第266話 大戦への備え①
コントリアス軍と神聖グリニア軍が衝突し始めた頃、シュウは妖精郷にいた。研究途中のブラックホール相転移を完成させる他、冥府のシステムを詳細に構築するためでもあった。
だが、そこにコール音が鳴る。
(……『黒猫』か)
電話の相手が誰なのか、ディスプレイを見て察知した。
特に作業中というわけでもなかったのですぐに通話ボタンをタッチする。
「どうした『黒猫』」
『ああ『死神』かな? 実は依頼だよ』
「依頼?」
電話の主は男の声だった。ということは、『黒猫』の人形の方なのだろう。普段から闇組織・黒猫のボスを演じさせている人形からの電話は、大抵が『死神』絡みの事案だ。
実際に余計なことは言わず依頼だと言っているので間違いない。
「冥府の件で忙しいんだが? 相手は?」
『依頼主はコントリアスの国王イグニアス・コンティアーノ。依頼内容は教皇暗殺』
「もしかして戦争が絡みか? というか教皇暗殺? 俺たちの計画に支障がでるだろ?」
『そうだね。だから僕も却下しておいたよ』
「だったら電話するな」
とんだ無駄話だったと通話を切ろうとしたところで、少し慌てた口調になった。
『待った待った。話はここからだよ』
「……何だ?」
『あちらも引き下がってくれなくてね。神聖グリニア軍を率いているベウラル・クロフを暗殺するように依頼されたよ。こちらはまだ返答していない』
「それなら『暴竜』とかに依頼した方が早いだろ。あいつなら殲滅兵ごと潰せる」
『実は驚いたことに、彼らは独自に『暴竜』と接触していてね。もう彼は参戦しているのさ』
「そうなのか?」
『だから君にお鉢が回ってきたんだよ』
「面倒な」
覚醒聖騎士の暗殺など、誰にでも頼める仕事ではない。歴代最高の『死神』であり、冥王でもあるシュウだからこそ可能な暗殺なのだ。
「ベウラル・クロフといったら、穴を出して吸い込む奴か」
『そう。それだよ』
シュウは少しばかり思案する。
暗殺するのは構わないが、それで計画にどのような影響がでるか考えなくてはならない。今回は『黒猫』もシュウに仕事を依頼したというより、今後を見据えた相談をしているのだ。シュウもそれを理解した上で返答する。
「ここでコントリアスが勝った場合、神聖グリニアはどう出ると思う? 本気で叩き潰しにかかると思うか?」
『間違いないね。こちらも戦力的に余裕があるわけじゃない。永久機関を持っている神聖グリニアが有利なのは変わらないよ。やはり、あちらの戦力を減らす必要がある。本格的な開戦の前にね』
「それなら、スレイ・マリアスをなんとかこっちに引き込みたいな。奴の魔装は強い」
『依頼を無視して神聖グリニアを勝たせるかい? 王族やスレイ・マリアスの亡命に手を貸して』
「それもいいな」
黒猫として見据えているのは大帝国同盟圏と魔神教勢力の戦争だ。今はまだ魔神教勢力が中立宣言している国家に対してちょっかいをかけているだけであり、大陸全てを巻き込んだ世界大戦という規模ではない。そして世界大戦が始まる前に、何とか大帝国同盟圏の戦力を整える必要がある。
このために兵器開発も進めてきたが、殲滅兵に永久機関というアドバンテージがある以上、神聖グリニアの優位は変わらないままだった。
よってもう一つの策である、神聖グリニアの戦力を減らすという手法が必要となる。
「ハイレインに行かせたらどうだ?」
『彼に? もしやもう……?』
「いや、今をおいて他にタイミングはない。『剣聖』と『聖女』をこちらに寝返らせる。色々と疑念の種を蒔いておいたからな。そろそろ収穫するべきだろう」
『彼らの寝返りか……うん、丁度いい開戦のネタにもなる。それでいこう。僕の方から『黒鉄』に連絡しておくよ。ただ、その代わりと言っては何だけど、君に皇帝と皇妃の警護をお願いできるかな? 彼は信頼できる警備がいないと動かないと思うよ』
「分かった。何とか時間を作る」
『なら、それで頼むよ。明日にはこっちに来てくれ』
話し合いを終え、通話が途切れる。
するとすぐにシュウは霊化して、アイリスの下へと移動し始めた。扉や壁が煩わしい時はこうして霊体となって移動すると、一直線に目的地まで行ける。
妖精郷地下にある研究所の中で、アイリス用に割り当てた部屋へと訪れた。
天井からするりと現れる形で。
「おいアイリス!」
「ひひゃうっ!? シュウさん!?」
「明日から時間あるか?」
「もう驚かさないで欲しいのですよ! 今はデータ整理中だから良かったですけど、実験中だったらどうするのです! ほら、みんな驚いているじゃないですか」
アイリスの研究室で働く妖精や霊たちもシュウの登場に驚き、慌てて跪いて礼を示している。神とも崇めるシュウ・アークライトの登場はそれほど驚愕だったのだ。
少しは悪かったと感じたのか、シュウは控えめな声でもう一度問いかける。
「それで、明日から時間はあるのか?」
「明日ですか? もうすぐブラックホール
「ちょっと『死神』の仕事でな。皇帝と皇妃の警護をすることになった。時間があるならお前を皇妃の護衛役に連れて行こうかと思ったが……」
