第251話 東ディブロ海探索②


 船で移動するシュウたちは順調な旅を続けていた。まだ進み始めて一日と経っておらず、今は深夜となっている。既にアイリスは眠り、一方で睡眠の必要がない妖精郷の魔物たちは今も船を動かすために必要な仕事をこなしている。

 一方のシュウは、船首に立って先を見つめていた。



(見えない、か)



 瞳に魔術陣を浮かべようとしても何一つ反応しない。抵抗があるとか、非常に困難であるといった感覚ではない。まるで初めから魔術など存在しないかのように術式の構築ができないのだ。



(魔物も多い。これは不味いな……俺がいなければ)



 海中に魔力を感じ取る。

 かなり強い魔力であり、感覚的には高位グレーター級から災禍ディザスター級といったところだろう。それが群れで襲ってくるのだ。魔術が使えない今、対処できるのはシュウの死魔法だけである。

 シュウが手を伸ばし、グッと握り潰す。

 魔物は一撃で全ての魔力を奪い取られ、全滅した。



「これは、しばらく眠れそうにないな」



 見上げると今度は翼を羽ばたかせる巨体がいる。

 天竜系の魔物だ。暗いので個体名までは分からないが、高位グレーター級以上の魔力を持っているように思えた。それもまた、死魔法で始末する。



「出てくる魔物はほとんど竜系統か。地竜系以外の魔王だとすれば……」



 正当防衛という言い分が通じるだろうか。

 それが唯一の心配であった。






 ◆◆◆







 第一都市総督府にて、シンクはある資料を読み込んでいた。

 極めて集中していたからか、部屋に入ってきたセルアの姿にも気付いていない。



「珍しいものを読んでいますね」

「っ!? 驚かせないでくださいよ」

「ごめんなさい。でも本当に珍しい……論文ですね?」



 シンクが読み耽っていたのは過去に発表された論文であった。その内容は題名からおおよそ推察できる。



「魔術によるエネルギー変換、それと魔術道具、あとは魔晶についてですか」

「勉強不足を痛感させられます。基礎ですらよく分からないことだらけで」

「急にどうしたのです? こんなことを勉強し始めて」



 セルアからすれば驚くべきことだった。

 剣一筋で暇さえあれば剣を振るっているのがシンクという男であった。憧れた剣聖の背を追いかけ、理想とする一振りを求め続ける男だと考えていた。

 それがどうしたことか、急に科学者の真似事をしているのだ。表面的な知識を収集するレベルではなく、論文を読み解くということまでやっている。何が彼を突き動かしたのか、セルアは興味を抱いた。



「永久機関について、少し気になりまして」

「何かおかしなところでも?」

「今更ですけど、本当に安全なのかなと」

「……誰かの入れ知恵ですか?」

「ええ、まぁ」



 まだ確信が持てない故に、シンクは情報の仕入れ先を口にすることはなかった。またシンクがそれを語るつもりがないという意思を察したのか、セルアもそれ以上は聞かない。



「手伝えることがあれば手を貸しますよ」

「ありがとうございます。でも、本当に個人的なことなので」

「そう、ですか」



 セルアはジッとシンクを見つめる。

 そして手を伸ばし、その耳にある翡翠の飾りに触れた。



「あなたが今も私の騎士でいてくれるように、私もあなたにとって相応しい人であるよう努めているつもりです。悩み、苦しむことがあるならば私に相談してください。私にとって、心を許せるのはもうあなたしかいませんから」

「セルア様……」

「私は頼りないでしょうか?」

「そんなことはありません! ただ……」

「ただ?」

「いえ、いざという時は……もしもの時は俺の誓いを思い出してください」

「はい? それはどういう」



 首を傾げつつ意味を問いただすと同時に、室内電話がコール音を響かせる。シンクがデバイスを操作して通話状態にしたので、セルアも途中で口を噤んだ。



「シンクだ。どうした?」

『総督ですか!? こちら第四都市聖堂のアルバです』

「第四都市で何かあったんですか? まさか魔物が?」



 海に面した第四都市は海の魔物という脅威に晒されている。電撃網システムによって一応の防衛はしているが、完璧とは言えない。寧ろそれらを突破するほどの魔物が現れたのではないかと心配になったのだ。

