第265話 奈落の民②
コントリアスは最後通牒を突き付けられても尚、平和的解決を求めた。中立宣言国らしく。それがせめて国際的に正義と映るように。
だが、魔神教勢力にとっては神こそが正義。
魔神教に恭順しない国は悪だ。
必死に外交的手段で解決しようとしたコントリアスの努力も虚しく、最後通牒から四日後。遂に開戦することになった。
神聖暦三百二十一年一月のことである。
「くるぞ。迎え撃て!」
迎撃部隊の総大将を命じられた男が全軍に伝達する。コントリアス軍の将軍である彼は、続いて最強の男にも通話によって連絡する。
「マリアス殿、初手の一撃は任せます」
『承知しました』
その瞬間、迫りくる殲滅兵に向かって広範囲に光が落ちる。青白い光はあらゆる魔力を崩壊させ、殲滅兵を機能停止に追い込む。殲滅兵のコアは魔晶であり、その機能が一部でも失われたら動かない。一気に数百という殲滅兵が停止した。
またコントリアス軍の砲撃隊が爆音を轟かせる。無数の砲弾が神聖グリニア軍へと落ち始めた。しかし同時に殲滅兵の単眼が光り、《
覚醒魔装士スレイ・マリアスの一撃によって仕留めたのは無機物でしかない殲滅兵。
だが殲滅兵は確実にコントリアス軍へと打撃を与えた。
「将軍! 左翼被害者多数と報告が!」
「機能停止した中央の殲滅兵も入れ替わりつつあります。このままでは」
「くっ……」
将軍は苦々しい表情だ。
予想はしていたが、戦力差は圧倒的である。今もスレイ・マリアスが奮闘して殲滅兵を少しずつ機能停止に追い込んでいるものの、数が多過ぎる。
「まだ、なのか……」
彼は何かを待っていた。
全軍によって神聖グリニア軍を迎え撃ち、抑え込むことで時間を稼いでいたのだ。
「頼むぞ。奈落の民よ」
それはある種の祈りであった。
◆◆◆
コントリアスとバロム共和国の東西国境線の一つで、二つの軍勢がぶつかっていた。そして北からそれを眺める数百人の部隊がいた。
「師父! そろそろ!」
「よかろう。では宴といこうではないか。久々の戦だ!」
『暴竜』ことヴェルドラの一声に呼応して鬨の声を上げる。奈落の民たちは全員が赤に染色した民族衣装をまとい、闘気を滾らせていた。
数百人もの中には男だけでなく、女やどう見ても子供にしか見えない者すらいる。奈落の民にとって成人とは年齢に依存するものではない。彼らは深い大地の裂け目の底に住む民であり、食料を調達するためには地上へと昇る必要がある。そして成人とは身一つで地の底から這い上がれる者を指すのだ。
故にここにいる者たちは等しく成人。
等しく戦士である。
「ゆくぞ!
彼らは駆けだした。
目に映る敵を叩き潰し、喰らい尽くすために。
◆◆◆
後方で殲滅兵の動きを操るベウラルたちは、すぐに異常を察知した。無数の殲滅兵を精密に操ることは不可能であり、基本的には自律行動に任せている。しかしどこに向かうか、何を優先目標とするかなどの戦術指揮はデバイスによって管理可能だ。
このデバイスはワールドマップと同期しており、殲滅兵がどの位置にいるかも察知できる。
「ああん? 北の方の殲滅兵が壊されてやがるな」
「そのようですね。調べてみます」
ベウラル配下の聖騎士は仮想ディスプレイを複数展開し、殲滅兵の知覚機能を通して映像を呼び出す。するとそこには衝撃的な光景が映されていた。
黒い何かが高速で地を駆けまわり、次々と殲滅兵を破壊していたのである。
「な、なんだこれは……魔物?」
「このタイミングでか? どうしますかベウラル様。北方に追加しますか?」
「ああ。だが敵は何だ? それを調べろ」
「はっ!」
聖騎士たちは仮想ディスプレイを大量に展開し、映像から解析を始める。スロー再生や画像解析、また熱源解析などによりその正体を掴もうとしていた。
そしてついに決定的な画像を手に入れる。
「これは……」
ある聖騎士が仮想ディスプレイの一つを拡大し、ベウラルに見せた。
そこには赤い衣服をまとった男の姿があったのである。
「人間? 何者だ?」
「ベウラル様、恐るべきことに奴らは素手で殲滅兵を破壊しています」
