第252話 世界の神


 妖精郷の船はアスモデウスと化け物たちに案内され、入港することになった。

 案内されたのは広大な島であり、遠くからも目立っていた摩天楼を中心として立体的かつ芸術的な都市が広がっている。



「まるで島が丸ごと神殿のようだな」

「お褒めに与り光栄でございます。あれがアポプリス帝国の帝都となっております。他にも幾つかの都市が別の島にありますが、この帝都こそが至高であると自負しております」



 アスモデウスが自慢するだけのことはあり、中心にあるバベルから広がるようにして芸術的な建造物が連なっていた。また建造物の一つ一つがマギア大聖堂とも比べられないほど精緻であり、神聖さを秘めているように思えた。

 あれこそが天の国であると言われても納得できるであろう。



「アークライト様」

「何だ?」

「船が港に入り次第、転移でバベルの最上階へと移動します」

「転移? 魔術が使えるのか?」

「我らが神の力でこの辺りの魔力活動を一部制限しているのです。許可がある者ならば自由に魔術を使うことができます」

「魔法、か」



 シュウが予想した通り、魔力の制限は魔法によって行われていたらしい。アスモデウスも質問に対して意味深な笑みを浮かべていた。

 アイリスはシュウに近づいて耳打ちする。



「この人たち、信用できるのです?」

「それはこれからだ。戦いになったとして、魔力が使えずともやりようはある。魔術の使用制限はこの辺りに入らないと機能しないからな」

「どういうことです?」

「……そもそも戦いにならなければいい話だ。敵対はするなよ」



 そうして話している内に、船は港へと入る。

 見たこともない巨大な港であり、白いドームのようなものが幾つもあった。波止場も洒落たもので、そこから上れる空中回廊を通してドームにまで行けるようになっていた。

 また港には人型が多く働いていたが、そのほとんどには異形の何かが生えていた。それは角であったり、翼であったり、触手であったりと様々である。しかし人間と同じように生活していた。



「天使系、それと悪魔系か」



 珍しいな、というのがシュウの感想であった。

 この二つの魔物はスラダ大陸で滅多に見かけない。この二系統は魔力が小さくとも知能が高いことが多く、それによって強大な魔物となりやすい。そして同時に人の目を盗んで暮らしている。だから滅多に見かけないのだ。

 だから何千、何万という天使系や悪魔系魔物がいることは驚きだったのだ。

 アスモデウスは船が完全に停まると同時に、一礼して口を開く。



「改めてようこそ。あなたの配下はこちらで歓迎いたします。宜しいですね?」

「ああ頼む」

「そちらの方はアークライト様と共に向かわれますか?」

「それでいいなアイリス?」

「なのですよ!」

「では、早速転移いたします」



 満足気なアスモデウスは背後に立つ少女の悪魔へと目配せする。

 すると少女が転移魔術を使ったのか、シュウとアイリスの視界は一瞬で切り替わった。







 ◆◆◆






 転移した先は玉座の間であった。

 いや、それをシュウが知っているわけではない。ただ一目でここが王のいるべき場所であるという感覚がしたのだ。

 何より、目を引く存在がそこにあったからかもしれない。



(あれが)



 シュウは玉座に座る男の姿を見た。

 端麗な容姿という簡単な言葉で表すには足りない美貌を誇り、その背からは特徴的な漆黒の翼が広がっている。男とも女とも取れるその姿は性別などを超越した存在であるということを象徴しているのかもしれない。



(まさに堕天使。まるで伝承・・のルシファーだな)



 魔王にして魔神ルシフェル・マギア。

 その右側には四体の天使系魔物を従えている。そしてアスモデウスと四体の悪魔たちもその側へと寄っていき、アスモデウスは玉座のすぐ側に、悪魔たちは天使たちと対称になるよう玉座の左側へと控えた。

