第262話 中立国


 コントリアスという国は比較的新しい。

 神聖暦になってから成立した国であり、建国以来から民主的な政治体制であった。しかしコントリアスには王家が存在する。その存在意義は上院のようなものだ。一般市民から選挙によって選ばれ構成された下院が実質的に国を取りまとめ、法の制定をする。ただし、上院である王家が介入する余地が残されているのだ。王家が却下したことは政治として反映することができないようになっている。

 これは建国当時、国家運営に必要な人材の不足から生まれた仕組みだ。故にこの国には市民の代表者として首相の他、本当の意味での国家代表として国王が存在していた。



「くっ……神聖グリニアめ……」



 今代の国王、イグニアス・コンティアーノは声を絞り出す。

 彼の対面に座るのはコントリアスの首相アトラであった。彼も渋い表情を浮かべており、視線の先には一枚の紙きれがあった。



「陛下、あの国は本気です。我が国の諜報部に相談したところ、聖堂を通して我が国の情報を神聖グリニアに送っている可能性が高いとか」

「本気というわけか」

「はい。目的はおそらく……」

「我が妹の婿殿……だな」



 イグニアスは溜息を吐く。

 彼の妹は今、ある騎士へと嫁いでいる。その名はスレイ・マリアス。二十年前に覚醒したコントリアスの英雄であり、国一番の戦士だ。あらゆる魔装をコピーし、どんな戦場にも適応するという恐ろしい能力を抱えている。魔神教はかなりスレイを欲しがり、様々な好条件を提示した。しかしスレイは騎士として王家に仕えることを選んだ。

 ただそれだけの理由で国に留まっている男なのだ。

 先代国王でありイグニアスの父はいたく感動し、スレイが慕う姫を妻として与えた。



(あれから二十年か。最近は自分だけ歳を取っていくのが悲しいなどと言っていたが)



 覚醒魔装士は歳を取らない。

 今もスレイは若い時のままであり、息子とほぼ同じ容姿となっている。思わず妹の愚痴を思い出して笑みを浮かべそうになったが、それは我慢した。



「アトラ首相、議員はどのような判断だね?」

「はっ! おそれながら、我が国は中立であるべきだという意見と魔神教勢力に属するべきという意見で二分されております」

「ふっ……大帝国に靡く者はいないか」

「それはそうでしょう。強大な力を持つ聖騎士に加え、あの殲滅兵まであるのですから。それにエネルギーや資源不足に悩む必要のないことも強みです。まだこの書状は公表していませんが、我が国に武力介入される可能性があるとなれば一気にあちら側へと傾くかと」

「だろうな」



 魔神教の力は絶大である。

 それは分かり切っていたことだ。コントリアスは小国というわけではないが、決して単独で大国と渡り合える国家ではない。ただスレイ・マリアスがいるお蔭で周辺国から配慮されているに過ぎない。

 今回のことも、仮に戦争になれば大帝国同盟圏から真っ先に狙われるであろう立地だからこそ中立宣言をしたのだ。コントリアスは大帝国同盟圏に参加すると宣言した国の隣国である。スラダ大陸の、およそ中央北部という位置が仇となった。

 大陸ほぼ中央に位置する天空都市も同じ理由で中立を宣言した。

 また、大帝国同盟圏と魔神教勢力の間に緩衝地帯として中立国が入ることで戦争を回避しようとした狙いもある。



「しかしこれで神聖グリニアの考えもよく分かった。あの国は魔神教に従わぬ国を許さないのだろう。大帝国同盟圏を徹底的に潰すつもりだ」

「はい。間違いなく我が国は戦場になります」

「引けども進めども戦争、か」

「私を始めとする中立推進派で平和的交渉を試みます」

「頼むぞアトラ首相。私も私で戦争のリスクを国民に訴えるとしよう」

「はっ! 演説のご用意ですね?」

「うむ」



 コントリアスという国にとって非常に厳しい情勢となりつつある。

 国王として、イグニアスは戦争を覚悟し始めた。






 ◆◆◆






 神聖グリニアからの勧告は、もう一つの中立宣言国である天空都市にも届けられた。この国は今や珍しい都市国家であり、フレメアという企業が統治している。元はどこの国にも所属していない高山を開拓して作られた工業都市だったのだが、いつしか一つの独立した都市国家として扱われるようになった。

 その理由は天空都市の技術が他より頭一つ抜きんでているからだ。

 魔術系企業としてはやはりハデスが一番だが、フレメアは逆に純粋科学を追い求めた。天空都市では魔術による建設は一切行われず、物理学や化学に則った手法が好まれる。技術を受け継いでいかなければ失われてしまうというのが彼らの言い分だ。



「マスター、神聖グリニアのマギア大聖堂から中立宣言について書状を送ってきました」

「やはり、か。見せてくれたまえ」

「こちらです」



 フレメアの社長マスター、シディウス・メロウリーは壮年の男であった。最新の美容法を取り入れているために実年齢よりかなり若く見える。しかし見た目で侮ることなかれ。彼は魔神教に対して懐疑的な人物でもあり、必要とあらば激しく抵抗することも厭わない。

