第244話 鬼の帝都⑤


「ああ、これは、もう……うーん」



 本陣にて唸るクローニンはデバイスをせわしなく操作していた。報告されてくる各拠点の情報を処理しているからであった。もはや通信を聞いて処理するのは不可能。次々と寄せられる文章化された状況を読み、対処を返信し、また別の状況が知らされる。

 もはや召喚したブラハの悪魔に鬼勇者の撃退を命令して以降、何一つ指示を出していないほどである。



特異個体ネームドの赤鎧を撃破っと。はいはい、えっと――って撃破!? え? 本当に? うわ、本当だった」



 次々と危険個体が報告されている中で、唯一の討伐報告。

 これにはクローニンも安堵の息を吐く。しかし次の瞬間には顔を引きつらせていた。



灼赫妖鬼アカオニが後続の部隊も壊滅させた? えっと、え? 零凍妖鬼アオオニが広域冷凍で部隊の足止めを……抑え込めているのは黒稲妻だけって」



 元から強いと分かっていた黒稲妻には二人の覚醒聖騎士を当てることで拮抗している。だが問題は後に出現した二体だ。特に灼赫妖鬼アカオニは『赫煉』の聖騎士を屠っており、止める者がいない。既に幾つもの部隊が壊滅させられている。殲滅兵など足止めにもならない。

 一方で零凍妖鬼アオオニは第五十九拠点を空気も液体化する極低温の領域へと変貌させた後、全く動いていない。だが当然ながら近づくことなどできず、様子見するだけに留まっている。また動かないからといって監視を止める訳にもいかないため、その分だけ部隊が足止めされていた。



「動かない零凍妖鬼アオオニの方が厄介、いや、灼赫妖鬼アカオニの被害を食い止めるのが先?」



 どこに援軍を派遣すれば良いか、クローニンは考える。

 残っている戦力は『樹海』『穿光』『千手』『聖女』『剣聖』『神の頭脳』『冥土』だけだ。この内、魔王の発見と同時にそちらの討伐をする必要があるため残しておかなければならない聖騎士もいる。それが『樹海』『聖女』『剣聖』の最低三人だ。

 残った中で戦闘を得意としない『神の頭脳』ことアゲラ・ノーマンを除くと、援軍として期待できるのは『穿光』のリヒトレイおよび『千手』のラザード、そして『冥土』のガーズィンだ。



「えっと、遠距離攻撃できる人じゃないと話にならないから、うーん……」



 どう考えても灼赫妖鬼アカオニ零凍妖鬼アオオニを倒すのには向いていない面子だ。いや、この中ではリヒトレイだけが強力な遠距離攻撃ができる。ただし、あくまでもそれは光攻撃なのでマグマを操る灼赫妖鬼アカオニには効果的と言い難い。マグマと光が触れて勝るのは明らかに前者である。

 そんな悩むクローニンの下に、本陣の観測班の者が報告に訪れた。



「クローニン・アイビス様! お忙しいところを失礼します。鬼の帝都を観測していたところ、地下から無数に鬼が出現していることを確認しました! おそらくその奥に『王』がいると思われます!」

「あ、うん……うん? 見つかったの? え?」

「はっ! 間違いないかと」

「あー、ちょっと確認させてくれるかな?」



 頷いた観測班の男は仮想ディスプレイを展開し、クローニンに見せつける。それは上空から捉えた映像であり、帝都だった更地を映したものであった。

 そして彼の言った通り、地下に続く穴のような場所から次々と鬼系魔物が現れている。ただし、その傾向として災禍ディザスター級以上の上位種はいない。ほぼ全てが雑種ウィード級から中位ミドル級であり、稀に上位グレーター級が混じっている程度だった。



