに気づけず、幻の人影に向かって駆け始める。



「任務完了。次は?」

「簡易ゲートを用意しています。こちらへ」



 四体のタマハミをラムザ王国軍と聖騎士で抑え込み、陣地を形成。そうしてタマハミの動きを止めている間にシアがゲートで各地を移動し、幻術弾を撃ち込む。

 バラバラにラムザ王国へ侵入した四体のタマハミを誘導し、一か所に集めて禁呪で仕留める。

 新しい聖騎士が参入したことでこの『共食い作戦』が始動した。






 ◆◆◆





 六体のタマハミによる侵略を許したコルディアン帝国は、皇帝の命令によって封印作戦が行われていた。その指揮を執るのは皇帝の弟にして将軍でもあるエータ・コールベルトである。

 彼はコルディアン帝国が保有する覚醒魔装士であり、その能力は万能であった。硬度、粘性、靭性、形状までもが自由自在の黒い物質を生み出し、操るというものである。鋭く硬くすれば攻撃となり、粘度を高くし広く展開すれば壁となる。

 彼は能力によって天より黒い杭を無数に降らせ、タマハミを地面に縫い付けていた。



「将軍、氷結魔術の準備が整いました」

「よし。やれ」



 殲滅兵にプログラムされた温度を下げる魔術により、杭によって固定されたタマハミが凍らされていく。タマハミは体内に大量の水分を保有しているので、あっという間に凍らされて動きを止めてしまった。



「運んで封印措置を開始せよ」

「はっ!」



 これによって六体目・・・のタマハミが封印されることになった。杭による拘束と氷結による封印は実に有効であり、あっという間に六体全てを捕らえることができた。凍らされたタマハミはベルフリート軍事基地へと移送され、その地下に設置された断熱式隔離空間にて保管される。

 そして神聖グリニアのように禁呪《星陰通孔アストロ・ホール》で消滅させず、封印措置を取ったことには理由がある。



「この有能な兵器は研究の価値がある。また皇帝陛下は不老不死をお望みだ。その研究にも役立つことだろう。必ずな」

「はい。しかし危険はないのでしょうか?」

「危険なものを安全に扱う方法を調べるのが研究というものだ。何事も初めは危険が付きまとう。そして危険だからという理由で皇帝陛下の命令に反するわけにもいくまい」



 エータ・コールベルトという男はあくまでも帝国のために尽くす。

 三百年にわたって大陸を支配し、魔王を打ち取ってみせた神聖グリニア。また三百年の時を経て復活したスバロキア大帝国。この二つの大勢力と対等に渡り合うため、コルディアン帝国は強烈な科学力を求めている。

 それは神聖グリニアが持つ永久機関に殲滅兵、スバロキア大帝国へと本社を移したハデス財閥の持つ多数の技術に匹敵するものだ。

 新しい技術を取り込み、次世代の大陸支配国となる。コルディアン帝国は密かに野心を燃やしていた。







 ◆◆◆








 神聖グリニアとラムザ王国が共同で実行した共食い作戦により、四体のタマハミが一か所に誘導されることになった。そこは岩場の多い場所であり、ラムザ王国の国土ではあるものの開発は進んでいない地域であった。つまり禁呪を使っても問題ない地域ということだ。

 この共食い作戦の肝要はただ一つ。

 四体のタマハミを『幻魔』の聖騎士シアの幻術弾で誘導し、互いに食い合わせることが目的である。魂をストックするという異常な能力を備えるタマハミには下策に思えるが、最後は《星陰通孔アストロ・ホール》で始末することになっているので問題ない。

 また共食いといっても、最後まで食わせるわけではない。

 要は四体のタマハミを一か所に集めればよいのだ。



「アストレイ殿、頼みます」

「ええ」



 神聖グリニアでは観測魔術によってその現場が映されていた。

 そして魔装の狙撃銃を構えて禁呪弾を装填する。『魔弾』の聖騎士、コーネリア・アストレイはタマハミを葬る役目を与えられていた。



「では撃ちます」



 いつも通り、魔術によって弾道制御された禁呪弾を発射する。

 弧を描きつつ地平線に消えていく弾丸は、ワールドマップに位置情報だけ表示される。彼女が引き金を引いてからおよそ五分。禁呪弾《星陰通孔アストロ・ホール》は着弾する。

 空間を支えるエネルギーの均衡を崩すことで三次元空間に穴をあけ、世界から弾き出すという恐ろしい効果の禁呪だ。タマハミは闇の穴へと沈み、やがて消失する。

 あまりにも呆気ない終わりであった。



「完了」



 観測魔術で一部始終を確認したコーネリアは、無表情で魔装を消した。





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