「そんな馬鹿なことがあるか? あれは魔術金属だぞ!」
「ですが現に……それもなにやら触れるだけで殲滅兵を破壊しているようで……」
「どういうことだ?」
「この映像を見てください」
聖騎士は記録した映像をスロー再生する。
すると赤い民族衣装の男や女が殲滅兵を囲み、なにやら掌底を当てていた。その動きはあまりにも素早く、スロー再生でもずっと捉えられる訳ではない。そして掌底が触れた瞬間、殲滅兵は破裂したかのように破壊されてしまった。
ベウラルは唖然とする。
「……なんだこれは?」
「不明です。魔装だと思ったのですが、彼ら全員が同じ技を使っているのでそれはないかと」
「つまりあれがただの技術だと?」
「はい」
打撃によって破壊しているわけでないことは明白だ。しかし殲滅兵が生身で破壊される光景には色々とくるものがある。
また別の聖騎士が新しい映像を映し出した。
「こっちも見てください!」
「……おいおい。殲滅兵が吹き飛んでやがる」
「人間技じゃありませんよ」
ワールドマップとリンクさせた戦術画面でも、次々と殲滅兵が消されているのが分かる。接近され過ぎているせいで殲滅兵では対処できず、一方的に破壊されていた。
「どうしますかベウラル様?」
「追加を送ってもらえ。それにまだ北の一部だけだろ? まだ止められる。その間に俺があっちの軍をぶっつぶしてやるよ。準備しろ」
「はっ!」
覚醒魔装士が出陣する。
それによって戦いは激化し始めた。
◆◆◆
コントリアスの覚醒魔装士、スレイ・マリアスは奮闘する。
彼の魔装はコピー。
ありとあらゆる魔装を複製し、一時的に手にすることができる。覚醒魔装となった今は、どんな魔装であってもコピーが可能だ。彼はありとあらゆる魔装を切り替えながら操るという能力者なのである。
「いけ!」
聖騎士アロマ・フィデアの魔装をコピーする。
魔装で生み出した種子が殲滅兵の魔力を喰い尽くしていく。空間魔術を介して供給される永久機関の魔力が養分となる。それによって中央の衝突は持ち直しつつあった。スレイが樹海の魔装によって樹木龍を生み出し、迫る殲滅兵を蹂躙する。
殲滅兵から連射される《
またその間に砲撃が降り注ぎ、神聖グリニア軍の陣地を破壊しようとする。
「次はこれだ」
更にスレイは魔装を切り替え、光竜の魔装を発動する。具現化した水晶竜は天を舞い、降り注ぐ太陽光を吸収し始めた。そして圧縮した光を地上に向けて放ち、薙ぎ払う。
そして水晶竜を消し、聖女の魔装に切り替えた。
「これで終われ!」
聖なる光が降り注ぐ。
殲滅兵は次々と機能を停止させ、魔術は力を失った。
スレイはただ一人で覚醒魔装士複数人の戦果を挙げる。ありとあらゆる状況を彼だけで解決してしまう能力を持っている。神聖グリニアが欲してやまない覚醒魔装士だというのも頷けるほどだ。
その活躍によってコントリアス軍の士気はうなぎのぼりとなる。
だが、神聖グリニアも指をくわえて眺めているだけではない。
突如としてスレイたちの頭上に穴が空いた。
「これは!?」
そして驚く間もなく、天に開いた漆黒の穴へと吸い込まれていく。吸引力は重装備の人間を浮かせるほどであり、砲台すら吸い込まれていく。
慌ててスレイは魔装を切り替え、聖なる刃を具現化した。
彼はそれほど剣が上手いわけではないが、ただ振るうだけなら問題ない。聖なる刃を宿し、それを長く伸ばして黒い穴を引き裂く。反魔力によって黒い穴は消失した。
だが穴はそれ一つではない。
次々と空間に穴が出現する。
「この能力……まさか奴か!?」
スレイもかつてディブロ大陸で魔王と戦い、今の聖騎士とも共闘した。故に覚醒聖騎士たちの能力もよく知っている。
ベウラル・クロフ。
魔装に強い自信を持った男だったという印象である。スレイの知る限りでは両掌から吸い込むことしかできなかった。しかし今は空間上に穴が生じていた。魔装が進化しているということだろう。無限の成長を得た覚醒魔装士らしい力である。
(間に合わない!)
