第245話 鬼の帝都⑥
魔物たちの蠱毒。
それを止めるため、『樹海』『穿光』『千手』『剣聖』『聖女』『冥土』が転移で現れた。そしてすぐさま『聖女』セルアが魔装を発動する。
魔力崩壊現象……いや、反魔力との対消滅により魔物は形質を維持できず、次々と滅びていく。味方もいるので深度はそれほどでもないが、弱い魔物の魔力結合を破壊するには充分であった。
「気を付けてください! 何か……とてつもない危機がここにあります!」
セルアは二つの魔装を持つ。
一つは後天的に獲得した聖なる光。
もう一つは生まれ持っていた危機感知の魔装だ。未来視の魔装の亜種であるが、汎用性は低い。比較的近い未来かつ、自身の近辺で起こることだけを察することができる。
その魔装が彼女に絶大な危機感を与えていた。
「セルア様、それはどれほどの!?」
「今まで感じたことのある危機とは比べ物になりません」
焦りがセルアの顔に表れる。
シンクですら、そんな顔を見たことはなかった。顔は蒼褪め、額からは大量の汗が流れている。喰らい合う魔物を一掃したにもかかわらず、その感覚が消えない。
元凶と思われる地下へと目を向けた。
聖なる光が届かなかったそこからは、新しい魔物が現れ続けている。そのどれもが弱い鬼系魔物ばかりだが、数が膨大だ。
「あの穴がやっぱり怪しいわよね」
「ですな」
最も古い二人の聖騎士が魔力を強めながら地下へと歩み始める。人間を見つけた魔物は一斉に襲いかかるが、アロマの魔装で一掃された。
流石に覚醒魔装士ともなれば雑魚の魔物が何百いても関係ない。
それでも絶え間なく地下からは魔物が溢れ続けており、中に入るのは難しい。そこでセルアが聖なる光を発動維持したまま進むことにした。地下への入り口はただの穴であるが、奥へは緩やかな坂道が続いている。
六人の聖騎士は駆け足で奥へと侵入していった。
◆◆◆
奥へ進んでいく覚醒聖騎士の様子は上空から観察されていた。
戦いの様子を録画しているシュウとアイリスである。
「あーあ、行っちゃいましたね」
「そうだな。所詮、地上の帝国は氷山の一角。後で絶望しなきゃいいが」
「いいんですか? 『聖女』さんと『剣聖』さんが死んじゃいますよ? あの二人ってハイレインさんのお気に入りですよね?」
「聖騎士の中でも比較的まともだから、例の計画のことを考えて助けるのもありだ。ただ、できればの話だけどな。ここの『王』は格が違う。俺でも楽勝とはいかない」
「珍しく弱気ですねー」
「弱気というより、割に合わない戦いになるからな」
スラダ大陸では唯一の『王』と認識されているシュウですら、この大陸の『王』と戦いたいとは思わなかった。一通り南ディブロ大陸を調査したからこその感想ではあるが。
「正直、これで人間が勝ったら奇跡だな」
「ですねー」
待ち受ける絶望を知る二人は、ただ観察を続ける。
◆◆◆
鬼たちが溢れる地下へと潜入した聖騎士たちは、その内部に驚嘆していた。
無骨な地下空間を予想していただけに、まさか地下宮殿が広がっているとは思わなかったのだ。床は大理石にも似た白い石が敷き詰められ、壁は全てレンガで補強されている。また天井も広く取られており、通路はアーチ状になっていた。規則正しく並ぶ白い柱には鬼の彫刻が施されている。
神呪弾の影響からか崩れている箇所も多々見られたが、芸術的な空間であった。
「まさかこれほどとはね」
アロマが素直な感想を漏らす。
次々と鬼系魔物が奥からやってくる状況の中、彼女は地下宮殿の観察に努めていた。魔物がここまでの文明を持った例は黄金都市で一度見たことがあったので、驚きはまだ少ない。しかし初見でこれを見せられたら間違いなく古代遺産を魔物が利用しているのだと断定したことだろう。
一方で聖なる光を放ち、魔物を寄せ付けないセルアは現れる魔物に注目する。