 だがアルバは勢いよく違いますと即答する。

 そして驚くべき言葉を続けた。



『「樹海」の聖騎士が帰還なされました!』

「何!? すぐ向かう!」



 行方不明となっていた聖騎士の発見もあり、セルアはシンクに尋ねるべきことを忘れてしまった。







 ◆◆◆







 東ディブロ海を進むシュウたちの船は竜系統の魔物に次々と襲われていた。竜系の魔物も魔導や魔術を使ってこないのは不幸中の幸いだが、鬱陶しいことには変わりない。

 シュウは死魔法でその全てを奪い去り、魂を刈り取り続けた。



「全く……学習して欲しいものだがな」

「おはよーございますー」

「起きたか」



 一夜明けても魔物の襲来は止まらず、いつの間にか朝日が昇っていた。だが、現れる魔物は昨晩とはまるで異なる。格段に強くなっていた。

 災禍ディザスターを超える魔物が多くなり、ただの体当たりで船を沈めるような大型がその八割を占める。シュウは近づけさせないように死魔法を使い続けた。

 とはいえ、シュウにとっては魔力回収し放題のボーナスタイムでしかなかったが。



「それよりアイリス、これを貸してやる」



 シュウは死魔法を使う傍ら、筒のようなものを渡す。

 それはガラスレンズだけを利用して生み出された望遠鏡であった。小型なので倍率はそれほど高くはないが、それを覗き込んだアイリスはあるものを発見する。



「あれは……?」

「ああ、中々洒落たものがあるだろ?」



 遥か彼方。

 水平線より覗くそれは、天を衝くような一つの摩天楼であった。







 ◆◆◆







 世界を見通すその摩天楼の頂きに、それ・・は座っていた。

 壁と一体化するように設置された玉座は白と黒を基調としており、絢爛さを持ち合わせつつも下品な感じがしない。そしてそこに座する者は、頬杖を突きながら目を閉じていた。



「……ようやく来たか。レイの言った通りだな」



 それ・・はパチンと指を鳴らす。

 するとすぐ側に絶世の美女が現れる。



「お呼びですか?」

「レイの奴が呼んだ客だ。出迎えてやれ」

「はぁ……? もしや噂の?」

「ああ。俺の秩序を超越した者だ。俺と同じく一つの概念を支配する『王』でもある。この俺と対等な立場としてもてなせ」

「では、わたくしが直々に向かいましょう。終焉騎士団の半分を連れて行っても?」

「ああ」



 玉座で彼は目を開いた。



「丁重にな」



 その瞳は何色とも表現できぬ、神秘的な光を秘めていた。






 ◆◆◆






 魔物を消し去るシュウはすぐに異変を感じた。

 我先にと襲いかかってきた竜系魔物が次々と去っていくのである。空を舞う天竜も、海を泳ぐ水龍も、何かに恐れをなして消えていく。



「シュウさん、これ」

「ああ」



 だがシュウもアイリスも、そんな些細・・なことはどうでも良かった。

 竜系魔物が逃げ去っていくことなど気にしている余裕がないと思えるほどのものが迫ってきたからである。シュウですら驚かされる強大な魔力を感じ、警戒を強める。



「合計で五つか。これは予想以上だな」



 魔装も魔術も魔導も発動しないこの領域で戦うには不安が残るレベルだ。そしてシュウにも匹敵するその魔力は間違いなく『王』クラス。仮に魔法に覚醒していなくとも、少なくとも妖精郷の配下やアイリスを守りながら勝つのは難しい。

 色々と切り札も使わされ、その上で勝利を確信できない。



(敵対するようなら初手で逃げだな)



