滅亡篇 5章・終焉戦争

第261話 大帝国同盟圏


 およそ三百三十年の時を経て、スバロキア大帝国は復活した。

 元から話が通されていた西側諸国はすぐに受け入れたが、神聖グリニアを始めとする東側諸国は混乱の渦に包まれる。その隙を突くようにして新皇帝アデルハイト・ノアズ・スバロキアは大帝国同盟圏という新勢力を発足する。

 魔神教の支配から逃れ、大帝国と共に栄えることを目的とした勢力だ。よって魔神教の象徴である聖堂は破壊され、神官や聖騎士という身分も消失した。元から西側では魔神教に対する信頼は地に墜ちていたが、それでも敬虔に信じる者たちはいる。そんな者たちはこぞって東側へと引っ越していたが。



「幾つの国が大帝国に賛同したのかね?」



 マギア大聖堂の奥の間で、ケリオン教皇は司教を集め情報共有を進めていた。

 教皇の問いかけに対し、外交を担当する司教が答える。



「私から報告させて頂きます。公式に発表しているのは中規模以上の国ですが……まずは聖騎士の陰謀で大公が殺害されたと主張するロレア公国、そこから南にあるエルドラード王国、カイルアーザもすぐに大帝国に恭順すると公表しています。その後、大陸南西部の国家も次々と大帝国同盟圏に参加すると」

「スラダ大陸の西半分ですな。南西部というとロアザ皇国、モール王国、エリス共和国、プラハ王国あたりですか。小国も幾つかありましたな」

「ええ、そうなります」



 外交担当の司教からすれば申し訳なくて声も出ないほどであった。本来ならば復活したスバロキア大帝国の包囲網を形成し、一気に叩く必要があった。しかし司教に気付かれないよう、西方都市群連合は準備を進めていた。

 彼からすれば恥ずかしくて仕方のない失態であった。



「まことに申し訳ない、としかいえません」



 彼は深く頭を下げた。

 しかしケリオン教皇は首を横に振る。



「誰も大帝国の動きに気付けなかった。私たち全員に責任があるというもの。ところで、東半分はやはりこちらに味方すると考えて良いのか?」

「いえ、それがコントリアスと、あとは天空都市は中立だと。なのでそれより東がこちら側だということになります」

「コントリアスが? それは困った。確かあの国はスレイ・マリアス殿がいらっしゃった。あの力がこちらの味方にならないというのか」



 教皇にとっての懸念はコントリアスが抱える覚醒魔装士であった。

 かつて暴食王と強欲王を討伐した際にも参戦していた魔装士であり、その能力は魔装のコピー。ありとあらゆる魔装を切り替えて発動できるという反則級の能力だ。魔神教勢力に取り込まなければならない魔装士であった。



「コントリアスも問題ですが、一番はやはりハデスでしょう」



 別の司教が口を挟む。

 それを聞いて他の司教たちも項垂れる。

 彼らにとってハデス財閥が本拠地を西に移したことが痛い。



「時期的に考えてハデスもスバロキア大帝国と手を結んでいたのでしょうね。確か、ヘルヘイムという都市を作ったのでしたか。ファロンの砂漠にあった大ハデス工業地帯も今はからなのでしょう?」

「ハデスが一気に撤退したせいで失業問題も発生しています」

「空いた工業地帯に手を加えて雇用するしかありませんね」

「あちらは準備万端。こちらは問題が山積み、か」



 自然と空気が重くなる。

 強大な権力と支配力を有するはずの神聖グリニアが追い詰められる側に回った。まして相手は歴史に残る悪逆の国、スバロキア大帝国である。彼らは尻込みしていた。



(良くない流れだ)



 ケリオンは教皇として、熱心党の党首として決断しなければならない。

 魔神教は世界の真理。

 そして熱心党は全ての人間が魔神教を信じなければならないと考えている。

 彼にとってこの状況は最悪であった。



「静かに」



 その一言で司教たちは口を噤む。

 彼らがケリオンに注目したのを見計らって、指示を出した。



「まずは大ハデス工業地帯の整理を。永久機関からのエネルギーラインを引き、兵器工場を作りなさい。元ハデス系列の社員を中心に雇うように。ハデス本社にもこちらに戻るよう文書を送るのだ。またコントリアスと天空都市にはこちらの勢力に入るよう勧告を。そして勧告に従わぬ場合は……」



