第275話 タマハミ⑤


 学園都市メラニアは領土上は神聖グリニアの内部にあるが、周辺国が出資しているので厳密に神聖グリニアの都市というわけではない。また立地も神聖グリニアの南部であり、外国との国境線も近い。

 そしてメラニアで出現した十体の怪物、タマハミはその全てが広がって南下していた。

 何か意図したわけではない。

 ただ偶然にも全てのタマハミは同じ方向に進んでいた。



「構えろ!」



 神聖グリニアと南西の国境線で接する小国、ドゥーエである。この国は実質的に神聖グリニアの傀儡であるため、固有の軍を持たない。そのため、タマハミの迎撃に当たったのは聖騎士たちであった。

 整列した聖騎士たちは強力な狙撃銃を構えており、遥か先には三体の怪物がいた。



「撃て!」



 指揮官の聖騎士がそう叫ぶと同時に引き金が引かれる。

 自動追尾弾を発射する特別な銃であり、ある程度の狙いを付けられるなら外れることがない。数十もの強烈な弾丸が次々とタマハミへと直撃する。だが、弾丸はその灰色の肉へと食い込み、そこで止まった。

 そして怒り狂ったように咆哮し、大地を踏みしめて駆ける。



「馬鹿な! ならば魔装で迎撃だ!」



 まるで効いた様子がないことに驚くも、それだけだ。彼らの本当の力は魔装である。各々が魔装を展開し、接近するタマハミを迎撃し始めた。

 タマハミの身体能力は凄まじい。たった一歩で常人の数十倍を踏破し、その握力はコンクリートすら握り潰す。恐ろしいまでの怪力は魔装士が無意識に張る魔力防壁すら容易く貫いてしまうほどだ。

 押し寄せる魔装攻撃をものともせず、タマハミの一体が聖騎士の体を掴む。



「ぎ、ひっ!?」

「グアアア……」

「た、助けっ、ぎゃああああああああ!?」



 骨を砕き、肉を咀嚼する音が悲鳴でかき消される。

 タマハミは聖騎士を食らったことで全身を脈動させ、次の標的を探し始めた。また聖騎士たちも仲間が食われたという事実を前に停止してしまい、格好の標的となる。



「ぐあああああああああ!」

「や、やめろ! 放せええええ」

「嫌だ! 食べられるのは嫌だあああ!」



 ほとんどの攻撃が通用せず、タマハミに一方的に食われるのみ。

 魔物に対する希望であるはずの彼らですら歯が立たない。僅か三体のタマハミに触れることすら難しく、不用意に近づけば捕らわれて噛み砕かれる。戦線の崩壊は一瞬であった。



「撤退だ! 一度態勢を立て直――」



 その瞬間、タマハミは水平に跳んだ。気づいたときにはもう遅く、その勢いのまま指揮官の聖騎士が食われる。あまりにも一瞬のことであり、周囲の聖騎士は唖然とした。

 これによって聖騎士たちの動きは止まり、同時に指揮系統は崩壊する。

 そこからは早かった。

 総勢六十人の聖騎士は容易く全滅した。

 また三日後にはドゥーエという国が壊滅するに至った。







 ◆◆◆







 タマハミを倒すために派遣されたSランク聖騎士は『聖女』『剣聖』『凶刃』『光竜』の四人だ。残る『樹海』『天眼』『禁書』『魔弾』『神の頭脳』は防衛のため、出撃は許されなかった。



「シンク!」

「大丈夫です」



 シンクとセルアの前にいるタマハミはかなりの巨体であった。全身が膨れ上がり、二人の標的を定めて食らいつこうとしている。前衛のシンクが引き付けて猛攻を仕掛けているが、それでもタマハミを倒しきることができなかった。



「こいつ……もう三回は殺しているはずなんですが」



 聖なる刃という魔装は反魔力によって魂すら引き裂く。まさに一撃必殺の刃だ。だが、それを以てしてもタマハミを殺すことができなかった。既に三度も魂を切り裂いているにもかかわらず、殺しきることができない。



「シンク! 一度下がってください」

「分かりました!」



 足を切断して動きを止め、シンクは飛び下がる。

 倒れたタマハミはすぐに足を再生させていたが、これで時間は稼げる。ボコボコと気味の悪い音を立てながら復活する足を眺めつつ、二人は相談する。



「やはり命のストックは厄介ですね」

「はい。セルア様の魔装でも通りませんし、これではきりがありません。あと何回殺せばいいのか……」

「面倒な魔物ですね……」



 タマハミがアゲラ・ノーマンの作品であることは秘匿された。知っているのは教皇だけである。一般にはタマハミを新種の魔物としており、元人間であるということは伏せられていた。

 仮に真実が漏洩すれば、魔神教を信じる民は混乱に陥るだろう。Sランク聖騎士でもあるアゲラ・ノーマンが作った人を化け物に変える技術によって都市や国が滅んだということになるのだから。

 そのような事情があって、Sランク聖騎士にすら命をストックする新種の魔物ということしか伝えられていない。



「後少しで避難が完了します。もう少し頑張ってください」

「はい! セルア様も援護をお願いします」



 タマハミは南部の大国、ラムザ王国へ侵入しようとしていた。既に国境近くの都市では避難が進められており、シンクとセルアの役目は時間稼ぎである。

 覚醒した聖騎士ですら、時間稼ぎに徹することしかできていなかった。

 多くの都市を襲い、多くの人を食らったタマハミは数万から数十万もの命をストックしているに等しい化け物だ。幾ら覚醒聖騎士でも限界がある。そして放置すればますます殺せなくなる。