「特に武装のない……裸の鬼がほとんどですね。生まれたばかりということでしょうか?」
「この数の魔物が武器や服を落としていったら邪魔になりそうですね」
魔物は自身の肉体を魔力で構築している。知性のある上位種ならば衣服や武装すらも魔力で生成することも可能だが、雑魚の魔物には到底不可能だ。故に滅ぼされると使っていた装備がその場に残ってしまう。
現に、床には布製の服や金属の武具防具が散らばっていた。
「ひひひっ。俺の出番、なさそうだね」
ガーズィンは笑う。
彼の能力は自身の血液を撃ち込むことで対象の魔力を掌握するというもの。その気になれば魔術の法則を無視して、相手を体内から爆散させることもできる。ただ、これは強力な魔物に有効な能力であって、雑魚にいちいち使うような力ではない。
故に彼だけは暇であった。
実際、近づく魔物は聖なる光を浴びて即座に霧散している。
「あら? あれは」
アロマは通路の先に、一際大きな扉を見つける。入口から魔物の現れる方向に進み続けてきたが、ようやくそれらしい場所へと辿り着いた。
そして予想を証明するかのように両開きの大扉が開く。
内側からは
勿論、聖なる光の効果範囲に入った瞬間、溶けるようにして消滅したが。
「前衛はシンクとラザード、中衛にセルアとガーズィン、後衛は私とリヒトレイ。それで突入するわよ。何を差し置いてもセルアは守りなさい。彼女は私たちの切り札よ」
最年長として、アロマが指示を出す。
即座に隊列を整えた彼らは大扉を潜り抜けて突入する。
そこで見たものは玉座であった。
「くくく。これはこれは」
珍しくガーズィンが一番に感想を漏らす。
地下宮殿の最奥にあった玉座とも呼べるその場所は、これまで通ってきた通路とは一線を画するほど豪華絢爛を極めたものであった。
まず目につくのが敷き詰められた絨毯である。黄金が織り込まれた赤い絨毯は足が沈みこむほどであり、マギア大聖堂の大礼拝堂を思い出す。また壁には装飾の施された柱が並び、その間にある壁には黄金の糸で刺繍された旗が掲げられていた。また天井からは眩いほどの照明が飾られている。複雑にカットされたガラスの内部に魔術の明かりが灯され、プリズムによって七色の光を部屋全体に注いでいる。
そしてこの巨大な部屋で最も目立つ玉座が正面の奥にあった。
黄金の枠組に真っ赤なクッションのそれは、緑のカーテンに覆われている。そこに座する鬼は、頭部に冠を載せていた。
「あれが、『王』?」
「そんな馬鹿な」
前衛として立つシンクに続き、ラザードがそんな呟きを漏らした。
彼らは驚いていた。
玉座に座る小柄な鬼は予想を遥かに下回る魔力しか内包していなかったのだ。彼らの感覚によると、
「気を付けてください! 魔力を隠している可能性もあります!」
セルアは警告する。
この場にいる聖騎士たちは誰一人として油断していなかったが、彼女の言葉でより引き締まった。鬼の帝王もニヤリを笑みを浮かべ、魔力を放つ。
圧力が一段と高まった。
同時に放たれた魔力が凝縮して六体の魔物を生み出す。これまでの雑魚とは異なる、大きな魔力が凝縮されていた。
「そういうことね」
アロマが納得して頷く。
現れたのは六体の
勿論、覚醒した聖騎士にとっては何の障害にもならない。
「あれは魔物を生み出す上位種……そうね、ひとまずは
聖騎士たちと鬼の帝王の戦いが始まった。
◆◆◆
魔神教連合軍本陣へと進む鬼の勇者パーティは見事に足止めを喰らっていた。クローニンが召喚したブラハの悪魔は巨体を利用して自らが盾となり、黒い立方体の弾丸を飛ばして攻撃する。爆撃にも似た攻撃は魔剣士、二つ首、三本角を吹き飛ばし、前に進ませない。
また隙を見せればフロリアの矢が飛来し、その喉元を突き破ろうとする。
「ゲゲッ!」
二つ首の片方の首が大きな魔術陣を展開する。上位魔術に分類されるほどの大きな魔術陣を一瞬で完成させるあたり、知能の高さが窺えた。