「あー、もしかして『王』が魔物を生み出しているとか?」

「はい。我々もそのように予測しています」

「あんな巨大な街があったのに、こんな地下で雑魚を閉じ込めておく理由もないし……」



 映像を見る限り、地下から出てくる鬼は雑魚ばかり。なのでそれ自体は問題ない。

 だが、その地下に存在するそれらの魔物を生み出していると思われる何かが問題だ。無数に魔物を生み出しているのだとすれば、少なくとも強力な魔物が特別な力を使っていることに他ならない。本来、魔物とは魔力が凝縮して誕生する。意図的に発生させるとなると、最低でも無数の魔物を生み出して自己を維持できるだけの膨大な魔力と、人間に匹敵するかそれを超える知性が必要となる。



「なるほど。しかし、これは……」



 クローニンは地上に現れた鬼系魔物の行動に注目する。

 それらは気が狂ったかのように互いを殺し合い、理性を失ったかのように暴れ続けていた。同系統の魔物が争うことは稀だ。だが、そんな稀な現象が映像越しとはいえ目の前で起こっている。

 観測班の男は実に能天気だったが。



「どうやら指揮官と呼べる個体がいないのか、あるいは大量の指揮官が矛盾する命令をしているのか……魔物たちは暴走して自滅しています。今がチャンスで――」

「あー、待ってください。それ、危険です」

「はい?」

「いえ、多少の魔物が暴走して自滅しているくらいならいいんですが、それが数万とか数十万という数になると話が変わります」



 クローニンの脳裏に浮かんだのは蠱毒の儀式。

 大量の毒虫を壺に閉じ込め、食い合わせ、殺し合いをさせて最強の毒虫を生み出す魔術である。結果として残る毒虫は最強の毒を得ることになるという。

 そしてこれは魔物にも同じことが言える。

 魔物は生命体を殺し、それが保有する魔力を吸収する。人、動物、魔物、あらゆる生命を殺して自身を強化レベルアップする。万を超える魔物が食い合い、魔力を奪い合った時、そこには最強だけが残る。



「今すぐあの魔物の群れを殲滅する必要があります。転送で『聖女』をあの場に……ああ、いや魔王がいるかもしれないのなら『樹海』と『剣聖』も!」



 この時のためにマギア大聖堂には転送術式が準備されている。そして事前に綿密な計算によって記述された転移術式が、指定された人物を鬼の帝都まで強制移動させる。

 今は『聖女』と『剣聖』も総督府にいるのだが、マギア大聖堂とは空間接続ゲートで繋がっているのですぐに移動できる。

 またクローニンは更に指示を出した。



「く……いや、全員を送り込みます! 灼赫妖鬼アカオニ零凍妖鬼アオオニは放置! この際、犠牲もやむなし、です」



 多くの人間を見殺しにする決断であった。

 灼赫妖鬼アカオニ零凍妖鬼アオオニを放置すれば、被害は加速度的に広がっていく。いや、動きのない零凍妖鬼アオオニはともかくとして灼赫妖鬼アカオニの広範囲灼熱攻撃は絶大な被害を生む。

 軍事行動を強いられる魔神教連合軍はとにかく動きが遅い。ゆえに単騎で移動して殲滅する灼赫妖鬼アカオニが暴れまわれば、それだけで数十万という人間が死ぬ。時間をかければ全滅もする。

 だからこそ、クローニンは最速で『王』を討ち取ることを選んだ。



「連絡を! 早く!」






 ◆◆◆






 通達を受けたシンクとセルアはすぐに動き出した。



「シンク、勝てるでしょうか?」

「援軍の要請はもう少し時間がかかると思います。そこから移動して戦場にやってくるまでのことを考えると……かなりの時間を俺たちだけで戦う必要があるかと」

「『王』の魔力を解析する時間が必要ですからね」

「地下空間で戦うことも覚悟しましょう」



 セルアは難しい表情を浮かべている。

 狭い場所での戦いは数の多さが戦力の大きさとなる。地下空間で禁呪にも頼れぬ戦いを強いられるのは間違いないだろう。緊張が声にも表れていた。



「シンク」

「なんでしょうか?」



 だが、セルアは何も言わない。

 いや何かを言いかけたが、それを飲み込んで別の形の言葉を考えているかのようであった。そして相応しい言葉が見つかったのか、再び口を開く。



「……私たちは犠牲を、こんなにも犠牲を強いて魔王を討伐する必要があったのでしょうか」



 それはシンクの心にも浮かんでいた考えであった。

 魔王討伐を目指すため、犠牲となった人々の数は数えきれない。しかしながらまだ討伐出来た魔王は暴食王と強欲王の二体のみ。七体すべての魔王を滅ぼす時、いったい何人の犠牲者が出るというのだろうか。