 そこで言葉を止め、見回す。

 教皇は自分の言わんとしていることを全員が理解していると確信した。



「……その場合は敵国と判断し、武力介入するものとする」



 神に恭順せぬ者には制裁を。

 彼らはそんな思想を持っていた。

 覚醒聖騎士も永久機関も殲滅兵も保有する魔神教勢力が敗北するなどありえない、という前提が彼らの余裕となっていたのだ。





 ◆◆◆





 神聖グリニアの南端には学校や研究機関が集まり一つの街となった学園都市がある。そこはメラニアと呼ばれており、各国から留学生が訪れる。他にも有名企業が研究所を置いており、様々な共同研究も実施されていた。

 独立した都市として、ここで研究されたことは魔神教に提出する必要がないとされている。

 しかし密かに魔神教も研究施設を保有していた。



「どうですか?」



 額に第三の眼が刻み込まれた男、アゲラ・ノーマンが問いかける。すると白衣を纏った数人が振り向き、その内の一人が答えた。



「死刑囚を用いた人体実験の結果、所定の効果は見られました。しかし理性が失われ、肉体的にも変異が起こっていると思われます。具体的なデータはこちらに。六号ウイルスによる強化人間実験は失敗というのが我々の結論です」

「ふむ。そうですか。その肉体の変異というのは?」

「筋肉や皮下脂肪の肥大化、分泌されるホルモンバランスの崩壊、骨芽細胞の増大などです。細々としたものはレポートに」

「そこにあるのが実験体ですか?」



 アゲラ・ノーマンが指差した先には拘束具が取り付けられたベッドであった。またそこには肉塊とでも表現するべき何かが寝かされている。辛うじて頭部、腕、足などのパーツが判別できるものの、とても人間だったとは思えない有様だ。



「ノーマン博士、やはり化学物質による強化と遺伝子変異による強化の併用がなければ目標を達成するのは難しいかと。また薬物による定期的なメンテナンスも必須でしょう。戦時でもなければ維持できないコストがかかります」

「問題ありませんよ。すぐに戦争になるでしょうから、予算も降ります。まずは完成させることを目標としましょう。効率化は後からでも」

「完成、ですか? 開発中の七号ウイルスは副作用を抑える方向で作っています。方針転換しますか?」

「いえ、同時並行で八号ウイルスの作成に入りましょう。こちらは身体強化や回復力強化に特化させてみましょうか」

「分かりました」



 研究員は何かのメモを取りつつ頷く。

 彼らは人間を強化するという目的のため、多くの非道な実験を繰り返してきた。罪人を実験材料にしているとはいえ、生きた人間を弄りまわしてきた。

 そして人間は良くも悪くも慣れる生き物である。

 今やどれほど非道な実験であろうと実行することができてしまう。



「ディブロ大陸の遺跡で発見した脳変異による魔力強化法も取り入れ、それを元に治癒の術式を組み込んで回復力にしましょう。ウイルスで肉体が崩壊しても、適合するまで耐えることができると思います」

「いいですね。いい試みです」



 狂気的な実験を聞いて、アゲラ・ノーマンは満足気に頷いた。






 ◆◆◆





 西方都市群連合はスバロキア大帝国と改名した後、全世界へとそれを発信した。特に大帝国同盟圏の上層部にはあらかじめ話を通していたので混乱は少ない。更にはハデス財閥が新しい本拠地として建設したヘルヘイムは絶大な経済効果を生んだ。

 旧帝都に位置するヘルヘイムは魔術による建築ですでに完成していた。施工期間は六か月程度だったが、決して手抜きではない。魔術のお蔭でどんな建造物でもプログラム通りに完成するのだ。ヘルヘイムはハデス本社、研究所、傘下企業の他、住宅地や娯楽施設まで全てが揃った都市として機能していた。