「あと百回は命をもらうぞ! 化け物め!」



 シンクは刃を煌めかせ、果敢に飛び掛かった。







 ◆◆◆







 『凶刃』の聖騎士と呼ばれる男、ガストレア・ローは万能の魔装士だ。またゼロ距離における攻撃力は凄まじく、上層部からも信頼されている。命令に忠実という点でもだ。



「なるほど。まさしく異形だ。あのような魔物がいようとは」



 彼は盲目だ。

 この世に生まれて一度たりとも世界の色を目にしたことがない。しかしその代わり、魔装の力によって世界の形を認識している。故にタマハミの悍ましい見た目もある程度は把握していた。



『いい? 先手は私が取るわよ』

「ああ。任せる」



 パートナーとして共に派遣された『光竜』の聖騎士クラリスが光線を放つ。回避不能な熱線がタマハミを焼く。だがそれは表皮のみであり、内側から肉が盛り上がって修復してしまう。彼女の魔装は広範囲にわたって一方的に攻撃することには向いているが、一定以上の敵に対して有効打となりえない。

 彼女もそれが分かっているのか、苛立っていた。



『もう! なんでよ!』

「落ち着け」

『煩いわね!』

「私がやる」



 念力を圧力として放ち、タマハミを吹き飛ばす。勿論、タマハミがその程度で明確なダメージを負うはずもない。しかし確実に体勢は崩れた。ガストレアの目的は隙を作り、接近することである。彼の魔装は近づくほどに威力を増す。

 彼がゼロ距離で放つ全力の一撃はオリハルコンすら貫通するほどだ。



「むん!」



 タマハミの左胸と思われる部分に手を添え、扱える最大量の魔力で一撃を放った。

 それは容易くタマハミを貫き、背中まで穴をあけた。同時に赤い液体が飛び散り、仰け反る。だがその致命傷であるはずの傷すら瞬時に修復し、ガストレアに掴みかかった。

 目が見えずとも感知したガストレアはすぐに退避する。彼の能力は感知にも移動にも優れており、そこに隙はない。また彼がその場から逃げると同時に、クラリスの竜が光線を放った。



「オ、ォ、ォ」



 タマハミは一瞬だけ呻くも、すぐに活動を再開する。

 無数の命を持つこの怪物は更なる命を食らうべく、ガストレアへと襲いかかる。



「くっ……やはり厄介だ」



 彼らがタマハミと戦うのは初めてではない。

 だが、覚醒した聖騎士ですら抑えきれず、消耗によって何度も撤退を強いられた。派遣されたSランク聖騎士をペアにして体力の消耗を抑え、それで何とか歩みを止めることができている。しかしそれも無限ではない。強制的にこの世から排除する能力でもない限り、タマハミを止めることができないのだ。

 こういった時、あらゆる物質を次元の穴へと吸い込む『無限』の聖騎士ベウラルの能力が欲しい。



「削りきるぞクラリスよ!」

『分かっているわよ!』



 見えない刃と光の雨が降り注ぎ、タマハミを殺そうと試みられる。

 しかし数万もの命をストックした化け物を殺しきることはできなかった。







 ◆◆◆







 メラニアを壊滅させ、後にいくつもの都市を滅ぼして何十万人も食い尽くしたタマハミについて、神聖グリニアは対策を練っていた。まず基本として常にタマハミの位置を把握し、殲滅兵を差し向けている。



「猊下、これは大きな問題です。大帝国との戦いを前にして魔物を……」

「言われずともわかっておる」



 出現した十体のタマハミはいずれも討伐できていない。

 聖堂が動き出した時にはメラニアで多くの魂を食らい、ストックしてしまっていた。故にこの時点で殺しきることが困難になっていたのだ。

 ケリオン教皇は集まった司教たちに対策を説明する。



「ラムザ王国とコルディアン帝国に要請を出した。こちらも殲滅兵のほとんどを差し向け、時間稼ぎをさせている。その間にノーマン博士に対抗策を練ってもらっている」



 司教に対してもタマハミは魔物として説明している。

 あれはあくまでも新種の魔物であり、ウイルスによって変異させられた元人間であるということは伏せられていた。尤も、あの異形を元人間と認識することは不可能であるが。



「それで、あのタマハミとかいう魔物の正体は何ですか? 系統くらいは分かっているのでは?」

「人を食らい、魂をストックするなど初めて聞いた」

「私も初めてですね」

「これだけ驚異的なのですから記録が残っていても不思議ではないでしょう。やはり新種ということで間違いないのでは。寧ろ能力を早期に突き止めただけノーマン博士が優秀ということでしょう」

「しかしあのような魔物が同時に十体とは……少々作為的だな」



 聞いたことも見たこともない魔物が学園都市メラニアから同時に十体も出現した。それだけで怪しさ満点である。しかし証拠もない以上、それについて追及することはできない。何より、今はそんなことをしている場合ではない。

 教皇はデバイスを操作し、地図の画面を幾つか出す。

 それは未開発の森や平原、あるいは荒れ地の地図ばかりであった。



「タマハミを殺すのは難しい。故に闇の十三階梯魔術を利用する。かの魔術《星陰通孔アストロ・ホール》ならばこの世界から追放できるだろう」



 禁呪《星陰通孔アストロ・ホール》は特殊な魔術で、空間を支えるエネルギーを崩すという効果によって対象を世界から追放する。崩れた空間に吸い込まれたら最後、その対象はこの三次元空間の外へと追放され、空間を操る能力を持っていなければ二度と戻ってこれない。

 封印に近い魔術だ。

 無数の命を持つタマハミにも有効となる。

 問題は、《星陰通孔アストロ・ホール》の効果範囲が広すぎることである。とてもではないが街中で使うべき魔術ではない。



「ここにタマハミを誘導し、除去する」



 およそ妥当な作戦に司教たちもすぐ了承した。

 そして翌日から実行されることになる。






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