第260話 復活の宣言


 西方都市群連合は複数の都市を貴族たちが治めている。

 そしてその中から力ある貴族が選ばれて元老院が組織され、元老院によって西方都市群連合は国家として運営されているのだ。この元老院は西方都市群連合の首都ということになっている都市に議会堂が設置されているのだが、その議会堂の外観は古い城であった。スバロキア大帝国時代のものを修繕しつつ流用しているのである。

 現在の首都はスバロキア大帝国時代にサウズ大公家が所有していたので、城も相応のものだ。

 元老たちは一年の内、年始から三か月をこの都市で過ごし、議会堂である城で元老議会を開催する。そこで国家予算などが決定されるのだ。

 だがその日、元老議会の期間ではないにもかかわらず、全ての元老が集まっていた。



「さて、そろそろ始めるとしようか」



 常任元老であるレイヴァン家当主が議長役となり、会場はシンと静まる。



「賢明な皆ならばもう知っていることだろう。東ディブロ海の調査が失敗したそうだ。神聖グリニアからの公表は明日か……遅ければ明後日だろう。だが問題はそこではない。我々はこの国の在り方について考えなければならない」



 今回の遠征に対し、西方都市群連合は仕方なく出資の他に千名ほど兵士も出した。六年前の傷跡が消えぬ中、優秀な千人を送り出すというのはかなり痛い。しかし、西方の大国として知られつつある西方都市群連合が何もしないのでは、国際的に裏切り者のような扱いを受けてしまう。

 圧力に屈服したようなものであった。

 故に元老の中でも過激な者が我先にと反応する。



「奴らの支配を拒絶するのだ!」

「魔神教は横暴だ。我々は我々の秩序を得るべきなのだ」

「すぐにでも計画を進めるべきだと思います」

「ディブロ大陸が何だというのだ。我々にはこの大陸があるというのに」



 その言葉のどれもが不満に満ちている。

 また彼らの態度にも強く表れており、レイヴァンは身振り手振りで彼らを鎮めた。



「それは言うまでもないことだ。ここは冷静な話し合いをしよう。そのためにこの人を呼んだ」



 レイヴァンは左側へと目配せする。

 そこには元老しか入ることを許されないはずのこの場所に、無関係な人物であるクロがいた。彼は西方都市群連合における有力な資産家という立場だ。しかしそれは表向きの話でしかない。クロはこの国の中枢に食い込むだけの力を持っていた。

 そして今日、クロは後見人を務めているアデルハイトを連れていた。

 一斉に注目を浴びたクロは特に表情を変えることもなく立ち上がって話し始める。



「皆さま、我らが国は大義名分を得たのです。そして武力も経済力も得た。何よりもハデスをこちらに引き込めたことは喜ぶべきです」

「確かに、クロ殿が手を回してくださったお蔭でハデスを引き込めた。それはこの国にとって何よりも素晴らしい知らせだった」

「はい。皆さまが知っての通り、このクロは西方都市群連合のため働いております。誰よりも古くから。そして私はこの時のために準備をしてきました。今こそ、奪われた秩序を取り戻すべきです」

「うむ」



 クロの演説じみた言葉にレイヴァンも深く頷く。

 いやレイヴァンだけではない。元老たちは誰もが期待に満ち溢れた目をしていた。

 そこでクロは隣に座るアデルハイトの背に手を添える。それに対してアデルハイトは頷いて立ち上がり、声高々に宣言した。



「私たちが立ち上がる時が来たのだと思う。私たちは神聖グリニアに虐げられる西方国家の宗主となり、解放者となるのだ。私が時代を変える!」



 二十歳を過ぎたばかりのアデルハイトが堂々と、高らかに言い放つ。

 驚くべきことに元老たちは彼の言葉に呼応して立ち上がり、一斉に拍手したのだ。それはすなわち、アデルハイトが資産家が後見人を務めるただの若造ではないことを示していた。







 ◆◆◆







 黒猫の情報屋である『鷹目』は、神聖グリニア内の高級バーを訪れていた。カウンター席に座る彼の前には偉丈夫のマスターが佇み、グラスを磨いている。



「……『鷹目』。『黒猫』からの伝言だ」

「符合は?」

「西の暁」

「了解です」



 情報屋である彼は、様々なルートで情報を扱う。そして様々な人物を経由する。情報は人を経由するほど漏れやすく、重要情報ともなれば致命的になりかねない。そこで特定の符合によって『鷹目』に伝言する手法も利用していた。

 デジタル化した社会では意外と有効なのである。



(西の暁。遂に計画が始まる、ということですか)



 彼にとって神聖グリニアは滅ぼすことを願ってやまない国だ。

 それを成すために冥王とも契約した一方、神聖グリニアを冥王の力によって叩き潰すことを願わなかった。あくまでも自らの愚かさによって滅びることを望んだのだ。あるいはその愚かさを演出することが『鷹目』の望みである。

