第276話 タマハミ⑥


 時は少し遡る。

 コントリアスへと打ち込まれたベウラルを基礎とするタマハミは、ツーリオンという都市を壊滅させて国内を彷徨っていた。今の彼に聖騎士ベウラル・クロフとしての意識はほとんどない。また彼が元来より保有する覚醒魔装も合わさり、歪な進化を遂げたことで大陸南東部を騒がせるタマハミとは別物へと変質していた。



「あれが神聖グリニアが押し付けてきた化け物か……」



 観測魔術によって廃墟となった都市を彷徨うタマハミを監視するのは、スレイ・マリアスを初めとするコントリアス軍だ。特に最高戦力であるスレイは討伐を命じられていた。既に軍はタマハミと衝突しており、その能力や特性も分かっている。

 その上で、あれはスレイが単独で討伐するべきだという結論に至っていた。

 彼以外の軍人はあくまでもバックアップに過ぎない。



「マリアス様、あのタマハミなどという化け物をどうするおつもりで?」

「できることなら神聖グリニアに返してやりたい。奴らは新種の魔物を宇宙とやらに追放する実験が失敗したなどと言っているが、戦争中の俺たちに押し付けてきたというのが真実だろう。なら、返してやるのが常識というものだ」

「そう、ですね。本当に面倒なものを押し付けてくれたものです」

「全くだ」



 神聖グリニアの南方に位置する国々で暴れるタマハミに対し、魔神教上層部は新種の魔物と発表した。だがコントリアスには同等と思しき魔物をミサイルによって打ち込んでおり、コントリアスではタマハミが神聖グリニアの実験体なのではないかと噂された。

 その後すぐに発表されたのが、魔物を宇宙に追放する実験である。討伐困難な魔物を宇宙へと放逐するという試みが失敗し、偶然・・にもコントリアスに落ちたというのが言い分だ。どう考えても無理のある言い訳だが、大国の発言力でねじ伏せた。所詮、コントリアスは魔神教に叛逆した国。仮に真実だとしても、神聖グリニアを貶める陰謀だということにされてしまう。

 今、コントリアスは非常に立場が悪かった。



「それでマリアス様。倒せるのでしょうか?」

「情報が確かなら、あのタマハミ……暴食タマハミも複数の命をストックしているはずだ。ツーリオンの人口はおよそ十三万。その内半数が食われたと言われているから、最低でも六万の命を持っているということになるな。正直、倒せる気がしない。それに……」

「それに?」

「いや、何でもない」



 スレイが気になったのは暴食タマハミと命名されたあの個体が持つ特別な力である。それは周囲の物質を問答無用で吸い込んでしまう能力だ。質量保存の法則すら無視した吸収能力は、スレイにも見覚えがある。



(あれはやはり『無限』の聖騎士の魔装だ)



 かつてスレイは暴食王および強欲王の討伐戦で今のSランク聖騎士たちとも共闘していた。その際に彼らの魔装をコピーし、その魔装を深く理解している。

 暴食タマハミが使用する物質吸収能力は明らかにベウラル・クロフの覚醒魔装であった。

 それが意味することはただ一つ。



(あれはもしや人間なのか?)



 だがスレイは自身の考えを否定する。

 あれほどまでに人間性を失わせ、化け物にする実験を最高戦力たるSランク聖騎士に施すはずがないという常識があったからだ。まさか覚醒魔装士という貴重な人材を化け物に変えることはないだろうと判断した。

 まさか悍ましいその考えが正しいなどとは夢にも思わない。



「できることなら穴を使って異次元に封じ込めたいところだが……暴食タマハミも似たような能力で相殺してくる。最も楽なのは封印だが、まずはあの能力を封じたいところだな」

「できますか?」

「やるしかない。神聖グリニアも今はタマハミに付きっきりだから、今しかない。ただ、討伐は現実的じゃないから封印方法の模索を上層部に願うのが妥当だろう。俺が弱らせ、封印する。俺が人のいない方向へと誘導しつつ、時間を稼ぐ」

「分かりました。上層部と掛け合ってみます」

「頼む。俺は早速、行ってくる」

「御武運を」



 ありとあらゆる魔装を使える彼は、それだけ手数が多い。つまり一人でありながら時間稼ぎに向いているということだ。彼は早々に討伐を諦め、神聖グリニアと同じく封印という手段を頼ることにしていた。







 ◆◆◆








 タマハミの侵攻に対し、コルディアン帝国は軍を展開していた。このコルディアン帝国は神聖グリニアの南西部に位置している大国で、領土だけならば神聖グリニアにも匹敵する。軍備に力を入れているので装備や兵士の練度もかなりのものだ。

