第257話 西方国家の思惑
西方都市群連合の都市郊外を一台の車が走る。
木々に隠された道路であったが、手入れが行き届いているのか滑らかな走りである。その車はやがて大きな屋敷の前まで辿り着き、鉄格子の門の前で停まる。しかし次の瞬間、鉄格子は左右へとスライドして開かれた。
車はその中へと入っていき、やがて屋敷扉の前にあるロータリーで再び停止した。
運転席からはこの国の覚醒魔装士、ギルバート・レイヴァンが降りた。
「クロから貰った座標の通り、だな」
ギルバートは自身の指に嵌められたトライデントからワールドマップアプリを起動し、自分の現在位置を表示させる。
確認をしてすぐに仮想ディスプレイを消し、扉に向かって歩き始めた。
そして彼がその扉へと手をかけようとした瞬間、自動的に開かれる。
(古典的な屋敷の割には自動ドアか?)
一瞬そう思ったが、それは誤りであった。
ただ扉の内側から人が開けただけである。
「ようこそ。ギルバート・レイヴァンさんですね?」
「え、ああ」
「私はハイレイン。この屋敷でアデルハイト様の世話役をしております」
初老といっても良い男の登場にギルバートは驚かされる。彼はこれでも優秀な魔装使いであり、戦い慣れているつもりだ。だがハイレインの気配も魔力も感じることができなかった。
(こいつ、ただ者じゃないな)
戦慄するのも束の間、ハイレインはギルバートを招き入れる。
「さぁ、こっちへ。クロも待っています」
「……ええ」
油断ならないものを感じつつ、ギルバートは屋敷へと足を踏み入れた。
◆◆◆
それから一時間が経った。
全ての真実を知ったギルバートはソファで目頭を押さえていた。
「……それは元老院も承知の上、ということか?」
「先程も申し上げたでしょう? これは西方都市群連合が数十年と計画してきたものです。私はそれをお手伝いしているに過ぎません」
「その計画に勝算はあるのか? ……いや、愚問だな」
信じられない話だった。
正直なところ、ギルバートも受け入れることができずにいる。しかしそれを国家機密級の存在である覚醒魔装士に明かしたということは、実現性が保証された計画ということだ。
「で、俺は何をすればいい?」
「近い内に……といっても数年以内にですが。数年以内に神聖グリニアは再びディブロ大陸遠征を始めるでしょう。今度は東ディブロ海を船で探索することになっています」
「それは事実か?」
「私の部下に情報収集が得意な者がいましてね。確証はある、と言っておきます」
ギルバートからすればクロという青年は怪しさの塊である。
西方都市群連合を取り仕切る元老院とも深い繋がりがある謎の資産家が彼だ。真実を知った今、より彼の正体が気になった。
「……お前は一体何者だ?」
「知りたいですか?」
表情の読めないクロから謎の威圧が滲み出る。
絶対強者であるはずのギルバートですら、思わず腰を浮かしてしまった。藪蛇を突いたのは間違いない。その証拠にクロの口調すら変わる。
「僕のことを知りたいというのなら、教えなくもないよ。だが一度でも知れば君は戻れなくなる。君に退路は無くなる。その覚悟があるかい?」
「……っ」
これでも覚醒魔装士として多少のプライドがある。ここで怖気づいて逃げることは容易だが、そんな情けないことをするつもりはなかった。
「いいだろう! 聞かせろクロ!」
ギルバート自身も強い魔力を発してクロの圧に抵抗する。
それを覚悟とみなしたのか、クロは威圧を解いて話し始めた。
「そこまで言うのならば話そう。この僕が何者なのか。そして僕がこの国にどれだけの貢献をしてきたのか知ってもらうために。最後にもう一度聞くけど」
「必要ない」
食い気味な答えを聞き、クロは語り始める。
そして全てを聞き、ギルバートは知ってしまったことを少し後悔したのであった。
◆◆◆
屋敷から発ったギルバートは、猛スピードで車を操り実家へと向かった。兄の就任パーティぶりであるためそれほど久しぶりでもなかったが、使用人たちは驚きつつも盛大に出迎える。
