第254話 黒猫の記憶②
人々は逃げ惑う。
空には巨大な構造物が浮かんでおり、そこからさまざまな魔術が発射される。大量の魔術は建築物を破壊し、人間を血と肉の塊に変えた。
やがて巨大な魔術陣が天空を埋め尽くす。
それは神呪であった。
「不味い! 魔術陣を壊せ!」
軍人らしき男が必死で叫ぶが、誰もそれを聞かない。
術式はすぐに発動した。
神呪は周囲一帯を塵に変えた。
◆◆◆
額に眼のような紋章がある人型の敵が軍事基地を攻め立てていた。
彼らこそ人型兵器トレスクレア。
魔物を倒すために開発されたはずのそれは、何故か人間を攻撃していた。その手には淡い光を宿す刃が現れ、あらゆる物質を豆腐のように切り裂く。あるいは放たれる光の弾丸が物質を消滅させていた。
「
「クソ人形が。親父の仇だあああ!」
「ガラクタにしてやる!」
兵士は銃を手に取り、あるいは魔装を発動させ、果敢に戦う。
恐れを知らぬトレスクレアは聖なる光を放ちつつ進撃し、防衛ラインを少しずつ押し上げていた。
「だめだ! 押される!」
「援軍はまだなのかよ」
「知るか。とにかく戦え!」
銃弾が雨のように飛んでいく。
それらはトレスクレアを破砕するが、すぐに再生する。胸に穴が空いても、腕が千切れても、頭部が吹き飛ばされてもトレスクレアは止まらない。全身を一撃で吹き飛ばされて初めて機能を停止するのだ。
「この基地も終わりだ!」
兵士の一人が銃を投げ捨て逃走する
それを皮切りに次々と武器を捨て、皆が戦いを放棄し始めた。このままでは戦線が崩壊すると考え、指揮官と思しき男が慌てて戦うように命令する。しかし一度背を向けた兵士が再び銃を取ることはなく、また好機と見たトレスクレアは進撃速度を上げた。
このままでは本当に終わる。
誰もがそう思った時、トレスクレアへと熱線が浴びせられ、一瞬で蒸発した。
「なんだ!?」
「魔術だ! あれは《
「一体誰が……」
攻撃は受けた側であるトレスクレアは止まることなく進軍するが、逆に人類側に動揺が走る。《
今回は後者であった。
「あれは……蟲の殲滅者! 蟲系魔物を滅ぼし尽くした英雄だ!」
「何だって!? ならあれが覚醒した魔装使いだってのか!」
「ああ。自動人形を操る傀儡使いだぜ! 出来損ないをぶっ潰せ!」
トレスクレアの前に大量の人形が現れる。それらは顔の部分を仮面で隠しており、非常に不気味だ。しかしその一つ一つが戦略級の魔術を次々と放つ。覚醒魔装士から供給される無制限の魔力を利用し、自動的に魔術を放っているのだ。
それを操る魔装士はたった一人だが、一つの軍団をも上回る。
最強の傀儡師、蟲の殲滅者、エデンの英雄など、様々な呼び名を持つ男が空より現れる。
「立ち上がれ! エデンの戦士よ! 侵略者たる機械の兵士など蹴散らせ! この俺がいる限り勝利は約束されている!」
英雄の鼓舞によって兵士たちは逃げることを止める。
銃を手に取り、基地の兵器を操り、あるいは個人の魔装で戦う。再び無数の弾丸が大地ごとトレスクレアを破壊し尽くし、ミサイルが焼き尽くした。また魔術兵器によって次々と爆炎が巻き起こる。
そこから形勢は一転した。
◆◆◆
大地と空を巨大な構造物が埋め尽くす。
それらは数々の兵器を装備しており、人類が結界を張って守る軍事基地すら蟲を潰すかの如く滅ぼしてしまう。放射される魔術攻撃により爆炎と雷撃が大地を蹂躙した。
当然、人々は為す術もなく殺されていく。
更にはトレスクレアが聖なる光による弾丸を放ち、人類側が張る結界を穴だらけにした。撤退の決断は早かった。
「逃げろ!