そして術式が発動すると同時にブラハの悪魔は動きを止める。いや、限りなく動きが遅くなる。闇を纏う女騎士は子供でも見切れるほど速度を低下させていた。当然、魔剣士はその隙を逃さない。暗黒の斬撃が飛び、腹部の鎧を破壊する。
衝撃を受けたブラハの悪魔は後ろに倒れ、砂煙を上げた。
「グガ!」
また二つ首のもう片方が一際大きい魔術陣を展開する。これまた人間たちには見覚えのない術式であったが、大きさからして第十階梯規模であった。
術式に反応して砂漠が盛り上がり、それが四体の巨人となる。ぽっかりと穴の開いた両目と口が不気味で、四つの腕を持つ異形である。足はなく、腰のあたりで砂漠に埋まっていた。しかし移動に問題はないらしく、滑るようにして倒れたブラハの悪魔を囲む。
合計で十六にもなる砂の腕が巨大な黒騎士を抑え込んでしまった。
だが、その砂の巨人は天より降ってきた一筋の光によって爆散する。その光は次々と砂巨人の頭部を破壊してしまった。
「この私が直々に相手をしてあげるわ! 感謝しなさい!」
地上に大きな影が差す。
見上げると、そこには水晶のドラゴンが空を舞っていた。その上に騎乗するのがクラリスである。彼女は赤鎧を討伐した後、空を飛んで急行したのである。
また、これで上に注目してしまったことが仇ともなる。
二つ首の右側の頭部が突如として吹き飛んだ。同じく赤鎧の討伐に貢献したコーネリアがチャージショットで狙撃したのだ。
「ギギャアア!?」
「ガガ!」
三本角が慌てて魔術を発動し、二つ首の頭部を再生させる。
しかし二つ首が大ダメージを負ったことで砂の巨人も解除され、ブラハの悪魔が立ち上がる。既に砕かれた鎧は修復されており、闇に揺れる巨大な刃が振るわれる。魔剣士も負けじと魔剣を振るい、闇属性の波動を放つことで対抗した。
砂漠の大地が腐食した沼のように不気味な色合いとなる。
しかしブラハの悪魔は何も躊躇わず、腐蝕した大地へと踏み込んで手を伸ばし、魔剣士を握り潰そうとした。当然ながら魔剣士は刃を振るって払いのける。
そこに再び光が降り注いだ。
鬼の勇者を冠するだけあって、魔剣士は多少の火傷程度で切り抜ける。そして遠くから飛来したチャージショットの弾丸を剣で切り裂いた。
「馬鹿みたいに硬いわね」
空から一連の流れを見ていたクラリスはそんな感想を漏らす。魔剣士こと
目的は水晶竜に騎乗するクラリス。
空を飛ぶ敵の厄介さは理解しているらしく、真っ先に落としにかかった。
慌ててクラリスは水晶竜を反転させて回避するも、魔剣士はそれを予想していたかのように闇の魔剣を振るう。暗黒の斬撃が水晶竜に襲いかかった。
「ゲ!」
やってやったと謂わんばかりの笑みを浮かべ、魔剣士は追撃を放とうとする。しかし空中で身動きが取れないところに、ブラハの悪魔が斬撃を放った。鞭のようにしなる闇の斬撃が魔剣士を上から下へ叩き付ける。咄嗟に魔剣で防いだが、その衝撃で腐蝕した沼地へと叩き落された。
一方で闇属性攻撃の直撃を受けたクラリスも地面へと落下する。その途中で水晶竜が助けたが、物質の均衡を崩す特性によって衣服はボロボロだ。身体は自然に纏っている魔力が防御してくれたので致命傷には至っていない。しかし全身から血を流しており、痛みで表情を歪めていた。
「やって、くれるわね!」
ポーチから赤い液体入りの小瓶を取り出し、片手でキャップを外して口へと含む。途端に彼女の傷は全て修復された。神の霊水と呼ばれる最高位回復薬の効果である。
また同時に水晶竜で太陽光を集め、収束して魔剣士の落ちた沼へと放った。
だが、それは空間中で不自然に屈折してどこかへと飛んでいく。その犯人は二つ首であった。また光を屈折させた魔術を放った方とは別の首が、もう一つの魔術を発動する。かなり広範囲へと広がった魔術陣から推察するに、それは第十階梯規模であった。
