第243話 鬼の帝都④
少し時は遡る。
オル・デモンズは迫る鬼の軍勢に対し湧き出るマグマによって攻撃していた。大抵の鬼は粘度の高いマグマによって囚われ、燃やされ、溶かされる。
そこに殲滅兵が魔術を叩き込み、魔装士が魔装を叩き込み、魔術師も魔術を叩き込む。これによって勝負は決したと思われた。
「なんだと!?」
誰よりも一瞬早く、オルが気付いた。
直後にマグマの一角が噴火するようにして巨大な柱を作る。彼の周囲にいた従騎士たちも、あれがオルの仕業でないことはすぐに察した。
「デモンズ様、何が!?」
「俺のマグマを奪いやがった! 制御が、くそ!」
オルは慌てて魔装を行使するが、もう遅い。
鬼を燃やし尽くすはずのマグマは逆流し、人間の拠点へと流れていく。オルが魔装で制御しようとしてもそれより圧倒的な魔力で塗り潰されてしまっていた。
「マ、マグマの中心で平然としている鬼を見つけました!」
観測班の男が悲鳴のような声を上げる。
「あれは……なんなんだ!」
上位存在過ぎるために人類が遭遇したことのない鬼。
後に
「ぐ、おおおおおおおおおおおお!」
オルは魔力の全てを注いでマグマを押し返そうとする。
だがそれは岩のようにビクともしない。覚醒したはずのオルは圧倒的な魔力を持つはずだが、それは回復力に限ってのことだ。一度に扱える魔力容量は普通よりも多い程度でしかない。何故なら、彼は覚醒して僅か十四年しかたっていない若い覚醒魔装士なのだから。
絶望を冠する魔物と比べるのは可哀想であった。
「おおお! おおおおおお!」
それは叫んでも変わらない事実。
これで相性が良い相手ならば時間稼ぎくらいはできただろう。しかし、この第七十三拠点に
砂漠の大地を埋め尽くすマグマが津波の如く押し寄せる。
「え、援軍の要請を――」
それが最後の言葉となった。
◆◆◆
強大な鬼が出現したのは、何も第七十三拠点だけではなかった。
鬼の帝都から北北西に十五キロほどの地点にある第五十九拠点にも絶望が現れたのだ。
「そ、んな……」
熱を操る魔装を持っていた聖騎士が呟く。
彼の周りには一面に氷像があった。それらは彼の仲間だったものである。しかしその表情には絶望など一切なく、寸前まで戦っていたことが分かる必死なものであった。彼らは何が起こったのかもわからず、一瞬で凍らされてしまったのである。
ただ、生き残った聖騎士は相性の良い魔装を持っていたから生き残った。
「ばけもの」
声が震える。
視線の先には凍った砂の大地を踏み砕きながら迫る一体の鬼。
この惨状を生み出した元凶がいた。
空気すら液体化するこの世界では、生き残った唯一の聖騎士すらもう持たない。
だからこそ、彼は最後の力で魔力通信機を起動した。
「だい……ごじゅうきゅう、きょてん……ぜん、めつ。さむ……い」
彼はそこで力尽きた。
◆◆◆
第一都市、総督府。
状況を整理するシンクとセルアは苦い表情を浮かべていた。
「各地で想定外の強敵が出ているようですね」
「マグマを操る鬼、そして恐らくは冷気を操る鬼によって少なくとも拠点が落とされました。第七十三拠点と第五十九拠点です。他の拠点にも強敵の報告が寄せられていますね。どうしますかシンク? やはり私たちが」
「ですがまだ『王』も確認されて……」
「そんなことを言ってたら全滅です」
現場指揮を任せているクローニンも頑張ってはいるが、限界が訪れようとしていた。
「アロマさん、リヒトレイさん、ラザードさんの古参組は出てきて欲しいところです。それとできるならアゲラさんも。やっぱり若い覚醒者に任せるのはそろそろ限界です」
「聖堂の意向で経験を積ませるためにもこの布陣でいきましたが、やはり無理でしたか」
「若いので余っているのはガーズィンだけです。ただ、彼の魔装は自分の血を撃ち込むことで相手に干渉するという魔装ですし、あまり大軍の掃除には向かない。だから『王』が出てきてから活躍してもらった方がいいです」
「あとは聖騎士にならず、民間に残った覚醒魔装士を再招集することですね」
セルアは溜息を吐きながらそう告げる。
十四年前の魔王討伐戦で覚醒した者の内、ほぼ半数の六人が聖騎士となることなく残った。しかし鬼帝国との戦いで覚醒魔装士すら死亡するという戦いが何度も起こり、その度に魔神教は蘇生魔術を使って復活させてきた。しかしそれは聖騎士だから適用されるもの。仮に民間の覚醒魔装士を復活させるとすると、魔神教にどんな対価を支払わされるか分かったものではない。
他にも複合的な理由はあるが、そんな事情もあって今はどの国も自国の覚醒魔装士をディブロ大陸に送ることを止めていた。
「せめてスレイ……コピーの魔装を使うあの男がいれば、またセルア様の魔装をコピーさせて色々と取れる手段も増えたんですがね」
