第263話 極光爆弾
神聖暦三百二十年、十月。
間もなく新しい年を迎えようというその日、神聖グリニアは天空都市に対して宣戦布告した。何度か勧告が行われたものの、天空都市はそれを全て撥ね退けたという理由である。
「ふん。ついに来るか」
「マスター。敵はあの殲滅兵です。使用兵器は如何様にしますか?」
「まずは中距離誘導弾で破壊しろ。極光弾だ」
「しかしあれは隣国であるバロム共和国にも影響が……」
「宣戦布告したのはあちら側。殲滅兵を通したバロムが悪い」
天空都市と神聖グリニアの間にはバロム共和国と小国が幾つか存在する。
この中でバロム共和国は大国であり、国全体で魔神教を推し進めている。故にこの国は無償で自分たちの国土を殲滅兵の通り道としたのだ。すなわち、戦場となる可能性も許容したのである。
シディウス・メロウリーはフレメアで開発した究極の兵器を使うよう指示した。
「極光弾の実験も兼ねている。あの殲滅兵にどれほど通用するか、見ものだ。科学者も呼べ。しっかりと記録させろ」
「……はっ!」
秘書は命じられるがままにタブレット端末を操作して何かの指示を出す。
天空都市が秘匿する兵器の起動準備が進められることになった。
◆◆◆
神聖グリニアからは一万の殲滅兵と共に、二百名の聖騎士が進軍していた。今回は見せしめのようなものなので、特に兵士の動員もない。そもそもディブロ大陸のことで多くの兵士が失われているため、徴兵などできるはずもないのだ。
だが、それで問題ないと教皇を始めとする上層部は考えていた。
「ゼイン殿、私たちはこんな戦争をしていて良いのでしょうか」
「……滅多なことを言うな。教皇猊下の決定なのだ。これが神の御意志なのだろう」
「しかしエル・マギア神の教えは互いに愛し合うことです。このように……こんな無駄な争いを……」
「私とて分かっているさ。だから願うしかない。天空都市が戦力差を見て降伏してくれることを」
今回の戦争は強く推奨している者の方が少ない。
やはりディブロ大陸で多くの犠牲者が出てすぐということが大きいだろう。まして人間同士でなぜ戦わなければならないのかと考える者が多かった。しかしその意見は民や現場で戦う聖騎士がほとんどである。大きな聖堂の神官や司教クラスの人間は、大帝国同盟圏は許すなという考えが多くを占めている。寧ろそうやって神から離れたからこそディブロ大陸遠征が二度も失敗したのだと、失敗の責任を大帝国に押し付ける始末である。
聖騎士ゼインは不安そうな部下に笑って励ます。
「問題ないさ。これだけの殲滅兵だ。それに殲滅兵は壊れても後続がある。天空都市もきっとすぐに分かってくれるに違いない」
「そう、ですよね」
「そうだとも」
ゼインはふと空を見上げる。
その日は雲一つない快晴の空であった。少しでも気を紛らわせようとしたのだ。
だがその行動にとって不審なものを発見する。
「む? あれは……?」
彼が見つけたのは白く輝きながら凄まじい速度で空を飛ぶ何かであった。まず思い浮かんだのが魔物の襲撃である。しかし見た目には白い光でしかなく、判別はできない。
ともかくゼインは声を張り上げた。
「総員! 空に不審物を発見した。注意せよ!」
「ゼイン殿、あれ近づいて……」
「分かっている。私が撃ち落とす。他の者は備えよ!」
ゼインはソーサラーリングから第八階梯《
空から高速で迫る何かに対し、白い炎の塊を解き放つ。
すぐに撃墜できるだろう。
誰もがそう考えていた。
――だが、飛来する物体は空中で大爆発した。
―――周囲数キロを焼き尽くす勢いで。
◆◆◆
聖騎士二百名、壊滅。
その一報はすぐに神聖グリニアへと届けられた。同盟国であるバロム共和国が救出に向かい、生存者を探していたのだが、最終的に生き残りは僅かに三名。遺体の中には焼け焦げて原形を留めていない者もいたという。生き残った三名ですら重傷であり、まともな会話すらできない状況であった。