人類が誇る覚醒魔装士の魔装を模した魔術人形が出撃する。トレスクレアほど高性能ではないが、足止めとしては充分な性能であった。
魔術人形は幾らでも生産できる使い捨ての兵器であり、存分に特攻させることができる。それによって時間稼ぎを行い、撤退を完了するつもりだった。
これは人類がよく使う手段であり、それだけ人類が数を減らしている証拠でもあった。
そんな思想を元に作られた自動殲滅兵器はいつものように、役目を果たすかに思われた。
『invasioncode0032:carryout』
その電波と魔力波動が辺り一帯を支配した時、オートマタは動きを止める。
人類に危害を加えるな。身を守れ。場合によっては身が滅びようともトレスクレアを殲滅せよ。そんな基礎プログラムされていたオートマタが動かない。そればかりか、機械の身体を反転させて武器を逃げる人類に向け始めた。
「おい。なんでだよ! 敵はあっち……ぎゃああああああ!?」
「クソ! ハッキングされた! オートマタの制御システムは最強の防壁で守られているんじゃなかったのかよおおおお!」
新型トレスクレアとして配備された
◆◆◆
「もう限界だ。トレスクレアは止まらない。戦線を下げるしか……」
「何を馬鹿なことを! これ以上下がれば……西に向かえば暴食王と強欲王がいる。そんなところで戦線を構える訳にはいかん!」
「しかしこちらはもう限界だ。物資は尽きそうだし、士気も最悪で、毎日死者が増えている」
「だが……く……」
狭い部屋で顔を突き合わせ、数人の男女が話し合う。
彼らは軍服を纏っており、その胸には勲章や階級を表すバッジも付けられていた。しかし、今更それが何の役にも立たないということを彼らは知っていた。
「もう戦い続けることに意味はない。逃げよう。私たちは新天地を探すべきだ。エデンを取り戻すのは不可能だと認めるべきだ」
「そんなことは……」
「今を逃せば西に逃げることも不可能となるでしょうね」
「決断は早くしなければな」
彼らの顔は暗く、声は虫のように小さい。
誰もが不毛な終わらない戦いに疲れ切っていた。
◆◆◆
一通りの記憶が駆け抜け、シュウとアイリスは意識を現実に戻す。
大量の知識や情報が一気に入ってきたせいか、思考がぼんやりとしていた。しかしすぐに持ち直し、シュウは見えたものを考察する。
(戦争、か。それも人と機械の)
まるで質の悪いサイエンスフィクションだ。
先の『黒猫』の話によれば、トレスクレアは『
つまり人形兵を操る人工知能が叛逆したということだ。
「あれが古代ディブロ大陸の文明が滅びた理由か」
「そうだね。魔王を滅ぼすために開発されたはずのトレスクレアが人間に牙を剥いた。そして人類はトレスクレアに敗北し、西の果てにまで追い詰められたんだ。ネットワークを受け付けない孤立システムを有する人形兵も開発されていたんだけど、それは実戦投入されることなく終わったね」
「なるほど。あれはそういうことか」
シュウはかつてディブロ大陸遠征に訪れた時のことを思い出す。当時はハデスグループの代表としてディブロ大陸西岸部を調査し、地下遺跡を発見した。そこではネットワークシステムに接続しない魔術人形が開発された形跡があった。その時は何と無駄な設計思想かと考えていたが、トレスクレアによるハッキングへの対策だと分かれば納得である。
「あそこに囚われていたアゲラ・ノーマンは解放するべきではなかったってことなんだな? だから殺したがっていたと?」
「うん。あれはロカ族の祖先……僕の親友だったロカが封印した唯一のトレスクレアなんだ。多くの犠牲者を出し、運よく分断できた一体をようやく封印した。トレスクレアの弱点を探る目的でね」
それを知るとまた新たに様々な疑問が生まれる。
たとえばトレスクレアが人類に叛逆したなら、何故アゲラ・ノーマンは人類に協力して魔物を倒す発明をしているのかということもだ。
まずそれを尋ねることにした。
「アゲラ・ノーマンは何が目的で聖騎士をやっている?」
「さぁね。ただ、世界について探っているんだと思うよ。特に宇宙をね」
「探っている? ああ、そういうことか」
シュウは疑問を思うと同時に自己解決した。
「トレスクレアの本体はシステムで、アゲラ・ノーマンは……
「え? 何でそこまで分かったんだい!?」
「俺にも色々あってな。それはどうでもいい。そもそもトレスクレアはどういった経緯で封印された? それも月に」
「あー……」
呆れた様子の『黒猫』は、ルシフェルの方へと目を向ける。
するとじっと玉座で話に聞き入っていた神が口を開いた。
「詳細は省く。だがトレスクレアを最終的に封じ込めたのは俺の子、アダムだった。奴は俺が与えた権能で己ごとトレスクレアを封印し、その封印石を『月』と名付けた。俺はその外側から更に封印を施し、天へと打ち上げた。封印石を作ったせいでこの大陸が大きく削られてしまったがな」
「だから大陸のど真ん中にこんなデカい塩湖があるのか……」
「神秘ですねー」
アイリスも世界の秘密に迫れたからか、感心した様子だ。
しかし同時に一つの疑問へと至る。
「ん? そもそも何で封印したのです? 討伐じゃなくて」
「そういえばそうだな」
あまりに自然な流れだったのでシュウも気付かなかったが、確かに封印というのは不思議な話だ。トレスクレアがシステムであるならば、破壊してしまえば良かったはずだ。アダムの権能がどのようなものかシュウは知らない。しかし権能というからにはそれなりの力であるはず。魔術を生み出したというその力が機械を潰せない程度のものだとは思えない。