 天使と悪魔を従える『王』。

 それはゆっくりと口を開き、告げる。



「よく来た。名乗れ」



 シンプルで傲慢な言葉であった。

 だが、従わなければならないという強迫観念に迫られる。何かを超越した、言葉の力のようなものが宿っていた。魂を見るシュウには、ただの言葉で自分たちに影響を与えたことを理解する。



「あ、私、あ」



 抵抗力のないアイリスは『王』の言葉に支配されそうになる。そこでシュウが死魔法を使い、言霊の影響を殺した。

 そしてシュウは彼女を抱き寄せ、言葉の影響力から守る。



「しっかりしろ。言霊だ」

「こと、だま?」

「言葉そのものが魔術となって魂に影響を与えている」



 魂の活動は魔力の活動に等しい。

 故に言葉を介することで魔力を他者の魂へと影響させることで、精神魔術にも似たことができる。勿論、そのためには超絶的な魔力の扱いが必要となる。それは人外の技という言葉でも言い表せない。シュウにも不可能と断言するような技術であった。

 警戒しつつ、シュウは問いに答えた。



「アークライト。人間の間では冥王として知られている」

「そうか。俺はルシフェル・マギア。この世界を創造した『王』だ」

「創造した、だと?」

「その通り」



 ルシフェルは両腕を広げ、誇らしげに語る。



「この大地も、海も、太陽も、月も、空の星々も、その果てまでも、そして魔術も魔装も魔力さえもこの俺が創造した」



 更にシュウとアイリスに向かって指を差す。



「そして魔物も人間も俺の創造の産物だ。全てな」

「魔神、か」

「ああ。人間は俺をそう呼ぶ。今の人間どもには一部の名しか伝わっていないようだがな」

「エル・マギアのことか」



 アイリスは苦々し気である。

 彼女は今でこそ捨てているが、かつては魔神教の教義を信じる聖騎士であった。しかしルシフェルが名乗る『王』は、その神こそ自分自身であると語っている。

 正直なところ、簡単に認められるものではなかった。

 あまりにも荒唐無稽である。



「本当に、神様なのです?」

「冥界の『王』に選ばれた娘よ。お前は特別にアークライトへとやろう。本来はこの世界全てが俺のものだ。しかしこの俺と同格になったアークライトに免じて俺の支配から逃れることを許す」



 実に傲慢な言い分である。

 しかしそれを認めてしまいたくなるほどの何かがあった。言葉は心地よく、ルシフェルの言葉は全て真実であると認めて肯定したくなる。

 ルシフェルの言葉は魔法そのもの。

 その全てが魂にすら影響を与える言霊だ。



「俺たちが理解できる言い方をするならば……魔力魔法といったところか」

「その理解も間違いではない。俺は便宜上、力魔法と呼んでいるがな」



 文字通り、世界を生み出した魔法だ。

 この世の最小物質は魔力であり、その魔力があらゆるエネルギーに変化することで世界という形を構成している。三次元空間も魔力によって維持されているほどだ。

 魔力によって空間が作られ、時が動き出し、法則が生まれ、物質が生まれた。

 そしてその魔力はルシフェルが生み出した。

 これを神といわずに何と表現すれば良いのか。



「人間の娘よ。理解しろ。この世において俺が支配できないものは『王』の魔法だけだ。故にアークライトの死魔法を認めているのだ。貴様はアークライトの付属物に過ぎん。だが貴様がアークライトの支配下にある限り、存在することを許そう」



 アイリスは冷や汗を流す。

 間違いなく、これまでの『王』とも比較にならない存在だ。それに力魔法が魔力そのものだというならば、魔装や魔術が制限されるこの空間にも説明が付く。アイリスがこの世界の人間である限り、覚醒していようともルシフェルに逆らうことは許されない。