「一緒に行くのですよ! 引継ぎ用の資料を今からまとめるのです!」
「分かった。なら準備しておけ」
「はーい」
研究詰めのアイリスにとって、依頼といえどお出かけは息抜きになる。久しぶりにシュウと二人で出かけるというタイミングを逃す彼女ではなかった。
◆◆◆
マギア大聖堂の奥の間には聖騎士や神官だけが入れる神聖な場所が存在する。そこは祈りの聖所であったり、機密を扱う場所であったり様々だ。一般人が入れる区画は礼拝堂に限られており、司教の特別な客でもなければ奥の間へと入る機会はない。
その奥の間でも一般客を招き入れるための場所で、ケリオン教皇がある男と面会していた。
「ようこそホークアイ殿」
「どうも。お招きに感謝します」
「こちらこそ、ホークアイ殿の御子息には世話になったものだ。彼は良い聖騎士だ」
「そう言っていただけると安心できますな」
その男とはホークアイ・カンパニーの社長である。
この会社は市場調査やコンサルなどを手掛けており、謂わば現代的な情報屋である。魔神教もホークアイ・カンパニーとはかねてより取引をしていた。
だが、その取引は何も純白に染まったものばかりではない。
「早速ですが取引の話をしましょう。今日は少しばかり毛色の異なる情報ですからね。苦労しました。こちらが手に入れた情報になります」
ホークアイは持ち込んだカバンから封筒を取り出す。かなりの厚みであり、テーブルに置かれると重量を感じさせる音が鳴る。それをスライドさせて教皇へと差し出した。
早速とばかりに封筒を開け、教皇も中身を確認する。
「……素晴らしい。我々では全くつかめなかった皇帝の情報をこれほどまで」
「はい。見ての通り、どうやら血統は本物です。西方都市群連合の中で有力な資産家の一人がその血族を隠していたらしく……また貴族たちの動きを見るに彼らも認知していたものかと。ただし、知っていたのは元老貴族などの有力なごく一部の当主だけと思われます」
「これだけ本物である証拠があるならば内部からの瓦解は難しいか……」
「大帝国同盟圏の各国への根回しも充分だったのでしょうね。政治的介入による阻止はすでに不可能な段階だと我々は考えています」
「うむ。私も同じ意見だ。となれば……」
教皇は紙をめくり、地図や設計図のようなものが記されたページを見る。
「少数の聖騎士による皇帝を始めとした上層部の暗殺。それが最も犠牲の少ない手段か」
「念のため、三重にも四重にも裏を取っています。情報精度は間違いないと保証しましょう」
「皇帝の護衛はどの程度だ?」
「言うまでもなく最上級です。常に最新の武装をした近衛兵が警備しているため、侵入して接近するのは非常に困難といえるでしょう。皇帝の奥方……すなわちサーシャ皇妃も同様です。サーシャ皇妃はギルバート・レイヴァンとジュディス・レイヴァンの娘です。皇帝に並ぶ最重要人物といっても過言ではありません」
「やはり難しいか……」
武力行使は非常に困難。
毒殺を試みるとしても、警戒度は半端ではないはずだ。また常に医者や回復系の魔術や魔装の使い手を側に置いているはずなので現実的ではない。
「狙撃は可能だと思うか?」
「不可能でしょう。それならば禁呪弾で丸ごと消し去る方が可能性が高いです。皇帝の守りには結界や凄腕の護衛もいますから。また噂では禁呪弾を無効化する中和術式まで開発したとか」
「なんだと? 中和術式?」
「ええ。禁呪弾の弾頭に使われている黒魔晶の機能を停止させることで禁呪弾を無効化するようです」
「まさかその技術……」
「殲滅兵の中枢に利用されている魔晶も無効化される可能性が」
その言葉に教皇は眉を顰める。
殲滅兵は魔神教が保有する大戦力だ。無人で、無尽蔵に生産可能で、凄まじい数と攻撃性能を誇る。しかしその核はハデスが仕組みから作った魔晶だ。作り方が分かるなら、壊し方が分かっても不思議ではない。
仮に結界一つで殲滅兵が封じられるとすれば、攻め入ることが困難になる。すなわち人間の軍隊で結界を破壊しなければならないということなのだから。
「ならば殲滅兵を無効化するという仕組みについて調べよ。報酬は相応に出そう」
「ええ、分かりました」
「話は戻すが、皇帝の護衛を突破する穴はあるのかね?」
「今のところ不明ですね。暗号らしきものでやり取りしていることは分かっています」
「その暗号はどのようなものだね?」
するとホークアイは資料を捲り、ある一枚を差し出す。そこには日付と傍受したものらしき暗号文が記載されていた。暗号文は意味不明な文字の羅列であり、教皇では予測もできない。
「解読はできているのかね?」
「いいえ。全く」
「可能かね?」
「困難ですね。恐らくは特定のプログラムで解読する非常に複雑なものかと」
「解読を急ぐのだ」
その命令に対し、ホークアイは渋い表情を浮かべる。
教皇も彼がそんな顔をする理由は分かっていた。
「前金で二千万マギ、成功報酬で五倍を出そう」
ホークアイは了承した。
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