 軍事力は国力に直結するという皇帝の考えにより、軍拡が続けられていた。ディブロ大陸遠征の失敗で多くの派遣兵を失ったが、それでも有数の軍事力に衰えはない。

 そんな彼らが、たった六体のタマハミに対して強い警戒心を抱いていた。



「あれがエリーゼ人民共和国を滅亡させた化け物か」



 軍の指揮を任されたエータ・コールベルトは観測魔術によってディスプレイに映された化け物たちを眺めつつそう零す。軍の最高司令官であると同時に彼は皇帝の弟で、更には覚醒魔装士だ。しかし彼を以てしてもタマハミを殺すのは困難であると考えていた。



「司令官、本当にエリーゼが滅亡したんですか?」

「間違いない。我が国の諜報部が報告してくれたことだ。それに、あの国に対する通信手段が壊滅していることからも間違いあるまい」



 コルディアン帝国が最高戦力たるエータを起用してまで迎撃に当たったのは、すでにエリーゼ人民共和国が滅びていたからである。元からエリーゼは特定の軍を持たない国であり、魔物からの防衛は聖騎士に一任していた。

 だがタマハミを迎撃するために出撃した聖騎士は一人として帰らず、タマハミは都市を破壊しつくした。逃げ延びた人々はコルディアン帝国へと亡命し、それによって帝国も詳細を知ることになった。

 タマハミは無数の命を利用し、殲滅兵すら突破して進撃していると。



「聖堂が提案してきた誘導作戦は失敗したようです。その代わりに殲滅兵を無償で派遣すると提案してきていますが……」

「百体ほど受け入れろ。ただし、殲滅兵には冷凍系の魔術を搭載するのだ」

「はっ! すぐに」

「動きが止まらぬなら、凍らせて止めればよい」



 エータ・コールベルト。

 彼もまた、別の角度から封印という手段を考案していた。







 ◆◆◆







 タマハミによる小国壊滅のニュースは情報規制によって一般には出回っていない。しかし『鷹目』は抜け目なく情報を集め、それをシュウへと還元していた。



「そうか。予定通り・・・・、コルディアン帝国に入ったか」

「はい。その過程で三つほど小国が消滅しましたが」

「滅びた国は?」

「ドゥーエ、アルべリア、エリーゼですよ」

「エリーゼか。懐かしいな」



 かつてシュウが『王』となったばかりの頃、ラムザ王国から脱出して立ち寄った国だ。そして『鷹目』と初めて会った国でもある。

 アイリスですら懐かしそうにしていた。



「それで神聖グリニアの対応は?」

「ラムザ王国方面に進んだ四体のタマハミは禁呪《星陰通孔アストロ・ホール》でこの世から追放するようです。まぁ、妥当ですね。コルディアン帝国の方は分かりませんが、殲滅兵に冷凍系魔術を搭載させているようですね。なので凍結させて封印するのかと」

「ああ、そういう手もあったか」

「実際、コルディアン帝国軍最高司令官の命令で封印用の設備を建設中のようです。場所はベルフリート軍事基地。どうです? 邪魔しますか?」

「いや、必要ない。封印してくれるならそれでいい」



 魔術ウイルスによる変異で誕生した化け物、タマハミ。

 それはシュウの予想以上に影響を与えていた。対象は神聖グリニア側が消耗すればいいと考えて放ったものであり、既に当初の目的は達成されている。必要以上の虐殺が行われるなら、シュウが直々に殺そうと考えていたほどだ。



「これで魔神教勢力が立て直している間、大帝国同盟圏も戦力を整えることができる。黒竜システムの配備も後少し時間がかかるからな。それにヘルヘイムも稼働を始めたばかりで色々忙しい。時間ができるのは悪いことじゃない」

「ふむ。それでは来月か再来月あたりに開戦ですかね?」

「そうだな」



 東西での経済的、技術的格差は簡単に埋められるものではない。ハデスがひそかに技術提供していたのである程度はその差もましになっている。しかしそれでも永久機関と殲滅兵を有する神聖グリニアが有利なことに変わりないのだ。消耗させたくらいが丁度いい。



「ではそれに合わせて『灰鼠』さんや『赤兎』さんにも働いてもらいましょうか」

「何かさせているのか?」

「『灰鼠』さんには私の情報集めを手伝って頂いています。あとは公文書などを盗み出して別の国などに引き渡し、不正取引を捏造するなど。その輸送は『赤兎』さんの出番ですね」

「相変わらず好き勝手やっているな」

「それが私の仕事ですので」



 相変わらず『鷹目』の情報操作は冴えている。事実、彼の手腕によって魔神教勢力は完全に一つとなることができていない。様々な方向から情報を操り、不和を誘発させ続けた。『黒猫』『鷹目』『死神』の三人はそうやって世界情勢をコントロールし、目的のために犠牲を強いてきた。

 だが、それも仕上げである。



「お前の願い、ようやく叶いそうだな」

「ええ。ようやくです」



 『鷹目』の目的は神聖グリニアを滅ぼすこと。

 より正確にいえばあの国が滅びる・・・ことである。

 約束の時は、すぐそこだ。





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