第268話 コントリアス国境防衛戦①


 神聖グリニアによるコントリアス侵攻は順調に進められた。

 開戦初日に国境線を突破し、三日後には近隣都市を占領、また更に二日後には軍事的要所となる都市を陥落寸前にまで追い詰めていた。殲滅兵による進撃は止めることができず、覚醒魔装士スレイ・マリアスと奈落の民の力があっても撤退戦が精々であった。



「弾を途切れさせるな!」



 最前線で殲滅兵を食い止めるスレイは通信機で発信し続ける。

 軍事的な要所だけあって元から兵器は多く配置されており、防衛には困らない。しかし殲滅兵が無制限に放ち続ける高位魔術をスレイがほぼ一人で打ち消し続けることで成り立つ防衛であり、陥落も時間の問題に思えた。

 また奈落の民も援軍として戦ってくれており、今は北方の戦場で殲滅兵を抑えている。

 ここでスレイが戦っている理由は、『無限』の聖騎士ベウラル・クロフがいたからだ。



(また来る!)



 スレイは空間に穴が空くのを感じ取る。

 同時に聖なる光を圧縮して放ち、その穴を分解消去する。ベウラルの魔装であるブラックホールのような穴は闇の禁呪《星陰通孔アストロ・ホール》に近い性能だ。空間の均衡を崩して三次元空間に穴を空けるという能力であるため、聖なる光で無効化してしまうのが手っ取り早い。

 何度目かもわからないベウラルの攻撃を打ち消し、再び攻撃に移行する。

 次にスレイは『樹海』の聖騎士が保有する魔装へと切り替えた。魔力を吸って成長するという強力な魔装によって自動的に殲滅兵を喰い尽くすのが目的だ。スレイの目論見通り、大地を埋め尽くす殲滅兵は樹海に包まれて消えていく。

 更にはかつて『赫煉』の聖騎士と呼ばれた男の魔装も発動した。大地が割れてその底にマグマが満ちる。噴火するかのように湧きあがるマグマの海へと殲滅兵が落下していき、焼き尽くした。

 続いてベウラルの魔装すらコピーし、殲滅兵の上空に大穴を生み出す。あらゆる物質を吸い込むその穴がある限り、殲滅兵を削り続ける。

 とどめとしてソーサラーリングから土の第十階梯《大隕石メテオ》を発動した。同時にギルバート・レイヴァンの魔装へと切り替え、磁力により隕石の落下速度を強化する。隕石が落下した瞬間、その運動エネルギーは周囲一帯を破壊し尽くした。それによって飛び散る岩石や塵は磁力操作によってその場に留め、煙幕として機能させる。

 最後に再び聖なる光へと切り替え、広域に渡ってそれを放った。



「観測班!」



 攻撃を終えた直後にそう呼びかけると、観測魔術で敵勢力を観測している部隊が報告する。



「観測範囲にある殲滅兵の四割を除去しました! しかし後続がまだ……」

「まだいるのか……何としてでも殲滅兵を射程圏内に近づけさせるな! 《火竜息吹ドラゴン・ブレス》を連射されたら終わりだぞ!」

「はっ!」



 今はスレイのお蔭で近づけさせることなく一方的に長射程兵器や魔装による攻撃が可能だが、それもいずれは不可能となる。スレイはあくまでも人間であり、無限に戦い続けることができる訳ではないのだ。いずれは休息が必要となる。



(何とか打開策があれば……せめて俺が抑えている間に聖騎士を排除できれば)



 回復魔術による体力回復を図っても連続して戦えるのは二日から三日だ。

 それまでに状況を変えなければ再び撤退を強いられ、この軍事拠点を明け渡すことになる。スレイの焦りは徐々に増していた。






 ◆◆◆






 スレイたちの戦場から北上した位置では奈落の民が殲滅兵を相手に無双していた。ここは北から回り込む形で殲滅兵が進軍しており、指揮官代わりの聖騎士が数人ほどいる程度である。『暴竜』が率いる奈落の民たちによる一方的な戦いとなるのは必然であった。



「うおおおおおおおおおお! 化け物めえええええ!」



 聖騎士の一人が雷を降らせる魔装によって『暴竜』を焼き焦がそうとする。しかし強靭な肉体という単純明快な覚醒魔装によってすべて無効化され、簡単に接近を許してしまった。

 『暴竜』はまりょくを掌底に込めて流し込み、聖騎士の体内を掻きまわす。それによって聖騎士は体を内側から壊され、全身の穴から血を噴き出しつつ死んだ。



「こ、こいつら人間じゃない!」

「ち、近づくなあああああ!」



 奈落の民は気という力を自在に操り、聖騎士を一瞬で屠ってしまう。

 師父と崇める『暴竜』に続き、彼らも指揮官代わりの聖騎士たちを仕留めてしまった。遠距離攻撃魔術をメインに放射する殲滅兵の攻略法は近づくことだ。懐にさえ潜り込めば同士討ちを誘える上に撹乱もしやすい。格闘をメインとする奈落の民は自然とその弱点へと辿り着き、殲滅兵を仕留めるだけでなく奥で戦いを見守るだけだった聖騎士たちをも殺した。



「うおおおおおお! その程度かあああああああァ!」



 興奮した『暴竜』は力をためる。

 それを見た奈落の民は声を張り上げ、慌てて離れ始めた。



「退避だ! 師父が本気でやるつもりだぞおおおお!」

「何ィ!? 早く離れるぞ!」

「どっちに逃げればいい?」

「こっちだ! 師父の気とは逆に逃げろ!」



 一目散に逃げていく奈落の民たちなど気に留めることもなく、『暴竜』は力を解き放った。身体能力に特化したその魔装が本領を発揮する。彼が水平に蹴りを放った瞬間、その直線上が衝撃波によって薙ぎ払われた。



「最高の祭りだァ! 精々ぶっ壊れていけやァ!」



 大地が割れて、その場から『暴竜』が消えた。

 いや、殲滅兵の観測力では認識できないほどの速さで動いたのだ。また次々と殲滅兵が破裂し、爆散し、吹き飛び、叩き潰されていく。目にも留まらぬ速さで動く『暴竜』を止められる者はいない。頑丈な魔術金属すら破壊する威力は恐ろしいばかりだ。



「ハハハハハァ! 手応えがねェぞ!」



 数万もの殲滅兵は奈落の民たちによって破壊され尽くされることになる。

 殲滅兵を迂回させる挟撃作戦は失敗という結果に終わった。







 ◆◆◆







 スバロキア大帝国から援軍として派遣されたハイレインは、多少の不満を抱えながらもコントリアスに到着していた。彼は皇帝の護衛であり、後見人の一人だ。故に僅かな間でも皇帝の護衛から離れる訳にはいかない立場なのである。

 だが『黒猫』からの命令であれば従う他ない。

 ハイレインは『黒鉄』であり、様々な便宜を黒猫という組織から受けているのだから。



「そなたが『黒鉄』か」

「ええ。お初にお目にかかりますイグニアス陛下」

「聞き及んでいると思うが、我が国は戦争状態にある。そなたがその援軍となってくれる……ということだが」

「早速ですが戦場に赴き、目的を達成しましょう」



 早々に戦場へ向かおうとするハイレインにイグニアスは驚くばかりだ。しかしそれを隠し、厳かな様子でただ頷いてみせた。



「そうか。では頼むとしよう」



 一刻も早く皇帝の元に戻り、本来の仕事をしたいハイレイン。

 すぐにでも援軍を送りたいイグニアス王。 

 双方の利害は一致し、余計な話し合いもなく事は進む。

 またハイレインはあくまでも闇組織の一員であり、軍の動きに合わせる必要はない。ただ望まれるがままに依頼をこなせばよいのだ。



「神聖グリニアの軍勢を壊滅させ、引かせればよい。それが依頼ですね?」



 最後にそれだけ確認し、ハイレインは出撃した。








 ◆◆◆








 ハイレインの代わりに皇族護衛を担当することになったシュウとアイリスは、ひとまず精霊を放って警護させていた。王城を護る結界系の道具はどれもがハデス製なので、その気になれば暗号術式を配布して感知されずに通り抜けることができる。透明化した精霊を配置し、怪しい動きをする人物を物理的に発見できるようにしたのだ。

 加えて、把握している魔神教の工作員に対する監視を強化した。



「シュウさん、やっぱり動きがあったみたいなのですよ」

「どれだ?」

「この四人です」



 アイリスは仮想ディスプレイを展開し、監視中の工作員を映し出す。

 送られてくる監視映像と個人情報を閲覧し、シュウは溜息を吐いた。



「まさか近衛兵の中にまでいたとはな」

「経歴を見る限り普通に士官学校を卒業して正規ルートで近衛兵になったみたいですね。結婚して子供もいますし、どう見ても一般人なのですよ」

「だが今でも異端審問部の手が入った工作員というわけか」

「消しますか?」

「いや、決定的な瞬間を待つ。それを開戦理由にするためにな」

「ハイレインさんに怒られますよー」

「ちゃんと皇帝を守れば問題ない。流石に暗殺で覚醒魔装士は出してこないだろうからな。普通の魔装士レベルなら放った精霊が捕らえてくれる」



 妖精郷の精霊はシュウが放つ魔力を吸収することで強大化している。ほぼ全てが災禍ディザスターを超えており、不意打ちであればAランク相当の聖騎士でも問題なく始末できるだろう。数を配置すれば捕縛も容易だ。



「試作で作った煉獄なら、誰一人として精霊の姿は感知できない。ついでに魂の回収実験もした方がいいだろうな」

「便利ですねー」

「本来、煉獄は魂の次元として作ったものだからな。実体がない霊系魔物なら自由に出入りできる。それを利用した秘密の監視システムだ。死んで遊離した魂はこの煉獄を彷徨い、精霊がそれを回収して冥府に送り込む。なんとか機能すればいいんだがな」



 ルシフェルに依頼された冥府設立の実験として、シュウは煉獄と冥府を創造した。

 三次元空間に重ねる形で生み出した煉獄は、魂だけが存在できるようにしている非物質世界だ。通常世界と重なっているので、座標上では同じ空間である。しかし位相が異なっており、物質の存在である人間が感じ取ることはできない。意図的に煉獄側から干渉しない限り三次元世界の住人が認識できないという性質を利用して、精霊の守りを配置している。



「それに最悪の場合、皇帝が死んでも魂を回収して肉体を治癒して、元に戻せばいい」



 実に冥府の王らしくなった。

 そんなことを考えつつ、ひとまずは様子見に徹することにした。




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