 一億人では足りないだろう。

 それが戦場の全てを知るシンクの予想であった。

 戦いを殲滅兵と覚醒聖騎士に任せるとしても、それだけでは足りない。拠点を維持する兵力も必要だし、今回の鬼系魔物のように数が多い場合は兵士が足りなくなる。



「シンク、私たちは間違ったのでしょうか? ディブロ大陸に余計な手を出したのでしょうか?」

「それは……分かりません」

「私たちは犠牲を強いてしまったのでしょうか?」

「それ、は」



 シンクは知っていた。

 各国から不安の声が挙がっていたことを。

 今までの魔物討伐のように、聖騎士が命を張るだけならばそんな不安が出ることもなかった。彼らは魔神教と聖騎士を信頼していたのだから。しかしディブロ大陸を征服するにあたり、兵力が必要となってからは変わってしまった。徴兵を募り、家族を連れていかれた。骨も残らない時もあった。だからこそ、スラダ大陸の民は一部で疑問を感じていたのだ。

 本当にこの大陸制覇は必要だったのだろうかと。



「いえ、いきましょう。これ以上、犠牲を出さないために」

「ええ、はい」



 二人も悩んでいた。

 かつて『王』によって祖国を滅ぼされたからこそ、余計なことをして七大魔王を怒らせることにならないか恐れていた。






 ◆◆◆






 黒稲妻が暴れまわる第六十四拠点近郊では、激しい嵐によって通信環境が壊滅していた。元から徐々に機能しなくなっていたのだが、遂にそれが使えなくなった。



「ちっ……もう言葉で連携は無理か!」



 無数の雷撃を吸い込むベウラルは苛立ち、魔力を荒らげる。それによって吸収速度も向上し、泥となった砂の大地ごと吸い込んだ。

 降り注ぐ大雨が抉れた大地へと注ぎ込まれ、ベウラルは危うく溺死しかける。その水すら吸い込んで無効化し、ソーサラーデバイスを使って空を飛んだ。

 黒稲妻が空を飛ぶ人間を捕捉し、雷撃を放つ。

 人間など一瞬で炭化させる威力だったが、ベウラルは両手で吸収した。この吸収がある限り、彼はほぼ無敵となる。



「くそ、があああ!」



 ベウラルはソーサラーデバイスを通じて炎の第七階梯《大爆発エクスプロージョン》を連発する。それによって暗雲を吹き飛ばそうと考えたのだ。

 しかし相手は絶望級魔物が生み出した厄災である。黒稲妻の魔力を上回らない限り、その魔導を打ち破ることなど不可能。第七階梯程度の爆発は僅かな晴れ間すら許さない。

 寧ろ炎を打ち消すため、風と雨と雷はますます強くなっていく。

 暴風雨は黒稲妻の居場所を隠し、決して近づかせない。

 それがベウラルにはお気に召さなかったらしい。

 また、彼から少し離れた場所では同じく戦う聖騎士がいた。ガストレアである。



「なるほど、硬い」



 彼は盲目の男だ。故に視界がほぼ全て封じられているこの空間においても普段と変わりなく戦うことができていた。圧力を感知することで黒稲妻の居場所を割り出し、そこに向けて圧力の斬撃を繰り出していた。

 見えぬ刃が襲いかかるも、黒稲妻の耐久力はそれを上回る。多少の傷すら与えられず弾かれるのだ。



(やはりこの距離ではまともなダメージを与えられぬということか)