「確か彼はコントリアスの軍人でしたね。いえ、正確にはあそこの姫の守護騎士でしたか」
「動かすのは難しいでしょう。今ある戦力で考えないと」
報告される内容から推察するに、戦況はかなり悪い。
帝都には強力な個体が今までより多くいると推察はされていたが、予想以上であった。神呪弾で雑魚を一掃していなければもっと分の悪い戦いを強いられていたことだろう。
「そういえばシンク。アゲラ様は戦えるのですか? 確かあの方は知能を増大させる魔装だと言っていましたが」
「その魔装も自称ですけどね。まぁ、強いて言うなら殲滅兵があの人の戦い方じゃないですかね」
「となれば、発明品に期待するしかありませんか。こう言っては何ですが、宇宙開発よりもそちらに注力して欲しいものですね」
「殲滅兵の改良が必要かもしれませんね」
基本的に殲滅兵の戦い方は永久機関から送られてくる魔力で魔術を連射することだ。攻撃手段として《
だが、本当の上位種に対しては火力不足が否めない。
「よし、現実的な話をしましょう。シンクも愚痴をこぼさずに」
「ええ、すみません」
状況は待ってくれない。
セルアの一言でシンクもやるべきことを思い出す。
「クローニンさんの現場指揮は今のところ悪くありません。ですが戦力が足りない。やはり聖堂に依頼して一般の覚醒魔装士に依頼をするべきかと。大金を支払い、死亡した際の復活を約束した上で」
「そうですね。現状を報告すれば聖堂も拘っている余裕はないと気付くでしょう」
「えっと」
シンクは仮想ディスプレイを操作して目的のファイルを探す。そしてパスワードを打ち込んで開き、データを開いた。
それは魔神教の中でも機密文書に相当するもので、Sランク聖騎士でもシンクのように立場がなければ閲覧を許されないもの。十四年前に覚醒した者たちの情報をまとめたものである。
「まずはさっきも話題に出たスレイ・マリアス。コントリアスの騎士ですね。魔装はコピー。魔神教が最も強く勧誘した人ですね」
「ですがこの方は低賃金でも国に尽くすことを選んだと聞いています。難しいかもしれませんね」
「なら次はナラク……なのですが、この人は行方不明のようです」
「仕方ありません。見つからないなら考慮しないでおきましょう。そもそもこの方は指名手配犯の『暴竜』である可能性があると後に分かりました。聖堂も渋い顔をするでしょうね」
「三人目はシア・キャルバリエ。幻覚の弾丸を生成できる魔装士です。彼女はいずれ聖騎士になることを約束していますね。どうやら当時婚約者がいたらしく、今は結婚しているとか。少なくとも夫が往生するまでは家庭を大切にしたいということのようです」
「よくマギア大聖堂が認めましたね」
「確約があるからでしょうね。俺たちは老いを気にする必要もないですし。そんなわけなので、要請しても断られるかと」
「そうですよね」
「次は可能性があります。エータ・コールベルトです。彼の魔装はよく分かっていないんですが、汎用性が高いです。黒い物質を生み出して自由に操るとか。本人は暗黒物質と呼称しています。この人はコルディアン帝国の軍人ですね」
「軍人、ですか? それなら聖騎士に勧誘されているはずですよね。スレイ様と同じような理由で勧誘を蹴ったのでしょうか?」
「そもそもこの人は勧誘もなかったようですね。コールベルト家はコルディアン帝国の帝室です。現皇帝の弟のようですね」
「ああ、それで」
皇帝の弟ということもあり、国家内でも重要な役職がある。流石に魔神教も彼を聖騎士として迎え入れることはできなかった。シアと同様にいずれ聖騎士になってくれないかという交渉すら難しいが、逆に要請すれば国家として力を貸してくれる可能性が高い。
「ではエータ様……いえコールベルト殿下は候補に入れましょう」
「はい。それで次ですが……ギルバート・レイヴァンとジュディス・レイヴァンですね。この二人はどういうわけか結婚していて娘や息子もいるとか。一番上の娘が今年で十一歳とありますね。彼らは一応、西方都市群連合の軍人のようですが」
「その条件なら聖騎士になっていてもおかしくないですよね? どういう経緯で民間の覚醒魔装士になっているのですか?」
「……理由は特に書いてありませんね。不明です」
「珍しいこともありますね」
「しかしこの二人は以前も何度か鬼帝国との戦いに出陣してもらっています。要請は問題ないかと」
「では決まりですね」
エータ・コールベルト、ギルバート・レイヴァン、ジュディス・レイヴァンの合計三人。
シンクは緊急の援軍要請を教皇に依頼する書類を作り始めたのだった。
◆◆◆
赤鎧と戦うクラリスは、苛立ちからか口を固く結んでへの字に曲げていた。互いに竜を乗りこなし、見事な空中戦を繰り広げている。まさに互角なのだが、それがクラリスには不満であった。
(なんで、こいつ!)
