第274話 タマハミ④
管制室では皆が沸き上がっていた。
その理由はタマハミを搭載したミサイルが無事に発射されたからである。一度視認すらできない上空にまで上がり、目的地へと飛んでいく。空を制する兵器が一つ実証されたのだから、彼らが喜ぶのも当然だった。
「所定の高さを突破しました。姿勢制御も成功です!」
ミサイルは想定通り発射され、誤差もほぼなく予定通りの航路を進んでいる。それは管制室の巨大モニターがはっきりと映し出されていた。
このまま進めば今日の内にミサイルは着弾し、コントリアスへとタマハミを届けることだろう。しかもそれは覚醒聖騎士ベウラルを素体とした上に、黒魔晶まで搭載した特別な兵器である。
「着弾予測地点はコントリアス西部の都市、ツーリオン。誤差なし。都市中心部に直撃ルートです」
その報告は皆に緊張を走らせた。
すなわちコントリアスの都市を一つ潰し、住人を殺すということだ。正確にどの程度の効力を発揮するかは知らないものの、虐殺兵器を送り込んでしまったことは確かである。
どうなってしまうのか。
興味と共に、責任感や罪悪感のようなものも心の内に湧いてくる。
だが、彼らにそんなものを感じている暇はなかった。
突如として部屋中に警告音が鳴り響き、赤いランプが点滅したのだ。
「何だ! どうした!?」
「すぐに調べます!」
「ロケットに異常か?」
「違います! 避難警報です!」
このメラニアはあくまでも研究機関であり、当然ながら危険薬物なども置かれている。例えば高圧ガスボンベの破裂、有毒ガスの漏洩、細菌やウイルスの漏洩、火災、魔術の暴発など、そういった事態に際して警報が鳴るようになっている。
すぐに管制官の一人が調べた結果、モニターの一部に状況が映される。
「な……魔物!?」
「嘘でしょう? どうして……」
「これはどこだ!?」
「えっと……十六番レールを通ってこちらに向かっています。いえ、ここだけではありません。複数で同系統と思われる魔物が暴れています!」
「そんなバカな」
突如として出現した化け物の姿に誰もが唖然となる。
膨れ上がった肉と灰色の肌。そして人間のような形状でありつつ巨体。当てはまる魔物といえば巨人系になるが、今はそんなことどうでもよかった。ともかく、魔物と思しき化け物がメラニアの研究所地下空間に侵入したことは確かだ。彼らはタマハミというコードネームは知っていても、その詳細な正体までは認知していなかった。
十個に分割された画面に映された十体の化け物。
それをタマハミと知らない彼らは魔物と断定し、避難を開始する。いくつも設定されている避難経路がほとんど使えなくなっているものの、まだ逃げることはできる。
「避難しろ!」
その一声と共に全員が逃走を開始した。
ロケットの制御を放置して。
◆◆◆
教皇がコントリアスに対して攻め滅ぼす宣言をした後、シンクとセルアは面会を求めていた。それは当然である。神聖グリニアの勢力を撃退したコントリアスに中立を認めるという形で固まっていたのを、教皇が鶴の一声で破壊してしまったからだ。
「教皇猊下、これはどういうことですか? コントリアスの中立を認め、大帝国との窓口になっていただくのではなかったのですか?」
そう問い詰めるセルアに対し、教皇は既に答えを用意していた。
口が裂けてもアゲラ・ノーマンに屈したとは言えないので、表向きの理由であるが。
「神は絶対だ。故に従わぬというのならば、その名のもとに滅ぼさなければならない。我々は何度も呼びかけて慈悲をかけた。それに従わなかったのはあの国だ」
「しかしなぜ安易に滅ぼすなどという選択を……これでは過激派と同じではありませんか」
「自分もセルア様と同じ意見です。魔神教に神を知らぬ者を滅ぼせなどという教えはない」
「言ったはずだ。既に慈悲はかけたと」
教皇は慈悲はかけたの一点張り。
警告したのだから、その上で滅びの選択を選んだコントリアスが悪いと主張する。
しかしそれで納得するシンクとセルアではない。そしてもはや教皇が自分たちの意見を取り入れるはずもないことを知っている。
「もういいでしょうシンク。私たちはコントリアスへと向かいます。そちらの意向を無視してでも、私たちの権限でコントリアスに中立を認めます。たとえあなたが否定したとしても、私とシンクの名のもとに発表されてしまえば無視できぬはずです」
強硬手段を取るならこちらも。
そう言わんばかりの一方的な宣言である。これには教皇も焦りを見せた。『聖女』と『剣聖』は最も有名な聖騎士であり、最も人気のある聖騎士である。それこそ教皇の発表と真逆の意見を述べたとして、民衆が納得するのはセルアとシンクの意見だ。
それだけ二人の名声は強い。
仮にそのようなことがあれば、魔神教は真っ二つになってしまうだろう。実際、教皇よりもこの二人を祀り上げる一派すら存在する。大帝国との戦争が控えている今の段階で、それは非常に不味かった。
「そのようなことは許さん。これは魔神教の総意。悪逆たる大帝国に対し、中立などという日和見する国を正義とは認められん。仮に我々に恭順するならば庇護したものを……拒んだのはコントリアスなのだ」
「ですが! 既にコントリアスは神聖グリニア軍を撃退したではありませんか。聞くところによると『無限』の聖騎士も負傷し、撤退を余儀なくされたとか。あれだけの武を示して中立の意思を貫こうとしたのです。信じなくてどうするのですか」
「だが……」
「それに中立国の存在は大帝国と戦争になった際にも必要でしょう。もしも中立を宣言する国がなくなってしまえば、大帝国と私たちが……どちらかが滅びるまで戦わなければならなくなります。何が正しいかなど、明白でしょう」
「そのような政治的なものに神は囚われぬ。なぜ分からぬのか『聖女』よ」
義はシンクとセルアにある。
しかしどうあっても教皇は譲らない。
このまま平行線で話が進まないかと思われた。だがここで教皇の執務机に備え付けられている専用暗号回線の通信機がコール音を放った。
眉をしかめた教皇は通話ボタンを押し、できるだけ穏やかに答える。
「誰かね? 後にしなさい」
流石に『聖女』と『剣聖』を前にして通話するわけにはいかない。よほどの緊急連絡でもない限りは後回しにするのが礼儀だ。
しかし、今回ばかりはその緊急連絡であった。
『しかし猊下! メラニアで未知の魔物が暴走しています! 奴らは……奴らは人を食べて……うわああああああああああああああああああ』
その悲鳴を聞いて、教皇は通信相手を確認した。
後で相手にするつもりだったので気づかなかったが、メラニアの大聖堂を管理する司教であった。悲鳴と共に彼の声は途切れ、代わりに肉を咀嚼するような鳥肌の立つ音が響く。
何が起こったのかは明白であった。
(まさかアゲラ・ノーマン殿の言っていた魔物か!? コントリアスに放ったのではなかったのか!?)
あの男は時限で化け物が解放されると語り、教皇を脅した。
だが蓋を開けてみれば化け物と思しき何かはメラニアで暴れているという。
「セルア殿とシンク殿はひとまず下がって欲しい。緊急事態のようでね」
「……分かりました」
今の通話でメラニアが魔物に襲われたと思しき会話が行われていた。それが分かっているので、セルアとシンクはすぐに下がっていく。ただ、ケリオン教皇はこれが魔物のせいでないことをなんとなく理解していた。
二人が退室した後、これはどういうことか尋ねるためにアゲラ・ノーマンへと通話を始めた。
先も連絡をしたばかりであり、すぐに繋がる。
『どうかしましたか?』
「言い逃れは許さんぞ。メラニアで化け物が暴れているそうだ。どういうことか説明してもらおう」
『ふむ。おかしいですね。例の兵器は既に発射したようですが。少し調べます』
数秒ほど沈黙が流れる。
流石は最高の頭脳と称されるだけのことはあり、すぐに返答された。あるいは既に把握した上でシラを切っていただけかもしれないが。
『分かりました。どうやらウイルスが漏洩したようですね』
「ウイルス? 私は魔物が暴れていると聞いたが」
『いえ。生物を化け物のように変異させるウイルスですよ』
「なんだと!? 何をしているのだ!」
『私の責任ではありませんよ。今日はウイルス実験など予定されていないはずですからね。誰かが勝手に封を開けたのでしょう』
「……対処法は? 治療薬はあるのかね?」
『一度化け物になったら戻りません。殺すのが最適解です』
「……っ!」
メラニアからの報告を踏まえるに、聖堂すらも襲われているのだろう。被害はかなりのものとなっているはずだ。
前代未聞の化け物退治を前にケリオン教皇は頭を抱える。
今はアゲラ・ノーマンを追及するよりもメラニアを救うことが先決だ。後で掛けなおすと言ってアゲラとの通信を切り、空いている覚醒聖騎士や聖騎士の手配を始める。また同時に情報収集も開始した。
今はメラニアで暴れている化け物以上の存在を送り込んでしまったコントリアスのことなど気にしている暇はなかった。
◆◆◆
管制制御を離れたミサイルは、当初のプログラムのまま自動航行で進んでいた。かなり正確とはいえ、様々な要因で多少の誤差が生じる。結果として、当初の目標であるツーリオンの郊外へと着弾した。
音速超えで空から奇襲してくる質量体に対応できるはずもなく、周辺は吹き飛ばされる。
これだけで死者数名の他、多数の怪我人が生じた。
だが、これはあくまでも始まりに過ぎない。
「気を付けろ。爆弾でも仕込まれているかもしれんからな」
調査に派遣された軍人が、地中に埋まったミサイルの残骸を調べ始める。この事態にコントリアス軍はすぐ出動し、事態の解明にあたっていた。
これがどこから飛んできたのか、一体何なのかということを突き止めるためである。
ただ、おおよそこれが神聖グリニアから飛んできたのだろうということは分かっていたが。
「隊長、残骸の中に綺麗に残っている部分があります」
「これは……ちょっと塗装が剥げてますね。オリハルコンですよ」
「ということは、中に何かが詰まっているのか?」
「おそらくは」
「よし、調べるぞ」
残骸の中でひと際大きなパーツが綺麗に残っており、彼らはその周囲に集まる。円柱形のそれは高さが大人二人分ほどもあり、繋ぎ目が見えないほど綺麗に接着されている。ただ、扉と思しき部分だけに繋ぎ目のようなものがあった。
軍人の一人がそっと耳を当てて、中の音を確認する。
「かなり静かですね。中は空っぽかもしれ――」
その瞬間、オリハルコン壁を突き破って手のようなものが現れた。その手は軍人の頭部を掴んでおり、あっという間に中へと引きずり込まれる。
悲鳴と共に肉を引きちぎり、骨を砕くような音が聞こえた。
何かに食われた。
この光景を目撃した皆が一瞬にして悟った。
「ウ、オ、ア」
ずるり。
何かを引きずるような音と共に、穴の奥から再び腕が現れる。その腕は穴を掴んで引き裂き、さらに大きな穴へと広げた。
「ア、ア、ア」
中から這い出てきたのは灰色の怪物。
人型ということだけは辛うじて分かるものの、見たことのない生命体であった。ただ、その口から胸にかけて大量の赤い液体が滴っており、肉片のようなものも付着している。
「こ、殺せ!」
隊長の命令に従って皆が一斉に銃口を向け、引き金を引く。
爆裂音と共に発射された弾丸は怪物へと直撃して簡単に弾かれてしまった。魔術強化された弾丸すらも多少めり込む程度で、その表皮を貫くことすらない。
「ウオオオオオオオオオオオオオアアアアッ!」
灰色の巨体が唸る。
コントリアス軍が壊滅するのにそれほどの時間はかからなかった。
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