第264話 奈落の民①


 新型爆弾を搭載した中距離弾道ミサイルが全て吸い込まれる。

 この事実に天空都市を支配する科学企業フレメアの社長マスターは焦りを覚えた。



「マスター、このままではこちらが極光弾の被害を受ける位置まで進軍されてしまいます!」

「おのれ……まさか覚醒魔装士まで使ってくるとは」



 極光弾と呼称される爆弾を使えば、神聖グリニアは引くと考えていた。いや、そのプライドから素直に引くことはないが、少なくとも中立を認めて大帝国側へと標的を移すのではないかと思っていた。

 しかし、思ったよりも神聖グリニアが苛立ちを抱えているということが示された。



「てっきり兵力に余裕などないと思っていたがな」

「それとマスター。極光弾の数も多くはありません。これ以上は無駄撃ちになるかと」

「最悪の場合、適当な街に極光弾を落とすと警告する」

「よろしいのですか? 世界を敵に回すことに」

「中立を宣言した我々に宣戦布告したのはあちらだ。文句は言わせん。奴らは眠っていた竜を起こした愚か者というだけの話だ」



 何万という人間を皆殺しにすると言っているのだ。

 流石に秘書も言葉を濁す。



「なんだ? 何かあるなら言ってみよ」

「いえ。本当に街を滅ぼしてしまった場合……全面戦争しか道が無くなります。よろしいのですか?」

「その時は残る極光弾で神聖グリニアを滅ぼす。それだけのことだ」

「……はっ!」



 納得はしないが、秘書も縦に頷く。

 ここが天空都市とフレメアの未来を別つ分岐点になるだろう。それだけは確信していた。






 ◆◆◆





 天空都市から神聖グリニアに対し、すぐに警告文が発せられた。

 それは中立を宣言する我々から手を引かないならば、相応の報いを受けさせるというもの。またその文には極光弾によって約二百人の聖騎士が全滅した時の映像が添付されていた。それがどういう意味か、分からないわけがなかった。

 だが、これは神聖グリニアにある種の理由を与えることになる。



「これが彼らの答えだ。我らも相応の手段に踏み切らねばなるまい」



 ケリオン教皇の決定に、司教の誰もが頷いた。

 極光弾によって都市のどれかを滅ぼすと暗に示されたのだ。黙っているわけにはいかない。だからこそ、この警告文と映像を公表し、天空都市がどれほど残酷なのかを世界に知らしめた。



「『魔弾』の聖騎士にこれを」



 教皇はテーブルに置いた小さな箱を司教たちに見せつける。

 それを開くと、黒い弾丸が収められていた。『土、十五』と記されたタグと共に。






 ◆◆◆






 マギア大聖堂からの命令により、『魔弾』の聖騎士コーネリアは神呪弾を放つことになった。しかしそれは大量虐殺しろと言っているに等しい。



「……はぁ」

「あの、やはり」

「いいのよ。ちゃんと命令には従うわ」



 コーネリアのお付き神官は彼女の内心を心配する。

 しかし命令が覆ることはない。それを知るコーネリアは仕方ないとばかりに時を待っていた。教皇命令によって指定された狙撃時間を。



「あの映像を見たでしょう。あれを術式もなしに使ってくるそうよ。それも躊躇なく。だったら、やられる前にやるしかないの」

「ですがコーネリア様が……その……不要な戦争に加担することに」

「ええ。私は戦争なんて無駄だと思っているわ。でも、どちらにせよ何万人と死ぬなら私がどうするべきか、答えは一つよ」



 たった一発の弾丸で何万、何十万という人を殺し、都市を消滅させる。

 それを強要させる魔神教に対し、コーネリアは溜息を吐くほかなかった。聖騎士に国の方針を定める権限などないのだから。






 ◆◆◆






 神聖暦三百二十年、十月三十三日。

 新年を迎えるまであと五日といったその日に、神呪弾は放たれた。

 土の第十五階梯《重力崩壊グラビティ・コラプス》。重力へと干渉し、それを一点へと集中させることであらゆる物質を圧壊させる。また集中した重力はある瞬間に限界点へと達し、その反動によって大爆発が引き起こされる。

 破壊威力が最も高いと言われる禁呪だ。天空都市など、そびえる山ごと消し飛ばすことができる。



「呆気ない結末だぜ」



 その目撃者となったベウラルは恐ろしい光景を目に焼き付けていた。

 天空都市とその山が黒い何かによって圧縮されていくのだ。まるで空間が歪んでいるかのようであり、世界の終わりを思わせる恐ろしさがある。

 やがて圧縮も止まる。

 そして反動によって噴火を思わせる大爆発となった。瓦礫が吹き飛び、山すら抉り取られる。その跡地には巨大なクレーターだけが残されていた。



「ベウラル様、本国より通信です」

「電話か?」

「いえ、指令文が」

「何?」

「このまま北上し、コントリアスへ赴け。そこで最後通牒せよ、と」



 このままもう一つの中立国を堕とす、ということだ。

 流石のベウラルも辟易した。







 ◆◆◆






 ベウラルが率いる聖騎士団と殲滅兵は、命令通りに北上してコントリアスとの国境線までやってきた。流石に動きを察知していたのか、国境線にはコントリアス軍が既に並んでいる。