『光竜』の聖騎士は元一般企業所属の魔術師だ。魔術師免許を取得したのは自由に自分の魔装を使うためである。魔神教所属の聖騎士となれば、規則に縛られて自由には使えない。彼女は自分の魔装を縛られることなく振るいたかった。
尤も、魔術師免許を持っていても一定の国際ルールはあるので不満は多かったが。
そしてクラリスという聖騎士は自分の魔装を愛している。眷属として生み出した水晶竜は元々、肩に乗るほど小さかった。魔力の成長に従って水晶竜も成長し、覚醒したことで騎乗することができるまでになったのだ。
彼女にとって水晶竜は魂を分けた家族。
本当の意味で愛している。
(絶対に負けないんだから!)
相手は同じ
(撃墜するのよ!)
水晶竜が集めた太陽光を収束し、ブレス攻撃のように放つ。収束した光は熱線となって赤鎧へと迫るが、それは水晶によるプリズムで拡散させられてしまった。光攻撃は見てから回避不能な攻撃であるため、赤鎧も防ぐ以外に方法がない。しかし実際にダメージがあるわけではないので、クラリスは焦りを覚えていた。
また赤鎧と
しきりに接近戦を仕掛け、遠距離からは水晶を散弾のように飛ばして攻撃してくる。遠距離攻撃が得意なクラリスからすれば厄介であった。
(くっ、また)
上を取った赤鎧は、水晶弾を放射する。全身を覆う透明な結晶体は、太陽の光をプリズム分光することで七色を発し、幻想的な雨となる。
しかしその威力は凶悪で、オリハルコンすら陥没させるほどだ。何度もくらえばオリハルコンの建造物ですら倒壊してしまう。
そんなものを魔力による防御があるといえど、生身で喰らうわけにはいかない。クラリスは水晶竜を操って回避する。しかしその間に赤鎧は距離を詰めて、接近戦を仕掛けてくる。
だが、何かを感じ取って赤鎧は反転した。
直後にすぐ側を何かが通過していく。
(またあの女に助けられたわね)
クラリスは苦い表情を浮かべる。
こうして赤鎧と空中格闘戦を繰り広げる合間に、コーネリアが狙撃している。彼女の狙撃は正確さは勿論だが威力も高い。ただ、赤鎧は音速程度ならば知覚して回避してくる。一方で速度を重視すると弾丸の威力を低下させることになるので、水晶防壁で弾かれる。弾丸の威力と速度のパラメータ総合値が一定で限界に訪れてしまうのが魔装銃器の欠点であった。
つまり決め手がなく、苦戦が続いていた。
援護射撃がある分だけクラリスに余裕があるものの、だからといって油断できる相手ではない。赤鎧は何度も魔神教連合軍に大打撃を与えた
「ちょっとコーネリア! 私の言うことを聞きなさい!」
『……何?』
「次の攻撃で赤鎧を落としてやるわ。だからあんたが撃ち抜きなさい!」
『どういうこと?』
「あの忌々しいドラゴンは私が相手してやるから、赤鎧をぶち抜くのよ! わかるでしょ! じゃあ任せたわよ!」
そう告げて通信を切る。
最後に溜息が聞こえた気もしたが、すぐに思考の外へと追いやった。
「この私に切り札を使わせたことを光栄に思いなさい!」
クラリスはソーサラーデバイスへと意識を集中し、魔力を込める。発動するのは彼女が一般魔術企業に勤めていた頃から開発されていた術式だ。
彼女の勤めていた会社はハデス財閥系列であり、
術式の発動と同時に、彼女の網膜へと情報が直接投影される。
(そこ!)
彼女には今、ソーサラーデバイスが演算した領域内の光経路が表示されていた。
水晶竜が太陽光収束光線を放った。だがそれは赤鎧を狙ったものではなく、見当違いの方向へと照射される。しかしこれは外れたのではなく、クラリスの狙い通りであった。
光線は空間中のある部分で二つに分かれ、反射する。また反射した光は別の場所で二つに分かれて反射し、その光もまた同じように反射して赤鎧を光線の檻に捕らえてしまった。
またそれだけでなく、反射されながら増殖した光は再び一点へと集まる。
回避不能な光の檻に捕らえると同時に、その光を再び一点へと戻すことで攻撃する。これがクラリスの保有する領域内光学誘導システムである。
ソーサラーデバイスが演算した通りに光線を放つだけで、あとはデバイスが出力した電磁波ベクトル干渉魔術が光を分裂させながら反射させてくれる。
光線が外れたと思って油断していた赤鎧は、強烈な太陽光収束光線の直撃を受けてしまった。
クラリスの宣言通り、赤鎧は
(結局は初見殺しだからタイミングを見計らっていたけど……流石は私!)
赤鎧が油断した完璧な瞬間であった。
だがここでクラリスの仕事が終わったわけではない。
たった二秒。
その僅かな時間を奪うだけでよい。
この小さな隙を突いて、コーネリアはチャージショットを放つ。覚醒魔装士が弾丸一つに魔力を注ぎ込んだ結果、それは絶対的な貫通力を得るに至った。
全身を真っ赤な鎧に包まれた
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