 五つの反応は急速に接近し、その魔力に妖精や霊たちが怯える。

 シュウも魔力を隠すことなく放出し、その威圧感に対抗した。またいつでも死魔力が使えるように、自らの内側で死の法則を練り上げる。

 これによって竜系魔物は蜘蛛の子を散らすようにして消えていった。

 初めからこれで追い払えば良かったと考えつつ、不用意な威圧を放出して敵対する意思があると勘違いされることを避ける意味で控えるのは正解だったと思い直していた。

 また向こうもシュウの魔力を感じたのか、一瞬だけ移動が止まる。

 そして数秒の後、それらは空間を飛び越えて船の上空に現れた。



「アイリス、下がれ」



 近くで感じるとより分かりやすい圧倒的な気配。

 アイリスは言われるよりも早く後ずさる。普段から近くに圧倒的強者シュウ・アークライトがいるにもかかわらず、それでも圧倒されてしまったのだ。

 現れた五体は姿形が様々であった。

 まずは全身に眼のようなものがある人型である。かなり大柄であり、人間二人分の背丈はあるだろう。また左腕には触手のようなものも巻き付き、絶えず脈動していた。全体的に黒や濃紺の外骨格のようなもので覆われており、最も不気味である。

 その右隣には不気味というよりも気持ち悪さが先に出てくる。様々な昆虫を融合させたような見た目なせいか、アイリスも目を逸らしていた。背中からは蝶のような鮮やかな模様の翅が生えている。

 そして次が最も目立つ炎の魔人だ。シルエットや大きさは一般的な成人男性と同じであるが、全身が炎であった。炎を纏っているのではなく、炎そのものなのである。色鮮やかな炎が腕を組んで浮いていた。

 四体目は今までと異なり、美少女と呼ぶに相応しい見た目であった。クラシカルな黒のドレスが場違い感を際立たせている。幼い見た目ではあるが、どことなく色気を放っていた。だが、ただの人型というわけではない。人外であることを示すかのように、腰から蝙蝠のような翼を広げていた。



「全員、動くなよ」



 シュウは全員に命じる。

 四体の化け物は強大な魔力を誇り、その場にいるだけで弱者は膝をついて首を垂れるであろう圧を放っている。しかし、その更に上で浮遊する最後の一体が最も危険だとシュウは感じていた。



(あの一番上にいる女……恐らく魔法を持っている)



 それは見た目だけなら妖艶な美女であった。

 角や翼や鱗や触手といった、異形の部分は何一つ存在しない。しかしながらシュウはその魔法で魂を観測し、ただ者ではないことを理解していた。

 女はゆっくりと降りてきて、やがて船の先端に降り立つ。追随する四体の化け物たちは女を囲うようにして浮遊していた。



「ようこそ」



 女は見惚れるほど美しい会釈をしつつ、口を開いた。

 そこから紡がれる言葉は思念を介して魂に叩き込まれ、強制的に理解させられる。アイリスも口の動きと理解した言葉が噛み合わないことからそれを察した。



「あなた様のことはレイから聞いております。妖精郷の『王』にして死の君臨者、冥王アークライト様」

「レイ? 誰だ? 俺を知っているのか?」

「アークライト様にも分かるように言うなれば……『黒猫』。我らが『王』の配下であり友であります」



 シュウはハッとする。

 つまり目の前にいる女は『黒猫』が語っていたディブロ大陸唯一の帝国の者ということになる。



(だが解せない。この女は間違いなく『王』に匹敵する。それにもかかわらずこの女の上に誰かが君臨しているような話し方だ)



 魔力だけで言えば従えている四体の化け物も終焉アポカリプスクラスだ。これで魔法に至っていない方が不思議なほどの強者である。

 そして女は『王』であるにもかかわらず、『王』に従っているという。

 疑念の目が向かっていることに気付いたのだろう。

 女は笑みを浮かべつつ口を開く。



「申し遅れました。わたくしの名はアスモデウス。悪魔たちの『王』にしてアポプリス帝国の王妃でもあります。我らが『王』にして世界の神……魔神ルシフェル・マギア様の命により、あなた様方を迎えに参りました。ようこそ我が神の国へ。歓迎いたしましょう」



 アスモデウスは遥か彼方に見える摩天楼を指さす。



「あれが神の塔バベル。あそこで世界の神が待っておられます」








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