「聖騎士ノーマン、何が起こったのか分かるかね?」
「そうですね」
ケリオン教皇はまず、神聖グリニアで最高の頭脳に相談した。バロム共和国と協力して集めた情報を全て彼に見せ、意見を聞いたのである。
「まず天空都市は魔術を使わない。その前提で話しましょう」
「それで構わない」
「あれ程の熱量を生み出せるとすれば、質量エネルギーを利用したというのが考えられます。原子を崩壊させ、その際に生じる質量差をエネルギーに変換したのですよ。熱や光にね。その証拠が人体すら融解する熱量と、その場に残された放射線の正体です」
「新種の爆弾と?」
「その危険性や不安定性から研究が止まっているというだけです。理論そのものは昔からありましたよ。状況証拠から判断するに、間違いないでしょう」
「まさか禁呪にも匹敵する爆弾があるとは……」
教皇としては戦慄するばかりだ。
天空都市が禁呪に匹敵する兵器を保有しているという事実がもたらす影響は想像以上に大きい。まず、躊躇いなく禁呪を撃ってくる国に対して兵士を送ろうとしてくれる国はない。無駄死にしろと言っているようなものだからだ。
仮に天空都市が今後も新型爆弾を使ってくるとして、兵力を集めるのも難しくなる。
「博士、対抗策は?」
「まず簡単なのは殲滅兵に全て任せることですね。こちらは永久機関があるので幾ら破壊されても追加戦力を送ることができます。あちらの資源には限界があるでしょう。しかしそれでは……」
「見せしめとしての意味がなくなる、か」
「ええ」
神聖グリニアが天空都市に宣戦布告した理由は、簡単に言えば見せしめである。神を蔑ろにする国に対して力を見せつけ、戦争することなく降伏を促すという目的がある。また大帝国同盟圏が滅びていく天空都市を見て内部崩壊することも狙っていた。
圧倒的な軍事力を見せつけることは絶対の条件。
しかし、その前提条件が崩れた。
確かに殲滅兵で攻め続ければいつかは勝てるだろうが、それでは神聖グリニアの目的を達成することができない。天空都市はそれを全て理解して新型爆弾を使ったということである。
「他にはないのかね?」
「では禁呪で滅ぼし尽くしてしまうというのはどうですか?」
「だがそれでは大帝国同盟圏を刺激するだけになりかねない」
「あなたの熱心党は喜びそうですが?」
「熱心党は過激派ではない!」
「くく。そうでしたね」
アゲラ・ノーマンはくつくつと笑いながらデバイスを操作する。そして何重ものパスワードによってロックされたファイルを開き、仮想ディスプレイで教皇へと見せた。
それは設計図であった。
「これは……」
「新兵器ですよ。元はディブロ大陸用に設計していたものですがね」
「可能なのかね? それにこれは兵器というより……要塞だ」
「浮遊する要塞。いいでしょう?」
「ああ。これならば見せつけるだけで降伏を促せよう。だがすぐに建造できるのか? 魔術建造でも時間がかかるだろう?」
「早くても来年の五月でしょう」
「それは困る」
設計図にある兵器は、それは巨大な要塞であった。しかも魔術によって浮かせることを前提としており、空間魔術で永久機関から魔力を供給するというシステムを使わなければ動かせないように思える。だが概要を見るだけでも強力な兵器ということはすぐに分かった。
しかし、必要なのは今すぐだ。
苦言を漏らす教皇に対し、アゲラ・ノーマンは笑みを浮かべながら答える。
「『無限』の聖騎士を使うといいでしょう。彼は最近、新しい領域へと至ったようですよ」
「彼を? だが彼の万物を吸い込む魔装は範囲が狭く……」
「ええ。それが解消されたそうです。魔装をさらに使いこなしたと。まぁ、噂ですがね」
教皇も認知していなかった噂をどこから仕入れたというのか。
それだけは謎だが、新型爆弾を吸い込んで無効化できるならば『無限』の覚醒聖騎士に依頼する他ないだろう。