 『凶刃』とも称されるガストレアの能力は圧力を生み出すこと。その汎用性は凄まじく、移動、感知、防御、攻撃などがほぼ一人でこなせてしまう。

 しかし、彼の魔装には決定的な弱点があった。

 いやそれは当たり前のことなので弱点というべきかは疑問だが、とにかく距離に弱い。自身を中心として距離が遠くなるほど効力が劇的に低下する。安全を期して遠距離から攻撃を続けていては、いつまでも黒稲妻を倒せない。



(やるべきことは一つか)



 ベウラルを囮にして攻撃を仕掛け続けたガストレアも、遂に決断した。

 彼の予想では『無限』のベウラルがいくら魔装を使っても黒稲妻は倒せない。だが逆に黒稲妻もベウラルの魔装を破れない。少なくとも魔導攻撃ではベウラルを殺せないのだ。

 一方で『凶刃』のガストレアは黒稲妻の放つ魔導を至近距離で防ぐことができない。しかし近づくことさえできれば最強にして最凶の刃で貫くことができる。



(この環境では通信もできん。暴れまわっているベウラルに近づくこともできん。ならば誘導するのが最善というもの。悪く思うなよ)



 ガストレアはある方向から黒稲妻を攻撃し始める。今までは攻撃位置を悟られないように全方位からランダムに圧力攻撃を仕掛けていたが、それを止めた。

 理由は攻撃によって位置を悟らせるためだ。

 雷撃を吸収する、ベウラルの位置を。

 味方であり仲間を囮にするという酷いことをしている自覚はある。しかしガストレアも非情というわけではない。ある意味でベウラルの魔装を信頼しているのだ。

 黒稲妻は倒すべき敵を見つけたのだと考え、そちらへと移動し始める。



「速いっ!?」



 思わずガストレアも口に出してしまうほど速かった。流石に絶望ディスピア級を冠するだけあって身体能力も高い。泥まみれの地面だろうと関係なく、ベウラルのもとへと動き始める。

 宙に浮いているベウラルはそれに気付かず、魔装を発動し続けていた。

 突然現れる鬼。

 全身に黒き稲妻の紋様が刻まれたその鬼は拳を振り上げる。

 怒りのままに魔装を発動していたベウラルでは雷撃と嵐を吸収できても、物理攻撃はどうしようもなかった。本来なら生物すら引き千切って吸い込む威力のある魔装も、黒稲妻には直接的効果を及ぼさない。



「なっ!?」



 驚愕した時にはもう遅い。

 ベウラルは死を幻視した。

 だが、振り上げられたその腕は切断される。いつの間にか背後にいたガストレアの見えない刃によって。



「ガガッ!」

「もう遅い」



 ゼロ距離での魔装発動。

 すなわちガストレアの攻撃力が最大となる間合いだ。薄く、強烈な圧力はギロチンのように左右から迫る。黒稲妻に回避の余裕はなく、そもそも攻撃に気付いてもいない。咄嗟に反撃の雷撃を全身から放っても、それはベウラルに全て吸い込まれてしまう。

 透明な刃が黒稲妻の首を切断する。

 首だけではない。

 腕、足、腹を次々と刃が襲い、何度も抉り、切断した。そして刻まれたパーツはベウラルが黒い穴へと吸い込んでいく。



「吸収を止めろ!」

「あ? ちっ!」



 ガストレアの言葉を聞いて、ベウラルは魔装を停止する。

 黒稲妻をバラバラにして吸い込んだので間違いなく討伐できた。しかしこのまま発動を続ければガストレアまで吸い込んでしまう。



「ふぅ。倒したか」

「そのようだ」

「ってか、最後の攻撃は俺を利用しやがったな!?」

「最善策を取ったまでのことだ」

「なんだと!?」

「無駄に魔装を使い続けているのが悪い。こちらの指示も聞かぬのだろう?」

「俺一人でも倒せたね!」

「ふっ……」

「おい、今失笑しただろ」



 通信が復帰するまで、彼らの言い合いは続いた。



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