 このタイミングを以て神聖グリニアがコントリアスに対して通告するのだ。

 コントリアスとしては堪ったものではなかった。王宮と議事堂は大混乱へと陥った。



「むぅ……」



 国王イグニアス・コンティアーノは唸る。

 先程滅ぼされた天空都市の映像が公開されたことで余計に混乱が広がったのだ。勿論、公開されたのは一部の上層部だけである。しかし影響は絶大だ。



「陛下、これは、もう……」

「落ち着くのだ。奴らは最早、中立など認めないのだろう。恐怖で支配しようとしているのだ。あの魔神教が……残念なことだ」



 イグニアスの側近たちは次々に意見を言い放つ。



「やはり戦うべきです! 屈してはなりません! スレイ様がいらっしゃれば……」

「だが奴らは躊躇いなく禁呪弾を使うのだ。民のことを思えばそれは」

「それこそ奴らの思う壺ではないか!」

「うむ。戦いは避けられぬ。それにここで神聖グリニアに与すれば大帝国と戦争することになる。今戦うか後で戦うかの話よ」

「そんな単純な話ではない。神聖グリニアの力ならば大帝国に勝てるだろう。だが、その力を我々に向けられては困るのだ」

「しかし大帝国にはあのハデスがいると聞く。どうなるか分からんぞ」

「我々は大帝国同盟圏に付くわけではない! 意味のない仮定だ!」

「なんとか時間を稼いで交渉しなければ」

「ですが水面下で行っていた交渉も先の最後通牒で潰れたのでしょう?」



 まさに大混乱。

 王族を含める上院議員たちは熱く互いの意見をぶつけ合う。意見は二つ。中立を守って神聖グリニアと戦うか、神聖グリニアに与して大帝国同盟圏と戦うか。もうコントリアスという国は戦争の道しかない。それが二つの勢力圏の間に位置してしまった不幸だ。

 魔神教勢力と大帝国同盟圏の二つの中央にあるために、コントリアスは戦場となる未来を避けられなくなってしまった。

 どちらが正解とも言えない議論を交わすことになってしまった。

 決断はイグニアスに委ねられた。



「……スレイ・マリアスに出陣を要請せよ。イグニアス・コンティアーノの名において、コントリアスは中立を宣言する。たとえ神聖グリニアと戦争になろうと」



 王の決断は絶対である。

 今回ばかりは下院を無視して、上院の……国王だけで決断した。最悪の場合、王だけの責任にするという目的もある。イグニアスは全てを背負う覚悟があった。



「ただし返答はできるだけ遅らせるのだ。最低で三日、なんとか十日」



 覚悟を決めた王だからこそ、臣下たちもそれに従う。

 同じ覚悟を背負う。

 彼らの目にはそれが宿っていた。

 満足気に頷いたイグニアスは早速とばかりに指示を出した。



「まず外務卿は交渉を続けよ。それによってできるだけ遅らせるのだ」

「御意」

「それと奈落の民に救援要請を。これは軍務卿に任せる。遣いを送るのだ」

「はっ!」

「あとは王家の伝手を頼る。決して早まるな。援軍を待ち、撃退するのだ。我がコントリアスは永遠に平和であり続ける。全ては民の幸福のために。今は戦うのだ!」



 時間はない。

 誰もが一斉に立ち上がり、動き出した。






 ◆◆◆






 コントリアスという国の北西には巨大な大地の裂け目がある。あまりに深さから、陽が天に昇っても底が見えないという恐ろしい場所だ。コントリアスでは昔から奈落と呼ばれている。

 だが、その奈落の底には人が住んでいる。

 奈落の民と呼ばれる外界から断絶された少数民族であり、特別な身体能力を有するという他はほとんど分かっていない。

 それが一般的な認識だ。



師父しふーーーー!」



 奈落の底で可愛らしい少女の声が響き渡る。

 谷底は苔ばかりが生える痩せた土地だ。奈落の民はそんな場所に岩を掘り作った洞窟で暮らしていた。



「師父! 外界の民から手紙だ!」

「ふむ? 珍しいな。『黒猫』の奴か?」

「違う違う! 師父の友達じゃなくて、コン……なんとかの王様!」

「そちらか。手紙を渡せ」



 全身に傷を負った大男は右手を差し出す。少女はすぐに手紙を渡した。

 彼こそが奈落の民の長であり、数百年にわたって民を導いている者である。そして彼は地上において『暴竜』と呼ばれていた。

 いくさに生きる民。

 闘争を生き甲斐とする民。

 それこそが奈落の民。

 とはいえ、彼らもそれだけで生きているわけではない。ずっと大地の裂け目で暮らしてきた民も、地上との伝手は持っていた。

 手紙を読み終えた『暴竜』は笑みを浮かべた。



「アフェラ、戦争だ」

「何だと! ならば私たちの出番なのだな!」

「ああ。どうやらコントリアスは俺たちの力を借りたいらしい」



 手紙を持ってきた少女、アフェラは狂気的な笑みを浮かべた。

 奈落の民にとって戦いは快楽、そして生き甲斐だ。たとえそこで死に至ろうとも、彼らは戦うことを決してやめない。それによって民が消えうせることになったとしても後悔しない。

 まだ少女のアフェラも同じ意志であった。



「アフェラ!」

「はい!」

「この俺、ヴェルドラ・ナラクの名で大人を集めろ。戦争だ! 盟約により参戦するとな!」



 『暴竜』は滾りを見せる。

 戦いに生きる彼は、新たな戦場を見つけた。




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