 読み進めたシディウスは鼻を鳴らし、書状を丸めて放り投げる。



「マスター?」

「無視しておけ」

「よろしいので?」

「我々は我々の道を行く。戦争になろうと中立を貫く。それが我々だ」



 シディウスの断固とした決断に、秘書は分かりましたと言いながら頷く。

 魔装や魔術を重要視する神聖グリニアとは対極に、天空都市では極限まで魔が排除されている。魔術や魔装を使ったところで罪に問われることはないものの、それに頼らない生活を目指しているのだ。

 その理由はある思想に基づいている。

 終焉魔物説と呼ばれる思考実験からきた学説だ。人が魔装や魔術を行使し続けることで世界に魔力が増えていき、やがて魔力は強大な魔物を生み出す。『王』の魔物はその一つであるという考えである。ディブロ大陸の超古代文明もそれによって七大魔王を誕生させ、滅びたのではないかと唱える者もいるほどだ。

 天空都市ではこの考え方が主流となっているため、魔力に頼らない文明を築いている。

 当然、シディウスも終焉魔物説を強く信じる者の一人であった。



「聖堂へはマスターのお望みのままに返答します。ところで大帝国同盟圏から同様の書状が届いた場合も同じようにすればよろしいですか?」

「その通りだ。軍事的通行権も与えないし、補給もさせない。魔力を使った戦争などさせて堪るものか。終焉がまた近づくではないか」

「では中立国として戦争回避に尽力いたします」

「うむ。そのように動きたまえ」



 中立国家もそれぞれの思惑で動き始めていた。






 ◆◆◆






 マギア大聖堂の奥の間ではほぼ同時に届けられた三つの書状により混乱していた。一つはハデス、二つ目はコントリアス、そして三つ目は天空都市である。

 特に最先端技術のほぼ全てを手にしているハデスが離反したことは痛手だ。

 魔晶の生産、禁呪弾の作成、その他の魔術兵器のほぼ全てにハデスが関わっている。



「一つ一つ、片付ける必要がありそうだな」



 司教の一人が一番初めに呟く。

 それに同意する形で次々と意見が出た。



「片付ける、ですか。やはりまずは天空都市を? あの場所は大帝国同盟圏を攻める上で重要拠点となるでしょうから」

「いやいやコントリアスでしょう。スレイ・マリアスを手に入れる必要があります」

「容易いのはやはり天空都市では? 魔術も魔装も使わない遅れた国です。また国土も小さい。攻め落とすのは難しくありません。コルディアン帝国に協力を要請することも可能とかと」

「いや、ここはやはり我らの力を示すべきだ。殲滅兵を差し向けよう」

「馬鹿な!? あれを人に向けて使うと!?」

「それも致し方ない」



 殲滅兵は《火竜息吹ドラゴン・ブレス》をメインに進軍する自動兵器だ。自己判断によって敵を破壊するのは勿論、倒されても容易く復活してしまう。永久機関とシステムが接続されているので、無限に生成される。

 国を殲滅するのに時間はかからないだろう。

 殲滅兵が踏む大地は焦土となり、人も街も残らない。司教のほとんどが非人道的兵器であるという認識をしていた。



「とはいえ信仰が失われたまま放置するなどありえん。我々は試練を与えられている」

「だからといって暴力に訴えるというのですか?」

「放置すれば三百年前に逆戻りだ! 大帝国が何をしようとしたか忘れたのか! あの獄王を復活させようとしたのだぞ!」

「その通りだ。示すときは示さねばならん。全て神の御心のままに」



 この時ばかりは意見が二つに分かれた。

 武力行使してでも魔神教に従わせるべきという考えと、話し合いで解決するべきという考えである。しかし共に利点と欠点が存在する。



「いきなり武力行使というのは本来の教えから外れています。愛によって語りかけるべきでしょう」

「そんなことをしている間に奴らは力をつける! ハデスが向こうにいるのだぞ!」

「ヘルヘイム、でしたか」

「ああそうだ。時間は我らに味方しない。どんな兵器が開発されていることやら。話し合いにして被害を受けるのは我らの民だぞ!」

「それは、そうですが……」



 ハデス財閥がヘルヘイムを建設したことがここで効いてくる。

 その恩恵にあずかってきた神聖グリニアだからこそ、ハデスの脅威を理解できるのだ。放置してはいけないと思わされるだけの力があった。

 ケリオン教皇は決断を下す。



「……まずは勧告を拒否した天空都市を滅ぼすのだ。それを見せしめとする」



 それは非情な決断であった。

 しかし誰一人として教皇の意見に反対はしない。武力行使を控えるよう言っていた司教ですら、心の内では開戦しかないと考えていたのだ。






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