これはギルバートが当主の弟だからというより、軍属の覚醒魔装士だからだろう。
ギルバートは当主に面会したいという旨を伝え、そのまま自分で向かった。一応は実家なので、案内される必要もない。
「アルハザード兄上、聞きたいことがある!」
「……慌しいことだ。せめてノックしてから入れ」
新当主は頭髪の一部が白くなり始めている。ギルバートと比べれば随分と年上に見えた。しかしそれは不老となったギルバートが若く見えているだけであり、二人の間にそれほど大きな歳の差はない。
「落ち着けギル、何を聞きたいのだね?」
「俺はクロから全て聞いた。この国の秘密と……計画の全てを」
「そう、か」
アルハザードは深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
その間に話すべきことを決めたのか、淀みなく語り始める。
「我が国はかつてスバロキア大帝国と呼ばれていた。今や大帝国ほどの領土はなく、当時の貴族が元老として国を動かしている。皇帝を失った我が国は、貴族による議員制を敷くしか道は無かった。そして神聖グリニアは再び大帝国が復活することを恐れたのだろう。各都市に聖堂を設置し、かつての大公家血縁者を戦争犯罪者として捕えていった」
「知っている」
「ああ。そうだ。お前も知っているはずだ。ならこれも知っているな? あの国は皇位継承者を潰すだけでは飽き足らず、この国の技術という技術を奪い去ったのだ。我が国は多くの技術資料を奪われ、技術者たちもほとんどが東へと流れていった。貴族たちは自分たちの領土を守るだけで精一杯だった。我がレイヴァン家ですらだ。分家筋の者たちが身分を隠して他国に留学し、技術を持ち帰ることで我々はこの領地を守ることも叶ったがな」
ギルバートもよく知っている。
現に彼の兄であり、現当主の弟にあたる人物は神聖グリニアへと留学していた。そして持ち帰った技術を元にしてレイヴァン領の発展に貢献する学者となっている。ギルバートも魔装士としての力がなければそうなっていたハズだった。
「兄上は何が言いたい?」
こんな当たり前で今更なことを愚痴にする意味が分からない。
ギルバートはそんな意味を込めて尋ねる。
だがアルハザードは右手でギルバートを指差し、重々しく告げた。
「その悠長な考えだ。知っているか? 聖堂は西側諸国が開発した技術を全て接収していたのだ」
「何?」
「知るはずもないだろうな。聖堂はその事実を隠している。意図的に西側諸国の技術レベルを下げ、貧困差を作り出しているというのは都合の悪い事実なのだから」
「そんな馬鹿な! 現にこの国は工業的にも豊かだ!」
「ここ数十年でのことだ。ハデス財閥が我が国の銀行を買収し、経済介入するようになってそれも変わった。流石の聖堂もハデスから技術を徴発することはしないらしい」
「……ハデスは東側企業だろう?」
「表向きはな」
アルハザードは立ちあがり、壁と本棚の方へと歩み寄る。そして辞書のように分厚い本の幾つかを取り出し、床に放り投げた。
「おい、兄上」
「こっちに来てみろ。これは元老院とハデスの間に結ばれた秘密だ」
それは本によって隠された金庫であった。
アルハザードが触れることで認証され、偽装された金庫が開く。そこには金属の小箱が入れられており、アルハザードはそれを取り出して開く。中には指輪が入れられていた。魔晶が取り付けられているので、ソーサラーデバイスの一種だと分かる。
それを指に嵌めたアルハザードは、仮想ディスプレイを呼び出した。
「これを見ろ」
投げつけるような動作と共に、仮想ディスプレイがギルバートの方へと移動する。ギルバートは即座にその中身を読み進めた。
「……これは、兵器?」
「ああ。全域魔術制御型機動兵器ネットワークシステム。通称で黒竜システムだ。まだハデスグループが東側諸国にも明かしていない航空兵器。空を支配する戦争機械だ」
「やはり戦争を」