 後世にまで嘲笑され、笑い種として語り継がれることを期待している。

 そのために計画を進めてきた。



(ここからは最後の仕上げですね。『死神』さんがハデスの移設にもう少し時間がかかると言っていましたから……二か月ほど期間を空けましょうか。その間に不自然でない程度の情報操作をするとして……)



 考え込む『鷹目』の前にグラスが置かれ、琥珀色の液体が注がれる。

 普段は酒を嗜むこともない彼も、今日ばかりは口を付けた。



「最後の鍵は……魔神教過激派、ですね。私も最後の仕上げといきましょう」



 東ディブロ海の調査失敗に伴い、西側からは不信感が、それに呼応した魔神教過激派からも不穏な感情が巻き起こっている。

 何百年とかけて少しずつ神聖グリニアの国家方針すら誘導してきた甲斐が報われる。

 七大魔王に挑み、自滅した神聖グリニアは信頼を失ったのだ。

 『鷹目』の思い通りに。






 ◆◆◆






 神聖グリニアによって発表された東ディブロ海の調査結果は、各国を怒らせることになった。莫大な予算と人員を使っておきながら全滅したというのだ。怒りを顕わにしない方がおかしい。

 ただ、魔神教が浸透し、神聖グリニアと深い繋がりのある東側諸国は表だった反発をしていない。五万もの死者に対して哀悼の意を表する程度に留まった。

 一方で西側国家は猛反発した。

 西側の主軸である西方都市群連合が責任を取れという強気な発言をしたことを皮切りに、批判的な意見が集中している。その中でも西方都市群連合の東側に位置する隣国、ロレア公国は特に強い声明を発していた。



「『魔神教は神聖グリニアの傀儡である。我々は彼らの圧力に屈し、未来ある若者を無駄に散らせた。その責任を神聖グリニアに償わせなければならない』か。大した貢献もしていないくせに文句ばかりは一端ではないか」

「大公が直々に発した声明らしい。偉大なる神への不満によって民のご機嫌取りか。何と不敬な」

「死を以て神の威光を知らしめるべきだな」

「だが教皇は日和見しているのだろう?」

「世情に流される軟弱な教皇だ。やはりここは我々が動く必要がある」



 そんな会話を繰り広げる彼らは、魔神教神官であった。

 ディブロ大陸の調査失敗は悲しむべきことであり、自分たちの力のなさを呪うばかりである。しかし人間の力不足を棚に上げて神を批判する者たちを許しておくことはない。

 彼らは過激派と呼ばれる魔神教の中で少数派閥に属する者たちだ。魔神教に対して従順ではない西方諸国に対して厳しい目を向けており、軍事的制圧によって立場を分からせるべきと主張して文字通り左遷させられることになった。

 しかし彼らはめげない。



「この日のために神は我々に試練を与えられたのだ。幸い、私たちが飛ばされた聖堂は西方国家にも近いのだからな」

「うむ。こちらの伝手を広げられたからな。お蔭で西方にも影響を与えることができる」

「ロレア公国の聖堂に同志たちを派遣して圧をかけるとしよう」



 彼らは自分たちの考えに賛同してくれている同志たちへと連絡を取るべく、デバイスを開いてメールを作り始める。

 だが、そこに勢いよく扉を開いて別の神官が飛び込んできた。

 当然ながら彼も過激派の一員で、彼は慌てた口調で叫ぶ。



「大変なことになった! ロレア公国軍が首都聖堂を襲撃したらしい!」

「なんだと!?」

「神官や聖騎士は無事なのか?」

「まだ直接的な戦闘は起こっていないらしい。だが大規模な抗議活動が起こっているそうだ。その中心にいるのが軍で……」

「そんなことはどうでもいい! なんと……なんと罪深い!」

「粛清だ!」

「そうだ。我々で粛清するべきなのだ!」



 まるで仕組まれたかのようなタイミングだ。

 しかし神への反逆という大罪を前に激情に駆られた彼らはそこへと思い至らない。『鷹目』による世論操作と情報操作により、最後の鍵が開かれた。







 ◆◆◆






 ロレア公国は旧スバロキア大帝国だ。

 しかし大帝国崩壊に伴い、当時の大貴族が大公となって一つの国を興した。周辺貴族を支配下において国土を確保し、首都が獄炎に沈んだ混乱の中でいち早く独立したのである。いずれは第二のスバロキア大帝国となることを狙っていたのだが、それは神聖グリニアの対策によって実ることがなかった。