「エレボス会長、マギア大聖堂より勧告文が届いております」

「あら、紙の文書なんて珍しいわね」



 秘書が持ってきた封筒を受け取りつつ、エレボスは呟く。

 高度に魔術化や電子化された現代において、公式文書を紙に記すのは珍しい。よほど伝統的な組織でもなければまずないだろう。その理由は全世界でハデスが魔術化電子化を推し進めたからであるが。



「まぁ、内容は予想できるわね」



 エレボスは魔術陣を展開し、封筒の端を切断する。

 中身を検めた結果、思わず笑みを浮かべてしまった。



「ふふふ」

「会長、如何しました?」

「簡単に言えば脅しよ。今なら赦してやるから戻ってこいと」

「愚かですね。我々は初めからあちら側ではなかったというのに」

「ええ」



 マギア大聖堂は酷い勘違いをしている。

 彼らは絶大な権力と軍事力と経済力を保有しているからこそ、忘れていたのだ。絶対強者であるため、誰も逆らえないと思い込んでいた。



「私たちが畏れるのは初めから冥王様のみ」

「はい。その通りです」



 彼女の秘書も妖精郷の妖精の一人だ。

 またハデス重役や重要な傘下企業はほぼ全て妖精たちが社長に就任している。このヘルヘイムは人間のための街に見えて、実質は妖精に支配されているのだ。

 妖精たちが畏れるのは唯一、妖精郷の主にして神、冥王アークライトだけである。魔神教からの脅しなど毛ほどの効力も持たない。



「とはいえ、無視するのは宜しくないでしょう。大帝国同盟圏に協力的であることを積極的にアピールする方が良いと考えます」

「そうね。あちらには神子もいるわけだし、露骨な時間稼ぎは無駄よ。この際だからはっきりと絶縁を叩き付けてあげてもいいわね」



 唖然とする教皇や司教の顔を想像すると思わず笑みが溢れそうだ。

 だが、ここはハデス財閥会長として冷静になる。



「そうそう。あっちにも幾つか企業は残してきたのよね?」

「はい。魔晶の技術を保有する中企業を四つほど。勿論、こちらの設計した魔晶と対応システムをそのまま生産している下請けです」

「じゃあ『鷹目』に連絡して。ハデスの後継として魔晶の生産ができるよう情報操作してもらうわ。それとトライデント・シリーズの生産や修理の技術もそこに継承させなさい」

「はい。そのように取り計らいます」




 魔晶に関連する技術はほぼ全てハデスが独占している。既に特許権は効力を切らしているので他企業も自由な生産販売可能だが、ハデスはブランド力によってシェアを保持し続けていた。

 だが、東側から撤退したことでそのシェアに穴が空いたのだ。

 一応はハデスの下請けとして展開していた中企業が魔晶産業の手を広げている。エレボスが言っているのは、密かにそれらの企業に投資するということであった。



「いいわね? 必ず、私たちが開発したシステムをそのまま使わせるのよ。多少のシステム改良は認めてもいいわ。でも、魔晶の奥に隠したブラックボックスを暴かれないように……分かっているわね?」

「承知しています」

「それと『悪魔の口』はどうなっているの? そろそろ配備も終わったかしら?」

「はい。裏切りを考慮してスバロキア大帝国が慎重に配備していると」

「そう。でも念を押しておきなさい。あれは黒竜システムよりも機密度が上よ」



 秘書も深く、何度も頷く。

 それを見てエレボスも柔らかい笑みを浮かべた。



「分かっているならいいわ。勿論、妖精郷で悪魔の口の後継機も開発されているみたいよ。けど、アゲラ・ノーマンには対処されてしまう可能性があるらしいわ。少しでもそれを遅らせるために努力を惜しまないで」



 まだ戦争になるとは決まっていない。

 しかしエレボスは勿論、誰もが確信していた。スラダ大陸を二分する世界大戦が巻き起こると。







 

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