アルハザードは頷く。
そして当然だと言わんばかりの声音で答えた。
「ああ。しかしその前に独立だ。我々は我々の秩序を勝ち取らなければならない。そうしなければ神聖グリニアは……魔神教は我々から搾取し続けるだろう。もはや話し合いで解決する状況ではないのだ」
「……大義名分は?」
「ある。数年以内にできる。その手配はクロがしている」
「あの男が……」
表情の読めない、そして底知れない男のことを思い出す。
正体を知ってしまったギルバートとしては信用できるものではなかった。
「信じられるのか? 騙されていたりは?」
「仮に騙されているとすれば、随分と壮大な計画だ。何千億という金、何十年という時間をかけた、恐ろしい道楽ということになるな」
「それは……」
「分かったなら従え。そして時が来るまで口を閉ざせ。いいな? それがお前の子供たちのためにもなる」
「……くそ」
ギルバートは手に魔力をまとわせ、仮想ディスプレイを叩き壊す。
「俺たちの娘を……サーシャをアデルハイト殿の婚約者にしたのはそのためか……」
「悪く思うなギル。計画のためにはお前の力が必要だ。しかし感謝して欲しいものだな」
「何?」
「お前はクロの手配で聖騎士にならずに済んだのだ。お前の妻の、ジュディスもな。もしも聖騎士となっていれば、死の危険を覚悟でディブロ大陸に行かねばならなかった」
先のディブロ大陸遠征では鬼帝国と長きに渡って戦い、多くの犠牲者が生じた。その中には覚醒魔装士もいるため、ギルバートとて無事に済んだとは限らない。
アルハザードはその点を強調する。
「いいか? 神聖グリニアは……いや魔神教は西側諸国を使い潰すつもりだ。奴らのくだらない目的とやらのためにこちらの国の民を徴兵し、搾取する。兵士や支援金を出さない国は神に仇成す者として何かしらの制裁を受けることになるだろう」
「そんな話、聞いたことがないぞ」
「実際、奴らが西側国家と交渉するときはそのような態度だ。勿論、我が国もな」
鼻を鳴らし、アルハザードは指輪を外す。そして丁寧に金属の箱へと収納した。箱は隠し金庫へと戻され、その金庫も閉じられる。
放り捨てた本を手に取って本棚へと戻しながら、彼は続けた。
「我々は屈辱に耐えてきた。私を含め、歴代の元老たちはこの事実を前にしても耐え忍んできた。決して奴らに悟られないようにな」
最後の本を棚へと戻し、ギルバートの下へと寄る。
そしてその手を取って真摯に語り掛けた。
「魔神教は我々の国民に教育と称して神のために働くことを強要してきた。だが、国民も先の遠征失敗で違和感を覚えつつある。それだけ、前の戦いは……いや、お前に言わなくとも分かるな。一時は参戦したお前だ」
「……ああ。酷い戦いだった」
「魔物だらけの大陸など誰も望んではいない。犠牲の果てに魔王を滅ぼしたとして、何が残るというのか」
「だからって、戦争して戦争を止めるのはどうなんだ?」
「確かに戦争は最終手段だが、積極的に争うわけではない。ただ、我々は独立するだけだ」
「だが確実に戦争は起こる」
「ああ、奴らが許すはずないからな」
渋い表情を浮かべるギルバートを、彼は優しい口調で説き伏せた。
「もう計画は止まらない。我が国の周辺諸国とも約束をしている。我々は魔神教の手から抜け出さなければ、永遠に奴らの奴隷なのだ」
「俺は……」
「そのためにお前の娘を犠牲にしかねないことは分かっている。だがそんなことはさせん。私からしても可愛い姪だ。力は蓄えてきた」
「くそ……」
ギルバートは兄の手を振り払い、背を向けた。
「ギル――」
「時が来れば」
その先の言葉を躊躇うかのように、数度の呼吸をおく。
しかし決心して続きを言い放った。
「俺はこの国を守る。あくまでサーシャのためだ」
「ああ、頼むぞ」
ギルバートは天を仰いだ。
いずれ来る地獄の戦いを予感して。
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