しかし術式はやはり未知のもの。
クラリスは警戒しつつ、上空へと昇っていく。
またそもそも発動させるつもりすらない。天より降り注ぐ矢が二つ首へと迫る。フロリアの絶対命中精度を誇る矢が二つ首へと迫った。しかしそれは三本角が張った結界で弾かれる。単純な魔力障壁にもかかわらず、強度は絶大であった。
だが、遠距離攻撃はフロリアのものだけではない。時を同じくして放たれたコーネリアのチャージショットが、時間差で着弾する。速度よりも威力重視となっている彼女の魔装は、魔力障壁を容易く破って二つ首の象徴たる左右の頭部を纏めて吹き飛ばす。
ただ、僅かに遅かった。
「っ! 不味い!」
クラリスは周囲の空間が歪んでいることを察知する。それはただ光が歪められているというわけではない。空間そのものが湾曲しているのだ。
そしてクラリスと水晶竜を纏めて圧し潰そうとしている。
広範囲の空間が圧縮され、クラリス自身も体を引きちぎられるような感覚を覚えた。このままでは死ぬと悟り、全力で効果範囲から逃れようとする。だが、このままでは逃げ切れないのが分かっていた。
そこで水晶竜が身を捩ってクラリスを放り出す。
「え? ちょっと!」
ほぼ自律行動している水晶竜が何をしようとしているのか分からなかったのだろう。眷属型魔装は意のままに操ることもできるが、自律させることもできる。彼女は後者を選んでいた。
自律行動させるメリットはいざという時に現れる。眷属型魔装の使い手が危機に陥った時、眷属は身を挺して守ってくれるのだ。
水晶竜は空中に放り出されたクラリスの襟首を口で咥え、首を振って放り投げた。勢いよく投げ出された彼女は空間圧縮の魔術効果範囲から一瞬で逃れる。
その代わり、水晶竜は空間ごと潰された。
ただそれでクラリスが逃げ切ったわけではない。再び魔剣士が闇の斬撃を放つ。しかし、それはブラハの悪魔が体を張って受け止める。
「来て!」
その間にクラリスが水晶竜を再召喚した。あくまでも水晶竜は魔装なので、消滅させられてもすぐに呼び出すことができる。尤も、普通の魔装士ならば破壊された眷属を再構築するのにそれなりの時間がかかるので、それだけクラリスの腕が良いということでもあるが。
水晶竜はクラリスを背に乗せるや否や、太陽光を吸収して解き放つ。チャージ時間は短かったが、細く圧縮されたレーザーが三本角を狙う。
コーネリアのチャージショットで殺された二つ首を蘇生しようとしていたので、三本角には障壁を張る余裕などなかった。二つ首と同じく頭部を消し飛ばされ、消滅する。
「ゲゲガガッ!」
仲間を滅ぼされ、魔剣士は雄叫びを上げる。
そして闇の魔剣を掲げ、そこに闇属性を凝縮させた。解き放たれれば広範囲にわたって腐蝕が蔓延し、生命が存在できない世界へと塗り替わることだろう。込められた魔力は禁呪にも匹敵するため、闇の禁呪が発動するにも等しい。
クラリスは即座にそれを止めるべく、太陽光をチャージさせた。
またブラハの悪魔は周囲に暗黒のキューブを幾つも創り出し、分割して弾丸として放つ。
だが流石に
そして何より、この魔物はまだ
「ガアアアアアアアアアアアアアアアア!」
何故、
それは勝利を約束された物語の勇者のように、絶望を乗り越える勇者のように、あらゆる危機を打ち破る力が備わっているからだ。
魔剣士の肉体が膨れ上がる。
纏っていた衣服と鎧が弾け飛び、噴き出る魔力が新しい鎧となる。子供のような体躯だったそれは、瞬時に鍛えられた大人ほどにまでなった。
精悍な顔つき、額から伸びる輝く角、そして理性と知性の宿った瞳。
また先程とは比べ物にならない圧倒的な魔力。
その魔導の名称は覚醒。
鬼の勇者にのみ許された、一発逆転の力であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます