第273話 タマハミ③


 ロケット発射場となっている航空宇宙学第二実験場へと辿り着いたシュウとアイリスだが、二人は別行動を取っていた。だが、これは意図したものではない。

 つまるところ、いつもの迷子であった。



「んー、またシュウさんがいなくなりましたねー」



 彼女は一人彷徨い、ある場所にやってきていた。

 その場所は大量の試験管や巨大容器が並べられている部屋であり、何かの液体で満たされていた。アイリスの周りは時が止まっており、研究員も動きを止めている。彼女は悠々と研究内容を調べていた。



(病気の研究ですか? 違いますねー……)



 研究員たちが放置したノートを開き、その内容を読み込んでいく。生物系はアイリスの専門分野ではないが、ざっくりとしたことは理解できる。遺伝子操作と魔術的改良によるウイルスの変異を試みているのだ。これでは治療薬の研究というより、生物兵器の開発である。



(ここって真っ黒ですね)



 メラニアは学園都市ということになっているが、その裏では危険な研究が行われている。しかも開発されているのは対処困難な生物兵器ということもあり、殺意が高い。魔物に病気が効かないということもあり、確実に戦争を想定しているだろう。

 この街もまともではない。



(シュウさんが良くないウイルスだって言っていましたし焼却ですかねー)



 とはいえ、アイリスも短慮ではない。

 ひとまずはシュウとの合流を目指した。だが方向音痴過ぎるが故に、それが余計に迷子の要因となる。







 ◆◆◆






 アイリスが迷子となっている間、シュウは実験体タマハミについて調べていた。いや、すでにその概要は分かっているが、技術の流れなどを追うことによってアゲラ・ノーマンに迫るためだ。



(やはりいない、か)



 どれだけ探してもアゲラ・ノーマンは見つからない。

 流石にもうここにはいないのだろうと考えた結果、アゲラ・ノーマンに繋がる証拠を探すことにした。たとえばゲートが見つかれば、直接アゲラ・ノーマンの居場所へ辿り着ける可能性もある。



(先にミサイルを止めたほうがいいかもしれないな)



 これから発射されるミサイルには爆弾の代わりに生物兵器らしきものが搭載されているので、阻止したほうがいいのは確かだ。

 だが、問題はただ破壊するだけでは問題になるということである。

 死魔法で殺すならともかく、ただ破壊するだけならばウイルスが散布されてしまう。現代は人口も増えているので、ウイルスの感染力は昔よりも侮れない。メラニアのような人口密集地で解き放たれたら何が起こるか、予想に難くない。



(死魔法で殺すとして……いや、いっそのこと街ごと焼却するか?)



 シュウは目的のためなら慈悲をかけない。

 たとえ子供が大量にいる学園都市だろうと、問答無用で滅ぼしつくす。必要とあらば《神炎》で滅却することも躊躇わない。あるいは《暴食黒晶ベルゼ・マテリアル》による完全消滅もありだ。

 ただ、不死とはいえアイリスを巻き込むつもりはないので、まずは彼女を探すところから始まるが。

 そんな時、シュウのデバイスに通知が来た。

 メールを受信したという報告であり、その差出人は『鷹目』である。



(何だこのタイミングで……)



 この胡散臭いメラニアを調べている最中に『鷹目』からの連絡だ。何か関連があると考えて良いだろう。シュウは適当に隠れてメールを開き、その文を読む。

 案の定というべきか、シュウに対する依頼であった。



「面倒な依頼を……」



 メラニアで研究されているウイルスを漏洩させ、災害を引き起こせ。

 それが『鷹目』からの要請であった。








 ◆◆◆








 シュウが考案し、開発し、実装した冥府と煉獄。

 それは既に世界の一部を覆い、稼働実験段階に移行している。死魔法によって構築した魂の次元が冥府であり、三次元世界に被さるようにして造られた膜の世界が煉獄だ。この冥府と煉獄を合わせて、冥界ということになる。

 冥府が魂を浄化する場所だとすれば、煉獄は現世で遊離した魂を一時的に留めて回収する場所だ。シュウが解き放った精霊たちが煉獄で働いている。

 その魂を回収するために。



「これで全員か」



 『鷹目』の依頼を受けたシュウは、もう一度ウイルス研究所の方へと戻っていた。

 理由は二つ。

 一つはウイルスについてもう一度調べるため。そしてもう一つの理由はここにアイリスがいたからだ。煉獄の精霊たちがシュウに知らせてくれた。



「余計な手間をかけさせるなアイリス。まさかこんな所まで戻っていたとは……」

「不思議ですねー」

「それはこっちのセリフだ」



 ウイルスが管理されている部屋には複数の研究員が倒れていた。その誰もが鼓動を止めており、ピクリとも動かない。彼らは皆、心臓を一突きにされて死んでいた。



「でもシュウさん、珍しく死魔法を使わなかったのですね」

「ああ。煉獄を試すためにな。今は色んな地域で魂の回収をさせている。色々な例を試しておかないといけないからな」



 シュウの目には魂が見える。

 もちろん、死魔法で作った煉獄の次元も見えていた。精霊たちが遊離した魂を回収し、もう一つの死魔法の世界である冥府に連れて行く様子も確認する。

 全世界で少しずつテストを進めているが、冥界は当初の想定を下回ることがない。

 今のところはルシフェルとの約束を順調に進めることができていた。



「それより、このウイルスだな。というか遺伝子の書き換えと魔術的精神作用で人間を化け物に変異させる特性を持っている。『鷹目』はこいつを漏洩させて欲しいみたいだが」

「やるのですか?」

「いや、漏洩はさせない。ただ俺たちが回収する」

「回収ですか?」

「ああ、感染力を奪う改造をしてから『鷹目』の要望を叶える。流石にこのまま利用するのは危険だから、そこは譲らない」

「できるのですか?」

「感染と増殖はウイルス本来の能力だが、魔術で抑制できる。そうすれば俺が望まない展開は避けられるからな。この場で改良させてもらうとするか」



 容器に保存されたウイルスを取り出すべく、シュウはデバイスに触れる。物が物なので厳重にロックされているが、いつも通り楽に解除して取り出した。また同時にデータファイルを開き、ウイルスに関係する情報を開示した。

 横から覗き見るアイリスは尋ねる。



「これって化け物を作り出すんですよね。敵地で放って国を滅ぼす……みたいな感じですか?」

「いや、本来の用途は不死の化け物兵士を作ることらしいな。これを見ろ」



 シュウが見せたのはタマハミプロジェクトと銘打たれた文書だ。

 その計画書ではタマハミウイルスと称されるウイルスによって人体を変異させ、化け物に変える方法と、その化け物を操る方法が記されていた。魔石を埋め込み、精神魔術によって思考誘導するという中々に非人道的な手法だ。



「変異による不死化だが、まだ不完全らしいな。魔晶を埋め込んで不死性を補助している。本来ならウイルスによる変異だけで不死の化け物を作りたいらしい」

「うえー……」

「かなり魔晶を埋め込むみたいだから、一体完成させるだけでかなりコストがかかる。まだまだ研究中ということだろうな。それにこれはウイルスを介して生体干渉しているだけであって、ウイルスそのものに特別な意味はない」

「どういうことです?」

「魔術による生体干渉が難しいのは知っているだろ? それをウイルスを介することでやっている。それだけの話だ。本質的な目的は、肉体と魂を自在に操ることにあると思う」



 首をかしげるアイリスに対し、シュウはウイルス入りの溶液を一本取りだす。そして心臓を貫かれて死んでいる研究員の死体へと近づき、改造したばかりのウイルスを打ち込んだ。



「何をしているのですか?」

「まぁ見てろよ」



 続けてシュウは右手で研究員に触れる。

 すると心臓部の負傷は治癒され、同時にピクリと動いた。



「蘇生、ですか?」

「違うな。ただの治癒魔術で体の怪我を治し、死魔法で魂をこの中に戻した。もう少し見ていろ」

「はーい」



 しばらくすると、蘇生した研究員の体が変異し始める。

 真っ白だった肌の色は灰色に近くなり、全身の皮膚や肉が蠢く。そして人型ではあるものの、全身を歪に変化させた。腹部が陥没し、左足が肥大化、また右手親指が消失して代わりに左手の指が六本となる。また頭部からは髪が抜け落ち、罅割れて脳が剥き出しとなった。頬にも幾つか穴が開いて口が裂けているように見える。

 まさに異形であった。

 アイリスは思わず悲鳴を上げる。



「気持ち悪!?」

「要するに魂で肉体を動かしているわけだ。そのセットがあれば生物としてひとまずは成り立つ。あとは精神干渉で好きなように操作すれば、望み通りに動く化け物が完成する。そしてこのウイルスは魂の記憶を司る部分に干渉して、それを消去してしまうらしい。正確には、その分の魔力を使って肉体改造を施しているようだな」

「どうしてそんなことを?」

「つまりは魂のストックだ。一つの肉体に純粋な魂をストックして込めておく。これで何度殺されて魂が遊離しても、ストックから新しい魂を使って生き返るようになる」

「うわぁ……」

「しかも他の人間を食うことで魂を補充できる。だから魂喰タマハミだ。試しに、煉獄で回収したこいつらの魂をこいつに注ぎ込むと……」



 異形となった元研究員の男は痙攣し、その体の肉が盛り上がっていく。唸り声をあげ、その体が二倍ほどに膨れ上がった。

 異形の怪物、タマハミは遺体となった研究員へと手を伸ばし、それを掴んで口へと運ぶ。そして躊躇いなく捕食し始めた。それによって肉が補充され、ますますタマハミは肉付きが良くなっていく。



「魂を取り込んでストックする能力と、食らった肉体を自身のものとして補充する能力だ。人間と考えないほうがいい。人間をベースにした新種の生物と言ったほうがいい」

「これ、大丈夫なのです?」

「俺が精神浸蝕した魂を投与したから問題ない。『鷹目』の要望はこいつを暴れさせることで代用とする。あと九体……合計十体あれば充分だろ」



 タマハミは唸る。

 そして苦しそうに悶える。



「ウイルスには飢餓感を煽る性質もあるらしい。だからこいつは人間を見ると食わずにはいられない。今は魔術で縛っているがな」



 この日、メラニアの地下に十体の化け物が解き放たれる。

 そしてほぼ同時に、ベウラルが変貌したタマハミもロケットに搭載されて発射された。









 

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