 冥王シュウ・アークライトのお気に入りであるからこそ、この場に存在することを許されているのだ。



「さて」



 唐突にルシフェルの雰囲気が変化する。



「『黒猫レイ』を通して貴様らをここに呼んだのは他でもない。この俺と契約を結ぶためだ」

「契約だと?」

「そうだ。詳しい話は……来たな」



 ルシフェルが視線を向けた先で空間が歪む。

 シュウはその光景を何度か見たことがあった。『黒猫』が空間移動する際に発生する歪みである。そしてその奥から猫耳フードの少女が現れた。



「やぁ、本体の僕とは初めましてだね『死神』」



 少女は勢いよくフードを外しつつ、駆け寄って右手を差し出す。

 どうやら握手を求めているらしいと察したシュウは、それに応じた。



「『黒猫』なのか?」

「そうさ。僕が『黒猫』……名前はレイだよ」

「……女だったのか」

「驚いたかい? まぁ、僕が普段から使っている傀儡は男形態だからね。世の中、女より男の姿の方が色々とやりやすいのさ」



 いつもの無表情なイメージがある『黒猫』とは大きく異なり、天真爛漫であった。全体的にほっそりとしているものの、元気いっぱいという印象を覚える。

 そして彼女の特徴として、額に眼を思わせる紋章があることであった。



(この紋章)



 シュウには見覚えのあるものであった。

 彼女と同じく『聖女』セルアと『神の頭脳』アゲラ・ノーマンにも同じように紋章がある。『黒猫』も自身の額に目を向けられていることに気付いたのだろう。説明を始めた。



「これが気になるかい?」



 特に隠すこともなく、シュウは頷く。



色々・・と気になっていることがあってな」

「だろうね」

「説明してくれるんだろうな? 俺をこの場所に呼び出したんだ」

「ふぅん。僕が『黒猫』だってことは疑わないんだね」

「ああ」



 シュウは自信たっぷりに告げる。

 また彼女の胸元を指さした。



「魂の形質が同じだ」

「え? 僕の人形を通しても魂が見えるのかい?」

「魂そのものじゃない。魂の……余波、のようなものか? 言葉では表現しにくいが、意思が宿る以上は人形からでも魂の活動を間接的に観測できる」

「ああ、そうなんだね……びっくりしたよ」

「安心しろ。流石に人形から魂は奪えない」

「え? あ、そんなつもりじゃなかったんだよ!?」



 ころころと表情が変わるのでアイリスを見ているようであった。無表情ないつもの姿と違いすぎて戸惑うほどである。

 また『黒猫』はアイリスの方にも向いた。



「君がアイリスだね。初めまして」

「はじめましてなのですよ!」

「なんだか君とは話が合う気がしていたんだ! また後で色々話そう!」

「わかったのですよ!」

「お前ら仲良しだな」



 ペースが乱される、とシュウは呟く。

 先程まで緊張しつつルシフェルと話していたのに、今はこの調子だ。さっとルシフェルに目配せすると、意味深な笑みを返される。

 ただシュウの言いたいことは伝わったらしく、力ある言葉が放たれた。



「レイ、その辺りにしておけ。今日は大事な話をするためにアークライトを呼んだのだろう?」

「あ、そうだったよ! ちゃんと約束・・は果たさないとね」



 再び猫耳フードを被った『黒猫』は、シュウとアイリスに向かって両手を差し伸べた。



「これから僕の能力の一端を使って記憶を見せる。そうすれば、僕の望みが分かるはずだよ。そしてルシフェル様が望む契約・・もね」

「待て、それはどんな能力だ? 魔装なのか?」

「ん? そうだよ。僕はここで魔装を使う許可を貰っているからね」



 記憶を見せるということは精神に影響を与えるということだろう。つまり精神活動の源である魂に干渉する能力ということだ。

 シュウは彼女の手と重なる複数の糸のようなものを観測する。それらの糸は全て、『黒猫』の魂から伸びているものだった。



(この程度なら精神汚染もないか)



 糸の強度から干渉力を推定し、安全であることを確認する。

 そしてアイリスに目配せして二人同時に手を取った。

 『黒猫』は先程までの笑顔を消して、真剣な表情で告げる。



「これから見せるのは僕の記憶。僕が知る古代の真実だ」



 シュウとアイリスの中に、様々な情報が流れ込んできた。







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