 ただ、結果としてかつての大帝国のような実力主義の風潮が残っていた。

 被害ばかりを出して成果を残せない神聖グリニアに反発するのも無理のないことであった。

 大公の身内であり、魔神教に対して批判的な将軍が抗議活動を敢行。自分の権限が及ぶ限り兵士を集め、聖堂を包囲する形で圧力をかけた。またそれに同調する形で国民の不満も爆発し、実質的にロレア公国の総意として聖堂を批判する形となった。

 軍事的衝突こそまだ起こっていなかったが、それは時間の問題と思われた。

 そしてこの緊張を破ったのは、意外にも魔神教側であった。



「神を否定する悪逆を討ち取れ! これは正義の戦いだ!」



 そんな叫びに呼応して聖騎士たちの士気が高まる。

 彼らは聖堂に対して抗議活動をする軍と民衆に対し、これ以上は武力行使による排除も厭わないという旨を挑発的に勧告した。当然、ロレア公国軍は大きな反発を見せる。そして外部からやってきた過激派聖騎士たちは大義名分を得たとばかりに攻撃を開始したのだ。



おぞましき悪人を消せ! これが神意である!」



 逃げ惑う民衆にも容赦はしない。

 聖騎士の魔装が無差別に降り注ぎ、配布されている軍用ソーサラーデバイスから極大魔術すら放たれた。ロレア公国は所詮小国であり、軍事的にも遅れている。聖騎士に対抗できるような方法もない。

 また聖堂に勤める聖騎士はロレア公国出身であり、彼らは外国からやってきた過激派聖騎士を抑え込もうとした。彼らは外国の聖騎士からは裏切り者の背神者扱いされ、民衆からは敵視されるという最も不憫な立場に追い込まれる。



「諸悪の根源を断ち切れ! 神の意志を知るのだ!」



 少数とはいえ、聖騎士は圧倒的な戦力を誇った。

 軍は鎮圧に努めたが戦力差は覆せず、徐々に撤退させられる。

 やがて聖騎士はロレア公国の象徴たる要塞のような城にまで進撃した。



「神の鉄槌を!」

「鉄槌を!」

「愚か者に裁きを!」



 過激派はやりすぎた。

 彼らは戦いの興奮もあり、大魔術《白焔閃光アーク・フレイム》を城に向かって使ってしまう。純粋に熱を炸裂させるこの魔術は、鉄すら溶かす威力を誇る。

 この魔術は運良く、いやロレア公国からすれば運悪く、大公の殺害に至ってしまった。

 つまり魔神教過激派による国家転覆事件へと発展したのである。

 国家元首である大公を殺害するに至ったこの事件はロレア事変と呼ばれ、西方諸国の抱えていた魔神教と神聖グリニアへの不満を大きく育てることになってしまう。

 そしてロレア事変から十五日後、それは起こった。







 ◆◆◆







 その日、スラダ大陸に属する全世界に展開している公共放送が乗っ取られた。ハッキングによって電波を横取りされ、同じタイミングで全世界にある放送が行われたのである。

 たとえば神聖グリニアでは夕食時であった。



『突然のことで驚いていることだろう』



 画面に映されたのは一人の青年であった。

 彼は正装し、玉座の如き椅子に座して堂々と語る。



『しかし私は全世界の民に知らせなければならない。先日、魔神教を批判していたロレア公国に対し、聖堂は武力行使を行った。その結果、聖騎士は大公を殺害。事実上、国家を転覆させた。これは魔神教が、そして神聖グリニアが不当な支配を目論んでいる証である』



 この告発ともいえる放送に驚き、マギア大聖堂は慌てて放送局へと対処を求めた。しかし電波ジャックを止めることはできず、この放送は全世界に流されたままとなる。

 画面の中の青年は言葉の力強さを増した。



『私は不当な支配を受ける西方諸国を解放するため立ちあがった。ディブロ大陸での失敗責任すら取れず、西方へと弾圧を仕掛ける魔神教と戦うことを宣言しよう』



 青年の背後に旗が翻る。

 それはただのコンピュータ・グラフィクスであったが、そんなものを用意しているからこそ入念に計画していたということが分かってしまう。そして旗の紋章を見て、知識を持つ者たちは泡を吹いて驚いた。

 驚愕でひっくり返る者たちを追撃するかの如く、青年は高らかに告げる。



『私の名はアデルハイト・ノアズ・スバロキア。西方都市群連合を統治する皇帝である。そしてこの時を以て魔神教に引き裂かれし我が国は本来の姿を取り戻した』



 真っ赤な旗に示される紋章。

 それは金色の竜である。

 かつてはその国の大将軍にも与えられた紋章であり、強大な力を象徴していた。



『今ここにスバロキア大帝国の復活を宣言する!』



 その日、東方諸国は震撼した。

 三百年の時を経て甦った軍事大国に、西方諸国は歓喜した。







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