そもそもルシフェルも破壊ではなく封印を選んだという時点で不自然だ。
シュウは一つの思い当たる節を言葉にする。
「まさか……そのトレスクレアは『王』だったのか? システムが魔力で構成されているとすれば、疑似的な魂として魔物化して、『王』に覚醒することも考えられる」
仮に魔法を得ていたのだとすれば、ルシフェルでも殺しきれない可能性はある。それこそ、トレスクレアが反魔力である聖なる光を行使していたことから考えて、固有の魔法が反魔力だった可能性も否めない。
答えを求めるべくルシフェルに目を向けると、深く頷いていた。
「そういうことか」
「トレスクレアが八番目の『王』……虚飾王となった経緯を説明する必要があるな。レイ、パンドラについて教えてやれ」
「パンドラ? なんだそれは?」
シュウは『黒猫』へと尋ねる。
すると彼女は微妙な表情を浮かべた。それは話したくないというより、何を話すべきか迷っているといった様子である。数秒ほど間を空け、話し始めた。
「あー、端的に言うとね。トレスクレアを開発したのがパンドラ博士なのさ。そして僕たち実験体を含め
「そういえば、三つ眼が実験体として先に作られたんだったか。トレスクレアはそれを兵器に応用したものだよな?」
「うん。色々と詳しく話すと長くなるからね……うーん」
再び『黒猫』は口を閉ざし、唸り声を上げる。
どこから話すべきか、どこを重要視して話すか、どうすれば理解してもらえるか、そのために悩む。今度は十秒以上の間を空けた。
「えっとね。虚飾王の誕生には二つの要素が絡んでいるんだ。一つは巨大なシステムを動かし、更には端末の人形を自動的に生み出す仕組みも賄うエネルギー機関。すなわち永久機関」
「神聖グリニアが保有しているものと同じやつか?」
「うん。あらゆるエネルギーを完全変換するという意味での永久機関だよ。これのお蔭でどんなものでも燃料にして望みのものを生み出せるようになった。トレスクレアの外装もその仕組みで生み出していたんだ」
「アゲラ・ノーマンが開発できたのは既に知っていたからか。まぁ、そこは予想通りだな」
永久機関についてはシュウも色々と考えさせられた。
その気になれば似た仕組みのものは開発できるが、神聖グリニアにあるものほど小型化かつ効率化させることは難しい。それを何の下地もなく生み出したとなれば驚くべき天才である。だからこそ、シュウは古代技術の一つだと睨んでいた。
尤も、死魔法があるので最終的に欲しいとは思わなかったが。
「トレスクレアの端末人形には第三の眼を搭載したからエネルギー供給は必要ないんだけどね。ただそれを維持管理して思考する人工知能はエネルギーが必要だから」
「システム本体にも第三の眼をつけなかったのはなぜだ? その方が簡単だろう?」
「第三の眼は根源量子から魔力を受信する仕組みだからね。妨害する方法があるって思われたんじゃないかな? 例えばルシフェル様が力魔法を使えば妨害できる。それを避けるために、トレスクレア本体のエネルギー機関として永久機関を選んだんだと思うよ」
「……
シュウは信じられないという気持ちだ。
冥王であるシュウですら、ルシフェルと戦いたいとは思わない。必要であれば戦うこともあるが、そうでなければわざわざ戦いを挑もうとは思えないほどの相手である。
神と崇められる存在に挑むことを考えていたというのは理解に苦しむ話であった。
それに対し、『黒猫』は首を振って否定する。
「ルシフェル様というより、魔法を想定していたんだよ。特に三大魔王のね。ルシフェル様なら永久機関も妨害できるから」
「そっちか。それでもう一つの要素はなんだ?」
「開発当初のトレスクレアは人工知能としては微妙でね。いや、普通に優秀ではあったんだけど、幾つもの端末を有機的に操るほどじゃなかった。精密操作なら数体が限界だったかな? まぁ色々あって、トレスクレアに開発者のパンドラ博士が宿ったんだ」
「それは説明を省略し過ぎじゃないか?」
「色々意味不明ですねー」
唐突で脈絡のない説明にシュウだけでなくアイリスも呆れる。
機械兵器に人間が宿ったというだけでは説明不足過ぎるだろう。
「やっぱり伝わらないよね……うーん。そうはいっても言葉の通りなんだ。パンドラ博士は自身の魂をトレスクレアの知能として上書きした。だから肉体を捨てて、トレスクレアに乗り移ったっていうのが正確な表現になるかな? トレスクレアに搭載された人工魂は貧弱過ぎて、そしてパンドラ博士は肉体に対して魂が強靭過ぎた。あの人はいわゆる天才だったんだ。突然変異だって言われても納得する程のね」
魔術機械システムに人の魂を宿らせる。それが理論上可能であることはシュウも分かった。
魂とは肉体に宿る術式である。思考し、成長し、意思あるものとして振る舞わせるソフトウェアである。トレスクレアというシステムは並みの疑似魂では操り切れないほど高性能だったのだろう。ハードウェア側が高性能過ぎたということだ。
逆にパンドラという人物は肉体に対して魂が高性能過ぎた。
ここでルシフェルがシュウに対して告げる。
「お前ならば分かるだろう? 永久機関が搭載された異質の体に、人の魂が入ることで何が起こるか」
「……知っているのか?」
「ああ。
アイリスにも言ったことがない事実が明かされる。
それには彼女は勿論、『黒猫』も驚きを露わにした。
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