「分かった。『無限』のベウラル・クロフと、彼の配下の無限聖騎士団に依頼しよう。相談に乗ってくれて感謝する。邪魔をしたな」
「ええ。また」
「その兵器の予算とエネルギー配分についてはこちらで手配しておく」
「お願いしますね」
新兵器に対する根回しのために、わざわざ完成がまだ先の兵器について言及したのではないか。そう思いつつも、教皇はそんな約束をした。
◆◆◆
数日後、聖騎士ベウラル・クロフに命令が下された。
配下聖騎士団を率いて天空都市へと向かい、その場所を制圧せよと。
「ちっ……移動が面倒だぜ」
聖堂の決定に従って部下とともに進む彼は文句を垂れる。
今は各国が空間接続ゲートによって繋がっており、また空間魔術を悪用しないための結界が各都市に張られている。このゲートと結界の動力や術式は全て神聖グリニアが提供しているので、それを失わないためにも魔神教勢力の国家は神聖グリニアに逆らうことができない。
ベウラルたちはこのゲートによってバロム共和国の中でも天空都市に近い街へと移動し、そこから車に乗って天空都市へと向かっていた。
前後左右には多脚をせわしなく動かして走る殲滅兵が無数にある。
「ベウラル様、もう少しの辛抱です。あと数時間でこちらの射程圏内かと」
「そうかよ」
「ただ、前回のことを考慮すれば、まもなく例の攻撃が飛んでくる可能性があります。どうかベウラル様の魔装で」
「ああ分かった分かった。俺に任せておけ」
配下の聖騎士たちにとってベウラルこそが生命線だ。
謎の新型爆弾の威力は知らされており、その威力は禁呪にも匹敵するという。魔力結界を使っても耐えきれるかは微妙なところだ。放射線が残留するというのも怖い。
そのためか、聖騎士たちも必死にベウラルの御機嫌を取ろうとする。
(ちっ。金のためとは言え、俺の能力が戦争に使われるのは面白くねぇな)
『無限』の聖騎士ベウラル・クロフの行動原理は金である。
彼は給金の良さに惹かれて聖騎士になったと言っても過言ではない。蘇生魔術の代価として聖騎士になった経緯こそあれ、決定打は給金だった。だが、それはベウラルという男が金のためなら何でもする人物というわけでもない。彼とて人を殺さなければならない戦争は嫌に決まっている。魔物を狩るだけで大金を貰えるから聖騎士になったのであって、人を殺すためではない。
だからこそ、少々機嫌が悪かった。
いや、気が立っていた。
『緊急! 空に飛来物を確認! 例の新型爆弾だと思われます』
その時、激しい剣幕の通信が入る。
必死さを感じさせるその報告が聞こえた途端、ベウラルは溜息を吐いた。そして側付きの部下に目配せすると、彼が車の機能を操作する。それにってサンルーフが開き、ベウラルはそこから顔を出した。
見上げると確かに白い光を発する何かが凄まじい速度で迫っている。
あれが爆発すれば、先の聖騎士たちのように壊滅するのだろう。
だが今日はベウラルがいる。
進化を果たした魔装を携えた『無限』の聖騎士が。
「ふん。こんなことでお披露目とはな」
ベウラルはそっと手を伸ばす。
すると遥か上空に黒い球体のようなものが出現した。それは三次元空間に出現した穴。彼の魔装は両手の穴に万物を吸い込むというものだが、それをさらに拡張することに成功した。認識した空間上のあらゆる場所に穴を開き、万物を吸い込めるようになったのだ。
ある種のブラックホールというわけである。
ほぼ同時に新型爆弾が炸裂しようとする。空に太陽が現れた。だが、その太陽は黒き穴に飲み込まれ、一瞬で消失してしまう。後には何事もない青空が広がっていた。
「おら、さっさと進むぞ」
サンルーフから顔を引っ込め、座席にドカリと座る。
配下の聖騎士たちはそれぞれが安堵の息を漏らした。何とか、死なずに済んだと。
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