穴は次々と開いていく。
剣聖の魔装でそれらを切り捨てようとするが、それよりも穴が増える速度の方が早い。物質であろうと魔術であろうと問答無用で呑み込む穴により、コントリアス軍は一気に壊滅へと追い込まれていく。
ならばとスレイは味方の領域全体に聖なる光を発動した。
それによって魔力崩壊が引き起こされ、魔装によって生じた穴も消滅する。
魔晶が機能停止するほどの濃度ではなかったものの、一時的に魔術が使えない状態となり、味方陣地に別の混乱が走る。
「一度撤退だ!」
このまま戦い続ける訳にはいかない。
そう判断したスレイは通信機に向かって叫ぶ。本陣も現場の大混乱を理解したのか、指揮を担当する将軍もほぼ同時に命令を下した。
『戦線を下げよ。一度立て直し、再び迎え撃つ!』
コントリアス・バロム国境線における二軍のぶつかり合いは、まず神聖グリニア軍の優勢で始まった。
◆◆◆
引いていくコントリアス軍の様子は『暴竜』たち奈落の民も確認していた。しかしそれが潰走ではなく戦線の立て直しであることは明白である。故に彼らは引くことなく、寧ろますます激しさを増して殲滅兵を破壊していく。
「うおおおおおおらあああああ!」
師父とも呼ばれる『暴竜』は身体能力によって一撃で殲滅兵を粉砕する。また奈落の民たちも軽やかに駆けまわり、殲滅兵を破壊していた。
彼らは魔力を掌を介して敵の体内に叩き込み、内部から破裂させるという特別な術を保有している。生物を殺すために開発された特別な術であり、生体干渉すら可能とする点で異質だ。ただ、これによって奈落の民は生身でありながら殲滅兵を一方的に破壊することができる。
「お前ら! もっと気を練り上げろ! 師父はもっと凄いぞ!」
「負けてられねぇ!」
「ああ、今日こそ師父を超えるんだ!」
大地の裂け目で育った彼らは、特有の理解によって魔力を操る。『気』と呼称するそれは体内を巡る力であり、あらゆる自然と一体化するための手段として用いられる。彼らは地水火風のあらゆるものに気を巡らせる修行を行い、それによって生体にすら干渉する術を得ているのだ。
従わせるのではなく、一体化する。
それが奈落の民の考えである。
故に彼らは地のように堅く、水のように滑らかで、火のように苛烈であり、そして風のように速い。ただの魔力操作と思想教育によって魔術にも匹敵する能力を得た特別な民族なのだ。
「はははははァ! いいだろう! てめぇら、俺を超えてみせろォ!」
仲間たちの気に感心した『暴竜』は、その絶対的な覚醒の力を解放する。普段の『暴竜』として戦う時は使わない、奈落の民の力を存分に使うのだ。今は奈落の民の長、ヴェルドラ・ナラクとして力を振るう。
彼は気の操作による一体化で大地と一つになった。
「ウオオオオオオオオオオオオオ!」
空気を震わせるほどの咆哮。
それと同時に大地が揺れる。それだけではない。彼が気を操り、地の奥底で爆発させたのだ。殲滅兵が密集する場所で、噴火のように大地が隆起し吹きあがる。巻き上がった大岩が次々と降り注ぎ、殲滅兵を機能停止へと追い込んでいく。
今のヴェルドラは気の支配によって世界を手中に収めている。
地の利は奈落の民にあった。
「滅ぼせ! 敵を滅ぼせ! 俺たちの敵はあの木偶だァ!」
奈落の民は進撃を続ける。
彼らはこの日、僅か数百名で数千もの殲滅兵を撃破し、コントリアス軍の一時撤退を支えた。
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